グロリアスレボリューション⑧
佐伯さんに結構な反応があってびっくりしました。
1.弱者の意地
(……リミットまでもう一週間を切ったんだよね)
教師の話もどこか上の空で朔真は笑顔達との約束について考えていた。
今日は九月二十五日。今月いっぱいまでだから残りは六日。
(一応、合格判定は貰えたけれど)
昨日のことだ。何時ものように特訓し終えて休憩している時のことだ。
『もう十分かな』
『え、でもまだ……』
『残りの日数をギリギリまで特訓に費やしたところで劇的に伸びることはないよ』
勝利はもう十分、射程圏内に入っていると笑顔は言った。
だがただでさえ自信のない朔真にとっては到底、信じられるものではなかった。
確かに多少、タフになった気はする。亀の歩みではあるが進歩は確かに感じていた。
しかし、それであの西浦に勝てるのだろうか? 不安がる朔真を笑顔はこう諭した。
『今でもちょこちょこアイツらに殴られたりしてるんでしょ?』
『う、うん』
『どう? 特訓を始める前よか楽になったんじゃない?』
『それは……そう、だけど』
以前より痛くはなくなったし、怖さもあまりなくなった。
早く終わってくれないかなと殴られている最中に考え事をする余裕だってあるぐらいだ。
『君は確実に強くなってるってことだ。喧嘩になってもちょっとやそっとじゃ倒れはしないだろう』
『いやでもそれは本気でやってるわけじゃないから……』
笑顔達の特訓を受けるようになって分かった。殴るのも蹴るのも存外、体力を使うものなのだと。
毎日のように行われているいじめで毎回毎回全力で暴力を振るっていれば西浦達は早晩、グロッキーになっているだろう。
『喧嘩も同じだよ。特に、八朔は心底から見下されてるからね』
見下している相手に初手から全力を出すことはない。だってカッコ悪いから。
だから最初の内はそこまでダメージは入らないだろう。そこが八朔にとっての狙い目だと笑顔は言う。
『本気を出すまでの間にどれだけ叩き込めるかが勝負の分かれ目になるだろうね』
攻撃されても直ぐには本気を出せない。切り替えられない。
肥大化したプライドが邪魔をして余裕ぶろうとするだろう。それ自体がもう隙以外の何ものでもない。ボーナスタイムだ。
『そして本気を出す頃にはもう、ぐちゃぐちゃさ。体力も消耗しているだろうしメンタルもボロボロ』
こんなカス相手にこの俺が……! 怒りと屈辱で冷静な判断なんて出来やしない。
そこからは泥仕合になるだろう。そして泥仕合になれば朔真に分があると笑顔は断言した。
『信じられない?』
『……信じれるわけがないよ。僕は……』
『八朔、君は俺と神社で話しをした時から何も変わってないと思ってるだろ?』
『……うん。幾らか頑丈にはなったけど根っこの部分は……』
『そうでもないんだな』
笑顔はあっさりと否定した。
『自分のことほど実はよく見えていないもんだ。君はあの時とはまるで別人だよ。
君は自分を信じられないかもしれないけど俺達は君を信じてる。君は強くなった。前よりもずっとずっと……ね』
泥仕合になった場合、勝敗を分かつのは身体能力ではなく精神だ。
身体能力に大きな差があるならそもそも泥仕合になどなりはしないのだ。
西浦達久と八神朔真。精神面で比較するなら後者に軍配が上がる。
『イジメなんてクッソくだらないことに精を出してるゴミカスと自分を変えたいと必死に足掻く弱者。どっちが上かなんて考えるまでもない』
朔真ならやれる。笑顔は再度、繰り返した。他の人達もそう。笑顔の言葉に大きく頷いていた。
そうして朔真は“お守り”と一緒に合格判定を得たわけだが……やはり、自信はなかった。
(あそこまで言ってもらったのに……本当に、情けない……)
タイマンに持ち込む方法。タイマンが始まってからの立ち回り。
それらも教えてもらってはいるが、不安は拭えない。
「よーし、それじゃあ今日はここまでだ。日直ー!」
「きりーつ!!」
そうこうしている内に授業が終わった。
殆ど聞いていなかった。ノートも真っ白だ。これはダメだなと朔真は自分を戒める。
(とりあえず今黒板に書いてあることだけでも写しておこう)
周囲は昼食の準備を始めている中、黙々と板書に勤しむ。
そうして十分ほどで写し終えた朔真は鞄の中から弁当箱を取り出した。
(あ、チーズハンバーグ)
蓋を開け中身を視認した瞬間、朔真の頬が綻ぶ。
弁当箱を包んでいたハンカチの中には小さなメモ書きが入っていて……。
(「最近頑張っているようだから朔真の好きな物を入れておきます」か)
母は何も知らない。それでも何かを察してはいたのだろう。
その心遣いは涙が出そうになるぐらい嬉しかった。
(ありがたく頂こう)
両手を合わせていただきます、と口にしようとした正にその瞬間だ。
「――――はいドーン!!」
机が吹き飛ばされた。
無惨に床へぶちまけられた弁当を見て呆然とする朔真に下手人達は言う。
「やーがーみくーん! ちょっと俺ら金欠でさぁ。お昼も食べられないわけ」
「ちょっと金貸してくんない?」
ヘラヘラと笑いながらふざけたことを言ういじめっ子達。
「おい、聞いてんのか?」
ぷつん、と何かが“切れ”る音が聞こえた。
「――――いい加減にしろよ!!!!」
立ち上がり、叫ぶ。
いじめっ子達を睨み付ける朔真の目には授業中に苛まれていた不安の色はなく、ただただ純粋な怒りだけがあった。
「あ? テメェ誰に口聞いてんだゴルァ!?」
「お前らだよこの糞野郎!! 人が大人しくしてればつけ上がりやがって!!」
いじめっ子達のリーダー格である西浦の胸倉を掴み、言う。
「タイマンだ! もう許さない! ボッコボコにしてやる!!」
「た、タイマン? アハハハハハ! 何イキっちゃってんの!?」
「ぎゃはははは! マジ受けるんですけど!」
怒りはどこへやら心底こちらを馬鹿にした笑い声を上げるいじめっ子達。
それがまた癪に障るが朔真はあまり弁が立つ方ではない。何を言えば良いか考えていると、
「――――良いじゃんタイマン、やったげなよ」
突然の事態に驚き、黙って成り行きを見守っていたクラスメイト達だが一人の女子生徒が声を上げた。
「あ、佐伯?」
佐伯夏美。このクラスの中心人物であり学年全体で見てもかなりのポジションに位置する少女だ。
当然のことながら自分とは何の関係もない。そんな相手からの突然の援護射撃に戸惑う朔真をよそに夏美は続ける。
「前々から思ってたんだけどさぁ。おたくら、ダサくない?」
「……んだと?」
「だってそうでしょ? 花咲くんにやられた挙句、高校生まで連れて来たのにあっさり返り討ち」
夏美は明らかに西浦達を小馬鹿にしていた。
「それですっかりビビっちゃってさぁ。大人しくなるならともかく別の誰かにとか情けなくないの?」
「お、お、お前……!」
苛立ち、しかし手を出せない。夏美がどんな立ち位置に居るか知っているからだ。
そんな西浦達をせせら笑いながら夏美は言う。
「その挙句がこれ? いじめられてる相手からタイマン挑まれたらビビって誤魔化そうとするとかマジないわ」
「誰がビビってるって!?」
「じゃあやれば良いじゃん。ねえ、皆も見たいよね? こんだけイキってる奴が実際はどんなもんなのか知りたくない?」
夏美がそう呼びかけると他のクラスメイト達も声を上げ始める。
良いじゃん、やってやれよ。それとも何か? ホントにビビってんの? だっさ。
次々に上がる声に西浦達も完全にキレて、
「上等だ! やったらぁ!! ボロクズにしてやるよ!!」
「じゃ、屋上でやろうよ。その方がそれっぽいでしょ?」
「うぇ……な、夏美。屋上はまずくない? だってあそこ……」
「大丈夫大丈夫。今、花咲くんに確認したけど好きにして良いってさ」
にしし、と笑う夏美にそれならと皆も安堵する。
「じゃ、屋上行こ屋上! 八神ー! カッコ良いとこ見せてよ~?」
言いつつ夏美は取り巻きを連れて教室を出て行った。
そして少し遅れて西浦達も。朔真も鞄の中に入れていた“お守り”をポケットに突っ込みその後を追う。
(……花咲くんは居ないのか。まあ、お昼時だしなぁ)
出来ればここまで力を貸してくれた恩人に戦う姿を見せたかった。
だがマイペースな笑顔のことだ。今頃は普通にお昼ご飯を食べているのだろう。
「八神ィ……! 散々、調子くれやがってよ! どうなるか分かってんのか!? あ゛ぁ゛!!」
「……御託は良いからさっさとかかって来いよ。それとも僕が怖いのか?」
「~~~~!!!」
西浦が怒りも露に拳を振るう。狙いは顔面。
これまでなら思わず目を瞑っていただろう。しかし、朔真はしっかり目を見開きその拳を見ていた。
『良いかはっちゃん。お前さんはハッキリ言って攻撃面がダメダメだ』
『けどな、そんなお前さんでも相手を倒すことは出来るんだぜ』
『……嘘じゃねえよ』
『どうすれば良いかって? 簡単だ』
拳に自分から“当たり”に行く。
そして、
『――――相打ちさ』
殴られながらその拳を振るった。
「ガッ!? てめ……」
自身の頬に拳が突き刺さったことが信じられないのだろう。西浦が目を見開いている。
一方の朔真は、
(……やった!!)
顔の痛みなどまるで気にならない。その胸を満たすのはやってやったという喜びだけ。
相打ち、それこそが笑顔達の授けた攻略法だった。
よっぽどの実力差があれば話は別だが、そうでない場合は攻撃をするとどうしたって隙が出来る。
そこを狙い打つことが出来れば攻撃が下手な朔真でもそれなりにダメージを与えられる。
被弾前提のカウンター勝負に持ち込ませるため笑顔達は朔真のタフさを伸ばしたのだ。
(えっと、次は……)
基本は被弾前提のカウンター。しかし、それ以外の策も授けられている。
「どうしたァ!? 一発殴られたぐらいでビビっちゃったのかなぁ!? 情けない!!」
「こ、コイツ……!」
怒りを煽る口上、それも幾つか仕込まれていた。
そして予想通りに怒った西浦は今度は腹に蹴りを放って来た。
(前蹴りへの対処は……)
酸っぱいものがせり上がって来るが、グッとそれを飲み込み足を掴む。
そして足を掴んだまま後ろに引っ張る。するとバランスを崩した西浦がすっ転び頭を打つ。
「ちょ、調子に乗ってんじゃねえぞォ!?」
直ぐに立ち上がった西浦が今度は単発ではなく連打を仕掛けて来る。
今はまだ手を出さない。両腕で顔を庇うようにしながらじっと機を待つ。
『……単発ならともかく連打が来れば相打ちはちっと難しいだろう』
『そん時は亀になれ。じっと耐えるんだ』
耐えて耐えて耐えて、
(――――息が切れた瞬間を狙い打つ!!)
連打が止まった瞬間を見逃さず、朔真は喉を殴り付けた。
息が切れていたところにこんなことをすれば堪ったものではない。
(……花咲くん達の言った通りだ)
何もかもがピタリと嵌まるがそれ以上に、
(怖くない! あれだけ怖かったはずなのに……今は全然、怖くない!!)
息を整えるべく後ろに下がった西浦だが、逃がさない。
朔真は腰を落としてそのまま西浦の腹にタックルを仕掛けた。
そしてそのままもたれ掛かるように倒れ込み、マウントを取る。
「テメェ……!?」
「はぁ……はぁ……ま、マウントを取ったら――――ひたすら殴る!!」
一心不乱に拳を振り下ろし続ける。
西浦も反撃をしながらマウントから逃れようとするが上手くいかない。当然だ。
喉を打たれて呼吸が上手く出来ないところにタックルを喰らい押し倒されたのだ。
その上、現在進行形で拳が振って来ているのだからマウントを外せるわけがないだろう。
(変わる……変わる……! 僕は、今までの僕を変える! 強くなるんだ!!)
そうしてどれほど殴り続けただろうか。
「……や、やめ……やめて……まけ……お、おれの……まけ……だから……」
血と涙でぐちゃぐちゃになった顔で西浦が敗北を宣言した。
一瞬、意味が分からなかった。だが砂地に水が吸い込まれるようにその言葉を理解した瞬間、
「お、おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
朔真は腹の底から叫んでいた。
「勝ちだ――――……僕の、僕の勝ちだ!!!!」
少し遅れ、勝利を祝う歓声が上がった。