命の別名⑨
1.緊急集会
午前零時。集会場所であるお化けボウリング場では既に皆が集まっていた。
俺としては二度と夜には……いや昼にも来たくはなかったんだけどさあ。
サツやら別のチームやらに余計なちょっかいをかけられる可能性を限りなくゼロにしたかったのだ。
ここなら場所が場所だし、盗み聞きの心配もなければ誰かが来たとしても直ぐに気付けるしな。
「……花咲、中を見回って来たが誰も居なかったぞ」
「ん、ありがと」
アキトさん達の例もあるからな。ないとは思うが一応、中も調べてもらったのだ。
ラップ音やら変な笑い声が聞こえるようなとこを調べたくはなかったのだろう。梅津は渋い顔をしているがジャンケンに負けたお前が悪い。
「さて」
階段に腰掛けたまま、そう切り出すと皆がピタリと静まり返った。
今日ばかりはこの行儀の良さがありがたい。
「まずは今日の出来事から語ろうか。知ってる者も居るかもしれないけど、タカミナがやられた」
どよめきが広がる。おぉぅ、皆の様子を見るに殆どが知らなかったらしい。
薬師寺とやらが大々的に喧伝してんだろうなと思ってたが……まだやってないのか? もしくは塵狼の動向を窺っている?
元四天王で取り巻きが居るつっても塵狼よりゃ小さい。一斉にかかって来られたらどうしようもないからな。
総長である俺の意思が見えるまでは大人しくしてる? まあどうでも良い。
「これに関しては手出し無用だ。タカミナも自分でケジメをつけると言ってたからね。
ただこれから話すことと完全に無関係ってわけでもない。
タカミナをやったのは薬師寺ってカスなんだけどさ。そいつ、不気味なほどに“タフ”な奴だったそうだ」
回りくどいかもしれないが物事には順序ってものがあるからな。
「さて。この中で直近、一ヶ月ぐらいで高校生と喧嘩したことがある奴は挙手」
おぉぅ、八割ぐらい手が挙がったぞ。
存外、血の気が多い……いや、自分から喧嘩を売ったってのはあんまり居なさそうだな。
だってどいつもこいつも負い目のない顔をしてるもん。自分から手を出したにしても向こうに非があってのことだろう。
「その中で戦った高校生が妙にタフだと思った奴はそのまま挙手。思わなかった奴は手を下げて」
…………七割強ってところか。
かなり蔓延は進んでいるらしい。この様子だと俺が集会を開かんでもその内、悪童七人隊の誰かから話が上がって来たな。
「結構。おろして良いよ」
傍らに置いてあったお茶で喉を潤し、俺は本題を切り出す。
「――――この街の不良に違法薬物が蔓延し始めている」
一瞬、俺が何を言っているか分からなかったようだが直ぐに理解が及んだようで、
「え……は!? ヤク!? ヤクが蔓延してるって……」
「ちょ、総長! どういうことっすか!?」
「んなの、噂でも聞いてないっすよ!!」
あちこちで困惑と、説明を求める声が上がる。
これじゃ話にならんと思ったのだろう。金銀コンビがパンパンと手を叩く。
「静粛に静粛に!!」
「えっちゃんの話はまだ終わってねーぞ!!」
「俺らも初耳だし、心底驚いてるがまず話を聞かんことにゃどうにもなんねえだろ!?」
「分かったか? 分かったならお口チャァック!!」
皆が落ち着いたところで俺は再度、口を開く。
「俺もこの話を聞いた時は皆と同じようなリアクションだったよ。でも嘘じゃない。何せ大我さん、龍也さん、烏丸さんからの情報だもん」
塵狼の構成員の殆どは元々、柚か桃の下に居た奴らだからな。
必然、大我さんと龍也さんの名前は重いものになる。そこに烏丸さんも加わればマジだというのがよく分かるだろう。
「主な標的は中学生じゃなく高校生だから気付かなかったんだろう。だが……」
「……さっきの話か」
「そう。間接的にはもう被害が出始めてる。まだやばいラインを越えちゃいないが……それも何時まで続くか」
察しの良い者はジャンキーになった連中が何をしでかすかかに思い至ったのだろう。渋い顔をしている。
まだ具体的に分かってない者のために一から説明すると、彼らも顔色を変えた。
「俺は三人の要請に応えてここしばらく調査に加わってたんだが……まあ、酷い酷い。結構な数の高校生が引き摺り込まれてる」
と、そこで金銀コンビが揃って手を挙げたのでどうぞと促す。
「今日まで俺らに隠してたのは厄介事に巻き込まないためか?」
「そりゃちょっと薄情なんじゃねえのえっちゃんよぅ」
「じゃあ逆に聞くけどもし二人が俺の立場だったとしてドラッグの問題なんぞに俺を関わらせようとする?」
「「う゛……そ、それは……」」
「つまりはそういうこと。タカミナや梅津でもギリギリまで巻き込まないように立ち回るでしょ? というわけで俺を責めるのは筋違いでーす」
そこ突っつかれるのは予想済みよ。
「あと大我さんと龍也さんからも頼まれてたしね。だが、身内に手を出された以上はこれまで通りとはいかない」
塵狼として事態の解決に向け動く。俺の告げた方針に異を唱える者は居なかった。
「これからは俺らも調査に加わるが……言っても高校生の間でのことだからね」
どうしたって俺らが疎くなるのはしょうがない。
なので基本的には高校生三人の指示に従って動くことになるだろう。
ただこっちはこっちで独自に動くこともあるだろうから全員ってわけではないがな。
「柚と桃は大我さん達と仲が良いから間に入って上手いことやってくれ」
「「あいよ」」
「梅津と矢島、テツトモは俺の直轄。基本的には高校生組と動いてもらうが必要な時は外れてもらうことになる」
「「「「了解」」」」
「それとテツトモは別個で、タカミナのフォローもよろしく。アイツにバレないように上手いことやって」
「ふんわりした指示~いやまあ、やるけどさ」
「ああ、アイツはアイツでやることがあるからな」
タカミナは幼馴染二人組に任せときゃ大丈夫だろう。
「細かい指示は明日、三人と話し合って決めるから各自、スマホの充電は切らさないように」
《押忍!!!!》
「良い返事だ。それじゃ話はここまで。皆で軽く流してから解散にしよう」
2.天啓
緊急集会から一週間が経過した。
タカミナの完全快復も間近に迫っているのに未だ、俺達は有力な情報を掴めずに居た。
(ま、当然だわな)
カッコつけて俺らも動くと言ったは良いもの、だ。
俺らが参戦する以前からさしたる情報は得られなかったのだ。
人手が増えて調査範囲が広くはなったものの、そう簡単に有力な手がかりは掴めんだろう。
(どうすっかなー、俺もなー)
母が作ってくれたお弁当をパクつきながら考えてみるが妙案は浮かばない。
こんなにも美味いお弁当なんだしINTバフぐらいついてもええんでないの?
(卵焼きうめぇ……)
夏休み明けから人が近付いて来るようになったとは言え、だ。
考え事をしたい俺はここ最近、近寄るなオーラを出しているので空気の読めない奴以外は誰も絡んで来ない。
そしてその空気を読めない奴ですら屋上には立ち入ろうとしない。なので昼食を終えたらこのまま不貞寝してしまおうか。
(はー……野生のホームズかコースケがポップしてくれたら俺がこんなに頭を悩ませる必要もなかったのになー)
でもなー、ここはなー、ヤンキー漫画の法則に支配された世界だから。
ミステリーの法則に支配された世界じゃないから――と、そこまで考えて気付いた。
(…………ミステリーの法則に支配された世界じゃなくて良かったわ)
俺の生い立ちでミステリーの世界とかだったらもう何人か周囲で死んでてもおかしくねえぞ。
母と姉とか……善良な人間だけどミステリーにおいてそれがプラス要素になるかは甚だ怪しい。
むしろ善良であるがゆえに犠牲者としてお出しすることで事件の凄惨さを演出させられたりとかな。
そうなると怪しいのは父親だな。俺を怨んでるのは当然として、母と姉も逆恨みしてそうだし。
いや、母と姉どころか真人さんや兄弟達も……凶行を起こすフラグバリバリじゃねえか。
何だったら俺だって将来、凶行を起こすフラグ立ってるからね。やるせない系の犯人になる素養バッチシ。
(ぽんぽん人が死ぬ世界とか嫌だわ)
世界が継続するために、この世界と同じくぽんぽん子供は生まれるだろう。
でも死ぬ。日常のどこに死亡フラグが潜んでるか分からんもん。ぽんぽん生まれるけどぽんぽん死ぬ。
(イザナギとイザナミかよっつーね)
お前んとこの人間、毎日千人殺してやんよ?
あん? だったら俺は毎日千五百人生まれるようにしてやんよってか。
おめー、その理論が通じるのは神話だけだからな。リアルでやらかされたら堪ったもんじゃねえわ。
などと考えていると、
「や、ご一緒して良いかな?」
八朔が購買のパンを手に屋上へやって来た。
「八朔……うん、別に構わないよ」
知らん奴ならともかく八朔なら問題はない。
「でも良いの? わざわざ俺なんかのとこに来てさ」
あのタイマン以降、八朔本人もそうだが周囲の環境も大きく変化した。
気弱なところはあるけれど大事な場面でしっかり勇気を振り絞れる奴だと皆が一目置くようになったのだ。
そのお陰で一緒にお昼を食べる友達だって出来た。八朔は自分を変えることで小さいながらも自分を取り巻く世界を変えてのけたのだ。
それはとても偉大なことだ。八朔本人が頑張ったから成し遂げられたことだが、僅かなりともその一助となれたことは誇らしく思う。
「友達とご飯を食べることの何がおかしいの? ……と、友達だよ、ね?」
そこで若干、不安になるあたり八朔は八朔だなぁ。
「そうだね。君は俺の友人の一人だ」
「あ、ありがとう……」
「でも何だってわざわざ?」
友達と一緒にご飯を食べることに理由は要らない。だが、理由がある時だってあろうさ。
そして今回は何か理由があってのことだろう。俺の問いに八朔は、
「その……あの、花咲くん……最近、何か悩んでいるようだし……ぼ、僕に何か出来ることはないかなって」
「……その気持ちだけで十分さ」
「やっぱり僕じゃ役に立たないかな?」
「役に立つどうこうより、クッソくだらない事に君を巻き込みたくはないだけだよ」
日々を真面目に生きてる人間をだよ? 違法薬物絡みのことに巻き込むなんてアウトでしょ。
役者でもない人間をいきなり舞台に引き摺り込んで何かしろだなんて無茶振り以外の何ものでもない。
逆に言うと役者には色んな無茶が押し付けられるわけだが……俺も早く舞台を降りてえなぁ!!
「でもまあ、愚痴ぐらいは聞いてもらおうかな。良い?」
「勿論!!」
八朔を立ててってわけじゃない。皆無ってわけではないが主な理由は注意喚起だ。
自衛能力を持つ俺のような人間ならジャンキーに絡まれようが問答無用でシバキ回せるけど八朔はそうでもないからな。
「実は今、この街の高校生にさ……主に不良なんだけどね? 違法薬物が蔓延してるんだ」
「えぇ……? 初っ端からどうして良いか分からない危険球……」
ですよね。
「その、花咲くん達はそれを止めようと?」
「うん」
どうでも良いけどここで警察に頼れ、って言葉が出て来ないあたりマジで舞台装置だよな。
いや普通に仕事はしてるんだけどね? ニュースとかでもこないだ長年、逃亡してた殺人犯を逮捕しただのやってたし。
ただヤンキー絡みとなると……ねえ? 人死にが出るタイプのエピソードなら絡んで来るんだけどそれ以外では基本、邪魔だから……。
「別に正義感とかってわけじゃないよ? 気に入らない、目障りだから潰そうってだけさ」
義憤的なものを抱いて動いてる奴も居るには居る。
だがそれが公共の正義に基づくものかと言えばそれは違う。出発点はあくまで自分の道理だ。
俺に至ってはその手の義憤ですらなく純粋な私欲だし。
高校生の姉が巻き込まれるのが嫌だから潰す、事が大きくなった状態で関わると面倒だから早めに潰す――だもの。
「まあそんなわけでさ。八朔も気をつけて欲しい。ジャンキーなんてのは何するか分かったもんじゃないし」
高校生の不良を見かけたら近寄らない。何なら即逃げ出すぐらいが丁度良い。
いや、八朔の性格的に好んで不良なんぞに近付くとは思えないけどさ。
「……」
「八朔?」
「あ、うん。気をつけるよ……でも、でもだよ?」
「?」
「……もし、もし目の前で何か許せない、許しちゃいけないことがあった場合は……約束、出来ないかも」
自信はなさげだが、その瞳には弱いながらも信念の光がちらついていた。
無謀と切り捨てるのは簡単だが、これは八朔が願った成りたい自分の証でもあるのだ。
であれば無謀の一言で簡単に切って捨てるのは違うだろう。
「分かったよ。でも、なるべく無茶はしないでよ。友達としてのお願いだ」
「……うん」
しかしあれだな、八朔ってばマジで王道を歩いてやがる……。
いじめられっこが自分を鍛え勇気を振り絞って激闘の末にいじめっこを倒して良い方向に進むとか王道中の王道じゃん。
ライトサイドにもほどがある。未だグレーゾーンをふらふらしてる俺からすれば羨ましいなんて……もの……じゃ……。
(――――ちょっと待てよ)
錆び付いた歯車に油を差したように、鈍かった思考が音を立てて回り始める。
もし俺の推測が正しいならこの事件の裏は……そして“アイツ”も……ならばこれから……。
「……八朔」
「?」
「ありがとう」
「は?」
唸れ俺の漫画脳……ッ!!
何となく作中世界の戦国時代について考えてました。
本願寺……坊主……禿……強い結束……本願寺は鳳仙だった?