命の別名⑬
1.お前はどうする
矢島の連絡を受けた俺はその足で悪童七人隊から譲り受けた拠点の一つである廃ビルへ向かった。
皆を事件に巻き込むと決めてからはそこを捜査本部的な場所に定めたのだ。
会議に使っている部屋に入ると既に全員が集まっていた。
(うわぁ……タカミナ、めっちゃキテんじゃん……)
事の成り行きは矢島から既に聞いている。
俺が竜虎コンビを引き連れて売人のとこに乗り込んだのと同じぐらいに哀河が正体を明かしているとは流石に予想外だった。
何せ怪しい動きは殆どなかったのだ。強いて言うならテツトモを動かしていたことだが、話を聞くにその線からってわけじゃなさそうだし。
哀河は何か確信があったわけではない。しかし、俺ならそろそろだろうなと予感して即座に動いたのだ。
(大当たりじゃねえか畜生め)
俺の想定は大きく外されたと言って良いだろう。
俺が真実を暴くことでそれが哀河に伝わり、その上で奴はそれでもタカミナの傍を離れないと思っていた。
こちらの――ってより俺の動きを探るためにな。だって実際、傍から見れば俺の行動訳分からんもん。
これまで見当違いのとこを探っていたのに、いきなり正解を掘り当てたんだぜ? どういうことだってなるのが自然だろう。
ならば危険を犯してでも情報を探ろうとすると思うじゃん。でも奴は俺の行動に疑問を持っていない。
俺ならと何の確証もないのに動いたんだもん。奴の中では俺だからで理由が出来てしまっている。
(……事が始まるまでもう少し、猶予があると思ってたんだがな)
真実が暴かれたことで連中の行動は次の段階に入ることは覚悟の上だった。
しかし、俺達はまだ表向きのボスにさえ辿り着いていないのが現状だ。
であれば向こうも即座に行動を変えず、一先ずは闇に紛れ“見”に徹するだろうと考えていた。
が、真のボスであろう哀河の迅速さを見るにそう時間は残されていないだろう。
なら表向きのボスの捜索を鈍らせる? そんなことをすれば連中が先手を取るに決まっている。
(俺と表向きのボスの対面……多分、それがトリガーになるな)
道中で買った煙草に火を点けていると、
「……何時までだんまりこいてんだよ」
タカミナがじとっとした視線と共に言った。
「別にだんまり決め込んでたわけじゃないよ。ちょっと、色々考える事があっただけ」
「……どういうことか、説明してくれるんだろうな?」
「するよ。ここに至って隠し事をするつもりはない」
他の面子にもまだこの事件の真実を伝えてないしね。それも兼ねて語らにゃいかんだろう。
「俺は最初、皆に内緒でこの街の高校生の間で蔓延してる違法薬物について調べていた」
「……」
「皆を巻き込むつもりはなかったが身内が……君がジャンキーにやられたからそうもいかなくなった」
「……そこらはもう知ってる」
苛々してんな。まあ、無理もないか。
「物事には順序ってものがある。お前が知らなきゃいけないことを語るためにも黙って聞け」
少し圧を込めて睨むとタカミナは顔を顰めたが、小さく頷いた。
「タカミナを除く全員が捜査に加わりはしたが、有力な手がかりを見つけることが出来なかった。そうだろう?」
「……ああ、えっちゃんの言う通りだ。取っ掛かりになりそうなものさえ見つからなかった」
「……だからこそお前の行動が解せないんだがな。何故、核心に近付けた?」
「まあ落ち着きなさいよ。ちゃんと説明するから」
とんとん、と灰を落としながら続ける。
「八朔だ」
「「「「「「「は?」」」」」」」
「八朔がヒントになったんだよ」
は? ってなるのはしょうがないけどマジである。
「昨日の昼休みのことなんだけどさ。まるっきり進展がなくて不貞腐れてたら八朔が俺を心配して様子を見に来てくれたんだ」
「アイツ……マジで変わったなぁ」
「良いことだよね~」
少しばかり空気が軽くなった。タカミナも険しい顔が和らいだし八朔様様やのう。
「俺も同じようなことを思ったよ。初めて会った時からよくもここまでってさ」
それが閃きに繋がったのだ。
「八朔はイジメから立ち直って正しい道を歩き出した。じゃあ、立ち直れなかったいじめられっこはどうなるんだ? ってね」
畳み掛けるように俺は今日判明した真実を皆に暴露してやった。
全員が絶句していた。そりゃそうだ。こんなことを聞かされてどうリアクションすれば良いんだよって話さ。
「……だからニコちんは俺達にあんなことを?」
「いやだが待て。何故、哀河が怪しいと……?」
一番早く立ち直ったのはテツとトモだった。
幼馴染二人の反応にタカミナがどういうことだと問い質すと、二人が俺を見たので小さく頷き返した。
「昨日、ニコちんに頼まれたんだ。しずちゃんについて調べて欲しいって」
「過去、彼の周囲で寿命や病気以外で死んだ者は居ないかってな」
「! 雫の、姉さんか」
タカミナは知ってたんだな。
とは言えこのリアクションからして死んだってことぐらいしか知らなさそうだ。
「哀河雫は小学校の時に事故で姉を亡くしている。信号無視で突っ込んで来たバイクに跳ねられて、な」
「……そしてそいつは薬物中毒者だった」
トモの補足に事情を知らない者らが大きく目を見開いた。
「……花咲、哀河が事件に加担する理由があるのは分かった。だが何故、アイツに目をつけた?」
梅津の瞳には隠し切れない動揺が見えた。矢島もだ。
この二人はタカミナの護衛として哀河と接してたからな。信じられない気持ちは分かる。
「……病院で初めて彼に会った時、不思議と親近感を覚えたんだよね」
「「「――――」」」
タカミナ、梅津、矢島がハッとした顔をする。
「その時はタカミナが心配で深くは考えなかったし、その後も塵狼を巻き込むことになったからね」
しばらくはその理由について考えることはなかった。
「でも事件の真実についての仮説が立てられた時、気付いたんだ。ひょっとしてアイツは俺と“同類”なんじゃないかってね」
「同類……雫も、同じことを言ってた……」
「当人のお墨付きか。いやはや、恥ずかしいことこの上ないね」
屑と屑が認め合うとか何の冗談だ。
「今、高校生組が梅津の情報を下に九十九って奴を事件の黒幕だと考え、捜査してる真っ最中だ」
「九十九……」
「ハッキリ言おう。俺はそいつを表向きのボスだと思ってる。真のボスは――――哀河だ」
一瞬の静寂の後、
「いやいやいやニコちゃんよ! そりゃねえだろ!?」
「流石に……ありえへんわ。こんだけ大掛かりなことをボクらとタメの子がやれるなんて……」
「やれるよ、哀河ならやれる」
確信を持った俺の言葉に皆が黙り込む。
「世の中にはね、花開くべきでない才能ってものがあるんだよ」
「……悪意を、操る才能」
タカミナが漏らした言葉で俺は更に確信を強めた。間違いない。真の黒幕は哀河だ。
「哀河が言ってたのかい? なら確定だ」
悪意を行動の根っこに置けば大体のことは出来てしまう。
金を稼ぎ違法薬物を集めることも、人を思うように動かすことも。
「哀河のお姉さんが亡くなった事故なんだけどね。加害者は少年院で自殺してるんだ」
加害者が自殺に至った詳しい経緯を説明してやると、
「お、おいおいニコちゃん……まさか……」
「哀河の仕業だろうさ。周囲を煽って加害者家族を攻撃し、その家族に加害者を攻撃させた」
証拠があるわけではない。邪推だと言われれば返す言葉もない。
だが俺は哀河の仕業だと確信している。哀河自身もそれを仄めかしてるしな。
「とは言え、年齢が年齢だ。歳が足を引っ張って壁にぶち当たることもある。
こればっかりはどうしようもないからね。だからそれをクリアするための代行者が必要だ」
「……それが例の九十九って野郎だと?」
「ああ。九十九何某こそが哀河の最初の仲間……相棒、右腕のような存在なんだと思うよ」
ただ利用されているわけじゃない。強い絆で結ばれた関係なんだと思う。
九十九の方はいざって時は自分が全部、泥を被るつもりなんだろう。
しかし哀河は自分がと考えている。だからこそ……いや、今はそこを考える必要はないか。
「さて、今話したことは大我さん達にも言ってないことだ」
客観的な証拠があるわけでもないしな。
「だが九十九の正体が割れ、奴と接触した時には多分……隠せなくなる」
タカミナを見る。
「哀河達はこれまで影に潜みながら復讐をしていたが真実が暴かれれば次の段階に入るだろう」
「次の、段階」
真実が露見してこれまでのやり方が通用しなくなった、じゃあしばらく身を潜めようなんてことには絶対にならない。
そんな保身を考えるような輩が違法薬物を蔓延させるなんて復讐をやるものか。
バレたのならしょうがないと最後の復讐を始めるだろう。
「不良なら誰でも良い。無差別で無軌道で無慈悲な暴力をばら撒き始めるのさ」
皆が息を呑んだ。
「哀河の下に居る連中は皆、元はただのパンピーだ。腕っ節に自信のある奴なんて居ないだろう」
そんな奴が不良と戦うならどうする? どうやって足りない腕っ節を補う?
サルでも分かる。武器だ。子供の喧嘩に持ち出すべきではない類の物も平然と使うだろう。
「……血が、流れるな」
「ああ。沢山の血が流れるよ」
ちょっと小突けば大人しくなるような連中なら良いが、そうじゃない。
心の壊れた復讐者達は我が身がどうなろうと一人でも多くの不良を潰すだろう。
流される血の量はどれ程のものか。想像するのさえ億劫だ。
「そしてその流れはもう止められない」
「……と、止められないって……に、ニコちんなら何とか……」
「テツくん、無茶言うたらあかんで」
俺が答えるよりも早く矢島が言った。
「哀河くんはもう、笑顔くんが真実に辿り着いたと判断しとる。ここで捜査を遅らせるような真似しても意味はない。それどころか……」
「哀河はそれを好機と捉えるだろうね」
「こ、好機?」
「動きが鈍るってことはどう対処するか迷ってるってことだ。その迷いは絶好の隙になる」
こちらが戦端を開かないならあっちが不意討ちのように戦端を開くはずだ。
覚悟も出来ていない状況で先手を取られればもっと酷いことになるだろう。
そう説明してやるとテツはガックリと項垂れ、席に着いた。
「……えっちゃんは、この先、どうなると思ってんだい?」
「どうもこうもない。どれだけ残虐な手を使おうとも哀河達は最後には負けるよ」
数の暴力には勝てやしない。
哀河の下にどれほどの数が居るのかは分からないがこの街全ての不良を相手取れるほどではなかろう。
「この街の不良に寄って集って食い荒らされてそれで終わり……ってか」
「ああ、何もしなければね」
「……何も、しなければ?」
「タカミナ、もう分かってるだろう? お前だよ」
俺達が動くことで少しはマシな結末を迎えられるかもしれない。
だが、それには哀河の変心が必要不可欠だ。
「ただ哀河を倒せば良いってわけじゃない。そんなことをしても他の連中は止まらないだろう」
哀河がやられた。ならば自分達も最後の最後まで悪意をと逆に火が点くだろう。
そうさせず、彼らの凶行を止めると言うのであれば哀河をどうにかしなきゃいけない。
「だから、お前がどうにかするんだ。闇の底に沈んだ哀河を引っ張り上げることが出来れば……まあ、少しはマシな結末になろうさ」
具体的には、だ。
塵狼の仕切りでこの事件は片付けたからこれ以上の手出しは無用って感じでな。
俺の存在を前面に押し出せば何とかなる……と思う。まあ口で言うほど簡単にはいかんだろうがな。
「……俺が、雫を」
「話を聞く限り、哀河はタカミナに心を許していたようだしね」
分かるよ。哀河、お前、羨ましかったんだろ?
自分にないものを他者の中に見つけた時、人はどうするか。
仰ぎ見てその眩さに目を細めるか、それを羨み手を伸ばすか……俺は前者で哀河は後者だ。
何時か失ったものが、大切な誰かを思い出させる輝きが、あんまりにも綺麗で羨ましかったからタカミナに近付いたんだ。
「ただ、生半な気持ちで哀河の前に立っても意味はない。それどころか再起不能になるぐらい打ちのめされるだけだろう」
時間はあまり残っていないが、考える時間も多少はあるだろう。
「よく考えることだ。タカミナが覚悟を決めたのなら、俺も……いや、俺達も腹を括ろう」
「……すまねえ」
「良いさ」
俺の言葉にタカミナは力無く笑った。