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命の別名⑫

総合評価五万突破しました。ここまで来れたのは皆さんのお陰です。

本当にありがとうございます。これからもお付き合い頂けると幸いです。

1.さよならだけが人生なのか?


「しっかし珍しいこともあったもんだ」


 放課後。南はスマホを眺めながら帰途についていた。


「誘うのは大体、俺だったのにな」


 雫と遊ぶ際は何時も南が誘うか出向くのが常だった。

 まだ出会って一月も経っていないがそういうパターンが自然と出来上がっていたのだ。

 しかし今回は雫から誘いのメッセージが来た。今日、会いたいと。指定されたのは秘密基地がある廃材置き場だ。


「……何かあったんかねえ」


 少しばかりの不安が南の歩みを速めさせる。

 廃材置き場に到着する。中に入り奥に進むと……居た。雫だ。


「やあ」


 スクラップの山の上に腰掛け笑う雫。

 何時もと変わらぬ笑み。なのにどうしてだろう。南は言いようのない焦燥を感じていた。


「おう」


 が、それを表に出さず軽く片手を挙げて挨拶を返す。

 態度に出してしまえば、本当に何かが終わってしまう気がしたから。


「んで、どうしたんだよ? お前さんの方から会いたい……なんてよ」

「いやぁ……うん、ちょっとね」


 困ったように笑う。それがまた、南の焦りを煽った。


「南くんに伝えなきゃいけないことがあってさ」

「……俺に?」

「ああ」

「何だよ」


 促すと、


「お別れさ――――君にさよならを言いに来たんだ」


 出会いがあれば別れもある。南もそれぐらいは分かっている。

 十四年の人生で相応に離別は経験して来た。

 ああ、それが良き別れならば笑って見送ろう。だがこれは……? ざわつく胸を押さえながら南は言う。


「あ……そりゃ、どっかに引っ越すとか……?」

「ううん」

「じゃあ、あれかい? 俺が何かしちまったとか」


 自分に非があるのならそれは悲しいし申し訳ないが、それでも“マシ”だ。

 頷いてくれ、そう願う南だが現実は非情だった。雫は薄い笑みを浮かべたままふるふると首を横に振った。


「俺もさ。君との時間は案外、嫌いじゃなかったよ? 本音を隠したままでもそれなりに楽しめた」


 笑っている。笑っているのにその感情がまるで分からない。

 表情が動かないのに何となく何を思っているか分かる笑顔とは真逆だ。


「でもなぁ……花咲くんがそろそろ“気付き”そうでさ」

「ニコ? 何でニコの名前が出て来る」


 タカミナの問いを無視し、雫は楽しげに続ける。


「全体の動きを見るにまだ俺達の“カラクリ”に気付いてはいなさそうなんだけど」

「おい!」

「でも彼なら……ねえ?」


 クツクツと喉を鳴らす。

 この会話だけでも何となく察することは出来るだろう。哀河雫と花咲笑顔は対立関係にあるのだと。

 しかしどうだ? 雫の言葉には一匙の敵意さえ感じられない。むしろその逆。南に向ける友情とは別の“親しみ”が滲んでいる。


「何たって“同類”なんだ。俺がやれることは花咲くんも出来ると考えるべきだ。

彼とは多少、“方向性”が違うし彼は眠らせたままにしてるけどそれにしたってふとした拍子に目覚める程度の浅い眠りだろうしね」


「どう、るい?」


 南は思わずオウムのように言葉を繰り返していた。


「喧嘩が強いだとか頭が切れるだとか、カリスマがあるだとか……花咲くんを褒めたり恐れたりする奴は色々言うけどさ。

あれ、的外れだよ。腕っ節の強さも頭の切れも人を惹き付ける力も全部枝葉だ。

俺達はそうじゃない。俺達の一番の武器は“悪意”だろう。そいつを上手に扱えるのが一番の才能だ」


 説明する気もない独り言のようなものだから当然と言えば当然だが、南には雫の言っていることは殆ど分からなかった。

 それでも一つだけ分かることがある。


(……あの時、感じた)


 初めて雫と出会った時、“キレ”た笑顔と似たものを感じた。

 とは言え、雫と付き合いだしてからはそれを感じることはなかった。

 だから気のせいだったんだろと思っていたが……今の雫を見ればそれが勘違いではなかったことがよく分かる。


「……雫、お前……ニコに何か、したのか?」


 未だ心は乱れに乱れている。

 だが、このままではいけない。何かをしなければいけない。冷静に、冷静に。

 自分を落ち着かせるための時間を稼ぐため南は話を振るが雫の瞳はそれを見透かしているようだった。


「いいや? 彼に直接、何かをしたってわけじゃないよ。南くんにも……いや、君には間接的にだがやっちゃったか」

「?」

「まあ兎に角だ。何かをやったわけじゃないけど、彼は既に首を突っ込んでるし……事情を知れば君も動くだろう」


 薄々気付いてはいたが自分達が見過ごせないようなことをしていると明言されたのはやはりショックだった。

 どうして、何故、疑問が駆け巡る。しかし雫はそれに答えるつもりはないようだ。


「さよならを言うだけのつもりが長話になっちゃったね。そろそろ他の人達も来るだろうしもう行くよ」


 スクラップの山から飛び降り、歩き出そうとする雫を南が阻む。


「……行かせねえ」

「おやおや」

「もう何が何やら……分からねえことばっかりだ」


 何が起こっているのかまるで把握出来ちゃいない。

 それでも、それでもだ。


「――――ここで、お前を、止めなきゃいけねえってのは分かる」


 既に過ちを犯しているのだろう。それはもうどうしようもない。

 だが、これから先で犯すはずの過ちを止めることは出来る。

 決意を胸に立ちはだかる南を雫はせせら笑った。


「呆れるぐらいに真っ直ぐだね。でも、君じゃ無理だ」

「……やってみなきゃ分かんね……ッ!?」


 ぞわりと全身が総毛立つような悪寒に南は反射的に拳を放っていた。

 自らの意思ではない。打たされたと気付いた時にはもう遅かった。


「よっと」


 放たれた拳を掻い潜った雫は腕を絡め取って体重をかけるように南を押し倒した。

 何とか脱出しようとする南だが完全に極められてしまい、どうにもならない。

 こんな事態も想定していたのだろう。雫は懐から取り出した手錠で南の両手両足を拘束した。


「鍵は入り口のポストに入れておくよ」

「ま、待て!」

「“さよならだけが人生だ”……ってね。ばいばい、南くん」


 歩き出す雫。


「待て! 待ってくれ! 雫……雫ぅううううううううううううううううううううううううう!!!!!!」




2.あ、煙草もう一本貰って良い?


 煙草は四本目に突入した。短時間でこの本数は自己ベストと言えよう。

 いや、こんなレコード更新したところで何の益もないんだがな。


「……おい笑顔くん、そろそろ一服は良いんじゃねえの?」

「……つかそれ、俺んだし」

「まあちょっと待ちなさいよ」


 別にやる気がねえから屋上に留まって煙草吹かしてるわけじゃないんだ。

 俺なりに色々と仕込みをしてんだよ。そいつが成功したかどうかはまだ分からんが……お、来たか。


「梅津か。首尾はどうだ?」

《……お前の読み通りだ。バッチリ拾えた》

「名前は?」

《……ツクモ――九十九か? 性別は男だろう。まあ名前に関しては偽名って可能性もあるが》

「事前に決めてあったならともかくそうでないならこの状況だ。普通に本名だろうよ」


 九十九、九十九か。そいつが表向きのリーダーの名前だろうな。

 真相を暴かれたこの状況だ。普通ならリーダーに直接、連絡を入れるだろうよ。

 だが出て来た名前が哀河ではなく九十九ってとこを見るに哀河の存在は売人連中も知らないのかな?

 存在は認知してるが自分と同じように末端だと思ってる? まあどっちでも良い。

 物事には順序がある。哀河を引きずり出すためにもまずはその九十九とやらについて調べにゃな。


《……俺はこれからどうすれば良い?》

「拠点の廃ビルで待機。金銀コンビやテツトモコンビと合流して次の指示に備えてくれ」

《……了解》


 スマホをポケットに戻し竜虎コンビに向き直る。


「首魁らしき男の名前が分かった。九十九だ。多分、苗字だろう。年齢は成人を超えてる可能性が大」


 この条件で調べるよう指示を出すが、


「いや……え、何で? あ、ひょっとしてさっきはわざと逃がしたのか!?」

「そうだよ?」


 ちょっと考えればこの二人なら分かるだろうに……やっぱりまだ冷静じゃなかったみたいだな。

 光のヤンキーからすれば本格的な対立状態に至ってない状況で彼らを完全に敵視することは出来ないよな。

 そうなると憐憫やらやるせなさのが上回ってしまい頭の中がぐちゃぐちゃになるのも無理からぬことだ。


「だってあの場で捕らえたところで何の意味もないじゃん」


 連中の動機からしてどれだけ痛め付けたところで情報は吐かないだろう。

 というか、痛め付けるような真似自体したくはなかろうて。

 スマホを取り上げてそこから情報を浚うってのもなくはないが、ロックされてたら何の意味もない。

 解除用のパスを聞きだそうとしたところで絶対吐かない。だから俺はもっと確実性のある手を打たせてもらった。


「一連の事件のカラクリを暴いたんだ。間違いなく上に連絡を入れるだろう?」


 これだけ狡猾に立ち回っていた組織だ。

 下への指導もキッチリ行き届いていると考えるのが当然だろう。報告、連絡、相談はしっかりしていると見て良い。


「「あ」」

「とは言え、ただ尾行させるのもね」


 ようやく得られた手がかりだ。

 尾行がバレる可能性、尾行は成功しても会話が聞き取れず情報を得られない可能性だってある。


「……盗聴器?」

「うん」

「! あの時か!?」


 そう、売人の胸倉を掴んだあの時だ。

 あそこで俺はこっそりと襟の裏に高性能小型盗聴器を仕込んだのだ。

 どこでそんなもんを? 梅津だよ梅津。野郎の趣味からしてそういう方面にも詳しいと思って相談したらビンゴ。

 結構なお値段だったが必要経費と割り切って取り寄せてもらった。

 で、受信範囲やらもしっかり把握してるし尾行もやってもらった。

 ただ梅津にも詳しい事情は伝えていない。敵の首魁についての情報が分かるかもしれないとだけ伝えた。

 そんな状況でもしっかり仕事をこなしてくれるんだからホント、頼りになる男だ。


「まあ、メールやらで報告をされる懸念もあったけど」


 状況が状況だ。より正確に伝えるために文字よか会話を選ぶだろう。

 俺の読みは的中して、まんまと情報を抜き出すことが出来た。

 梅津には会話の書き起こしも頼んであるからそれが終わればメールで届く手筈になってる。

 電話口で九十九以外の話をしなかったあたり重要な情報はなさそうだが……ま、念のためね。


「つーわけで、だ。二人にも動いてもらうよ」

「分かった」

「ただ気をつけて欲しいことがあって……」

「分かってるよ。動かす連中はキッチリ選べってんだろう?」


 その通りだ。真実が白日の下に晒されたとは言え、だ。

 いきなり暴走を始めることは多分ないと思う。だがその可能性は決してゼロではない。

 ならば彼らについて調べる人間は厳選すべきだろう。

 全員が全員、竜虎コンビや烏丸さんレベルなら心配は要らんのだがそれは流石に無茶が過ぎるからな。


「そんじゃ一先ず解散ってことで……あ、煙草もう一本貰って良い?」

「……良いけどさ。そんな吸うなら自分で買いなよ」

「いやぁ……胸糞悪い時にしか吸わないもんでつい……まあ、これからは常備しておくよ」


 二人を見送りながら一服。

 煙草もなー、前は大事な戦いの前にバフ目的でとか考えてたけど全然だわ。

 嫌な気持ちを嫌な記憶で塗り潰すことにしか使ってねえや。


(あぁ……こうしてると思い出すぜ……あのふざけたタバコミュニケーションを……)


 不快を不快で塗り潰すなんてのは不健全だと分かってるんだがな。


(それでも……んん? 矢島から?)


 何だろうと首を傾げつつ電話に出る。


「――――」


 その報告を聞き、俺は絶句した。


(動きが……動きが早過ぎる……!!)

雫はこれまでの敵キャラの中で一番反則気味の性能だと思います。

資金集めとかドラッグの調達とかそういう意味で。

まあでも世の中には中学生不良グループが十数年後にゃクソやべえ反社になってる漫画もあるので

ヤンキー漫画ではこれぐらいは許容範囲でしょう。あとこれジャンル、ファンタジーですし。


今後の予定ですが今回の長編は重めになる分、次のはアホな話が殆どになると思います。

年末ってかクスマスの様子を数話ぐらい書いて修学旅行編に行こうとかなと。

修学旅行編も重い感じにはならずストレートな感じになると思います。

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