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グロリアスレボリューション⑨

1.じゃ、これから色々大変だろうけど頑張ってね?


「お、おいしっかりしろたっつん!?」

「テメェ、八神ぃ……!!」


 マウントを取られたあたりから呆然としていた取り巻き連中が再起動を果たす。

 彼らは西浦が負けるなどとは思ってもいなかったのだ。


「うぐ……よ、よくも……よくも恥をかかせてくれたなぁ……!!」


 負けたとは言え一時間も二時間も動けないほどのダメージではない。

 そんな威力の攻撃が出来るのはネームドヤンキーぐらいだ。

 ちょろっと鍛えた程度の朔真がその域に達しているはずもなく西浦は仲間に支えられながら立ち上がった。


「ちょっと痛め付ける程度で済ませてやろうと思ってたのによォ! ここまで虚仮にされた以上、タダじゃ済まさねえぞ!!」


 怒りも露に吼える西浦。取り巻きも剣呑な空気を放っている。

 何をやろうとしているかを察したギャラリーの一人が抗議の声を上げる。


「タイマンで負けた挙句にフクロってどんだけダセエんだよ!!」

「るっせえ! だったらお前がやんのか! あ゛ぁ゛!?」

「う……」


 怒り心頭の西浦に気圧されるギャラリー。

 醜態を晒したとは言え、彼らは学内においてはそこそこの悪なのだ。

 数で勝っていたとしても、じゃあいきなり喧嘩を買えるかと言えばそうではない。何せここに居るのは普通の生徒ばかりなのだから。

 ああいや、一つ訂正を入れよう。


「――――じゃあ俺が相手になったげるよ」


 “普通”ではない生徒が一人だけ、居た。

 全員が上……より正確に言うなら貯水タンクを見上げる――花咲笑顔が冷たい目で西浦達を見下ろしていた。

 シン、と場が静まり返る。笑顔はそれに構わずタン、とタンクを蹴って飛び降りる。

 そして軽やかに着地し、満身創痍の朔真を庇うよう立ちはだかった。


「う……い、いや……は、花咲くんには関係……」


 途端に弱気になる西浦達。過日のトラウマが蘇ったのだろう。

 もにょもにょと言葉を濁すその姿は先ほどまでの出来事が夢か幻だったのではないかと思わせるほどにみっともない。


「関係? あるよ」


 笑顔は朔真を上から下まで見渡し、その右ポケットに手を突っ込んで“それ”を取り出した。


「だって八朔はうちの子だもん」


 笑顔の手に握られているのは塵狼の鉢巻きだった。

 それを見た瞬間、さぁっと西浦達の顔が蒼褪める。


「な、何で……そんな、だって……」

「だって、何? 俺が俺のチームに誰を誘うかなんて関係ないだろ?」


 それに、と笑顔は皆を見渡し告げる。


「八朔の根性はここに居る皆がよく知ってるんじゃない?」


 虐げられるだけの存在が勇気を振り絞って立ち向かい、遂には虐げる者を打倒してのけたのだ。

 タイマンに負けた挙句、それを認めず集団リンチに移行しようとした輩とは比べ物にもならない。


「それに、だ。八朔がうちに入った切っ掛けはお前らだろ?」

「え」

「九月の頭ぐらいかな? 俺、八朔につけ回されてたんだよ」


 ギャラリーの視線が朔真に注がれる。お前、マジか……と。

 当然のリアクションだ。逆鱗に触れさえしなければ問題ないとは言えストーキングなんて危険過ぎる。


「何でかって聞いたらさ、強くなるために俺を知りたくて観察してたんだと。

何のために強くなりたいかって聞いたら理不尽に屈することしか出来ない自分を変えるためだと言った。

俺からすればお前らは掃除し損ねた糞みたいなもんだ。後始末をやれって言われたらやってたよ。

なのに八朔はそうしなかった。自分の力で何とかしようとしていた――――ああ、だから手を貸してやったのさ」


 そして見事に朔真はやってのけた。


「その勝利にケチをつけるってことは俺に喧嘩を売ってるってことでしょ?」

「ち、ちが……!」


 ゆっくりと西浦達に歩み寄る。

 笑顔から逃れんと後ろに下がるがここは屋上。入り口側に笑顔が居る以上、逃げ場なんてどこにもありはしない。


「それにさっきも言ったがお前らは俺の負債なんだよ。だったら俺が始末をつけなきゃ、ねえ?」


 言って笑顔は西浦の腹に拳を突き刺した。

 その衝撃で跳ね上がった西浦は血の混ざった吐瀉物を巻き散らしながら屋上をのたうち回る。

 それに一瞥もくれず笑顔は残るいじめっ子達にも腹パンをかまし地べたに這い蹲らせた。


「ゆる……ゆるし、もう……にど……ごめんなさ……」

「許して欲しい?」


 必死に頷く西浦達に笑顔は言う。


「じゃあ、被害者全員に償いをしてもらおう」

「つ、償い……?」

「とりあえずは賠償だな。これまでカツアゲした分の金を慰謝料も含めて二十倍にして返してあげなよ」


 ギョッとする西浦達。そりゃそうだ。自分達では到底、集められない額なのだから。

 そんな彼らに追い討ちをかけるように笑顔は言う。


「額を誤魔化そうとしても無駄だよ。もうキッチリ、調べ上げてるから」


 そこで笑顔は西浦達から視線を外しギャラリーに問う。

「ここで問題です。このゴミどもが色んな人から巻き上げた金品の合計額は幾らでしょう? 大体で良いよ。はいそこの君」

「え、俺!? えーっと……ご、五万円ぐらい?」

「ぶっぶー。じゃあそこの君」

「私!? じゅ、十万円?」


 笑顔はバッテンマークを作り答えを告げる。


「――――百万以上」


 全員が盛大に顔を引き攣らせた。西浦達が随分と調子に乗っていることは知っていた。

 だがそこまでとは思ってもみなかったのだ。

 ちなみに笑顔もいじめは受けていたが金は渡していない。


「浅く広くやってたみたいだがよくもまあ……ちなみにそこの八朔くんはお年玉貯金の十万を奪われてます」


 つまり八朔だけでも賠償額は二百万になるわけだ。

 全員分をニ十倍で返そうと思えばその額はとんでもないことになる。


「む、無理だよそんなの……」

「親に貯金から出させろよ。足りなきゃサラ金にでも行かせれば良い」

「そんな……!?」

「なんてね、嘘嘘」


 安堵する西浦達だが、


「お前らが頼まなくてもお前らの親が勝手に払うだろうよ」

《え》

「お前らがやって来たいじめや犯罪の証拠をね。お前らの親に送ったんだよ」


 その上で先ほどの条件を提示したのだと言う。


「勿論、強制したわけじゃないよ? ただ賠償を行わないなら会社や取引先、ご近所、親族にばら撒くって言っただけだから」


 そうなれば……まあ、あまり愉快ではない未来が確定するだろう。


「そこのお前、西浦だっけ? お前の母親なんかは捏造だ何だと喚いてたけどさ。

不倫の証拠突きつけてやったら顔を真っ青にしてたよ。あ、その顔を見るに母親が不倫してたの知らなかったの?

いやさ、屑の親もどうせ屑なんだろうって調べたらまあ……全員ってわけじゃなかったけど“それなり”に醜聞が見つかったよ。

それも含めて大公開しちゃうって言ったら皆、俺の提案に乗りますって言ってくれたよ。よっぽど嬉しかったんだろうねえ、泣いてたよ」


 蒼を通り越して真っ白になった顔色の西浦達。


「何? 俺が悪いの? むしろ優しいと思うけどね。全部ぶち撒けたら当然、裁判沙汰になるわけだし?

その費用やら裁判の結果支払うことになるであろう慰謝料の合計額やその後の社会的なダメージに比べたら全然マシな方じゃん」


 嘘ではない。だから西浦達の保護者も損得を秤にかけて笑顔の提案を受け入れたのだ。

 笑顔の行動に法的措置を取ることも出来なくはないが、そうなればばら撒かれた情報についても司法の場で語られることになる。

 そんなことになれば笑顔から多少の賠償金を取れても身の破滅だ。


「それに、そもそもお前らが馬鹿なことをしなきゃこんなことにはならなかったの分かってる?

何なら素直に負けを認めて反省するってんなら後から連絡を入れてなかったことにするつもりだったのにさ」


 温情を台無しにしたのは西浦達だ。


「じゃ、これから色々大変だろうけど頑張ってね?」





2.後始末


 正直、引いたわ。あのいじめっ子ども小学校三年ぐらいから結構えげつないことしてやがったんだもん。

 大まかな方針は初めて朔真を秘密基地に連れてった日、彼を帰した後の話し合いで決めていた。

 いじめっ子どもが見苦しいことを言い出した場合は俺が出張るってのもその時に決めていたんだが、


『……そもそも西浦って奴らの被害者はお前と八朔だけなんかよ?』


 という梅津の言もありどうなんだろうと一応調べてみたのだ。

 で、塵狼プラス大我さん龍也さん、烏丸さんの伝手も使って徹底的に調べてみると……出るわ出るわ余罪が山ほど。

 嫌な予感がしてその家族まで調べてみると……うん、もう何も言えねえ。

 こりゃもう態度次第では徹底的にやるっきゃねえなってことになり俺が絵図を描いた結果が昼休みのアレだ。

 あそこまで追い込まなきゃ反省なんかしないだろう。


(とは言え、まだ後始末は残ってるんだよなぁ)


 放課後、俺は定例職員会議の真っ最中である職員室に踏み入った。

 俺の姿を認識した瞬間、全員がビクっと身体を震わせたが二年の学年主任が口を開く。


「は、花咲。今は大事な話をしている最中でな。用があるなら……」

「こっちも大事な話です。ええ、職員会議の議題に挙げるべき話ですよ」


 俺はそのまま八朔の担任が居る席まで向かった。


「原先生」

「ッ……何だ?」


 担当が体育だけあってこのオッサンは結構なガタイの持ち主だ。学生の頃は喧嘩も相当にやってたんだと思う。

 それに加えてプライドも高い方だから表面上は俺に怯えていないように振舞うが目を見ればビビってるのは直ぐ分かる。

 それなりに場数を踏んでいるからこそ俺に勝てないのがよーく分かってんだろう。


「何で八神朔真からいじめについて相談されたのに夏休みが明けても何もしなかったんですか?」

「え、いや……それは……あ、あれは子供のじゃれ合いだろう?」

「へえ!」


 瞬間、原の後頭部を掴みそのまま机に叩き付けた。

 突然のことに悲鳴が上がり教頭が怯えながらも俺に言う。


「ぼ、暴力はいかんぞ暴力は! 大体だね……き、君の素行は目に余るものがある。お、親御さんを……」

「暴力? これが?」

「と、当然だろう。暴力以外の何だと言うんだね!」

「“じゃれ合い”ですよ。他ならぬ原先生が今しがたそうおっしゃったじゃないですか」


 原の顔面を再度、叩き付ける。


「八神からは具体的な被害についても知らされていましたよね?

あの仕打ちを聞いた上で、見た上でじゃれ合いと判断したのなら俺の行いが暴力だと糾弾されるのは心外だ」


「や、やめ……!」


 ガンガンと何度も何度も叩き付ける。


「ああそうだ! 先生には小学生の娘さんが居ましたよね?

八神がやられたことを娘さんに俺がそっくりそのままやっても問題ないですよね? だってじゃれ合いなんだから」


「む、娘は関係な……ぎゃぁあああああああああああああ!?」


 叩き付けた勢いで髪を引っ掴み毟り取る。


「何で? 子供のじゃれ合いなんだろ?」

「……ち、ちが……い、いじめ……いじめでしゅう!!」

「なら何で何もしなかった?」

「め、面倒で……あぁああああああああああ!?!!?!」


 別の部分の髪を力任せに毟り取る。血が出たけど知ったこっちゃない。


「トコトン腐ってるなお前。いや、分かってたけどね。妻子が居る身でこんなことしてるんだもん」

「!?」

「しかも相手が……よりにもよって……引くわ」


 スマホを取り出し、ある画像を見せ付けると原の顔面が蒼白になった。

 カタカタと震える原を一旦、無視して俺は職員室を見渡す。

 教師は今しがた俺が原に見せたものが具体的には何かは分からずとも後ろ暗いことだということぐらいは分かったのだろう。

 だから後ろ暗い部分を持つ教師は露骨に怯え始めた――正解だ、もうとっくに調べ上げてある。


「さあ、問題だ。これは問題ですよね先生方? 教師がいじめを見て見ぬ振りをするなんて大問題だ。教頭先生はどう思う?」

「……た、確かにそれは……む、無視出来ない問題だ。わ、分かった。ちゃんと話し合うから君は一旦」

「というか、他にも居るだろ。西浦達のいじめを見逃してた奴。今、正直に言うなら俺も手心を加えてやる。五秒以内に手を挙げろ」


 指を折り曲げカウントを始めると慌てて教師達は手を挙げた。

 ……二年に関わっている教師は全滅だった。教頭や生徒指導の教師もだ。


「…………マジでお前らどうしようもないな」


 頭痛を堪えながら一人一人、原にそうしたように顔面を机に叩き付けてやる。

 男も女も老いも若きも関係ない。皆、平等にやった。


「一先ずの仕置きはこれで勘弁してやる」

《……ひ、ひぃ》

「感謝の声が聞こえないな?」

《あ、ありがとうございます……》

「大きな声で」

《ありがとうございます!!!!》

「小さい! 腹の底から!!」

《ありがとうございますぅ!!!!!》

「もっと気持ちを込めて!!」


 連中はもう、泣いていた。泣くぐらいなら最初からちゃんとやれ。

 大人が大人をやってりゃ俺もこんな馬鹿なことをせんでも済んだのによぉ……。

 溜息を吐きながら俺は教頭の肩に手を回し、スマホの画面を見せ付ける。


「!」

「ねえ、どうしよっか教頭先生。どうやったら皆、反省してくれるのかな?」

「そ、それは……」

「偉そうに説教しようとしてた教頭先生までいじめを見逃してたんだもんね? え、何だっけ? 俺の素行が何? 親をどうするって?」

「……」

「だんまりかぁ。反省の態度が見られないし……そうだ、こういうの世間様にばら撒いて社会的制裁を加えてもらおっか」

「ま、待って! 待ってくれ!! いや待ってください! 私が悪う御座いました! それだけは、それだけは……!」


 勘弁してくれと懇願する教頭。けど、そりゃこっちの台詞だ。

 俺だって勘弁して欲しいわ。何だってこんな心底疲れることをせにゃならんのか。そろそろ泣くぞ。


「……この分だと他の先生方も、八神のいじめについては知らなくても他のいじめを見逃してそうだなぁ」


 ぽつりと呟くと……いやもう、ホント勘弁してくれ。


「とりあえず男連中は明日からスキンヘッドな。反省の念を示すために髪を刈るってのはお約束でしょ?」


 女についてはよく分からんから当人に任せる。だが反省の念が見られないようなら……と言葉に含みを持たせた。


「教師として恥ずべきことをした反省は一先ずそれで良いとして、被害者に対する償いはどうしようか?

この年頃の子供の心は繊細だ。いじめもそうだが大人の――それも本来助けてくれるはずの教師から受けた手酷い裏切り。

傷付かないわけがないよなぁ? このままじゃ健全な成長なんて望めやしない。

子供を正しく育て上げる一助となるはずの教師がこのままで済ますなんてあり得ないよね? 西浦達のいじめに苦しんでいた生徒にどう償う?」


 誰も答えない。


「そう、反省する気はないってか」

「ち、違います! それは、そんなことは……た、ただどうすれば良いのか……」

「じゃあ皆で考えよう。職員会議だもんね、これは」


 それから深夜まで、俺の監視下で職員会議を続けさせた。真面目に教師やってる先生方は定時で帰したけどな。

 前世の勤め先の糞みたいなパワハラ会議を参考にして仕切ったからさぞ堪えたことだろう。

 九時ぐらいの段階で残った全員が過度のストレスでゲロが止まらなかったからな。

 それなりに心身を削ってやったので……これからは学校も多少は、マシになるだろう。

 明日から教師が来なくなると他の生徒が困るので、そこはしっかり脅しつけておいた。


(…………俺、何やってんだろうなぁ)


 母には遅くまでタカミナ達と遊んで来ると言って、これだもん。

 校門を出たところで見上げた月が憎らしいぐらいに綺麗で泣きそうになった。


(悪ぶってるけど根っこは善良の子供と善人ぶってるけど中身が腐った大人)


 その対比もあるあるだよ。そういう大人に痛い目見せるのもお約束だよ。お約束だけどさぁ……!

 それは物語として楽しむからスカっとするんであってさぁ! リアルでやられると普通にしんどいんだよ!!

 俺はお仕置きをする側だけど微塵もスカっとしてねえかんな?!

 むしろストレスマックスだよ! ガリガリ音を立てながらストレスゲージが溜まってるわ!!


(俺の関係ないとこでやってくんないかなぁ!? このままじゃ俺、ストレスで白髪になるぞ!?)


 あ、もう白髪だったわ……。

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