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微熱S.O.S!!③

1.黒歴史


 立ち並ぶ無数の屋台。河川敷を埋め尽くす人人人人の群れ。

 花火大会の会場はこれ以上ないってぐらいに大盛況で始まる前からもうおなかいっぱいになってしまった。


「賑わってますね。まずはどこに行きます?」

「お腹空いたし軽く何か食べない?」

「そうですね。小夜、あなた何か食べたいものは……小夜?」


 え、もう迷子!? とキョロキョロ周囲を見渡す真昼さんだが心配は要らない。

 俺は無言である方向を指差してやった。


「……小夜」


 小夜はお面を売っている屋台でどれにしようかと物色している真っ最中だった。

 姉や真昼さんは気付いていなかったようだが、速攻だったからね。見つけた瞬間にはもう駆け出してたからねあの子。

 お面なんて小さい子供が買うものだろう。中学生にもなってと呆れる者も居るかもしれないが俺は良いと思う。

 見ろよあのキラキラ輝く瞳を。あんな風に楽しめるのならそれは幸せなことだろう。

 生きていく上で楽しめることが多いのはそれだけで大きな武器だと思う。


「うーん、私達も買う?」

「……私は遠慮しておきます」

「そう? じゃ、私は買って来るからニコは真昼お姉ちゃんをよろしくー」


 タタッと姉は駆けて行った。下駄だってのに躊躇いがねえなぁ。

 まあ、あれぐらいで転ぶような鍛え方はしてないんだろうけどさ。


「……あの」

「はい?」


 お面を物色する小夜と姉を遠巻きに眺めていると真昼さんが躊躇いがちに声をかけて来た。

 この人も俺に対する悪感情はないようで、むしろ同情的なんだと思う。

 それだけにいきなり俺と二人きりにさせられたんだからさぞや気まずかろう。


「その、小夜があなたに迷惑をかけていないですか?」


 何だ急に、とキョトンとする俺を他所に真昼さんは言う。


「小夜も決して悪い子ではないんですけど些か無神経というか、ずけずけとものを言う性質で……」


 ああ、そういうことか。

 以前、四人で食事をした際に真人さんはともかく真二さんは小夜が際どい発言をする度に俺の顔色窺ってたからな。

 真昼さんも同じなんだろう。何かと複雑な生い立ちの俺に小夜のようなタイプの子を会わせるとか……ねえ?

 地雷踏みまくって不興を買ったんじゃないかって心配になるのも無理はないがそれは杞憂だ。


「まあ、確かにかなり胸にクることを言われたりはしましてね」

「う゛……ご、ごめんなさい。小夜も決して悪気が――――」

「でも、俺はあの子を好ましいと思いますよ」

「え」


 見方によってはデリカシーがないと言われても仕方ないとは思う。

 だが俺個人としては小夜のようなタイプは嫌いではない。

 踏み込んで発言をするってことは、それだけ相手と真摯に向き合っているってことだろう?

 上っ面だけしか見ていないような人間なら胸に刺さる言葉なんて吐けやしない。


「あんな性格だ。相手を怒らせたことも一度や二度じゃないんでしょう?」

「……はい」

「なのにあの子は自分を曲げなかった。自分を貫き続けている」


 反省していないというわけではない。根っこは善良な子だからな。

 相手の癪に障ることを言ってる最中はともかく怒られれば相手を傷付けたことも理解する。

 理解した上で、傷付けてしまったことは省みながらもそれでも自分の正しさを信じた。

 良く言えば芯がある悪く言えば独善的。その在り方には良い面も悪い面もあると思う。

 その上で俺は思うのだ。


「それは凄いことでしょう」

「……」

「真昼さんはお姉ちゃんでしょう? 俺なんかよりずっと小夜の良いところを知ってるはずだ」

「……そうですね」

「なら、謝らないでください。誇ってあげてください。私の妹は凄いんだって」


 俺の言葉に肩の力が抜けたのかほにゃっと笑う。


「…………外見も中身も男前なんですね。ふふ、本当に妄想の中から飛び出して来たみたい」


 その言い方はやめろ。という言葉を寸でのところで飲み込む。

 そこからはゆるーいお喋りに移行し、十分ぐらい駄弁っていただろうか?


「あ、戻って来たみたいですよ」


 ようやっと二人が帰還する。

 小夜の顔にはヒーローっぽいお面、姉の顔には女児向けアニメのキャラのお面が装着されていた。

 どういうセンスだとは思ったがそこ突っ込んでも面倒なのでスルーだ。


「へい笑顔さん、コイツは(わたくし)の奢りでしてよ」


 シュパッ! と投擲されたお面を二本の指でキャッチする。

 これは……狐のお面? 何で? 疑問に思ったが小夜と姉につけろと言われたのでとりあえず装備してみる。


「そうじゃないでしょう!!」

「え、俺何で怒られたの?」

「これは、こうですわ!」


 お面を外され顔半分が隠れるような被り方に変えられる。

 困惑している俺をよそに三人はまじまじと俺を見つめ、どうしてか深々と頷いた。


「「「居る~! こういうイケメンキャラ絶対居る~!!」」」


 ……そういうあれか! なるほどな! 言われて納得したわ!

 確かにイケメンと狐面はお約束だよな! で、こういう被り方するわ!

 だってイケメンだもん! ツラが完全に見えなくなったら魅力半減だもの!!


(でもそれを俺でやるな)


 リアルでこんなんやったらただの恥ずかしい奴じゃん。中学二年生じゃん。あ、俺中二だった。

 ってか真昼さんよォ! 今日イチテンションたっけーな! 鼻息荒くなってんぞ。


「あ、あの……写真を……」

「……家に帰った後でなら好きなだけ付き合いますんで」

「ほ、ホント!? 約束ですよ!? 絶対ですよ!!」


 もうつかれちゃった……。


「ではお腹も空きましたし何か食べに行きましょうか」


 そんでコイツはマイペースだな。


「そうですね。笑顔くんと小夜は何か食べたいものはありますか?」

「それなら友達が屋台やってるんでそこ行って良いですか?」

「あ、タカミナくん達がお家の手伝いやってるんだっけ」

「うん。折角だし売り上げに貢献してあげようかなって」


 そういうことになった。

 と言ってもどこで何をやっているのか知らんので足で探さなきゃいけないんだがな。


「しかし……人が多いなぁ。姉さん、毎年こんな感じなの?」

「んーん、今年が特別なだけだと思うよ? 確かアイドルがステージで歌うらしくてそのせいじゃない?」

「YNK48ですわね。何を隠そう私もそれが楽しみで麻美お姉様に連れてってくれるよう頼みましたのよ」


 YNK48……? なーんかどっかで聞いたような覚えがなきにしもあらず?

 小夜が言うにはYNK48は三つのグループに分かれてて花火大会に来たのは一番隊なんだとか。

 しかしうーむ。確かに聞き覚えはあるんだがどこでだっけかなーとか考えていると、


「へいらっしゃァあああせぇええええああああああああ!!!!!」


 テツ発見。鉄舟さんと一緒に豚串焼いてる。


「おーい」

「へいら……ってニコちんじゃん! お姉さんと……そちらはどなた様?」

「従姉妹だよ。それより……何というか、大変そうだね」

「そらもう。このクソ熱い中、鉄板の前でずっと豚焼いてんだよ? 気が狂うわ」

「お疲れ。とりあえず豚串四本よろしく」

「労いつつ仕事増やすの!? いや売り上げに貢献してくれるのは嬉しいけどさ!」


 金を払うとテツは手際良く四本の豚串を仕上げてくれた。


「ところでタカミナとトモは?」

「ああ、もうちょっと先の方だね。二人んとこは屋台も近いから直ぐ分かると思うよ」

「そうなんだ。ちなみに何やってんの?」

「タカミナっとこはお好み焼きでトモのとこは唐揚げだね」


 ほう、唐揚げとな。俺は唐揚げにはうるさいぞ。


「ありがと。それじゃ行くよ」

「あいよ。毎度あり~」


 四人で豚串を齧りながら歩いていると、


「笑顔さん。スマホが鳴っていましてよ」

「はい、これハンカチです」

「ん、ども」


 真昼さんのハンカチで手を拭きスマホを懐から取り出し画面を見る。

 琴引さん? 何故か琴引さんから着信が入っていた。


「はいもしもし」

《笑顔か? お前は今どこに居る?》

「え……うちの市内の花火大……」

《東区のか? 手間が省けた。直ぐに大会本部へ来てくれ。急いでくれよ》

「はぁ? ちょ……い、言うだけ言って切れやがった……」


 何なの一体……?


「誰?」

「……こないだ俺と一緒に戦った市外の人。何か知らんけど大会本部に来いって」


 姉達を置いて行くのは不安なので一緒に来てもらって良いかと提案すると三人は快諾してくれた。

 琴引さんは何やら慌てていたので急いで大会本部に向かうと、


「おお! 来てくれたか!!」


 琴引さんとクソ暑い中だってのにカッチリスーツを着込んだ兄さんとミニスカ特攻服を着た女の子が居た。

 何か一番隊とか書いてるし、ひょっとしてこの女の子が例のアイドルグループの人?

 ってか思い出したわ。YNK48ってあれじゃん、琴引さんが好きなアイドルグループじゃねえか。


「どうです?」

「おぉ……ビジュアルは文句なしですね」

「……ホントに男の子? でも、見た目は良くても」

「大丈夫です。笑顔、ちょっとこれを見てくれ」

「は?」


 いきなりスマホを見せ付けられた。画面の中では女の子が踊っている。

 テロップとかを見るに件のアイドルグループの振り付け講座的な感じか? 何だってこんなもんを……。


「覚えたか?」

「え?」

「覚えたかと言ってるんだ」

「え、ええ……まあ」

「じゃあ踊ってくれ。全力で」

「はぁ?」

「良いから」


 謎の圧力に押されるがまま、今しがた動画で見たダンスを再現してみせる。

 全力でということだったが、浴衣なので幾らか不恰好になってしまったがそれはしょうがないだろう。


「浴衣に下駄でこれほどの動きを……いける、いけますよ琴引さん! これならいけます!!」

「本格的なライブとかならまだしも数曲だもんね! それなら何とかなりそう!!」


 何? 何なの?


「笑顔」

「は、はぁ」

「――――お前は今からアイドルだ」

「何言ってんのお前? 頭沸いてんの?」


 思わず素で言ってしまったが俺は悪くないだろう。


「琴引さん、ここは私から」


 スーツの兄ちゃんが名刺を差し出して来た。

 軽く検めると、どうやら彼はアイドルグループのマネさんの一人らしい。


「実はこちらのイベントに参加させて頂くはずだった弊社所属のアイドルに一人、欠員が出まして」


 急性虫垂炎だったらしく病院に運ばれてしまったのだとか。

 欠員を補おうにも二番隊、三番隊も同日別のとこでイベントに出てるとかで不可能。

 どうしたものかと頭を抱えている時に琴引さんが俺を引き合いに出したのだとか――馬鹿かテメェ。


「つか、何であんたここに居るの?」

「こないだはアホどものせいでライブに参加出来なかったからな。その償いも兼ねて大会のボランティアスタッフをやってたんだ」


 トラブルがあって大会本部に行った時、偶然話を聞いたのだとか。


「そういう事情がありまして……どうでしょう花咲さん。勿論、謝礼もお払い致しますので……」


 ちらりと後ろを見ると女子三人は「おっほ」と実に楽しそうな顔をしていらっしゃる。

 期待してるとこ悪いけど絶対嫌だ。何が悲しゅうて自分から恥をかかにゃならんのだ。


「大体、欠員って言っても一人なんでしょ? それぐらい誤差なんじゃ……」

「死んだぞテメェ!!!!」


 うわ、キレた。まあでもこれは俺も悪かったな。

 興味がないからそう思うだけで熱心に追いかけてる人にとっちゃ、居なくなった人を誤差扱いされたらそりゃキレるわ。


「……興味のない方にとってはそう感じられるのも無理はありません。ただ今回の場合は、もうちょっと事情が」

「?」


 今度はアイドルの方が直接、説明してくれた。

 何でも欠員した子はパフォーマンス面での働きが大きい子らしい。

 一応その子が居ない状態でも出来るには出来るが全体としての質はかなり……と言った感じらしい。

 だから同じぐらい出来る子を別のとこから呼びたかったのだが先の理由で不可能。

 プロとして拙いものをお客様に見せたくはないのでどうにか出来ないかと、彼女は期待したような目で俺に語った。


「……いやぁ、言うて俺は素人ですし」

「初見のダンス完コピ出来る時点でセンスの化け物でしょ。お姉ちゃんはあの日の敗北感を忘れていません」


 うわ、姉まで話に入って来やがった。


「なあ、頼むよ……俺にはもう、お前しか居ないんだ……!!」


 俺の両肩に手を置き、こちらにもたれかかるように身体を預けながら琴引さんが懇願する。

 ちょ、やめて。色々誤解されそうな発言だから。ほら、真昼さんがめっちゃハスハスしてるじゃん。


(何、何なのこの状況……誰か、誰か助けて……)


 ………………。

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 ………………この日、俺の黒歴史が一つ増えることになった。

というわけで次回から新学期

次はこれまでとはちょっと違うタイプの話を考えてます。

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