前へ次へ
78/151

グロリアスレボリューション⑥

1.初めての集会


 八朔に協力することを決めたとは言え、だ。俺達の時間の全てを彼に注ぎ込むというわけでもない。

 俺達には俺達のプライベートがあるからな。今は一先ず、課題を出してその様子を見ることになった。

 で、その課題なんだが今の八朔はあまりにも暴力への耐性が低過ぎるってんで感想文を書かせることにした。

 感想文? 何の? 総合格闘技の映像だ。それも地上波ではちょっと……なレベルで流血や骨折が当たり前のアンダーグラウンド寄りの映像である。

 八朔は殴る方は当然として殴られる側としてもかなりダメダメだ。いじめっ子どもに暴力を振るわれてる最中は目を瞑って亀の子決め込んでるらしいからな。


(まずは暴力を直視出来るぐらいには持ってかんと話にならんからな)


 とは言えいきなり俺らが手加減しつつバカスカ殴る蹴るをしても効果は薄い。

 だから映像――第三者のそれから始めることにした。

 大丈夫だとは思うがテキトーに流し見する可能性もあるからな。だから感想文も追加したのだ。

 ちゃんと見て書いたことが分かるような出来であれば次のステップへ進ませるつもりだ。

 期限は土曜日含めて四日。水曜日に提出することになっているが……さてはて、どんな感じだろうな。


(今は月曜の夜だが大丈夫かねえ)


 俺との繋がりを露見させないために学校じゃ様子を見ることすらしてないからな。

 どんなもんかまーったく分からないのだ。かと言って連絡入れて進捗確認するのもな。急かされているように感じてしまうかもしれない。

 サボってるとか手を抜くとかはそこまで心配してないんだが、


(精神的なダメージ大き過ぎてダウンしてる可能性が……)


 映像ぐらいで大袈裟な、と思う人も居るかもしれないが繊細な人間なら十分あり得る話なのだ。

 むしろなまじっか真面目だからこそ必死になり過ぎてってこともある。

 まあ、こんな初歩の初歩で躓くようならこの先やってけねえし……そん時はそん時か。

 そんなことを考えながら時計を見るとそろそろ出なきゃいけない時間になっていた。

 ベッドから跳ね起きると用意してあった特攻服(ショート丈)に袖を通し着替えを済ませる。

 そう、今日は塵狼初集会の日なのだ。


(……別に平日にやらんでも良いのに)


 とは思うが昨日、特攻服が届いて嬉しかったんだろうなぁ。

 着替えを終えた俺は下に降り、母に一言告げてから家を出る。見送る際の母の優しい目がとても印象的だった。

 ちなみに集会場所は市内にある埠頭だ。元は三代目悪童七人隊の縄張りだったが解散と同時に俺達が譲り受けることになったのだ。

 譲られた縄張りは他にも幾つかあって廃ビルや廃ラブホテルなんかは幹部だけの集まりに使っていたらしい。


「おーっす!」

「おぉぅ……似合ってるぜえっちゃん!!」

「ありがと。二人もバッチリ、キマってるよ」


 途中のコンビニで金銀コンビと合流する。

 二人も卸し立ての特攻服に身を包んでいるが……流石は本職ヤンキー。似合ってるわ。“悪童七人隊”の腕章もカッコ良い。

 俺のは好みに配慮してくれたのかチーム名とか最低限の刺繍しかないが二人のは違う。

 色々刺繍されてるが共通して“純愛”の刺繍が入ってるのはちょっと――いや、かなりウケる。


「他の皆はもう集まってるみたいだし俺らも急ごうぜぃ!!」

「了解」


 三人揃って夜の街を駆け抜ける。

 途中、学生らしき連中が歩道から写メ撮ってたりしたが深くは考えまい。

 出回ってる隠し撮りとかに物申したい気持ちがないわけではないんだが……深掘りしたくないってのが素直な感想だ。

 モヤモヤしながら走ることしばし、目的地の埠頭に到着する。

 既に集まっていた者らは俺らの姿を確認するや、


《っす! お疲れ様です!!》


 うるせえ……一人二人ならともかく百人近い人間が一斉に腹から声出すと普通にうるさい。

 これもうちょっとした嫌がらせだろってレベルで耳がジンジンいってる……。

 とは言え悪気があるわけではないからな。軽く手を上げ、奥に進むと俺と金銀以外の幹部が俺達を迎えてくれた。


「やっだニコちん、カッケ~♪ ねえねえ写真撮ろ写真!」

「テツぅ、その前にやることあんだろう」

「ほな、笑顔くん。よろしくお願いしますわ」


 幹部七人がさっと俺の後ろに並ぶとこれまでおしゃべりに興じていた他の皆がぴたっと黙り込んだ。

 ごめん、ちょっと笑う。全校集会とかだとさぁ。静かになるまで結構かかるのに、よりにもよってヤンキーが……整列もバッチリじゃねえか。

 クッソ、妙なとこでツボっちまった。この時ばかりは表情筋が死んでて本当に良かったわ。


「……さて、何から話そうか。気の利いた挨拶でも出来れば良いんだけど生憎と俺は口下手だから」

「「「「「「「口下手……?」」」」」」」


 後ろの七人がぽつりと呟いた。


「……アイツが口下手とか初めて聞いたぞ」

「あぁ、散々キレッキレの罵倒かまして来たのにな」

「ニコちんなりのジョークじゃない?」

「つまり今のは笑う場面だった?」

「笑いのセンスに関しちゃ、やっぱどっかズレてんな」


 背後でコメディ系のアメドラでよく挟まれる笑い声のSEが響いた。

 多分、金銀コンビのどっちかがスマホに入れてたんだと思う。まあこの馬鹿どもは置いておこう。


「だからシンプルに伝えておかなきゃいけないことを言おう。塵狼のルールについてだ」


 正式に発足したとは言え、だ。何か目的があるというわけではない。

 最初にチームを立ち上げた時は逆十字軍って敵が居たけど今は特にそういうのも居ない。


「基本、自由にやってくれて良い。ゆるーくいこうゆるーく」


 でも最低限のラインは弁えるべきだ。


「でも“みっともない真似”だけはするな」


 具体的に説明する必要はないだろう。ここに居るのは金銀コンビが見定めた奴らだからな。

 これだけで俺の言いたいことは伝わっているはずだ。

 ぶっちゃけわざわざ言うまでもなかったんだが一応、ケジメとして言っておかなきゃな。


「OK?」

《押忍!!!!!!》

「うん、良い返事だ。このルールを守ってくれるなら好きにしてくれて良い」


 俺達は社会のはみ出し者。かと言って獣のような純粋さも持ち合わせちゃいない。

 人でなし、獣でなし、どっちつかずの逸れ者の寄り合い――それが塵狼だ。

 たった一つのルールさえ守ってくれるなら縛り付けるつもりは毛頭ない。


「さて、これで言うべきことは言い終えたわけだが……これからどうしよっか?」


 そもそもの話、集会って何すりゃ良いわけ?

 いや話し合うべき話題があるなら分かるよ。でもそれを済ませちゃった後はどうするの? どうすれば良いの?

 俺が疑問を投げかけると皆は難しい顔で黙り込んでしまった。


「あの、皆で走るとか……」

「うん、良いね。俺も単車で風を切るのは好きだよ。でもそれだけ?」

「え?」

「こんだけ人数が集まって毎回それだけって何か勿体なくない?」


 俺の指摘にどよめきが広がる。思うに黒笑と螺旋怪談は凄かったんだなって。

 色物チームだと思ってたけど明確にやることがあるわけじゃん?

 前者は皆で集まってお笑いについて語り合ったり動画見たり、後者は心霊スポットに凸したりってさ。


「い、言われてみれば……」

「俺も走るのは好きだけど毎回、それだけじゃ飽きるぜ」

「総長の言う通り何かこう、すげえ勿体無い気がする」

「じゃあ何すんだよ?」


 深夜にまで及ぶ熱い話し合いの結果、次の集会ではサバゲーをやることになった。




2.本物の暴力


 集会を終えて家に帰った俺はシャワーを浴びる前に何となくスマホを確認した。

 すると、


『感想文を書き終えました。確認をお願いします』


 というメールが届いていた。八朔からだ。

 俺は即座にメールに添付されていたテキストファイルをパソコンに転送し、中身を検めた。

 手を抜いている様子はない。課題として出したタカミナセレクトの特に激しい四試合についての感想が克明に記されていた。

 というかアレだ、普通にかなり読ませる文章で驚いた。こっち方面の才能あるんでねえの? と思うぐらい。

 ちゃんと試合を見ていないと書けない文章で、何なら俺の想定よりも耐性がついているかもしれない。


『ワンクッション入れようと思ってたけどこれなら一つステップを飛ばせるかな?』


 本来なら次は生の殴り合い。

 金銀コンビが定期的にやってるタイマンを間近で見せてやろうと思っていたのだがその必要はないかもしれない。

 とりあえず、明日の放課後秘密基地に来るよう言ってその日は寝た。


 そして翌日放課後。

 前回の面子に加えテツトモコンビと矢島も加えて秘密基地へと集まった。

 知らない顔が増えて若干、きょどっていた八朔だったが人懐こいテツと矢島のお陰で直ぐ落ち着いた。


「さて雑談はここまでにしてそろそろ本題に入ろうか」


 言って俺はノータイムで八朔の顔面に拳を振るった。と言っても寸止めだが。


「!?」


 八朔は驚愕こそしたものの、目は閉じなかった。

 土曜までの八朔なら寸止めでも咄嗟に目を瞑っていただろう。


「「「「ほぉ」」」」」


 四人も感嘆の声を上げている。

 となれば、やっぱり一つ飛ばしで次のステップに向かっても良さそうだな。


「八朔、想定以上の仕上がりだ。君さえ良ければ次の段階に進めるんだがどうする?」

「…………お願いします」

「よし来た。んじゃ、外に出よう」


 皆を引き連れ外に出る。

 四時を過ぎてるんだがまだまだ暑くげんなりしそうになったが八朔がやる気を見せてるんだ。気合入れないとな。


「ほな、じっとしててや」

「直ぐ終わるからね~」

「え、え」


 矢島とテツが事前に用意していたブツを八朔の身体に装着させていく。

 当人は困惑しているようだがちゃんと説明するので安心して欲しい。


「ふむ、こんなもんやろか?」

「あ、あのぅ……これは?」

「空手の試合で使うプロテクターだよ」


 用意してくれたのはタカミナだ。

 どこでこんなもんをと思ったが、まあ深くは問うまい。事前に耐久チェックもしてあるので問題はないと思う。


「分かっていると思うけどいじめっこと()る時、怯めば怯むだけ君は負けに近付くわけだ」

「……うん」

「なら、攻撃に怯えないためにどうすれば良い?」


 いじめっこ達のそれとは違う本物の暴力で耐性をつけるのだ。

 これは食えないってレベルのクソ不味いものを無理矢理食わされた後なら嫌いな食べ物ぐらい食べられるだろう。


「拳も蹴りもニコのは半端ねえからな。これに慣れられればいじめっ子の攻撃なんぞカスみてえなもんよ」

「まあでも、いきなり最高難易度はちょっとってんならレベルを下げるぜ?」


 この場に居る人間をレベル順に並べるなら、だ。

 テツ(パンピーよりゃ強いが不良にしては弱い)→トモ(平均ぐらい)→矢島(強い)→四天王(かなり強い)、こんな感じである。


「で、どうする?」


 俺達は協力者として俺達が考える最善を示す。しかし、それを受け入れるかどうかは八朔次第だ。

 最善の道であっても結局のところ、本人の意思が伴っていなければ意味はない。

 予想よりも仕上がっているからいけると俺達は考えたが本人からすれば不安の方が大きいだろうしな。


「……」


 八朔もしっかり考えるべき事柄だと理解しているのだろう。

 ヘッドギアの向こう側に見える顔は真剣そのもの。急かすようなことはしない。

 そうして十分ほどの熟考を経て八朔は言った。


「……花咲くんでよろしく」

「分かった」


 強がりも混じっているが小さく揺れる勇気の灯火も決して嘘ではない。

 ならば俺がすべきことは何か。その決意に報いることだろう。

 俺は小さく息を吐き、八朔の前に立った。


「これから軽く君に蹴りをかます。上段回し蹴りだ」

「ッ」

「狙うのは君から見て右の側頭部。防具越しとは言え舌を噛んだら事だからね。口はちゃんと閉じること。良いね?」

「わ、分かった」

「じゃ良いかな?」

「……何時でも」


 キュッと口を閉じ歯を食い縛ったのを確認。俺は小さく頷き蹴りを放った。

 ヒットと同時にぐるんと身体が二回転ほどし、八朔は地面に倒れた。


「え……あ、ぇ……?」


 呆然としているようだが意識はちゃんとあるらしい。


「よぉ、どうだ?」

「…………な、何をされたかも分からなかった。何か悪寒が全身を駆け巡ったと思ったらいきなり頭に衝撃が来て……」

「分かるマン。宣言されててもわかんねーよなぁ」

「まだ、やれるかい?」

「……だ、大丈夫!!」


 よろよろと立ち上がると八朔はファイティングポーズを取った。

 その目はまだ死んでいない。いやむしろ更にやる気が漲っているように見える。


「じゃあ次は拳だ。腹に入れるよ」


 それから俺は何度も何度も八朔を打ち据えた。その度に八朔は立ち上がった。

 本気でやっていない。防具をつけていた。理屈は幾らでも思いつく。

 しかし、気を失うまで続けられたのは理屈を越えた“熱”が八朔にあったからだろう。


(……これはこれで主人公タイプだよなぁ)


 俺の関わる物語の主人公はまた別だろうけど属性的には主人公だ。

 多分、もうバフかかってる気がする。


(喧嘩は弱いけどタフってのは弱い主人公タイプにありがちだしな)

前へ次へ目次