グロリアスレボリューション⑤
1.ぶっぶー!
(梅津……連絡飛ばした時は素っ気無い反応だったのに……)
気持ちは分からんでもないがな。
梅津は俺にも元は同じいじめられっこだったというシンパシーを抱いてたし。
とは言え俺の場合は根っこの部分が異なっているから奴もそこまで思い入れはなかったが八朔は違う。
正真正銘のいじめられっこ。どうすることも出来ず虐げられている弱者なのだ。
(加えて、自分のように歪んでないってのもあるんだろうな)
梅津の場合はいじめられてた年数が年数だけに鬱憤が爆発する頃には相当歪んでいた。
自分を変えたい、強くなりたいなんてポジティブな動機は欠片もなかった。
だが八朔は虐げられながら、苦しみに喘ぎながらも希望を求めて足掻いている。
憧憬か羨望か……もしくは両方が入り混じっているのか。何にせよほっとけない存在なのだろう。
(つってもこれはなぁ)
机の上にずらりと並べられた各種凶器コレクションには引くわ。ちょっと……いや結構引く。
ガスガンとかも持ってんのかコイツ。つか、足元の鞄の大きさを見るにまだ色々あんだろこれ。
「おめーよぉ! ニコにやられてからこういうのは使わなくなったんじゃねえんか!?」
タカミナの発言には心底同意する。
キレイキレイされてからも鉄パイプやら角材ぐらいは使ってたけど、この手のディープなんは一度も使ってなかっただろ。
「……うるせえな。趣味ぐらい自由にさせろや」
趣味かい。いや、最初は実用目的で集めてたんだろう。
だが俺にやられてこういうものに頼らなくなってからは純粋にコレクション目的で集め始めたと。
「物騒にもほどがあんだろ……いや俺と銀角もサバゲとかは好きだけどさぁ」
「このガスガンとか明らか違法改造だろ」
「お縄になるようなもんを八朔に使わせようとすんなや」
「……チッ」
チッ、じゃねえチッ、じゃ。
大体、こんな凶器振り回せるような性格ならハナっからイジメられてねえわ。
「でもまぁ、イジメっこをぶちのめすって方針自体は……間違っちゃいねえと思うぜ」
「だよね」
「そんな簡単に……」
「八朔の言いたいことも分かるよ? でもさ、自分を変えたいって言うなら自信を持たなきゃでしょ」
今の自分に何か誇れるものはあるか?
俺の問いに八朔は言葉を詰まらせた。まあ、分かっていたことだ。
「勉強、運動、趣味。何か一つでもこれはって言えるものがあるならさ。そこを起点に頑張るのもありだと思う」
だがそういうものがないのなら仕方ない。
手っ取り早く自信をつけるにはいじめっ子をぶちのめすのが一番だろう。
八朔の望みはいじめっ子をどうにかすることではない。自分を変えること、強くなることなのだから。
「八朔よ、ポジティブに考えようぜポジティブに」
「金角の言う通りだ。イジメ問題なんてのはよぅ。お前にとっちゃ単なる通過点でしかねえんだ」
「丁度良い踏み台になってくれる馬鹿がのこのこと現れたとでも考えりゃ良いのさ」
「ふ、踏み台……」
金銀コンビの言ってることは正しい。
えーっと、誰だっけ? に……ニシン……西浦か。西浦達への対処は本題ではないのだ。
俺がここに八朔を連れて来たのは彼が強くなれる切っ掛けを掴めるようにと思ったからだしな。
だったら連中は通過点であり、八朔がより高みへと至るための踏み台ってのは間違いではないだろう。
「イジメなんてクソくだらねえことやってるような連中だ。踏み台にしても心は痛まねえだろ」
「……むしろ何の生産性もないカスどもを有効活用してやる俺は根っからの善人様だって胸を張れば良い」
タカミナと梅津も同意見らしい。
「で、でも……僕は喧嘩なんかしたことはないし西浦くん達も強くて……」
とうの八朔からすれば無茶振りに思うのも無理はない。
ただ俺らだって何の根拠もなしにこんなことを言っているわけではないのだ。
「なあニコ、その西浦って奴らはどの程度のもんなんだ?」
「弱い素人だよ」
「やっぱりな」
四人が呆れたように溜息を吐く。
そこまで詳しく話していたわけではないが全員、察していたのだろう。
イジメなんてクソダセエことをやってるような奴がそこまで強くはないだろうと。
中には性格腐った強い奴も居るには居るけどな。ジョンとかがそうだ。しかし中学生でしかも中区の中学生だ。
加えて俺にやられて高校生に泣きつくような実にしょうもない連中でもある。強いなんてことはまずあり得ない。
「そ、そりゃ花咲くんや君達からすれば雑魚かもしれないけどさ。僕にとっては……!」
簡単に言ってくれると少しばかりの怒りを見せる八朔。
「ちげーよ。ここで言う弱いってのは……あー、八朔よ。お前ゲームとかは分かるか?」
「え? あ、うん。そこそこ遊んでる」
「じゃあRPGはやったことあるか?」
「オラクエとか?」
「おぉ、オラクエシリーズやってんのか。良いよな。俺も結構やりこんで――ってそうじゃねえ」
セルフツッコミを入れる柚。どうでも良いけど八朔に柚ってすっげえ爽やかな感じがするよね。
ここに檸檬くんとかも追加されたら柑橘の爽やかさで暑気払いになりそう。
「平均的なヤンキーのレベルが20でニコちゃんのレベルが60ぐらい。俺らが50ぐれえだとして、だ。お前自分のレベルは幾つぐらいだと思う?」
「えっと……1、とか」
「流石に自分を卑下し過ぎだ。12レベルぐらいはあるよ。じゃあ、件のいじめっこはどれぐらいだ?」
「にじゅ……」
「ぶっぶー! そんなに高くありませーん!!」
とは言え、高く見積もるのも無理はない。
俺らからすればゴミカスでも八朔にとっては恐怖の対象だもんな。実像以上に大きく見えてしまうのもしょうがないわな。
だがちゃんと目を凝らせば見えているものが虚像だと分かるだろう。まず俺達がすべきはその虚像を取り払うことだ。
「精々が14……高く見積もっても16とかその程度だろう」
「そんな……」
「そんなのあり得ないって? でもそうなんだよ。ヤンキーなんてやってる奴はな。雑魚でもそこそこ喧嘩してりゃ相応に強くなる」
だがそういう世界に身を置いていない一般人なら話は別だ。だから俺は“弱い素人”と言ったのだ。
暴力を振るうってのはそれなりに難しいことなのだ。幾らか経験を積まないと満足に殴ることさえ出来やしない。
まあ、特別身体能力に秀でた奴ならスペックゴリ押しとかも出来るがそれは弱い素人ではないしな。
「ようは場数の問題さ。弱い奴にしかイキれねえような手合いが喧嘩なんぞ満足に出来るわけがねえ」
「ナイフ出したりはしたけどあれも、手が震えてたしね」
殴る蹴るの暴行にしたってな。数はこなしちゃいるがまるでなっちゃいない。
反撃して来ない相手をテキトーに嬲ってるだけで経験になるもんか。
殴り殴られ、傷付け傷付き、そうやって暴力の経験値ってのは培われていくのだ。
武の指導を受けたり天性の才がある場合はまた違うけどな。
「それなり以上に修羅場を潜ってる俺らが断言してやる。お前さんといじめっ子どもにそこまでの差はねえ」
そしてその差は努力で簡単に埋めてしまえる程度のものだ。
俺達の言葉に嘘がないと分かったのだろう。半信半疑と言った様子だが目に光が宿り始めている。
「いじめっ子どもだって格闘技習ってるとか特別運動が出来るとかじゃねえんだろ?」
「それは……うん。多分、格闘技とかはやってない……と思う。何かやってるならイジメなんてしてる暇はないだろうし」
運動に関してもそう。俺なりに調べてはみたんだよ。
で、その結果うちの学校で特別出来そうな奴らの中に件のいじめっ子どもの名前はなかった。
ゲームのようにステータスが見られるなら八朔といじめっ子達の間に劇的な数値の差はないってわけだ。
態度のデカさと数で誤魔化してるだけでぶっちゃけアイツら張子の虎だよ。
「そりゃよ、もし相手がニコだってんなら俺らも無茶だよって匙投げるわ」
「知ってる? ニコちゃんと俺、前に一度やり合ったんだがどうやって負けたと思う?」
「え? さあ」
「真正面から走って来て俺の肩に手ぇ突いて倒立状態で跳ね上がったと思ったらだぜ? 空中で身体捻って後頭部に蹴り一発よ」
「それは……」
「そんなんが相手なら無理だわよ。でもそのいじめっ子はニコちゃんと同じようなことが出来ると思うか?」
「出来ない……出来るわけがない」
逆に何でお前はそんなことが出来るんだみたいな目で見られたが、そりゃ俺はねえ?
キャラ的にスタイリッシュなアクションにバフかかってるからな。
ちゃんと絵になるような動きであればそりゃ成功しますよ。まあ全部が全部成功するわけでもないがな。
逆に敵が俺のスタイリッシュアクションを失敗させることで実力を示すみたいなパターンも十分あり得るだろうし。
「えっと、じゃあ僕は身体を鍛えれば良い……のかな?」
「違う。いや、それもやるに越したことはねえがそれよりも優先すべきことがある」
「優先すべきこと?」
「……暴力への耐性だ」
「暴力への、耐性? えっと、殴られるのに慣れろってこと?」
「それもあるけど暴力を振るう方もだよ」
イマイチ、ピンと来ていないようだ。
「一般人と不良の境目はどこかってーとだな。暴力に対する慣れなわけだ」
実力が拮抗しているそこそこのヤンキー同士がぶつかり合えばどっちかが倒れるまで殴り合う。
一歩も引かずにひたすら殴り殴られなんて暴力に縁遠い人間には難しいだろう。
パンピーが喧嘩をした場合はそこまで時間がかからず、どっちかが折れてしまう。
本当に動けなくなるまで手を出し続けられる人間も絶対に居ないとは言い切れないが極々僅かだ。
「殴ることに慣れてないと拳を痛めたり、精神的にもキツかったりするんだなこれが」
八朔はこれまで一度でも誰かを殴ったことはあるか?
タカミナの問いに八朔はぶんぶんと首を横に振った。
「ならちょっと俺の顔を殴ってみなよ」
「うぇ!?」
今度は俺が話を振る。露骨に嫌そうな顔をされてしまった。
俺を殴るのが怖いし、そもそも人を殴ること自体に抵抗があるのだろう。
「そうやって嫌がる時点で十全に暴力は振るえないってわけだ」
「う……」
「とりあえず一発、本気で殴ってご覧。何もしないから」
「い、いや言いたいことは分かったし……」
「良いから」
圧をかけると八朔はようやく折れたようで、
「う、うぉおおおおおおおおおお!!」
気の抜けた叫びと共に拳が俺の頬へ突き刺さる。
まったく痛くないってわけじゃないが無視出来ないかって言われるとそうでもない。その程度の一撃だった。
「全然だね」
「「「「全然だな」」」」
これがモブヤンキーならもっと痛かっただろう。
八朔の一撃が蚊に刺されるレベルならモブヤンキーは画鋲でチクっぐらいか。
タカミナ達なら一撃でどうこうなることはないがかなり効かされただろうな。
「そ、そんなに……?」
「そんなにだ。身体能力を十全に活かせてるならもっと威力は上がっただろうけどね」
「……そうなんだ」
「それはさておき、こうして直に喰らってハッキリと確信した。やっぱり八朔といじめっ子達にそこまでの差はない」
今八朔をいじめている連中はかつて俺をいじめていた連中でもある。
もうすっかり遠い記憶の彼方ではあるが、殴られたり蹴られたりした記憶はまだギリギリ残ってる。
その記憶にある痛みと今のを比べると……うん、あんま痛くないとちょっと痛い程度の差ぐらいしかない。
いじめっ子達が手加減をしていた? なわけがない。俺の態度が気に入らないと終わる頃には肩で息をするぐらい本気でやってたさ。
「何なら死んだ母親から振るわれてた暴力の方がよっぽど痛かったね」
「「「「「……」」」」」
「おっと、今のはウィットなジョークだよ? 笑って?」
「「「「笑えるか!!」」」」
ま、それはさておきだ。
「話をまとめよう。いじめっ子をぶちのめすことで自信を手に入れて前に進む。これが大まかな方針だ」
「う、うん」
まだ恐怖は残っているようだが懇々と丁寧に説明したからだろう。
不安と同時に小さなやる気が芽生え出しているのが分かった。
「そのために俺達も協力はするが……一つ条件をつけよう」
「……お金とか?」
「なわけないでしょ。期限だよ期限」
何時までもだらだら付き合うつもりはないし何より期限を決めなかったら八朔は本気になり切れないだろう。
別に彼が腐っていると言いたいわけではないが本気の出し方を知っているとは思えない。
これまで一度も何かと戦って来なかったから死に物狂いになるということが分かっていないのだ。
だから期限を定める。
「リミットは今月いっぱい。三十日にはいじめっ子とやってもらう」
「……ッ」
「そこを過ぎれば俺達はもう何もしない。君は一生、そのままだ。変わることなんて出来やしない」
だからああだこうだ言わず、兎に角必死になれ。
俺がそう告げるとしばし間が空いたものの八朔は恐怖に震えながらも真っ直ぐ俺の目を見つめ、頷いた。
「OK。その覚悟を信じよう」
俺が手を差し出すと八朔はおずおずと握り返してくれた。
(さて、これから忙しくなるぞ)
どう調理したものか……ワクワクして来たな!