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命の別名⑮

1.秋風は血の香り


『九十九とは違う真の黒幕が居た。俺を誘き寄せたのは宣戦布告のため。ようはスピーカー代わりってわけだ』


 自殺や出頭など、ある程度の部分は秘密にしつつも笑顔は烏丸達に倉庫内でのことを即座に打ち明けた。


『無駄かもしれないけど烏丸さん達の伝手を使って注意喚起をして欲しい』


 これまでに起きていた違法薬物蔓延の真相と、これから起こる争いについて。

 それらを市内の不良に伝え注意するよう促して欲しいと笑顔は求めた。


『正にスピーカーだな……忸怩たる思いだがやらんわけにもいかないか。素直に聞くのがどれだけ居るか分からないがやっておこう』


 ヤンキーというものは総じてプライドが高い生き物だ。

 負けた相手、認めた相手に対しては寛容だが友好関係にない者から注意されたところで反発を生むだけ。

 特に相手が一般人――それもいじめられているような連中ならば余計にだ。

 それは笑顔も烏丸達も分かっているが、だからと言って何もしないわけにもいかない。

 これが子供の喧嘩に収まる範疇なら胸の裡に留めておくこともありだろうが、生憎とそうではない。

 だから半ば無駄だと分かっていながらもやらざるを得ない。


『俺達はどうする?』

『各自の判断に任せるよ。ここからは下手にまとまる方が危ない』


 笑顔も、烏丸達も当面の指針は同じだ。

 自分の下に居る者達に大人しくしているよう命じ見に徹する。

 序盤、中盤ぐらいまではルーザーズの攻勢に押されることが目に見えているからだ。

 一番勢いづいている時に首を突っ込んでも徒に消耗するだけ。であるなら勢いが弱くなるまでは大人しくしているべきだろう。


『……やっぱりそうなるか』


 が、それはあくまで理想論。どこまで見に徹していられるかは状況次第だろう。

 仲間に被害が出れば頭として動かざるを得ない。心情的にも大人しくしているのは無理だ。

 そうなった時、四つのグループがまとまっているのは危険だ。

 被害が出たグループは攻勢に出ることを訴えるが、被害が出ていないグループはまだ大人しくしているべきだと主張するだろう。

 つまり内部で対立が起きるわけだ。


『うん。潰せる弱みは潰しておくべきだろう』


 塵狼、螺旋怪談、大我チーム、龍也チームの四グループによる連合。

 それが継続したままならばルーザーズは確実に内紛を狙うだろう。より状況をカオスにするために。

 混沌が深まれば深まるほどルーザーズは動き易くなる。狙わない理由がない。


『だが頭同士では密に連絡を取り合うようにしておくべきだと思うがどうだい?』

『そうだね。少なくともどこかに被害出るまではそうすべきだろう』


 そして翌日。ルーザーズの攻撃が始まった。

 時刻は正午。学校をサボって公園でたむろしていたある不良グループが襲撃を受けたのだ。

 違法改造されたガスガンやスタンバトン、スリングショットなどを使うルーザーズに不良達は成す術もなく敗れた。

 装備の差も大きいが、それ以上に覚悟の差だろう。

 ルーザーズはもうどうなっても良いと腹を括って攻めて来ているが、攻められる側は何の覚悟もしていない。

 ルーザーズの情報を知らないか、知っていても軽く見ているか。どちらにせよそんな状態で何が出来ると言うのか。

 結局、その日だけで二十人以上の不良がルーザーズに襲われ重傷を負うこととなった。

 二十人もの被害が出たのなら警察が動いてもおかしくはないのでは?

 そう思うのは当然だろう。しかし、警察の動きは鈍かった。

 やられた相手――被害者に問題があったからだ。


 第一にこの世界において不良同士の喧嘩など日常茶飯事、毎日のログインボーナスみたいなものだ。

 だから二十人の不良がやられたとなっても、また不良同士が揉めたんだろう程度にしか思われない。

 現行犯や通報があれば動くが、そうでないなら積極的に動きはしない。

 警察が介入するにはメタ的に幾つかの状況を整える必要があるのだ。


 第二の理由は先にも述べた不良の気位の高さだ。

 同じ不良にやられても自分から警察に通報するなんてことはまずあり得ない。

 やられた相手がルーザーズのような者なら尚更だ。第三者の通報を受けた警察に事情を聞かれても頑として口を割らないだろう。

 転んだ、遊んでたらやらかした、テキトーな理由で誤魔化すことは想像に難くない。


 この二つの理由により警察が積極的に動くような事態にならなかった。

 当然、ルーザーズ側――というより雫はそれを分かった上でやっている。

 不良の習性、弱みにつけ込んでいると言えば分かり易いか。

 頭の切れる者らはそれを理解しているが、それを他の不良に説明したからって何が変わるわけではないことも理解していた。

 結果、ルーザーズはますます勢いを増し、不良達は面白いぐらいに狩られていくことになった。

 不良達の尻に火がつくまでその勢いが止まることはないだろう。


「……僅か四日でこれか。嫌んなるね」


 放課後。笑顔は一人、屋上でスマホを眺めていた。

 覗いているのは地域のアンダーグラウンドな掲示板で、そこにはルーザーズの“戦果”が書き込まれている。


「盛り上がってるなぁ。いやはや、ホント楽しそうだ」


 笑顔自身、折に触れて言っているが不良なんてのは社会の逸れ者。

 時たま一部の不良が持て囃されたりするが基本的には迷惑な存在だ。

 だから今回の事件も無関係な人間からすれば面白い“見世物”でしかない。

 笑顔もそういう心理を利用して逆十字軍や悪童七人隊と戦っていただけに雫のやり方がよく分かる。


「工作員なんかも雇ってるんだろうが上手いこと火を点ければ後はほっといても炎は大きくなるからな」


 潤沢な資金を持つルーザーズだ。ネット工作員を雇うのも容易だろう。

 金で工作員を雇う。それ自体がもう、子供の喧嘩の範疇でないことを物語っている。

 しかしそれに気付いている者はこの掲示板にどれだけ居るのか。


「……人死にでも出ない限りは、正義の味方扱いも止まらないだろうな」


 一般人がドン引きするというなら違法薬物をばら撒いていたこともそうだが……証拠がない。

 笑顔達は確信を持っている。じゃあ第三者を納得させられるような客観的な証拠があるのか? それはない。

 自白染みたことは聞いたが録音データがあるわけでもないし、仮にあっても嘘だと言われればどうしようもない。

 確実な物的証拠がない以上、騒ぎ立てたところで意味はないだろう。


「つーかこれ、警察も何人か抱き込んでるんじゃ……」


 末端の人間を何人か抱き込むだけでもルーザーズとしてはかなり動き易いだろう。

 雫の手腕ならそこそこの立場の人間だって……考えれば考えるほど億劫になる。

 笑顔はスマホを仕舞い、空を仰ぐ。見事な秋晴れだ。


「……今のところ塵狼や烏丸さん達に被害は出てないが」


 それも何時まで続くことやら。時間はあまり残されていない。


「タカミナ、お前はどうするんだ?」


 頬を撫でる秋の風が血腥く思えるのは錯覚だろうか。




2.いい加減、うじうじしてんな!!!!


「……」


 南は学校をサボって雫との待ち合わせによく使っていた噴水広場で黄昏ていた。

 笑顔からは単独行動は控えろと言われているのだが、素直に従う気にはなれなかった。

 ここに居れば雫に会えるような気がしたから。

 いや、南も分かってはいるのだ。そんなことはあり得ないと。

 それでも気付けば、縋るようにここに来ていたのだ。


「……俺は、どうすりゃ良いんだ」


 高梨南は言葉を飾らずに言うなら直情傾向の強い馬鹿だ。

 しかし、考える頭がないわけではない。

 これが単なる喧嘩ならば南はどれだけ強い相手であろうとも真っ向から戦いを挑んでいただろう。

 が、今この街を取り巻いている状況はそんな単純なものではない。


「俺は、アイツに何をしてやれる……?」


 強い弱いの次元の話ではない。この争いの根底にあるのは“痛み”だ。

 南は魂が引き裂かれるような喪失を知らない。

 南は我が身を焦がして余りあるほどの憎悪を知らない。

 南はどうやったって埋められない虚無を知らない。


 笑顔や雫は言うだろう。そんなものを知っているからって偉いわけではない。

 むしろ、そういうものを知らずに済むならそれは素晴らしいことであると。

 笑顔は痛みに耐えて生きることを選んだ。

 雫は痛みに耐えず傍迷惑な八つ当たりをして終わることを選んだ。

 スタンスの違いこそあるものの二人は共に自己完結してしまっている。

 他人に理解を求めようとは欠片も思っていない。そういうものなんだと納得しているのだ。


 ゆえに笑顔ならば本当の意味で対等な視線で雫と向き合えるだろう。

 しかし、南は違う。南は幸福な道を歩いて来たから彼らを本当の意味で理解出来ない。

 痛みを知らない自分の言葉に何の重みがある? 雫を止める資格があるのか? 南は懊悩していた。


『近日中にはリミットが来ると思う』


 笑顔からはそう言われている。根拠は分からない。

 でも、笑顔が言うからにはそうなのだろう。残された時間は少なく、なのに未だ答えは出ない。


『手を出さないなら出さないでそれは良いと思う。ほっといても勝手に終わるしね』

『……最後にゃこの街の不良に寄って集って食い荒らされてそれで終わり、だったか』

『うん。殺されはしないだろうが徹底的に痛め付けられるだろう』


 それで終わり。しかし、そこに何の意味がある?

 この街に平和は訪れるだろう。だが食い荒らされて残骸になった者達は何か変わるのか? 何も変わりやしない。

 虚しく燃え尽きたという結果が残るだけだろう。そんな結末、納得出来ない。


「……できない……できない、けど……」


 自分が動くというのなら笑顔達を――塵狼を巻き込むことになる。

 彼らなら喜んで力を貸してくれるだろう。しかし迷い惑った今の状況のまま力を貸してくれなんて口が裂けても言えやしない。

 完全に思考の袋小路に迷い込んでいた南だが、


「――――みーっけ。見なよトモトモ、タカミナってばめっちゃセンチ浸ってる」

「ああ、似合わないことこの上ないな」


 その声に顔を上げると、


「……テツ、トモ」


 ここに来る途中の商店街の肉屋で買ったであろうコロッケを手に幼馴染二人が立っていた。


「……テツ、トモ――だって。ウケる」

「写真を撮っておこう」

「…………今は虫の居所が悪いんだ。失せな」


 睨み付ける南だが、二人は揃って肩を竦めて溜息を吐いた。


「らしくないな、タカミナ」

「……何がだよ。俺は――――」

「タカミナが考えてることぐらい分かるよ。どうせあれでしょ? 雫ちんを止める資格があるのか? とか思ってんじゃない?」

「……ああ。俺は、何も知らない。ニコや雫が抱えてるもんを、感じてる痛みも苦しみも……そんな俺が……」

「そうだな。お前だけじゃない。俺達もだ。安穏と暮らしてきた俺達には分からない」


 トモの言葉にテツも頷き、そしてこう続けた。


「でもさ――――分からないから分からないままにしちゃいけないと思うんだ」

「軽い気持ちで首を突っ込むつもりなら踏み込もうとすることすら許されやしない。でも、お前は違うだろう?」

「タカミナは本気で雫ちんのためにこうやって悩んでるじゃん」


 好きだから、相手を想うからこそだ。

 知りたいのではないか。知らなければいけないのではないか。

 理解したいのではないか。理解しなければいけないのではないか。

 少しでもその痛みを分かち合えるように。少しでもその心を軽くしてあげるために。


「こんなとこで俯いてたって何もわかんないよ」

「お前に哀河雫が救えるかは分からない。それでも何もしなければ可能性は生まれない」

「お前ら……」


 二人は顔を見合わせ、頷く。

 そして、


「「だから――――いい加減、うじうじしてんな!!!!」」


 思いっきり南の頬を引っ叩いた。

 南はキョトンとするも、


「…………おう、気合入ったぜ」


 笑った。それは秋晴れの空にも負けない晴れ晴れとした笑顔だった。

 南は照れ臭そうにしながらも二人に感謝を告げようとするが、


「誰かと思えば負け犬の高梨くんじゃねえの」

「金魚の糞も一緒かよ」


 薬師寺とその取り巻きが現れた。

 彼らはヘラヘラと笑っているがどこか不機嫌そうで……南は直ぐ、察した。ドラッグが切れて禁断症状が出始めているのだと。

 最後に使ったのは何時かは分からないが、恐らくは笑顔が真実を暴くよりも前だったのだろう。


「丁度良いわ。ツラ貸せや」

「ふぅ」


 鬱陶しい、いやある意味で丁度良いかと南は気だるげに立ち上がった。


「ヤク中が堂々とお天道様の下を歩いてんじゃねえよ。殆ど公害じゃねえか」

「! テメェ……誰に口利いてやがる!? 散々痛め付けられたことをもう忘れやがったか! あ゛ぁ゛!?」

「忘れてねえよ」


 忘れてないから、清算する。

 これより先の戦いに余計なものを持ち込まないために。


「――――だからよ、死んどけや」


 赤龍、再起す。

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