グロリアスレボリューション①
1.新学期
「時間が……飛んだ……?」
「朝っぱらから何言ってんのさ」
夏休みが終わり九月一日、新学期である。
久しぶりに姉と肩を並べて通学路を歩いていたのだがいきなり訳の分からないことを言い出して俺は困惑している。
いや、家出た時から何かうんうん言ってるなとは思ってたけどさ。時間が飛ぶてアンタ。
そりゃおめえ、この世界は結構ファンタジーだけどさぁ。時間が飛ぶなんてことがあるわけねえだろ。
スキップボタンが実装されてんなら俺だって速攻で高校卒業までスキップするわ。でも無理なんだよ。現実にはオート機能もスキップ機能もないんだ。
「だって! 夏休み、終わっちゃったんだよ?」
「そりゃ終わるでしょ。時間が止まるわけないんだから」
「でも! 体感だと……体感だとまだあったはずなの!!」
体感かよ。そんなんどうとでも言えるじゃん。
「っていうかニコは何? 何でそんな落ち着き払ってんの?」
「えぇ……?」
「いや去年までなら分かるよ? 友達とかも居なかったし無味無臭な夏休み送ってたから終わろうが始まろうがどうでも良いってさ」
おっと結構踏み込んだ発言だ。
こんなことを言えるようになったのはやっぱり心の距離が近付いたからだろう。
「でも今年は違うじゃん! タカミナくん達居るじゃん! もっと遊びたいと思わないわけ!?」
「いや別に学校始まっても遊べるし……」
「それとこれとは話が別じゃん!!」
まあうん、言いたいことは分からないでもないけどさ。
確かに夏休みは朝、時間を気にせず寝てられるし好きなだけ遊んでも居られるけどさ。
じゃあずっと続けば良いかって言うとそれは違うでしょ。ずっとそんな生活してたらフニャフニャになるわ。
「うー……何でそう達観してるかなぁ……」
「そう言われてもなぁ」
休みが欲しい度で言えば前世の末期のがよっぽどだったけどな。
規則正しい生活を送れるようになったら休みとかはそこまで……ってなるんだから不思議なものだ。
やっぱりバランスが大切なんだろうな。ここの天秤が狂うと人はおかしくなっちまうんだ。
俺の最期が正にそれだ。飲み溜めしとこうって何やねん。お酒を美味しく飲もうと思ったら適量越えはマズイでしょ。
「それにほら、後四ヶ月ぐらいすれば冬休みなんだしさ」
具体的に冬休みが何時かは知らんがどこもクリスマス前後だろ。
そこらまで頑張ればまた一休み出来て、そっからちょろっと行けば春休みだ。
…………今思ったが学生ってすげえな。休み盛り沢山じゃん。週休二日も確定だしやべえなコレ。ホワイト過ぎるぜ。
「はぁ、そうだね」
「うんうん。それまでは夏休みの楽しかった思い出を原動力にして頑張ろうよ」
「うん! ニコのアイドルデビューとかめっちゃ思い返すよ!!」
それはやめろ。
「いやー、ホントあれは凄かったね~。私はアイドルとかあんまだけどパフォーマンスが半端なかったわ」
「それは俺も思った」
まさかステージの上で歌って踊るどころかアクロバティックなアクション要求されるとは思わなんだわ。
いや、前世だと男性アイドルグループとかでバク転とかバク宙やってるのとかはあったよ?
でも女性グループで体操選手もかくやというほどの動きをさせられるとは予想外だったわ。
全員が全員ってわけじゃないけど出来そうなのは容赦なくやらされてたからな。
後で聞いた話だが欠員した子が一番動けるらしく派手な場面もかなり任されていたらしい。
あそこが欠けたらショーとしてはイマイチになるし、そりゃ必死こいて欠員を埋めようとするわな。
「動きだけでも十分なのに歌と踊りもかなり力入れてるから偉いよね~」
「うん。まあ俺は口パクだったけど」
流石に歌とダンス、アクション全部をあの短時間で何とかせえってのは無茶だ。
なのでダンスとアクションにのみ焦点を絞らせてもらった。
「じゃ、ここで」
「うん! 今日も一日、頑張るんだよ!」
額にキスをして姉は元気いっぱいに走り去って行った。
出掛けにちょっと足りないかなとか言ってお腹を擦ってたのでコンビニに直行したのだろう。
さて俺もと歩き出そうとした正にその時だ。
「は、花咲くん!」
「?」
「お、おはよう!」
見知らぬ女子生徒が挨拶して来た。
制服を見るに同じ学校なんだろうが見たことないのでクラスか学年が違うのだろう。
「おはよう」
「う、うん……じゃ、じゃあね!」
タタタ! っと足早に去って行った。
ちょっと……いやさ、かなり驚いた。まさか挨拶をされるとは……。
自分でも悲しいことを言ってる自覚はあるがこれまでを考えるとな。ちょっと欠伸しただけで全校生徒どころか教師まで黙り込むような扱いだぜ?
そんな俺が挨拶されるとか思わないじゃん。
(ひょっとしてラブレターをくれた誰かなのかな?)
あれもなぁ。一応、断りの返事は全員分書いたんだけどさぁ。
殆どが名前書いてなかったからどうすりゃ良いか分からんのだよね。
ワンチャン狙ってのことなんだからせめて名前は書いとけよ。名を名乗るのも怖いならそもそもラブレター出すなよ。
呆れつつ今度こそ歩き出すと、
「花咲くん……お、おはよう!」
「ああうん、おはよう」
今度は見知らぬ男子生徒だ。何だ、何が起こっている?
今の彼が実はラブレターを送ったとかなら分かるが彼女っぽい子も一緒だったし。
まさか偽装カップル……? なわけねえだろ。冗談はさておきマジで分からん。何なんだ一体……。
困惑から立ち直れはしないものの遅刻するわけにもいかないのでそのまま学校に向かった。
だが校門を潜った瞬間、またしても理解し難い光景を目にしてしまう。
《おはようございやぁああああああああああああああああす!!!!》
ずらっと両脇に立ち並ぶ男子生徒らが一斉に俺に向かって頭を下げたのだ。
この学校にもヤンキーが居ないというわけではない。他所と比べるとライトではあるがやんちゃしているのは居る。
ここに居る連中がそうなんだろうが……何で? これまでは他の生徒と同じように目を逸らし――あ、悪童七人隊の一件か!?
俺の中では既に消化済みのイベントだったから直ぐには気付けなかったが……そうか、そういうことか。
(……相当、デカイ喧嘩だったからなぁ)
中学生なので参加した奴は居ないだろう。他の区ならともかく中区の中学生だからな。
それでも先輩とかから話を聞いたりしたのかもしれない。
で、態度を改めた。腫れ物に触るような扱いで不興を買うのは怖いし、従順な姿勢を示しておこうってとこか。
(どないせーっちゅーんじゃ……)
2.何時か思い出に変わるのだとしても
爆弾扱いから一転、敬われるようになり戸惑ったが教師は変わらず爆弾扱い。
そのことに一抹の安堵を覚える俺の情緒が不安になりはしたものの何とか乗り切って放課後。
俺は校門の前で迎えを待っていた。
今日はタカミナ達が俺に何やら話があるとのことなので俺も丁度良いとそれに乗ったのだ。
(夏休み後半は全員の予定が合わなかったからなぁ)
祭り以後もバイトやら何やらで全員が一度にという機会はなかった。
それで先延ばしになってしまったので今日の誘いは渡りに船だった。
「うーっす! 待たせたなニコちゃん!!」
「いや良いさ。悪いね、わざわざ来てもらって」
「いやいや俺らが迎えに行くつったんだから気にすんなよぅ」
金銀コンビが校門の前に滑り込む。
派手にエンジン音を響かせていたので校庭に居た生徒や校舎から注目が集まるが当人らはまるで気にしていない。
「そんじゃ行こうか。ケツに乗ってくれ」
「うん」
柚の後ろに乗り発進。そのまま寄り道はせず東区へと向かう。
何時もの秘密基地に到着すると、既に他の面子は全員集まっているようで俺達が最後らしい。
「よっ」
「うーっす。まあそうだろうとは思ってたがニコは新学期のダルさとかは感じてねえみたいだな」
ダルさは感じてないけど戸惑いは……いや今話すこっちゃねえな。
軽く挨拶を交わしてソファに座るとアイスコーヒーが出された。
それで少しばかり喉を潤すと、俺は早速話を切り出した。
「で、何か皆は俺に話があるんだって?」
「ああ。でもお前も何かあんだろ? 俺らは後で良いから先に話せよ」
タカミナの言葉は皆の総意らしく他の面々は何も言わない。
それなら、と俺はこれまで考えていたことを打ち明ける。
「塵狼の今後について皆の意見を聞きたい」
「今後について、か。具体的には何ですのん?」
「元々塵狼は逆十字軍を潰すための一時的な枠組みだ。連中を潰した後でもなあなあで続いて来たけど一度しっかり考えるべきだと思うんだ」
正式にチームを発足させるのか、それとも解体するのか。
前者であろうと後者であろうと別に今の関係が崩れるわけではない。
「でも、じゃあこれからもなあなあって言うには……ね?」
俺達は三代目悪童七人隊を潰した。手段はさておき本気で何かを成し遂げようとしていたチームを、だ。
俺達だけでやったわけではないが叛逆七星の中で塵狼だけが異質だ。何せ正式なチームでも何でもないんだから。
大我さんと龍也さんもある意味、そうと言えなくもないがあっちは割り切っている。
白龍と紅虎は叛逆七星が終わると同時に看板を下ろし、普段の緩い枠組みへと戻った。だが俺達は違う。今もなあなあで塵狼の看板を掲げている。
「アキトさん達には悪童七人隊の名前を貰うとか言ったけど……いや、だからこそキッチリしておくべきだと思うんだ」
「……えっちゃんはどう思ってんだ?」
「俺? 正直、愛着はあるよ。でも極論、俺はどっちでも良いんだ。どっちを選んでも皆との関係が変わるわけじゃないし」
総長としてそれはどうなんだ? と思わなくもないが総長だからこそでもある。
何つーかな。皆は俺に一目を置いているから俺の意思決定ならと尊重しがちなんだよ。
それはほら、何か違うくね?
「でも流石にこれだけじゃ無責任だから一つだけ。七人全員の意思が揃わないなら解散。これが総長としての決定だ」
忖度は一切なし。ちゃんと考えて正直な気持ちを教えて欲しい。
「……一つ良いか?」
「何だいトモ?」
「チームを正式に発足させるとしてそれで何かが変わるのか?」
「いや別に? だって皆、全国制覇とかそんなクソ面倒臭い野望とか持ってないでしょ?」
ノータイムで皆が頷いた。
気に入らん奴が居るなら潰すけど、だからって支配なんかには興味はない。自由にやる、それが塵狼だ。
「なら俺は存続に一票を投じる。始まりは一時的な枠組みだったとしても思い入れがあるんでな」
「ボクは梅ちゃんに任せる――って言いたいとこやけど今回はあかんわな。存続に一票。塵狼として動くんは楽しいからね」
「はいはーい! 俺も存続に一票でお願いしまーす!! 真面目な話、俺は皆が……塵狼が好きだから」
トモ、矢島、テツは存続に一票か。
お前らはどうする? と俺は四天王に視線を向ける。
「まー……正直、俺は人の上に立つような柄じゃねえからさ。チームで動くってのも最初はあんまピンと来てなかったんだわ」
「タカミナはね、そうだろうさ」
「でもよ、逆十字軍に悪童七人隊と……デケエ戦いを二度も経験してさ。こういうのも悪くねえって思ったんだ。俺はこれからも塵狼の一員で居たい」
なるほど。タカミナの意思は確かに受け取った。
「俺と銀角も存続に一票だ。どーせ同じ意見なんだし良いよな?」
「おうさ。俺とお前の意見が被るなんて分かり切ってることだし手間が省けらぁ」
「一応、理由を聞いても?」
俺がそう言うと二人はゆっくりと語り始めた。
「ニコちゃんが言うように解散したって俺らの関係が変わるわけじゃねえんだろう」
「でもよ“塵狼”だって俺らの絆の一つじゃねえか」
「何時か巣立つ時が来て“思い出”に変わるとしても今、過去にする必要はねえと思うんだわ」
「……なるほど。二人の気持ちはよく分かったよ」
最後は梅津だ。
「最後はお前だ。嘘偽りない本当の気持ちを聞かせて欲しい」
「…………花咲、前にやり合った時、俺の過去について色々言ってたよな」
「うん」
「あれ、全部当たってる。クラスメイトも教師も親も俺にとっては敵以外の何もんでもねえ。信じられるものなんざ一つもありはしなかった」
真面目な話してる時にあれだけどさ。
梅津みたいなキャラが素直な心情を吐露するってあるあるだよな。ここでまた株上げるんだから実にあざといやっちゃでぇ……。
「――――でも、お前らは違う」
ほら来た。
「……塵狼は居心地が良い。だから、俺は……続けたい。消したくない。
何時か大人になってそれぞれの道へ進む時が来るまで……守っていたい。この場所を」
素直な気持ちを伝えるなんて慣れないことをしているからだろう。
紡がれる言葉はたどたどしいけれど、その思いはしっかりと伝わった。
「けど」
「?」
「……お前は、良いのか? 俺は……」
ああはいはい、そういうことね。
そういや正式な和解イベントとかは特にやってなかったもんな。
「以前の梅津ならともかく今の梅津に含むところはないよ。むしろ好ましく思ってる」
俺も素直な思いを告白する。
「だが……」
「どうしても気になるってんならあれだ。後日、姉さんと話せる席を設ける。そこで謝れば良いさ」
コイツが気にしてんのはそこだろう。
だが俺への謝罪は必要ない。俺はもうとっくにリベンジかましてるしな。
「姉さんは俺みたいな奴にもめいっぱいの愛情をくれる優しい人だ。お前が本気で反省してんならちゃんと謝罪を受け入れてくれるよ」
「……すまねえ……いや……あ、ありがとう」
「どういたしまして」
さて、これで意見は出揃ったな。
満場一致で塵狼の存続を願うのであれば俺もそれを受け止めるとしよう。
「改めてここに塵狼の結成を宣言する」
俺の言葉に皆が笑った。
「ああでも、正式にチームをっていうなら総長も決め直した方が良い?」
「余計拗れるから止めろ。お前で良い」
「ちげーだろタカミナ。えっちゃんが良いんだ」
「そうそう。ニコちゃんが頭張ってこその塵狼だろうが」
「ってなわけで笑顔くん、これからもあんじょうよろしゅうに」
「あいよ。出来る限りを尽くすよ」