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グロリアスレボリューション⑦

1.仕込み


 笑顔が予想したように近付いて来る人間の比率は女子の方が多かった。

 情け容赦のない暴力を振るう姿は周知の事実なれど女に手を出したことは一度もない。

 同性相手のそれにしたって真っ当な相手には振るっていない、やられて当然という者ばかり。

 (じぶんたち)なら大丈夫だろうと高を括った少女らは思い思いの理由を忍ばせたまま笑顔に接触を図っていった。

 中には調子に乗って距離感を間違え、その逆鱗に触れかけた者も居る。

 そういう者らは暴力こそ振るわれなかったものの笑顔が放つ殺気というほどでもない“圧”にあてられ彼から離れていった。

 そこで他の女子らも恐怖を煽られはしたもののラインを見誤らねば普通に付き合えることを理解した。

 そうして二週間も経つ頃には笑顔の周りには休み時間の度に女子が集まるようになっていった。


(これ、イケるんじゃない?)


 教師に隠れてスマホを覗くこの少女もそう。

 彼女の名は佐伯夏美。いわゆるカースト上位に位置する少女で夏休み明けから積極的に笑顔に絡んでいた女子の一人である。

 端麗な容姿、優秀な成績、太い実家、その上高校生ですら敵わないほどの強さ。

 男を自身のステータスと考える夏美にとって花咲笑顔は垂涎ものの物件だった。

 ゆえに半ば無理矢理交換した連絡先から届いたメッセージに喜びを隠し切れない。


(二人きりで話したいことがあるってさ。これ絶対、あたしに気があるでしょ)


 感情が顔に出ないタイプで何を考えているか分かり難いが笑顔もやはり男だったのだ。


(夏休み前に会いに来てた高遠の子も……ま、まあまあ可愛かったけど? 何か陰気臭かったし一緒に居て楽しいタイプじゃないもんね)


 生まれ持った素材とそれに胡坐をかかずに努力した甲斐もあって夏美の容姿は美少女と言っても過言ではない。

 が、終業式の日に笑顔と連れ立ってどこかに行った少女のことを思い出すとその自信も揺らいでしまう。

 笑顔と並んでもまるで見劣りしない別格の容姿は女として嫉妬を覚えざるを得なかった。

 とは言え笑顔の話では彼女は居ないとのことなのでそういう関係ではないのだろう。


(花咲くんが嘘吐く理由もないしね)


 そう自分に言い聞かせ気持ちを落ち着かせた夏美は小さく息を吐き、手を挙げた。


「すいませーん。ちょっと気分が悪いんで保健室行って来まーす」


 教師の返事を待たずに立ち上がり、教室を後にする。

 そしてそのまま人目を気にしつつ階段を上がり屋上へ向かった。


「花咲くん♪」


 屋上は今や笑顔とその友人達専用の憩いの場になっている。

 持ち込んだソファの上で寝転がっていた笑顔に声をかけると彼はゆっくり身体を起こしこちらに視線を向けた。


「急にごめんね」

「ううん、大丈夫」


 夏美は弾む胸を押さえながらどうしたの? と問う。


「ちょっと頼みたいことがあってさ」

「頼みたいこと?」


 おや? と内心で首を傾げる夏美。

 彼女の中では既に告白されるというのは半ば決定事項のようなものだった。

 それゆえに“頼みたいこと”と言われて疑問を抱いたのだ。


(あ、俺と付き合って欲しい的な意味でか)


 そう自分を納得させるが、


「佐伯さんのクラスに八神って男子、居るでしょ」

「う、うん」


 んん? 話の流れがおかしい。というかそんな名前の奴居たっけ?

 夏美は記憶を辿り、ちょこちょこイジメられている気の弱そうな男子生徒のことを思い出す。

 同じクラスではあるがその容姿すらおぼろげだった。


「その子がそう遠くない内に、面白いことを言い出すからさ。ちょっと“盛り上げ役”をやってくれないかな?」

「……」


 急速に冷めていく。ことここに至って尚、告白されるなどと考えられるほど馬鹿ではない。

 面白くない。それが素直な感想だった。多少不機嫌になりながら夏美はこう返した。


「面白いことって?」

「自分をイジメてる連中に喧嘩を売るのさ。堂々とね。だからそれを見世物にしてやって欲しいんだ」


 浮かれとんちきなことを考えていた夏美ではあるが、地頭が悪いわけではない。

 多少自分に都合の良い方向に考える癖があるものの基本的に頭の回転は早い方だ。

 でなければカースト上位のポジションをキープ出来るわけがない。

 だからこそ、理解した。笑顔とその八神が裏で繋がっていることに。


(……そう言えば、八神をいじめてるのって花咲くんにやられた奴だっけ?)


 矛先を変えてしまった償い? いや理由はどうでも良い。

 それよりもムカつくのは、


「あたしがここに呼ばれたのは……同じクラスだからってだけなんだね」


 同じクラスで尚且つ、上手いこと場を作れる能力を持っているから。

 それだけ。たったそれだけ。笑顔にとって自分は特別でも何でもないのだ。


「そうだね。でもそれは佐伯さんも同じでしょ?」

「え」

「欲しいのは周りにマウントを取れる優秀なアクセサリーであって別に俺が欲しいわけじゃないんだから」

「な、何を」

「分かるんだよ、そういうの。ああ別に取り繕う必要はないよ? 責めてるわけじゃないし」


 突然の指摘に夏美はこれでもかと動揺した。

 そんな素振りは一度も見せたことなかったのに。よりにもよって知られちゃいけない相手に?

 誤魔化す? いや無理だ。笑顔は確信を持って言っている。


「スタンスなんて人それぞれだ。とやかく言うつもりはない。

男なんて自分を飾るための道具でしかないってのはむしろ気骨があると言えなくもないだろ。逞しくて良いんじゃない?」


 淡々と笑顔は言葉を連ねていく。

 本心ではない。じゃあ軽蔑しているのか? それも違う。

 どうでも良いのだ。佐伯夏美という個人の人間性になどまるで興味がない。

 何ならいじめられている八神の方が関心を持たれている方だろう。


「だから、さ。お願いを聞いてくれるなら一回、デートしたげるよ。

君と同じく夏休みが明けて近付いて来た子らとは絶対しない。興味がないからね。

付き合うのは無理だけどさ。これでも君からしたら十分、周りにマウント取れるんじゃない?」


 その通りだ。言ってることは間違いではない。

 ここまでバレているなら割り切って得られるものを得た方がずっと良い。

 そう思いながらも夏美は何故だか、素直にそれを受け入れられずにいた。


「……あたしが断ったら?」

「別の誰かに頼むだけだよ? ま、そういうわけで考えといてよ。返事はなるべく早くしてくれると助かるかな」


 ソファから降りた笑顔は欠伸を噛み殺しながら屋上を出て行った。

 一人残された夏美はあまりの惨めさに薄っすらと涙を浮かべていたが、同時に別の感情も芽生え始めていた。


「……何よ、何なのよ。あの目。く、屈辱だわ」


 軽蔑するならまだ良い。しかし、無関心。これはあまりにも屈辱的だわ。

 夏美は我が身を抱き締めながら、熱い吐息と共にその感情を吐き出した。


「な、なのにどうして……どうしてこんな、こんなにも身体が……!!」


 マゾの芽が顔を出した瞬間である。




2.おい、えっちゃんが無表情ながら何か動揺してんぞ


(さてどうなるか)


 今日も今日とて八朔をシバキ回しながら思案する。

 今考えているのは午前中に持ちかけた取引についてだ。

 佐伯夏美。八朔と同じクラスの人間で、尚且つカースト上位に位置する女子だ。


(サクラとしては打ってつけだよな)


 八朔をイジメているのはリーダー格である西浦達久を含めて五、六人居る。

 一対一ならともかく複数を相手取るとなると八朔じゃあ普通に厳しい。

 多数を相手に出来るほど鍛えるのは……一ヶ月程度じゃ無理だろう。

 だから何としてもリーダー格である西浦とのタイマンに持ち込まねばならない。


(が、それを素直に受けるかどうかだ)


 負けるかも、なんて理由で断りはしないだろう。ハナから見下し切っているし。

 だが何でお前みたいな奴の言うこと聞いてやらにゃならねえんだよって意味では断られる可能性が結構ある。

 だからこそ俺はサクラを仕込むことに決めたのだ。

 プライドの高い人間だから周囲の人間に囃し立てられればあの手の人間はまず退けなくなる。

 それが自分と同じようにカースト上位に位置する女子からならば尚更だ。

 断れば逃げた、と嗤われてしまうからな。だから佐伯夏美にサクラ役を頼んだのだ。


「がふっ!?」


 もんどりうって倒れる八朔。

 最初はここで一旦、手を止めていたが今は違う。俺はゆっくりと足を振り上げ――顔面に向け踏み付けを敢行。


「!?」


 八朔は転がるようにして寸前のところで踏み付けを回避した。

 避けられるぐらいの速さで攻撃をしているとは言え、少しでも気を抜けば当たるぐらいの塩梅だ。

 それを回避出来たということは八朔がそれだけ集中しているということの証明で、俺としても結構嬉しかったりする。


(世の師匠キャラの気持ちがよーく分かるわ)


 ジャンル問わずバトル系の創作に出て来る師匠キャラってさ。何かツンデレ多いじゃん?

 表面上はそうでもない、もしくは取り繕ってるつもりでも弟子を思う気持ちが漏れ出てるみたいなのがわりと居るけどさ。

 あれ何でなんだろうと思ってたの。でも、今なら理解出来る。

 自分の教えを必死に吸収して頑張る教え子は可愛いわ。そりゃデレデレしちゃうよ。


(タカミナ達も同じ気持ちなんだろうなぁ)


 暴力への耐性を、という段階はとうに過ぎた。

 今は兎に角経験をってことで俺以外ともやらせることは多い。

 相手を務めるのは四天王と矢島だ。この五人も多分、同じ気持ちなんだと思う。

 今だってスクラップの山の上に腰掛けながらこっち見てるけどその目が優しいもの。


「へぶ!?」


 っと、今日はここまでだな。もう日も落ちかけてるし八朔の体力的にもここが限界だろう。


「八朔、今日はここまでにしようか」

「う、うん……あ、ありがとう……ございました……」


 息も絶え絶えと言った様子だがそれでも律儀にお礼を言って来るあたりもポイントたけえわ。

 そんなことを考えていると桃がペットボトル片手にこちらにやって来るのが見えた。


「ほらはっちゃん、飲みねえ」

「あ、ありがと」


 手渡されたミネラルウォーターを一気飲みし、八朔は深々と息を吐いた。

 それから少しの休憩の後、帰り支度を整え始めた。俺らと違って門限があるからのんびりしてられないのだ。

 俺は駅まで八朔を送って行った後で秘密基地に戻り、


「で、どう思う?」


 こう切り出した。


「……悪くねえ。防御面に関しちゃまあまあ、結構やるようになったと思うぜ」

「梅津の言う通りだが……」


 タカミナが言葉を濁す。


「攻撃面は……なぁ? こればっかりは本人の気質やし難しいと思いますわ」


 矢島の言葉に全員が頷く。

 そう、防御面ではいっぱしになったが攻撃面はさほど伸びていないのだ。

 本気で取り組んでいないわけではない。本気でやった上でイマイチなのだ。

 こればっかりは矢島の言う通り、性格の問題だろう。


「ただまあ、それでも上手いこと立ち回ればやれなくもないと思うがな」

「同意。勝ち筋を見出せるぐらいにゃもう仕上がってると思うぜ」


 金銀コンビの言葉に俺も頷く。

 ここから攻撃面を磨く方向にリソースを注いでもさして成果は得られないだろう。

 それなら今ある手札を十全に活かせるよう考えるのが指導役である俺らの役目だ。

 そこから俺達はしばらくの間、八朔に授ける立ち回りの方法について議論し合った。

 そしてそれが一段落したところで俺のスマホの通知ランプが点滅していることに気付く。


(……メールか)


 麦茶を飲みながらスマホを操作する。

 差出人は佐伯夏美。内容は今朝、持ちかけた取引についてだ。短い文面で任せて、と書いてある。

 これぐらいならメールじゃなくてトークアプリで良……おや?


(添付ファイル?)


 複数の画像ファイルが添付されていることに気付く。

 何となしに一番上のを開き、


「――――」


 絶句した。それはいわゆる自撮りなんだが……ただの自撮りではない。エロ自撮りだ。

 鏡の前でスカートを捲り上げて下着を晒している――え、何? 何なのこれ?

 確認してみると他のファイルも同じような感じだった。


「……おい、えっちゃんが無表情ながら何か動揺してんぞ」

「……春から付き合い始めたけど、あんなニコ見るの初めてなんだが」


 色仕掛け? 色仕掛けで俺を落とす方向にシフトした……ってコト?

 いやちげーな。これはそういうんじゃない。やるにしてもこのやり方はおかしいだろ。

 佐伯さんも馬鹿じゃないんだ。そっち方面にシフトしたとしても、もっと真っ当なやり方をするだろう。


(だってこんなん、色仕掛け云々以前の問題でしょ)


 いきなりエロ写メとか普通に引くわ。何をどうとち狂ったらこんなことになんの?

夏美「ハァハァ……け、軽蔑してる……絶対、今頃あたしのこと……!!」

エロ自撮りの理由はこんな感じです。

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