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命の別名⑧

1.男の意地


 トモから連絡を受けた俺は烏丸さんのアパートを出て、教えられた病院に急行。

 病院に到着すると入り口のところでテツとトモが俺を待ってくれていた。

 表情は優れないが、取り乱していないところを見るに最悪……ってわけではないのだろう。

 安堵しつつも、俺は早速切り出した。


「それでタカミナがやられたってのは?」


 タカミナってより四天王は中学生だがその強さは中学生の枠を超えた高校レベルだ。

 加えてタカミナは生粋の光のヤンキーだからな。バフも乗っかるだろうしそれも加味すると上の下ぐらいの実力はあるだろう。

 そんなタカミナを病院送りにするとなればそれこそ叛逆七星に参加してた総長クラスぐらいでないと難しい。

 そのレベルの相手とやり合う機会はそうそうないと思うのだが……。


「……相手は薬師寺だ」

「タカミナの先代の? 皆の話を聞くにタカミナがやられるような相手とは思えないけど……」


 高校に入って急激にレベルアップした? その可能性は低いだろう。

 話から透けて見える人柄からして成長限界が高いタイプとは思えない。

 もしそれだけの強さを手に入れていたのならもっと早くタカミナにリベンジをかましていただろう。


「……タカミナさ。最近、新しい友達が出来たみたいなんだ」

「新しい友達?」


 良いことじゃないか。交友関係が広がるのは素晴らしいことだ。

 基本、受身で何時も同じ面子としかつるめていないコミュ力がゴミの俺とは大違いである。


「その子はいわゆる不良系とは縁遠い子でね。ここ最近はずっとその子と遊んでたみたい」

「哀河というんだが絵が趣味らしくて、彼のスケッチを見るのが好きだったらしい」

「それはまた……意外だね」


 タカミナが絵に興味を持つとかちょっと……いや結構意外である。

 これが金銀コンビあたりなら趣味の広さ的に不思議でもないんだがタカミナがってのは驚きだ。

 幼馴染二人も同意見らしく、頷いている。


「からかわれたくなくて内緒にしてたんだろうな。で、今日はその哀河と一緒に雨傘の森でスケッチをしていたらしい」


 雨傘の森、という単語にピクリと肩が震えたが……まあ今は重要なことではない。

 無視だ無視。有名な心霊スポットについて考えるような場面じゃない。


「そこに薬師寺がやって来て……」

「……まさか」


 タカミナが負けるはずがない。そう思っていたがここまでに並べられた要素を加味すれば話は変わって来る。

 俺が気付いたことを察したのだろう。トモが神妙に頷いている。


「ニコの推察通りだ。薬師寺は“やたらタフ”だったが喧嘩自体はタカミナが優勢だったらしい」


 やたらとタフ、ね。

 取り巻きがドラッグに手を出しているのだから、そりゃ猿山の大将も同じだろうて。

 だがドラッグによるバフがあろうとタカミナに勝てるほどではない。

 だから、


「……その哀河って子が狙われたんだね?」


 光のヤンキーが実力では勝ってる相手にやられてしまうお約束パターンの一つだ。


「ああ。哀河を庇って手痛いダメージを負わされてそこから崩れたらしい」

「……なるほど。で、その哀河って子は大丈夫なの?」


 タカミナが守ろうとした子だ。その安否が気にかかる。


「かなり痛め付けられたようだがタカミナほどではない。今は治療も終わってタカミナに付き添っている」

「……そっか」


 傷付けられたのなら良かった、などとは言えない。

 それでも最低限度で済んだのは僥倖だろう。

 薬師寺としても標的はタカミナだったから哀河の方は病院送りにするほど痛め付けなかったのだと思う。

 なら最初から手を出すなよと思わなくもないが、


(……タカミナの友達だからなぁ)


 戦う力などなくても庇おうとしたのだろう。それが目障りだったから暴行を加えたってところか。


(虫唾が走る)


 不良なんてのは所詮、逸れ者だ。喧嘩に綺麗汚いだのと抜かす方が情けない。

 だから俺も卑怯だなどと言うつもりはない。だからこの怒りはもっとシンプルで利己的なものだ。

 気に入るか、気に入らないか、逸れ者の論理なんてその程度のもの。

 気に入ったら誰が相手でも肩入れするし、気に入らなければ誰が相手でも血祭りに上げる。どうだ? ヤンキーらしいだろう?

 望んでヤンキー輪廻に入ったわけではないが、今はヤンキー輪廻の住人なのだ。

 であれば俺も逸れ者の論理を振り翳して好き勝手させてもらう。今まで通りな。


(どうしてくれようか)


 沸々と血を滾らせていると、


「ニコちん、怖い。お見舞いに行く人間の空気じゃないよ」

「――――」


 テツが困ったような顔で笑う。

 それは聞き分けのない子供を諭すようで……俺は一度、大きく深呼吸をした。

 情けない話だ。実年齢で言えば息子ぐらいの年齢の子に窘められるとは。


「ごめん、ありがと」

「いや良いよ。じゃ、行こうか」

「金銀コンビはまだだが、梅津と矢島はもう来てる」


 二人に連れられタカミナの居る病室へと向かう。

 道中、聞いたのだがこの病院はどうも“そういうこと”に理解があるタイプの病院らしい。

 東区のヤンキーは大概、一度はここに運び込まれてるとのことだ。


(つまり警察沙汰にはならんってことね)


 ヤンキー漫画的にはありがたいヒールスポットだな。


「ここだ」


 包帯を巻かれ痛々しい姿で眠るタカミナとベッドの傍の椅子に腰掛ける少年。


 部屋の隅では梅津が壁に背を預け、その傍らには矢島。

 部屋に入るとタカミナを除く全員の視線が俺に向けられた。

 真っ先に口を開いたのは、


「あ、あの……」


 彼が見知らぬ少年――多分、彼が哀河なのだろう。

 不思議と、何故だか分からないが妙な親近感を覚えた。


「ごめんなさい……お、俺のせいで……」


 哀河少年は自分もボロボロだってのに謝罪の言葉を口にする。

 俺にビビってとかではない。純粋にタカミナを想ってのそれだ。


「謝る必要はない。むしろ、君が謝るとタカミナの立つ瀬がなくなる」

「でも……」

「何なら俺達がタカミナの代わりに謝るべきだ。関係のない君をこんなことに巻き込んじゃったわけだしね」

「そんな……! あ、あなた達に悪いことなんて……」

「それを言うなら君もだ。だから、この話はここまでにしよう」


 身体は大丈夫か? と聞くと哀河はコクリと頷いた。


「……それで、どうするんだ大将?」


 だんまりを決め込んでいた梅津が口を開く。

 どうする? どうするって? それ、わざわざ聞くことか? んなもん決まってるだろ。


「薬師寺だっけ? 俺が地獄を見せてやるよ。手出しは無用だ」

「……わざわざお前が出張るまでもねえ。俺がやっても良いんだぜ?」

「いやいや、梅ちゃんや笑顔くんが出張るような相手やないでしょ。ボクがやりますわ」

「いや俺がやるつってんじゃん。すっこんでなよ」


 梅津、矢島とメンチを切り合っていると、


「――――そいつは勘弁してやってくれねえかな?」


 入り口の方に視線をやるとタカミナをオッサンにしたような作業着姿の男が立って居た。


「おじさん……来てたんだ」

「おう。丁度、近くの現場に顔出しててよぅ。母ちゃんに見舞い行って来いって言われたんだわ」


 アイツがこれぐれえでどうなるわけでもないのになと肩を竦める男。

 やはりと言うべきかタカミナの父親らしい。


「それより、君……哀河くんだったか? 悪いな、うちの悪がきのせいでよ」

「い、いえ! 俺の方こそ、何も出来なくて……」

「カカカ! 気にすんな気にすんな。こんぐれえ、何てことはねえさ」


 さて、と親父さんの視線が俺に向けられる。


「花咲笑顔くん、かい?」

「……はい」

「南のために怒ってくれるのは親としちゃ、嬉しい限りだがよ。あれにも意地ってもんがある」

「それは……」

「手前がやられた挙句、ダチにまで手ぇ出されたんだ。別のダチに尻拭いて貰っちゃ立つ瀬がねえよ」


 だから勘弁してやってくれと親父さんは言う。


「まあ、頼りねえ男だから不安なのは分かるが」

「そんなことはない! タカミナは……」

「そうかい? なら、任せてやってくれや」


 ……そう言われたら返す言葉もない。


「分かりました」

「あんがとよ――あ、これ見舞いに買って来たフルーツセットな。皆のおやつにでもしてくれや」

「タカミナのために買って来たんじゃ……」

「親父様が来たのにグースカ寝こけてる奴にゃやらん」


 えぇ……?


「……テメェ、それでも父親か糞が」

「お、負け犬くんが目覚めたみてえだ。よう、随分と情けない姿晒してるわけだが気分はどうだい?」

「最悪に決まってんだろ……」


 はぁ、と溜息を吐きタカミナは哀河に視線をやった。


「……巻き込んじまって悪かったな」

「南くんは悪くないよ。悪いのは勝手な理屈で喧嘩を仕掛けて来たあの人だ。それに俺のせいで……」

「雫は悪かねえよ。悪いのは散々イキった挙句、無様晒してる俺だ」


 だから、とタカミナは俺に言う。


「手ぇ出してくれるなや。これは俺の喧嘩だ」

「……ああ、今度はキッチリとカタに嵌めてやりなよ」

「おう」


 満身創痍だが、その瞳には煮え滾るような闘志が宿っていた。

 これなら心配は要らないだろう。なら、俺は俺でやるべきことをせんとな。

 さしあたって、


「とりあえずフルーツ分けようか。皆、どれが良い? 俺は苺が良いんだけど」

「あ、じゃあ俺リンゴ~」

「俺は梨で」

「……ブドウで良いか」

「ボクはサクランボ貰うわ。哀河くんはどうする?」

「え、えーっと……じゃあバナナを」

「おいちょっと待て! 何俺の見舞い品を勝手に分けてんだよ!?」


 いやだって、ねえ? 親父さんがくれるって言うんだし断るのは失礼かなって。

 あとはまあ、


「心配かけさせた罰ってことで。柚と桃にも分けてあげないと」

「俺の分は?!」

「残ったのを食べれば良いんじゃない?」

「そ、それが怪我人に対する仕打ちか!?」


 そんなことを話しているとトモのスマホに連絡が入った。


「金角と銀角もそろそろ到着するらしい」

「じゃ、俺が玄関先まで迎えに行って来るよ」


 ひらひらと手を振り病室を後にする。

 そして玄関先で待つこと少し、柚と桃が血相を変えてやって来た。

 テツとトモがそうしてくれたように事情を説明して、病室の場所を伝えてやった。


「ニコちゃんは戻らんのか?」

「ん、トイレ行ってから戻るよ」

「了解。んじゃ、俺らは先に行ってるぜ」


 そのまま便所に行く振りをして病院の外に出た俺はスマホを取り出し、連絡を入れた。


《もしもし。タカミナくんは無事なのかい?》

「まあね。身体はボロボロだけどハートの方はメラメラ燃えてるよ」

《そうか……しかし、誰が彼を?》

「タカミナの先代、薬師寺って奴だけど……相手はどうでも良い。重要なのはそこじゃない」

《…………ってことは?》

「ああ、そいつもドラッグをキメてるっぽい」


 電話口で大我さん達が深々と溜息を吐くのが分かった。


「薬師寺に関しちゃタカミナがケジメをつけるから良いが……分かるよね?」

《……動くのか?》

「動くよ。仲間が腐れ薬物中毒者(ジャンキー)の被害を受けたんだ。動かない理由がない」


 薬師寺は良い。ああ、さっき言ったように全部タカミナに任せるさ。

 だが薬師寺がドラッグに手を出す原因になった誰かさんについては別だ。

 事ここに至っても尚、皆に隠し事をするつもりはない。

 まあ、タカミナにはリベンジに集中して欲しいから今は伝えないけど他の面子に関しては別だ。


《……しょうがないわな》

「じゃ、そろそろ切るよ」

《あいよ。そいじゃ、また》

「うん」


 通話を切り、病室へと戻る。

 それから面会時間ギリギリまで談笑し、俺達は病院を出た。


「哀河、良ければ俺が送って行こうか?」

「ううん、大丈夫。そこまで遠いわけじゃないし」


 それじゃあ、と哀河は去り何時もの面子だけが残された。

 このまま各自、解散という空気になっているが……悪いね、そうもいかないんだ。


「今夜、緊急集会を開く」

「「「「「「!」」」」」」


 場の空気が一気に引き締まった。


「薬師寺の件じゃない。そっちはタカミナに任せると決めたからね。でも、完全に無関係ってわけでもない」

「そりゃ一体……」

「ここ最近、小夜の手伝いで忙しいって言ってたよね? あれ、嘘なんだ」

「は?」

「大我さんと龍也さんに頼まれてね、裏で色々動いてたんだ」

「先輩らと……えっちゃん、それがタカミナがやられた件とも関係あるんだな?」

「うん。詳しいことは集会で話すよ」

「分かった。召集かけとく。ところで、タカミナには……」

「今は伝えない。リベンジに専念して欲しいからね。だからこれは俺達だけで動くことになる」


 俺の言葉に全員が神妙な顔で頷き返した。


「じゃ、一旦解散。また後で会おう」

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