命の別名⑪
1.名探偵笑顔
哀河雫の調査結果は……俺の予想通りのものだった。
俺の視点で言えば完全な“黒”。状況証拠とメタ読みだけとは言えここまで符合すればもうどうしようもない。
後はもう……時計の針を進めるだけだ。一気に動かせば不味いことになるから慎重に、だけど。
(はぁ……おや?)
コーヒーを啜りながら店の外を見ていると、待ち人がやって来た。
窓越しに視線を合わせると二人は頷き、店に入った。
「待たせたな」
「それで笑顔くん、一連の事件の裏が分かったってのはホントなのか?」
「多分、だけどね。とりあえず二人も座って何か飲んだらどうです?」
俺がそう促すと大我さんと龍也さんはそれぞれイチゴオレとバナナオレを注文した。
ヤンキーの癖に可愛い注文しやがってからに……でも美味しいから仕方ないよね。
「ところで、頼んでたことについてなんだけど」
「ああ、下の連中を自宅待機させろってあれか? まあ、やっといたよ」
「んで、一部の奴らは直ぐ動かせるようにもしてある。後ろで控えてくれてる烏丸さんの指揮で即応出来るだろうぜ」
「それは重畳」
この二人も集団を動かせる人間だから出来れば後ろで控えて万が一に備えて欲しかったんだが……。
まあ、しょうがない。“危機感”を持ってもらうなら直接、その目で見届けてもらった方が良いからな。
頭の良い二人だ。真相が明るみになったならそこから起こり得るであろう“暴走”についても察してくれるだろう。
「それで、一体全体どういうことなんだ? 一体お前さんは何が見えてるんだ?」
「勿体ぶった探偵を気取るつもりはないけれど、ここでは語れない」
「そりゃ一体……」
「俺自身、まだ確証があるわけじゃない。その状態で口にするのは憚られることなんでね」
だが、長々と待たせるつもりもない。
「一服したら、確かめに行こう。この三人で」
「……大我よ、俺すっげー嫌な予感するんだが?」
「……奇遇だな、俺もだよ。まあ、だからって退くわけにもいかねえんだが」
違法薬物なんてただでさえ不愉快な厄介事なんだ。
その裏に隠れた真実だってロクなものじゃないのは当然だろう。
「ん、そろそろ出ようか」
「「……あいよ」」
喫茶店を出た俺は二人を伴い繁華街を進む。街の賑わいが今は煩わしくてしょうがない。
気が重い。自然と足も重くなるが逃げるわけにもいかないから何度も何度も自分に活を入れる。
「……ここだ。ここでドラッグの取引が行われる予定になっている」
とある雑居ビルの前で足を止め、顎で示す。
ジャンキーっぽい奴を締め上げて取引を行うよう段取り整えさせたのだ。
で、指定されたのがこのビルの“空室”になっているはずの場所。おかしな話だ。
何も入ってないって言っても普通は施錠ぐらいはされているはずなのにな。
じゃあこのビルの持ち主がって? いや違う。登記を調べりゃ分かる程度で黒幕の情報が割れるかよ。
この持ち主と後ろ暗い取引の結果だろう。仮に何かあってもビルの持ち主は知らぬ存ぜぬを通すはずだ。
「売人と接触するのか?」
「彼らからは何も……いや、何も問うまい」
「中に入ったら何も言わず俺のやることを見届けて欲しい」
「「分かった」」
「OK。覚悟は良いかな?」
二人が頷くのを確認し俺は取引が行われる部屋へと踏み込んだ。
奥に居た売人の少年は俺達の姿を視認すると微かに目を見開いたが直ぐに無言でこちらを睨み始めた。
じっとりとした怨念が感じられる視線に居心地の悪そうな顔をする竜虎コンビをよそに俺は部屋の鍵を閉める。
「……覚えがあるな。前も、話を聞きに来たなアンタら」
無言で部屋の中央まで歩を進める。
「この取引はアンタらが仕組んだわけだ」
皮肉げに笑う売人。俺は無言で彼を見つめる。
「ロクな手がかりも得られず、いい加減痺れを切らして強硬手段ってとこか?」
「……」
「良いよ、やれよ。でも俺は何をされようと吐かないぞ。アイツらも糞だがお前らも糞だからな。ざまぁみろ、良い気味だ」
ふぅ、と溜息を吐く。そして呆れたように言ってやる。
「――――“アイツら”なんてどこにも居ないくせに」
あぁ、その顔を見れば分かるよ。やっぱり当たってたんだな? 当たって欲しくない推測ばかりが当たる。
露呈するとは思っていなかったんだよな? だから咄嗟の対応が出来なかった。露骨に動揺しちまった。
黒幕……哀河ならその可能性も指摘して、指導も出来たんだろう。
だが露呈した場合に備えての指導なんてしたら、それ自体が態度に出て勘の良い奴に嗅ぎ付けられてしまう。
だから多分“もしもの時”のための軽い方策を授けつつも絶対バレないから大丈夫と言い含めたのだろう。
その“自信”が売人の真実を守る霧になると判断して。
その判断は俺も正しいと思う。俺が哀河の立場なら同じことをしただろう。何せ、売人の彼らは元々はただのパンピーなのだから。
「何を訳の分からないことを」
咄嗟に取り繕ったか。よく仕込んである。でもダメ。俺には通用しないよ。
内心、ぐっちゃぐちゃなんだろ? どうするべきか迷ってるんだろ?
俺からすりゃ付け入る良い隙だ。悪いね、利用させてもらうよ。
「臭いお芝居はもう良いよ。そういうの、萎えるからさ」
更に距離を詰めると後ずさるが、それよりも早くに俺が売人の襟首を掴み上げる。
「後ろに指示を出している者は居る。でも、お前は……いやお前らは“やらされている”わけじゃない」
「は、はな――――」
「“自分の意思”でドラッグを広めてるんだろ?」
手を放し、ドンとその胸を突いてやると売人は尻餅を突いた。
とりあえず今のところ“バレ”ていないっぽいな。上手くいくと良いんだが……。
「まったく……してやられたよ。この脚本を書いた奴は相当、歪んだ性格をしてるよ」
俺みたいにな。
「真性の屑だ」
俺みたいにな。
「救いようがない」
俺みたいに……かはまだ分からない。
「……ッ……だ、黙れ! お、お前にお前なんかに……!!」
「俺、何か間違ってること言ったかな? 何一つ間違ってないと思うんだけどね」
じゃあ聞くが、
「――――“被害者”を“加害者”に駆り立てる奴は善人なのかい?」
俺は何も泣き寝入りしろって言ってるわけじゃない。
「“目には目を歯には歯を”。法治国家の人間としちゃ失格かもしれないが俺はそれを否定しない」
そうしなければどうしようもないというのなら虐げた者、奪った者、そいつに復讐するのは“アリ”だろう。
だが“それ以上”を望むのなら話は別だ。被害者の枠には留まれない。ただの加害者になる。
「そいつが通用する段階はもう終わってるはずだ。違うか?」
「う、うぅ」
哀河が全員、破滅に追いやったはずだ。
まあ“一人”を除いて殺されてはいないだろう。でもそれは保身のためではない。
そんなことを考えるような奴ならそもそも違法薬物をばら撒くなんて真似はしない。
自分以外の“同胞達”のためだ。哀河は自分の救いなんて求めちゃいない。
だが同胞達は違う。彼らには、未来を望んでいる。どうしようもないなんて諦め切れずに居る。
だから生かした。直接ではなくても人の命を奪った十字架は重いから。
その重さが未来への歩みを邪魔することを……きっと、アイツは知っていたから。
「お、おい! 一体どういうことなんだ!? 説明してくれ! 訳が分からねえ!!」
悲鳴にも似た大我さんの叫びが虚しく木霊する。
少し落ち着けば理解出来るだろうが……まあ、この状況だとな。
「彼らは被害者なんだよ。不良と呼ばれる連中のね」
売人達も、その後ろに居る奴らも皆、そう。
悲嘆に沈み心が壊れてしまった者達が身を寄せ合って生まれた闇。それがこの事件の全容だ。
「自分か、大切な誰かか。喪失の形はそれぞれだが皆、何かを奪われた」
哀河の周囲で寿命以外で死んだ者は居ないか?
もし居るならその死因を調べて欲しい。死因が事故なら加害者がどうなったかも。
それがテツとトモへ頼んだ調査の内容だ。どんぴしゃだった。
哀河は姉を事故で亡くしている。信号無視で突っ込んで来たバイクに跳ねられて死んだ。雫を庇って死んでしまった。
バイクを運転していたのは当時19歳の少年で……“薬物中毒者”だった。
そいつはもう、この世には居ない。事故で死んだ? いいや、自殺だ。自殺に見せかけて哀河が直接、手を下した――わけではない。
少年院でタオルを使って首を吊って死んだそうだ。じゃあ哀河は無関係かって? それも違う。
――――自殺するように仕向けたんだ。
人殺しの十字架は愚かな少年にその罪を自覚させるには十分だった。
何でもして一生をかけて償うつもりだったんだろうな。
当時の新聞に載っていた法務教官や医者のコメントを見るに多分、本気で罪を悔いていた。
本気で罪を悔いていたからこそ……耐えられないこともある。
事件からほどなくして加害者の少年の家族の周囲で酷いバッシングが始まった。哀河が煽ったのだ。
バッシングは家族の心を蝕み、やがて彼らの怨み辛みは加害者の少年に向けられた。
反省していなければ何てことはなかっただろう。だが、本気で罪を悔いているからこそ“覿面”だった。
哀河の憎悪は見事に、姉を奪った怨敵を食い破ったのだ。
当時まだ小学生だった哀河が誰にも悟らせずそんなことが出来るのかって? 出来る。
(花開くべきではない才能だ)
何時かルイに語った、その人を不幸にする才能。
哀河には不幸にも才能があった。悪意を鋭い刃に変えてしまえる悲しい才能が。
目覚めてしまったのだ。あの女がそうであったように己を苛む棘のような才能に。
その才能があったから今回の事件も起こせてしまった。
同じ苦しみに喘ぐ者達に救いの手を差し伸べることが……出来てしまった。
「奪った者への報復は既に終わっている。でも、それで壊れた心が元に戻るか?」
そんなわけがない。
「だから復讐の対象を広げた」
「……当事者じゃなく、不良って呼ばれてる連中全てに……」
龍也さんが呻くように言った。彼だけではない、大我さんもその顔は真っ青だ。
俺の話を聞いて理解したのだ。これから起こり得る事態を。
「そう。ドラッグが安いのも当然だ。だって儲けるために売ってないんだもん」
ドラッグを広めることそれ自体が目的なんだから利益など度外視して当然だ。
ただ、金がないかと言えばそれは違うだろうな。
金がなきゃそもそもこんなことは出来ない。これも雫だろう。ただ、年齢的なものがあるからな。
表向きのボスになる成人以上の誰かが傀儡となって動いたのだと思う。
「Reだっけ? 随分とまあ“女々しい”名前をつけたもんだ」
Reには二つの意味があるんだろう。
一つは楽園回帰。もう一つは復讐。
後者が彼らの真の目的ならば楽園回帰の方はただのカモフラージュなのかって言えばそれも違う。
「戻りたいんだろ? 楽園にさ」
終わらない苦しみに、埋められない欠落に、身を焼く怒りに、癒えない悲しみに。
どうにもならない痛みに喘ぐ彼らの声なき声、俺には聞こえていた。
「でもそれは無理だと分かってる」
コイツらのやってることは自分達のような人間を新たに生み出す可能性も孕んでいる。
標的は不良だがジャンキーによって一般人に危害が及ぶって想定が出来ないほど間抜けではあるまい。
分かっている。なのに止められない。止まれない。壊れてしまったから。
怨念と罪悪が絡み合った暴走――それがこの事件の本質だろう。
「う、うううぅうわぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
無遠慮に傷を抉ったからだろう。もう耐えられぬと売人が絶叫を上げた。
竜虎コンビが俺を庇おうと前に出ようとするがそれを手で制し、真っ直ぐ売人を見る。
「黙れ黙れ黙れ! お前に、お前に何が分かる!?」
売人の右手が突き出される。ゆったりとした袖口に光る物が見えた。
と思った瞬間、そこから何かが射出された。
避けられない。そう判断した俺は顔の前に左手を翳した。
肉を貫く感触と同時に開いていた手を閉じる。掴み取ったのは……針か。顔に届く前に止められて何よりだ。
「「テメェ……!!」」
激昂した二人が動くよりも早く、売人は窓を突き破って外に飛び出して行った。
ここは二階だからな。まあ、これぐらいはやれるだろう。
「追って……いや、無駄か。チッ……」
だろうな。場所が悪い。繁華街。ここほど人に紛れやすい場所はない。
僅かな逡巡もなく売人と同じように飛び出していたら間に合ったかもだが、俺が気になったのだろう。判断が遅れてしまった。
まあ俺がこの状況を作るためにそう誘導したんだがな。ここであの売人を捕らえられたら困るんだよ。
「とりあえず場所を移そうか」
何か言いたげな二人を無視して俺は雑居ビルの屋上に上がった。
「……よぉ、手は大丈夫なのかい?」
「何てことはないさ。毒が塗られてるわけでもなし」
針を引き抜く。おうおう、ぶっといもん刺してくれやがってからに。
呆れつつハンカチをキツク縛り付けて止血を行う。
「どっちでも良いからさ。煙草、くれない?」
「え、あ、お、おう」
大我さんから貰った煙草を口に咥えると、龍也さんが火を点けてくれた。
めいっぱい煙を肺に入れ、ゆっくりと吐き出す。ああ、不味い不味い。だがこの不味さが癒しだ。
やらねばならぬことではあった。だが、あんなストレスフルなやり取りをさせられたんだ。ふっつーにしんどいわ。
「……お前さんの指示の理由は全部、理解したよ」
「……確かに確証もないのに言いたくねえわな」
二人の顔は苦い。
「だが、当たって欲しくない推測は当たっちまったぜ大将」
「どうするんだ?」
舞台の隅で自縄自縛の道化が踊り狂っているのに気付かず見当違いの滑稽劇に興じていたのがこれまでだ。
だが、俺が無理矢理スポットライトを当てたことで滑稽劇は終わり正しい芝居が廻り始めた。
「どうするもこうするもない。始まったものは終わらせなきゃいけないだろう?」
少しでもマシな幕引きに向けて突っ走るだけだ。