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微熱S.O.S!!②

1.有り金全部出しな


「ふわぁ」


 欠伸を噛み殺しながらぼんやりとテレビを見ている。

 リビングには仕事中の母と二人だけで特に会話はないが以前のような気まずさは感じない。

 こういう何もないまったりとした時間がずっと続けば良いんだがなぁ。


(……八月の終わりも見え始めた)


 夏休みが終われば新学期が始まる。平穏無事に、とはいかないだろう。

 どんなイベントが待っているのやら。


(ただライバルキャラとしてのバックボーンはもう十分、積み重なった感あるんだよな)


 ヤンキー漫画におけるボスだったりライバルキャラってのは最初から強者として設定されている。

 話が始まればそいつらの描写も挟まれるがそっちに比重を傾け過ぎて主人公の描写が疎かになれば本末転倒。

 だから強者の裏付けには伝説だったり武勇伝が必要不可欠なのだ。

 例を挙げるならたった一人で族を潰したとかヤクザに勝ったとかそういうアレね。

 そいつらを倒し新たな伝説を打ち立てていくのが主人公なわけで主人公を輝かせるためにはライバル達も輝かねばならないのだ。

 そういう意味で俺はもう十分、実績を積み重ねたと言えよう。


(とは言え、だ。高校に入るまでまだ時間があるからなぁ……)


 二年の残りと三年のある時期ぐらいまでは隙あらば色々挟んでくると思う。


(どんなイベントが待ち受けているのか。傾向を考えるならこれまでとはちょっと違う感じのも来るだろうな)


 基本、俺は見下される側だったが徐々に見上げられる側に移行してってるからな。

 考えられるのは後輩関連か。活きの良いのがつっかかって来たりしそう。

 だがそれは何も俺に限った話ではない。


(タカミナ達もそうだ)


 四天王なんて呼ばれてる奴らだからな。

 アイツらはアイツらで色々あると思う。来年の春は色々な意味で目が離せないな。

 まあでもそれは来年だ。目下一番何かありそうなのは……やっぱ修学旅行だよな。


(何もないなんてことはまずないだろうな)


 来年の一月で日程も被ってるしタカミナの居る東中にいたっては行き先も同じ京都だ。

 俺と一番関わりが深いであろうタカミナと遠い土地で一緒とか何かない方がおかしいでしょ。


(でも、京都ってのがなぁ)


 前世も小学校中学校は京都だった気がするぞ。

 柚んとこは北海道、桃んとこは沖縄、梅津は長崎。ちょっと格差を感じる。

 俺も北海道で活きの良い海鮮に舌鼓を打ちてえよ、沖縄でラフテー楽しみたいよ、長崎でちゃんぽんとカステラを堪能してえよ。


「あら、来たみたいね」


 母が呟くと同時に玄関が開く音が聞こえた。


「たっだいまー!!」

「おっじゃまーですわ!!」

「……小夜……おじゃましますね」


 姦しい声と共にリビングに姉と小夜……そして真昼さんが入って来た。

 パーマボブの清楚な装いをしたお姉さん。こん中では一番、お嬢様っぽいな。品の良い女子大生って感じがする。


「おかえりなさい。小夜ちゃんと真昼ちゃんはお久しぶりね」

「ご無沙汰しております」

「最後に華恋おば様と会ったのは……忘れちまいましたわ」

「こら小夜」

「ふふ、良いじゃないの。それより」


 母がちらりと俺を見るので立ち上がり、頭を下げる。


「はじめまして真昼さん。花咲笑顔と申します」

「これはご丁寧に。倉橋真昼です。よろしくね?」


 実に普通の挨拶だ。いや良いことなんだけどね?

 小夜と比べるとパンチが弱いなぁ、キャラ立ち弱いからあんま出番なさそうとか思っちゃいないよ?


「じゃ、私ちゃちゃっとシャワー浴びて来るからさ。真昼お姉ちゃんと小夜ちゃんはゆっくりしてて」


 ああ、部活帰りだもんな。丁度出会ったんか駅まで迎えに行ったんかは知らんが全員揃ったしいざ夏祭り! ってわけにはいくまい。

 どうせまた後で汗をかくつっても浴衣着るんだし一旦、すっきりしておきたかろう。


「飲み物は何が良い?」

「あ、すいません。それじゃあ麦茶を」

「キンッキンに冷えた炭酸をお願い致しますわ」

「はいはい。ちょっと待っててね?」


 母も……まあ、あんなことになってしまったが倉橋の家自体には含むことはなさそうだ。

 気まずいとかは思ってるかもしれないが、姪っ子達に向ける目はとても優しい。


「で、どうですの真昼お姉様」

「えっと、何が?」


 飲み物が届いたんだけど小夜の飲みっぷりに笑う。

 真昼さんの方はお上品にちょびちょびって感じなのにコイツだけグイッ! だもん。


「笑顔さんですわ笑顔さん。聞きしに勝る男前でしょう?」

「え、あ……うん」


 少し恥ずかしそうにちらちらと俺を見る真昼さん。

 女所帯だから男に対する免疫が父親と祖父、あとは伯父ぐらいしかないんだろうな。

 同じ環境で育ったはずの小夜はアレだが。


「想像してみなさいな。コレ連れて大学の構内を歩く光景を……優越感パンネェですわよ」


 コレ言うな。


「コレとか言わないの」

「しかも、しかもですわよ? 一見線の細い美形の癖に中身は魔王もかくや。誰に絡まれても絶対守ってくれますわ」


 いや、まあ、姉や昼夜姉妹が絡まれてるのは普通に助けるけどさぁ。

 魔王って言い方酷くない? 頑張って光の道を歩こうとしてんのにさぁ。


「お姉様がシコシコ書き溜めてる小説のキャラクターみてえですわね」

「ちょ……!?」


 あ、そういう趣味がおありなので?

 俺みたいなってことは……あれか。ビジュアルマシマシ設定盛り盛りな感じの?

 そうなるとジャンルがもう絞れて来るような気が……確実に女性向けの何かだろう。


「まあ、真昼ちゃん小説を書いているのね。凄いわ」

「挿絵も自前ですわ。キラキラしたイケメンのイラストが机の中に……」


 もうやめたげて。

 いや、悪意がないのは分かってるよ? 母さんはさ、一見お淑やかな感じだけど元ヤンだからそういうのには疎いんだろう。

 小説つっても本当にお堅いそれを思い浮かべてるんだと思う。

 小夜もそう。趣味なんて人それぞれでしょう? それに貴賎をつけるなんてアッホじゃありませんの~? とかってタイプだ。

 でもほら、見て。真昼さん見て。赤くなってぷるぷる震えてるから。


「ところで真昼さんは大学生なんですよね? 大学ってどんな感じなんですか?」

「!」


 神を見るような目で見られても……。

 それから姉が戻って来るまで俺達は他愛のない雑談に興じていた。


「じゃ、私達は上で着替えて来るからお母さんはニコくんをよろしくね?」

「はいはい、任せて頂戴な」


 姉達を見送った母はそれじゃあ始めましょうかと笑う。


「浴衣くらい一人で着られると思うけど……」

「簡単そうだけどこれで案外、気をつけることは多いのよ? さ、始めましょ♪」


 テキパキと着付けを始める母。

 和装の正しい着方なんて一般人にとっては学ぼうとしない限りは縁遠いものだが、


(母さんもお嬢様なんだよな)


 小さい頃から当然のように教わっていたのだろう。

 ヤンキー時代も表面上は荒ぶりながらもそこかしこで育ちの良さが滲み出てたのかなぁ。


「――――いよし! 男前よ、ニコくん」


 パン! と軽く腰を叩かれる。姿見の前に立つと……なるほど、確かに違う。

 具体的にどこがどうとは言えないが“整っている”ような印象を受ける。

 多分、一つ一つは小さなものなのだろう。だがそれらは調和する全であるからして一が歪めば全体も歪む。

 だからこそ、気をつけなければいけない些細な一つ一つを丁寧に整えていく必要があるのだと思う。


「はい、じゃあこれ」


 母が笑顔で扇子を差し出す。

 帯にでも差せば良いのかなと思いつつ受け取ると、


(鉄扇だこれ……)


 何かのジョークに御座りまするか? とも思ったがニコニコ笑顔の母を見るにマジらしい。

 何と言えば良いのか分からなかったので俺は一つ頷き、鉄扇を帯に差した。


「それにしても……うん、やっぱり似合うわねえ」


 浴衣自体は男物ということもあるがシンプルな黒の浴衣なのだが、俺のベースカラーが白だから確かに映えている。

 中身はオッサンでも見てくれは美少年だからなぁ。黒と白のコントラストが絵になっている。

 選んだのは姉で最初はえらく飾り気がないのを選んだなと思っていたが、俺と合わせることを想定してたのね。良いセンスしてるわ。


「ねね、お母さんと写真撮りましょ?」

「ん」


 恥ずかしいことこの上ないけど母が嬉しそうなので断れない。

 肩を並べて二人で自撮りをしていると、姉達の準備も終わったらしくリビングにやって来た。


「「おぉー」」


 そして俺を見るなり姉と小夜がスマホを取り出しパシャり始めた。

 特に感想とかも言わずおー、言いながらひたすら写真撮るのはやめてほしい。


「あの、その……私も資料用に……」

「……好きにしてください」


 何の資料かは問うまい。武士の情けならぬヤンキーの情けじゃ。

 そうして一通り撮影会を終えると、


「それじゃお母さん、そろそろ行くね」

「はいはい。車に気をつけなさいね」

「それでは華恋おば様、また後で」

「お土産も買って来ますから期待していてくださいましー」

「いってきます」


 四人揃って家を出る。俺一人なら白雷で行くが姉達も居るので当然、徒歩だ。

 電車で駅まで行って東区にって感じである。

 ちなみに昼夜姉妹は今日、家に泊まっていくらしいことを道中で聞かされた。


「やっぱ混んでるね~」

「時間帯に加えてお祭りだもんね」


 駅前は俺らと同じく花火大会に向かうであろう奴らがうじゃうじゃ居た。

 何かもう、これだけでちょっと帰りたくな……あん?


「ねえねえかーのじょー! 俺らと遊ばない?」

「うっは、上玉ばっかじゃ~ん♪」


 ナンパ野郎の登場だ。しかもこれ、ただのチャラ男じゃない。ヤンキー寄りのチャラ男だ。

 突然エンカウントした八人のアホどもを見て露骨に嫌そうな顔をする三人だが、奴らはお構いなく道を塞いだ。


「そのカッコ見るにお祭り行くんだよね? だったら俺らと行こうよ」

「結構です」


 代表して姉が断りこの場を立ち去ろうとするが、


「ちょっと待てよ」

「痛ッ!」


 姉の肩を無理矢理掴む――はい、ギルティ。

 俺は鉄扇を引き抜きノータイムで男を殴り飛ばした。

 一瞬、チャラ男どもや周囲の人間も何が起きたか分からずポカンとしていたが……。


「うげ!? コイツよく見りゃ……し、白幽鬼姫!?」

「クッソ! わかんねえよ! パッと見普通に美少女じゃねえか!!」


 殺すぞ。


「そこで転がってる馬鹿連れて逃げるなら追うつもりはないけど?」

「う゛」


 気圧されるゴミカスエイト……いや一人脱落したしゴミカスセブンか。

 びびっていたゴミカスセブンだが、やたらとポジティブなのが屑の特徴だ。


「……浴衣着てるってことは何時ものようには動けないよな?」

「……足手まといが三人も居るし、更にだ」

「……前々から気に入らなかったんだよなぁ」


 どうなったかって? わざわざ描写を割くまでもない。

 漫画ならページめくった瞬間にもう終わってるだろうな。


「うぁぅ……い、いてえ……いてえよぉ……!」

「あ゛?」

「ひっ! す、すいませんすいません! 調子乗ってすいません!!」

「二度と、二度と逆らいませんからこれ以上は……ッ」


 土下座する馬鹿どもに俺は言ってやる。


「有り金全部出しな」

「え」

「何?」

「ひぇ!? す、直ぐに!!」


 八人分の財布を徴収。奴らはこれで終わると思っているようだが甘い。

 俺に絡む分にゃ軽くボコって終わりで良いが姉さんに絡んでおいてこの程度で済ませるかよアホが。

 俺は女性陣に目を瞑っているように言って奴らに向き直る。


「脱げ」

「え」

「今直ぐここで全裸になれって言ってるんだけど分からない?」


 鉄扇で軽く頬を叩いてやると連中は泣きそうな顔になった。

 じゃあしょうがないねと鉄扇を振り上げると奴らはわたわたと服を脱ぎ始めた。

 全裸になったのを確認し、俺は近場のゴミ箱に脱ぎ捨てた服をシュートしてやった。


「よし、もう帰って良いよ」


 ゴミカスどもは泣きながら走り去った。

 はぁ……まだ会場に着いたわけでもないのにこれとかちょーだるい。

 もうすんげえ家に帰りたいけどこんなことがあったんだし女だけには出来んよなぁ。


「あ、あのぉ……やり過ぎだと思うんですけど……」


 真昼さんが躊躇いがちにそう言うが、


「あの手の連中は無駄にタフですからね。これぐらいしないとダメなんですよ」

「痛くなければ覚えませぬってアレですわね?」

「そうそう。でもこの程度じゃニ、三日もすりゃまた元気に屑始めると思うけどね」


 俺には絡んで来なくなるかもしれないが俺以外の人間には普通に絡むと思う。


「そ、そういうものなの……?」

「でもお姉ちゃん、カツアゲは良くないと思うな」


 姉が顔を顰めて俺を咎めるが、


「そうだね。このお金を俺が私的に使えばカツアゲになるけど、そのつもりはないよ」


 回収した財布を持って近くで募金を募っていたお姉さんの下に行く。

 そしてそのまま募金箱に全員の財布をシュー! お姉さんは顔を引き攣らせていたが気にしない。


「これならどう?」

「問題ないかな!」

「あの方達、普段から色々な人に迷惑かけてる臭いがぷんぷんしてましたしこれで少しは社会に貢献出来たでしょう」

「そうそう、浄財だよ浄財」


 徳をね、代わりに積んであげたのよ。マニ車の擬人化とは俺のことよ。


「…………い、良いのかなぁ?」

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