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グロリアスレボリューション④

1.教室には椅子があるじゃろ?


 笑顔を観察してはいたが朔真もそれで何かが変わるなどとは思っていなかった。

 たかだか二ヶ月ちょっとで死にたくなるほど追い詰められた自分。

 それ以上のイジメを一年以上受けながらも煩わしい程度にしか思っていなかった笑顔。

 花咲笑顔と八神朔真は根本的に出来が違う人間なのだ。

 どれだけ目を凝らして観察したところで何を得られることもない。こんなものはある種の現実逃避なのだと頭の片隅では理解していた。

 それでも行動に移したのは先に述べた現実逃避と、何かしていなければ気が狂ってしまいそうだったから。


『――――いい加減、出て来なよ』


 だから気付かれてしまった時はもう終わりだと思った。

 何もしなければ笑顔も手を出して来ることはないだろう。しかし、ストーキング紛いのことをされれば話は別だ。

 笑顔がストーカーされて喜ぶような奇特な性癖の持ち主だなどと期待するのはあまりに馬鹿らしい。

 その場で処される可能性もあるかもしれない。恐怖に身を震わせながら姿を見せた朔真だが、


『あ、ペカリよかヤクエリ派だった?』


 笑顔の対応は実に優しかった。

 悪意に晒されて来たからこそ分かる。これは自分が特別だからというわけではないと。

 花咲笑顔という少年は確かに近寄り難くはあるがその本質は穏やかで善良なのだと。

 惨めだった。勝手な想像でストーキングの罰を受けるかもなどと考えていた自分の“しょうもなさ”があまりにも情けない。

 かつては勝手なシンパシーを抱いていたこともあって朔真は酷く、惨めな思いを味わった。


 半ば自棄になっていたのだろう。気付けば朔真は胸の裡に溜めていたものを吐き出していた。

 笑顔が話し易いようにと気を遣ってくれたのもある。朔真自身も驚くほどにすらすらと言葉が出て来た。

 とは言えだ。最初に述べた通り朔真は何かを期待していたわけではない。

 しかし、


『分かった』


 話を聞き終えた笑顔は頷き、こう続けた。


『今週の土曜、暇かな?』

『え? あ、うん』


 友達など一人も居ない。休日だからと言って特別な何かが起こることはまずなかった。

 だから反射的に頷いたのだが……。


『なら午後一時に東区の××駅前で待ち合わせよう』

『え、え』

『じゃ、そういうことで。いい加減暑くなって来たし俺は帰るよ』


 疑問を解消する暇もなく笑顔は去って行った。

 そして今日がその約束の日。朔真は指定された場所で一人、ぽつんと佇んでいた。

 かんかん照りの日差しにも負けず街は賑やかで自分一人だけが酷く浮いているような気がして居心地が悪いったらない。

 それでも約束をすっぽかす度胸もなかった朔真は俯きながら笑顔を待つしかなかった。

 と、その時である。バイクのエンジン音が耳を揺らした。

 別に普段から意識しているわけでもないし何か特徴があるわけでもない。なのにその音はやけに耳に響いたのだ。

 何となしに顔を上げると、


「御待たせ」


 白いバイクに跨った笑顔が滑るように自身のギリギリで停止していた。


「あ、うん」

「じゃあ後ろ乗って。はいこれ、メット」


 半ヘルを受け取った朔真は促されるまま後ろに座る。

 もしかしなくても無免許だろう。とは言えどうしてか事故る姿はまるで想像出来ず、その安心感は半端なかった。


「……花咲くん、どこに向かってるんだい?」

「着いてからのお楽しみ」


 楽しめる要素がどこにあると言うのか。

 かつてならともかく今の花咲笑顔は別世界の人間だ。何を考えているかも分からないし何をするかも予想がつかない。

 そんな状況で楽しめる肝があるのなら朔真も初めからイジメられっこになどなっていない。

 不安を抱えたまま走ることしばし、笑顔はある場所に入っていった。


(スクラップ置き場……?)


 建設会社の名前と思われる看板が見えたのでその会社が使っている廃材置き場なのだろう。

 何でこんなところに、と思ったところで朔真の顔が盛大に引き攣った。


「……お前ら何やってんの?」


 プレハブの前でバイクを止めた笑顔がスクラップの山に視線をやり、呆れたように溜息を吐いた。

 その視線の先。山の上では四人の少年が炎天下の中、カップラーメンを食べていた。皆、汗だくだ。


「……見て分かんねえのか。食事中だ」


 黒髪を結い上げた不機嫌そうな顔の少年がスープを啜りながら答えた。

 直接、見たことはない。あくまで動画越しだが間違いない。あれは四天王の一人、黒狗こと梅津健だ。


「何でこんなとこで食ってるか聞いてるんだけど?」

「いやほら、時間も時間で小腹空いてたんだわ。だからニコが来る前に軽く腹をと思ったんだけどよぉ……馬鹿ゴールドとアホシルバーが……」


 同じく全身に玉のような汗を浮かべた赤毛の少年がげんなりしながら答えた。

 こちらは知っている。ちょこちょこ自分達の学校にも遊びに来ていたから。赤龍、高梨南。

 南はうんざりしながら金髪頭と銀髪頭に視線をやった。


「ただ飯食うのもつまらねえじゃん? だから我慢大会でもしねえかなって……」

「でもダメだぁ……上も下も暑いよぅ……ケツが焼けるよぅ……」


 ここまで来れば分からいでか。北と南の四天王、金角と銀角こと柚原金太郎と桃瀬銀二以外にはあり得まい。

 何でこんなところに自分が連れて来られたのか。まるで理由が分からない。


「だったら中に入れば良いじゃん……」

「おめー、この状況でんなこと言い出したら負けたみてえで癪だろ」

「……だからテメェを待ってたんだよ」

「頼む救世主えっちゃん。俺らを解放してくれ」

「もうマジで意識が朦朧としてんだわ」

「何この自縄自縛の馬鹿軍団……はぁ。ほら、中に入るよ」

「「「「っしゃあ!!」」」」


 四人は我先にと山から飛び降りプレハブの中へ入って行った。


「じゃ、俺らも入ろうか」

「……う、うん」


 理由を……理由を説明してくれ! 切実な叫びを心の中で上げるも逆らえないので大人しく着いて行く。

 プレハブの中は外とは別世界のように涼しく、四天王達も心底安堵したように寛いでいた。


「タカミナー、飲み物出しちゃって良い?」

「おー、俺らの分も頼まあ」


 人数分のコップをテーブルに置き、笑顔はそこに麦茶を注いでいった。


「「「い、生き返るぅ……!!」」」

「……犯罪的な美味さだな」

「君も遠慮なく飲んでね。炎天下の中、待ってたから喉渇いてるでしょ」

「あ、はい」


 確かにその通りだ。

 出された麦茶に口をつけると四人ほどではないが全身に活力が漲るのを感じた。


「ふぅー……で、お前さんが八朔か?」

「え、あ、え」


 どういうことだ? 何故自分を知っている? というかそのあだ名で決定なの?

 朔真の困惑を感じ取ったのだろう。銀二が苦笑気味に答える。


「えっちゃんから聞いたのさ。お前さんのこと」

「な、何で」


 何故、彼らに自分の話をする必要があったのか。

 そもそも何のためにここに連れて来られたのか。分からないことだらけだ。ちゃんと説明して欲しい。

 視線に込めた思いはちゃんと伝わったようで笑顔は小さく頷き、語り始める。


「君、言っただろ? 強くなりたいって」

「い、言ったけど」

「でも生憎と俺は俺を強いと思ったことなんて一度もなくてね」


 嫌味――ではない。そこに込められた感情は……自嘲、だろうか?

 これはきっと自分が踏み込んで良いことではない。そう察した朔真は黙って笑顔の話に耳を傾ける。


「だから俺が強いと思う人間を集めてみたんだ。この四人ならまあ有益な助言をくれると思うんだ」

「……花咲くんは、何で、そこまで。それに……」


 もっと分からないのは四天王だ。

 笑顔とはまだ同じ学校同じ学年、同じイジメっこに目をつけられていると……繋がりらしきものがないわけではない。

 しかし四天王とは微塵も関係がない。親戚に彼らと親しい者が居るとかそういうのもないだろう。

 代表して答えたのは高梨南だった。


「俺らもよ。誰それがイジメられてるとかにゃ興味ねえよ?

目の前で見かけたらだせえことしてんじゃねえってシメるぐらいはするだろうがイジメ撲滅! とかはやんねえわ。

別に正義の味方でも何でもねえしな。それが他校のことなら尚更だ。

一緒にイジメ問題について考えてくれってニコに頼まれても普通なら知らんわそんなんで済ませただろうぜ」


 ならば何故?


「お前さ、ニコとある程度言葉を交わしたんだし分かるだろ?」

「な、何を」

「本気で頼めばそのいじめっこぐらいはどうにかしてくれるってよ」

「それは……」

「善意ってより自分の尻拭いって感じでさ。でもお前はそれを頼まなかった。何でだ?」

「……」

「そんなことしても何も変わらねえって分かってるからだろ?」


 そうだ。変わらない。何も変わらない。

 仮にここで笑顔にいじめっこを排除してもらったとしても、この先また同じようなことがあったら?

 次のいじめっこは笑顔とは何ら因縁もなく頭を下げても何もしてくれないのなら元の木阿弥だ。

 だから、


「変わりたい、強くなりたいと。そう願ったお前の根性が気に入ったから俺らはニコの呼びかけに応えたのさ」

「……」


 黙りこんでいると今度は金太郎が口を開く。


「八朔さぁ、自分のこと卑下してるみたいだけど……何、そうそう捨てたもんじゃねえぜ?」

「だわなぁ。少なくともお前さんはもう一歩、踏み出してる」


 同情だとか、慰めなどでは断じてない。彼らは心の底からそう思ってくれている。

 生まれて初めて、家族以外の誰かに認められた気がして朔真は気付けば泣いていた。


「おいおい、泣くなって。ちゃんとした話し合いはこれからだぜ?」

「そうそう。ほれ、ティッシュやるから涙拭け」

「……う゛ん゛」


 貰ったティッシュで涙を拭い、鼻をかむ。

 少し、心が軽くなった。前向きな気持ちが生まれた。朔真の様子を見て五人も満足げに頷いている。


「さて、それじゃあ八朔改造計画について話し合おう」

「改造!?」

「今の自分を変えるんでしょ? なら改造で良いじゃん」

「うぅむ、俺が悪の天才科学者ならサイボーグにしてやれるんだが俺はただの男前だしなぁ」

「金角の戯言は置いといて、だ。やっぱあれじゃね? まずはよ、梅津の旦那から話を聞くべきでねえか?」


 だんまりを決め込んでいる梅津に全員の目が向く。


「知ってるかもだけど一応、紹介しよう。コイツは梅津健、四天王の一人だよ」

「う、うん」

「で、この梅津なんだけど実は君と同じで元いじめられっこなんだよね」

「え」


 朔真は笑顔について調べた――と言っても情報元は学校を歩き回って漏れ聞こえるものを拾った程度だ。

 友達が居れば友人間での情報や裏掲示板なんかにも辿り着けたかもしれないが朔真に友達は居ない。

 なのでそこそこ知られている健のバックボーンについても朔真は知らなかった。


「小学校の間は殆どイジメられてたから期間で言えば八朔よりも上。いわばいじめられっこの先輩と言えるかも」

「……言うな」


 うんざりしたような健の言葉をスルーし笑顔は続けた。


「いじめられっこから屑にジョブチェンジしてそこから俺に全部暴露されて底辺まで逆戻りしたけどまた這い上がって来たガッツのある男だ」


 八朔の現状を打開する上で有効な発言をしてくれるだろう。

 笑顔にそう言われ、朔真も心なしか表情が明るくなった。


「…………おい」

「は、はい」

「……お前、体育の成績は?」

「え? ふ、普通ですけど」


 可もなく不可もなく。出来ないわけではないが出来るわけでもないという感じだ。

 しかしどうしてそんなことを聞くのだろう?


「……最低限は動けるわけだ。なら、椅子だ」

「椅子?」

「……教室には椅子があるだろ? イジメられたら椅子でリーダー格のいじめっこの頭をブン殴れ」


 何を言っているのだろうか?


「……連中はな。反撃されるなんてこれっぽちも考えちゃいねえ。逆らうはずがねえとハナから決め付けてやがる。

隙だらけだ。だから反撃も容易く通る。だが生半可な反撃じゃ逆にそいつらを調子付かせるだけ。だから徹底的にやる」


 椅子で殴りつけろ。何度も何度も。見るも無惨な状態になるまで。

 周りが止めようとするだろう。殴る蹴るの暴行を受けるかもしれないが我慢して、ひたすら標的だけを叩き続けろ。

 かつての自分の境遇を思い出してトラウマを刺激されたのだろう。怨念が滲む健の言葉に朔真はドン引きしていた。


「……まあでも、椅子はあれか」


 一通り吐き出したところで健は言った。どうやら冷静になったらしい。

 ほっと胸を撫で下ろす朔真だが、


「……武器としては使い辛いからな。喧嘩もしたことがなさそうなお前が使うには難易度が高いな」


 健は懐からあるものを取り出し机に置いた。


「あ、あの」

「……折り畳み式警棒だ。軽くて取り回しも良い。コイツで思いっきり顔面をぶん殴れ」

「ちょ」

「……これはタクティカルペンだ。普段は文房具としても使えるし油断を誘えるだろう」

「ま」

「……催涙スプレーだ。コイツを顔面に噴き掛けてやれば後は煮るなり焼くなり好きにすりゃ良い」

「……」

「……違法改造したスタンガンだ。学ランの上からだって効果があるぞ。夏服の今なら余裕だろう」


 朔真は堪らず笑顔を見た。笑顔は一つ頷き、言った。


「――――よし、休憩タイムにしよう」


 始まったばかりだが健以外は全員、頷いていた。

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