グロリアスレボリューション③
1.……なるほど、今回のエピはそういうパターンか
新学期二日目も初日と同じような有様だった。
好奇心がある一般生徒はちょっと勇気を出して声をかけて来るし、やんちゃな連中は一斉に頭を下げる。
校庭に集まって挨拶するのはウザいから止めろと言っておいたので明日からは大丈夫だろうが……。
(一般生徒の接触は……多分、これから増えていくんだろうな)
わざわざ言うまでもないかもだが俺はパンピーに襲い掛かるような趣味はない。
そいつが何かしら許容出来ない害を与えて来たのなら話は別だが、そもそもパンピーはそんなことせんわな。
となると手を出す理由はない。なので挨拶されたら挨拶するし話しかけられたのなら普通に対応する。
そうなると話しかけて来たのとそれを遠巻きに見ていた奴らは思うわけだ。
『あれ? 花咲くんって怒らせなければそんなに怖くない?』
ってな。舐められることはないだろう。
イジメっこへの一件で俺がキレたら生徒どころか教師にも平気で暴力を振るうのは周知の事実だからな。
俺の逆鱗に触れないよう気をつけながらコミュニケーションを試みるだろう。
理由は……まあ、ミーハー的なのから親しくなれれば自分にも何か良いことがって下心とか色々だ。
うざったいなら無視すれば良いじゃん、そうすりゃ人も近付いて来ないだろうってのは分かる。
(分かるけど、それはそれでな)
罪悪感が沸く。いじめっこや担任をボコったこと。姉を轢こうとした馬鹿。ジョンへの仕打ちなど残酷なことは散々して来た。
それらには未だ一切、罪悪感はない。だが何もしていない人間を無視したり冷たくあたるとかは普通に心が痛む。
我ながら難儀な性質だと自覚しちゃいるが、簡単に治せるようならそもそも苦労しないっつーね。
(特に顕著なのは女子……それもいわゆるカースト上位の子らだな……)
あまり気分の良い話ではないが世の中には女を自分を飾るアクセサリーか何かのようにしか見ていない者が居る。
そしてそれは逆も然りだ。気位の高さと性格の悪さを併せ持つタイプがそうなり易い。
そしてその手の人種は往々にしてコミュニティの中で上位に位置していることが多いのだ。
無論、普通に性格が良くて普通に人望を集めた結果自然とそういう位置に立つ者も居るけどな。
それはさておき異性をアクセサリーと見做すような人間はうちの中学にも居るはずだ。
年齢が年齢だけにまだそこまで露骨に腐っては居ないだろうが、こんな凄い男を自分の彼氏にすればと考えている奴は確実に居る。
『アイツはやばい。関わらないようにしなきゃ』
その手の女子も最初はこんな感じで他の生徒と同じように俺を爆弾扱いしていたのだ。
そりゃそうだ。幾らカースト上位に居ようとも単純な暴力の前には何の意味もないからな。
女の武器を使って男をかき集めて嗾けるなんてことも出来なくはないが……まあこれは置いておこう。
ともかく最初は俺を遠巻きに見ていたが気付いたのだ。最初は逆十字軍との一件で。
『……ひょっとして話が通じないイカレ野郎ではない?』
ってね。決定打は悪童七人隊との抗争だ。
逆十字軍の時も悪童七人隊の時も俺は噂を徹底的に利用した。
だから調べようと思えば事の仔細は簡単に分かる。それがカースト上位の人間なら尚更だ。
本当に俺がイカレタ人間ならば周りに人が集まるわけがない。人を率いれるわけがない。
狂気で人を束ねる人種も居るには居るがそういう奴の下に集うのはどっかおかしい奴で、尚且つ頭に対する恐怖が刻み込まれている。
だが俺の周りに居る人間は違う。四天王。そして叛逆七星に参加した各チームの総長達。
どれも名のある不良だ。であればこそ調べようと思えばその人柄についても簡単に調べられる。
光のヤンキーである彼らが味方しているのだから俺も話が分かる奴なんじゃないかと思うのは自然だろう。
ならばと試しに話しかけてみる。そして確信を得たのなら動かない理由はない。
アウトラインに触れないよう気をつけながら俺と仲良くなろうとするはずだ。
(……面倒だ)
パンピーで尚且つ女性だもんなぁ。
いや遠ざける手段もなくはないぞ? 簡単だ。これまでの風評が全部ぶっ飛ぶようなイカレタことをすれば良い。
例えばそう、ヤクザの事務所にでも殴りこんで全員を血祭りに上げるとかな。
でもそんなことすりゃ闇堕ちに近付くわけで俺からすりゃ意味のない行いだ。
かと言ってこのままもなぁ。俺のコミュニケーション能力はゴミカスなんだぞ。
(ま、唯一の救いは教師陣は今まで通りの扱いをしてくれることか)
教師陣にはイジメをスルーしてたって負い目があるからな。
担任はともかく他の教師はそもそもイジメを把握してたかも分からんし杞憂なんだが向こうからすればな。
なので下手につっついて担任と同じようになりたくないから腫れ物扱い続行ってわけだ。
特に所帯持ちの教師はそこらが顕著だな。家族に手を出されたくないからだろう。
人を何だと思ってんだと言いたいが誤解を解こうとすれば逆に疑惑を加速させそうだからどうにも出来ん。
「さて、ここらで良いか」
神社の境内、賽銭箱の前に辿り着いたところで足を止める。
これまで敢えて考えないようにして別のことに思考を巡らせていたがそろそろ良いだろう。
「――――いい加減、出て来なよ」
朝からだ。学校に着いてからずっと視線を感じていた。
面倒だし校内では探らなかったが校外に出ても着いて来るなら無視は出来ない。
相手は同じ学校の生徒だ。学年は多分、俺と同じ二年。クラスは違う。視線を感じる頻度からして間違ってないと思う。
(戸惑いと……怯え……)
呼びかけに答えず隠れたままの誰かさんから伝わる感情だ――……うん、何言ってるんだろうね俺は。
普通に考えて見えない相手の感情が分かるわけねえじゃん。
でも分かるんだよ。ホント、漫画だよコレ。
「お」
砂利の音。そいつはゆっくりと姿を現した。
俺の身長は平均より低い160と少し。体重も軽い。同年代で言えば小柄な方だ。
現れた彼は俺よりは大きいがそれでも平均的な同年代男子からすれば同じく小柄に分類されるだろう。
そしてそこに如何にもな弱気をプラスすればどうなる?
(間違いない、いじめられっ子だ)
顔立ちは良くも悪くもない凡庸なもの。
しかし、自信のなさが表情に表れているせいでマイナス査定に足を突っ込んでいる。
目を合わせるのが怖いのだろう。視線が泳いでいる。俺だから、ではない。俺以外の人間にも同じだと思う。
「一応、名乗るよ。俺は花咲笑顔――それで、君はどこの誰さんかな?」
賽銭箱前の小さな階段に腰を下ろす。
「……し、知らないか。そうだよね。クラスも違うし何より……」
言葉が止まる。そりゃそうだ。
いじめられっこからすれば俺のような人種は最も恐怖すべき存在だからな。
それでも何かを伝えようとしているあたり、きっと本人にとっては何よりも大切なことなのだろう。
「とりあえず、立ち話もなんだしこっちおいでよ」
「え、あ」
「そこじゃ日も当たって暑いだろう? ほら」
再度、促す。すると名も知らぬ彼は覚束ない足取りでこちらまでやって来た。
とは言え直ぐ隣に座るのは怖かったんだろう。限界まで端に寄り座った。
「じゃあ、はい」
「え」
鞄の中から神社に来る途中で買ったスポーツ飲料を差し出す。
影に入ったとは言えまだまだクソ暑いからな。この様子を見るに彼は水分補給なんてしてなさそうだし途中で倒れられても困る。
「あ、ペカリよかヤクエリ派だった?」
俺はぶっちゃけこだわりないんだがうるさい奴はうるさいしなあ。
どっちも美味いで良いじゃんと思うんだが、まあ何か色々あるんだろう。
この彼もヤクエリ派なのかもしれないが今はガマンして欲しい。身体を労わってやろうぜ。
「いやそうじゃなくて……あ、い、今お金出すから!」
「いや良いよ。ジュース一本ぐらい普通に奢るし」
そりゃいじめられっこなんてやってるんだ。金巻き上げられたことだってあるかもしれんが俺はちげーよ。
汗かいて若干ぬるくなってるジュース押し付けて金取るとかはしないっつーの。
「……あ、ありがとう」
「どういたしまして。それで、君は一体どこの誰さんなんだい?」
「や…………八神 朔真。二年B組の生徒だよ」
さくまて苗字みてえな名前だな。
「どんな字?」
「え? 朔月の朔に真実の真で朔真だけど」
ああ、字を見ると苗字感は薄れるな。
声に出すと“やがみさくま”で何か八神さんと佐久間さんのコンビ感半端ないけど。
「で、八朔は何だって俺のことを尾けてたわけ?」
「……」
「答えたくないならそれで良いけど、これ以降俺から声をかけるつもりはないよ」
無下には対応しない。しかし、あちらが事情はどうであれコミュニケーションを取るつもりがないなら俺もそれに付き合う理由はない。
俺の言葉に八朔は大きく身体を震わせ、俯いた。
これが一度きりのチャンス。でも、怖くて上手く言葉にならないと言ったところか。
「き、君を……花咲くんのことが……知りたくて……」
「なるほど――――気持ちは嬉しいが俺は生憎とノーマルなんだ」
「違うよ!?」
ふむ、これで少し緊張は取れたかな?
幾分か肩の力が抜けた八朔はゆるゆるとペカリを呷ると心情を吐き出した。
「……君の強さを、知りたいんだ」
言って気付いたのだろう。八朔はあたふたと補足を入れる。
「あの、誤解しないで欲しいんだけど決して喧嘩を売るとかそういうあれじゃなくて……」
「そこは分かってるよ。大体、君が俺に喧嘩を売る理由なんてないだろうしね」
「……うん。僕が知りたいのは、君がどうしてそんなにも強く在れるかってことだから」
「ふむ?」
強い……強いねえ。俺は本当に強いんだろうか?
そりゃあ暴力って意味じゃ中々のもんかもしれないけどさ。それだけだ。
「……僕は、いじめられてるんだ」
「だろうね。何かそんな雰囲気は感じてた」
俺がそう言うと八朔はだよねと苦笑を返した。
「一年生の時はそうでもなかったんだ。クラスの端っこで大人しくしてるだけ。誰も僕なんか見やしない」
「イジメが始まったのは二年になって?」
「正確には六月からね」
「何かあったの?」
「何かあったのは僕じゃなくて僕をいじめている人達だよ」
ふむん?
「それまでは別の子をいじめていたんだけど、そのいじめられっこから手痛い反撃を食らって手を出せなくなったんだ」
「ひょっとして……」
「うん、西浦くん達だよ」
「……………………誰?」
「え」
「あ、いやそうか。アイツらの誰かが西浦っていうのか」
同じクラスの奴かな? それとも別のクラスの奴が西浦?
あの暇人連中、全員が全員同じクラスじゃなかったはずだ。
「……覚えてないの?」
「暇人どもに脳のリソースを割くの勿体ないでしょ」
奴らのせいで俺はヤンキー輪廻に叩き込まれたとは言えだ。
やっちまったものはしょうがないわけで? だったらどうやって上手いことアガリを迎えるかを考えるのにリソースを割いた方が建設的だろう。
「は、はは……そうか。その程度なわけだ。君にとって彼らは最初から……」
泣き笑いのような顔をしたと思えば八朔は力なく項垂れた。
「……入学した時から、僕は君を知っていた」
まあ目立つ容姿をしているからな。何となく気にすることはあるだろう。
ただ愛想のアの字もねえから誰も話しかけて来なかったけどな。
「イジメられていることも……そう。他人事だとは思えなかった」
「……」
「たまたま、たまたま君が目立っていたから彼らが目をつけただけで……何か一つでも違えば僕が君と同じ立場に居たんだろうなって」
話したいと思っていた。でも、後ろめたくて何も言えなかった。
俯いたまま語る八朔はかなり消耗しているように見えた。
たかだか二ヶ月ちょっとイジメられたぐらいで、とは思わない。感じ方は人それぞれだからな。
それに俺は中身がオッサンだ。大人と子供の心を比べるのは酷だろう。
「でも、それは僕の勘違いだった。君は最初から強い人間だったんだ。
イジメを受けていたのも弱いからじゃない。どうでも良かったんだ。恐怖も怒りもない。精々が、ちょっとうざい程度だった。
春のあれも、鬱陶しい小蝿を払った程度なんだろ? これまでは無視出来てたけど少しばかり我慢出来なくなったから……」
堰を切ったように溢れ出す言葉。
昨日今日の話ではない。いじめが始まってからずっと思っていたことなんだろうな。
「滑稽なシンパシーだ。薄汚い野良猫が眠っている獅子を見て自分と一緒だなんて……はは」
「ふむ……それで、君は結局何がしたいわけ?」
イジメっこどもを俺がそうしたように徹底的に痛め付けてやりたいのか。
俺のせいで迷惑を被ってるんだから何とかしろと言っているのか。
問いを投げる。八朔はどちらも違うと首を横に振った。
「……僕はただ、強くなりたいんだ。理不尽を押し付けられて、それを受け入れることしか出来ない人間では居たくない」
「……」
「どんな強い敵にも真っ直ぐ立ち向かっていく君のような……強い男になりたいんだ」
なるほどなるほど。
(……今回のエピはそういうパターンか)
寒暖差のせいかちょっと体調崩してます。
更新が遅れて申し訳ないです。