2012Spark㉒
1.解散式
(身体がいてえ……)
悪童七人隊の決戦から二日。俺は何もする気が起きずベッドでゴロゴロしていた。
いやホント、マジしんどい……土方は間違いなく俺が今まで戦って来た中で最強の敵だった。
デバフもあったがバフもましまし。俺も奴も盛り盛りで後先考えずに全力で殴り合ったからな。
(そりゃボロボロになりますわ)
守りを捨てての攻撃一辺倒。とは言えジョンの時と違ってバーサーカースタイルではない。
バーサーカースタイルに切り替えるには“怒り”が必要不可欠だからな。
土方に対しては怒りが……まったくなかったわけではないがそれでも哀れみの方が大きかった。
止まれなくなってしまった男を止めてやるのが情けだと、根底でそう思っていたからだろう。
心身の箍を完全に外したわけでもないから多分、バーサーカースタイルと比べれば攻撃力は下がっていたはずだ。
それでも最後まで理性を以って戦えたからアライメント的には……まあまあ、良いんでないの?
(説教とかもしちゃったからな)
説教もまたヤンキー漫画の醍醐味よ。
とは言え、長々とやっても萎えるだけだからな。シンプルな言葉で伝えられるよう意識した。
俺的には一番しんどかったが、一番満足度の高い喧嘩だったと思う。フフン、また一歩闇から遠ざかれたよ。
(にしてもアキトさん達……美味しいポジションだったなぁ)
あれは卑怯だわ。
俺らが血で血を洗う残虐モードに移行しようって正にその瞬間だよ? それを一気に吹き飛ばすような登場するんだもん。
今回の長編エピ限定のキャラだろうけどこんなん絶対人気出る奴じゃん。やっぱ真性の光の者はちげーわ。
ああでも、人気出たら今回みたいな活躍はせんでもちょろっと再登場したりしそうだな。日常系エピとかで。
(クッソ、マジで羨ましい。俺もああいうポジションが良かった……!!)
愛想のなさが……愛想のなさが憎い……!
俺が素敵な笑顔を浮かべられる人間だったなら……花咲笑顔だけに! ってやかましいわ!
いやでもマジでヤンキー漫画の元ヤンとしては最高のポジションだと思うよあれ。
明るい未来が約束されてるからね。俺とかこんだけ頑張ってるのにまだまだ不安は拭えないのにさぁ。
そんなことを考えているとスマホのアラームが鳴った。
「もう五時か……そろそろ出ないとな」
白雷のキーと財布を手に部屋を出る。
「あら、もう出るの?」
「うん。昨日言ったけど今日は夕飯要らないから」
そう、今日は祝勝会をやるのだ。場所は以前、逆十字軍との戦いの打ち上げで使ったあのキャンプ場である。
叛逆七星の面々だけでなく援軍に来てくれた方達も誘って盛大に騒ぐつもりだ。
まあ、社会人の方々は日程的に無理そうなので参加出来ないがそちらには個別でちゃんとお礼をさせてもらった。
と言っても言葉でだがな。最初は賭けで儲けた金から謝礼を払おうとしたのだが一人たりとて受け取らなかった。流石は元光のヤンキー達だ。
まあ金ってのはどうかと思わなくもなかったがこの泡銭が手に入ったのは彼らのお陰でもあったし受け取る資格はあるだろうと考えたのだ。
「ふふ、ええ分かってるわ。楽しんでらっしゃいな」
母は心なしか艶々しているように見えた。まあ、原因は俺である。
話はしなかったもののここ最近、俺がデカイ喧嘩に向けているのは察していたが詳しくは知らなかった。
俺も詳しく話すつもりはなかったんだが……姉だ。弁当を届けに行ったあの日から、ちょいちょい俺の噂とかを収集し始めたらしいんだよね。
で、悪童七人隊とのあれこれも全部筒抜け。まあこれに関しては俺にも責任はある。散々噂をばら撒いたからな。
姉はヤンキー輪廻の住人ではないけどパンピーにも噂をばら撒いたんだから調べようと思えば直ぐ分かるわ。
そうでなくても俺と姉の関係を知ってる友達とかが話題に出すかもだし。
で、姉経由で何があったかを知った母は――――
『げ、激熱ッ!!』
大喜びである。元ヤン的に最高に燃えるシチュエーションだったらしい。
特に今回は族関連だからな。元レディースの母的にはクリティカルヒットなのだろう。
特攻服を着た写真を撮りたいって言われてめっちゃパシャられたからね俺。
「じゃ、いってきます」
家を出たところでアキトさんと晴二さんに出くわす。
どうやら俺を迎えに来てくれたようだ。
「よっ、全快とまではいかないが元気そうだな」
「お陰様で。本当にありがとうございます」
「……礼を言われるようなことは何もしていない」
「俺らは俺らのやりたいようにやっただけだ。さ、行こうぜ」
「はい」
三人並んで走る。心なしか、何時もより風が気持ち良い気がするのは……多分、肩の荷が下りたからだろうな。
抗争中もあっちこっちバイクで行ってたが純粋に走りを楽しむような余裕はなかったし。
「にしても……良いタイマンだったよ」
「……そうだな。正に男の喧嘩って感じだった」
最初からタイマンやってれば良かったのでは? ヤンキー漫画に疎い諸兄はそう思うかもしれない。
だが話はそう簡単ではないのだ。個人や数人単位ならともかく何百人同士の抗争だとな。
一度は真っ向からぶつからないと拳の下ろしどころを作れない。
まずは集団でぶつかり、その後、それ以上の被害を出さないようにトップ同士で決着を。これが様式美みたいなもんなのだ。
と言ってもこれが通用するのはそこらをちゃんと弁えた奴だけだがな。
「総長として見事な仕切りだったよ。一夜限りの復活パレードだったがニコくんの旗の下で戦えて楽しかったぜ」
「……後輩達のことも含めて礼を言わせてもらう」
土方ら三代目のことだろう。
援軍とした登場した際は塩分濃度マックスの対応だったが、あの場で情を見せるわけにもいかんからな。
「俺は俺のやりたいようにやっただけですよ」
「それは……なら、お互い勝手にありがとうってことにしとくか」
「ええ、そうしましょう」
そこからは他愛のない雑談に興じ、道中を楽しんだ。
キャンプ場に到着すると既に準備は終わっていて何時でも始められるようになっていた。
とは言え、何もなしにこのまま始めるわけにはいかなさそうだ。
六人が俺の傍にやって来て、後ろに控えた。何か言えってことだろう。
俺は小さく溜息を吐き、ゆっくりと口を開く。
「まずは皆に感謝を。ここにこうして居られるのは皆が全霊を尽くし戦ってくれたお陰だ」
奇襲で傷を負い決戦に参加出来なかった者も居るだろう。関係ない。
いやそもそも直接、戦わなかった者も居る。関係ない。
戦闘員も非戦闘員も全力で己の役目に取り組んで互いを支え合ったからこその勝利だ。
「――――だから、ありがとう。叛逆七星の長として心より礼を言う」
深々と頭を下げると後ろに控える六人も頭を下げたのが分かった。
「さて。長々と話すのは苦手でね。ここまでにさせてもらうよ」
お腹も減ってるしね。
「それじゃ、めいっぱい楽しんでくれ。勿論、俺も楽しませてもらうからさ」
《おォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!》
宴が始まる。
全ての憂いやしがらみを断ち切って辿り着いた今日だ。皆が笑っている。
(あ、調子乗って漫才始めた奴が黒笑の面々にゴミ投げられてる)
野次の筆頭に立っているのは当然、鷲尾さんだ。
「お前らうるせえ! 俺の歌を聴けェ!!」
誰かが持ち込んだカラオケセットで琴引さんがアイドルソング? っぽいのを熱唱している。
「これは俺が某県の山奥に行った時の話なんだが……」
「「すんません、俺らそういうのしばらく良いんで」」
「お前ら何があったんだ……?」
「銀二がこんなマジ顔してるの初めて見たわ」
烏丸さんが怪談を語り、金銀コンビが拒否し、竜虎コンビが困惑している。
「これより最強炭酸決定戦を開催する!!」
「ッ等だボケェ!!」
別の場所では大量の炭酸飲料をテーブルに並べた獅子口さんが大会を開いている。
(あ、梅津と矢島も混ざってる)
馬鹿みたいに騒がしくて、だけどそれが何よりも心地良い。
(…………たまんねえなぁ)
腹が減って来たのでタカミナのところにでも混ぜてもらおうと足を運ぶと、
「ねえねえ、君がテツくん?」
「うぇ!? な、何で伝説の総長が俺のこと知ってるの!?」
アキトさんが何故かテツに絡んでいた。
「ニコじゃね? 前に駄弁ったとか言ってたしそん時に俺らの話もしたんじゃねーの?」
「あ、そうか」
「いやいや、それとは別口よ」
「……俺達は昔、ハ――鉄舟さんに世話になっていたんだ」
今ハゲって言おうとした?
「うぇぇ!? うちのハゲと知り合いだったの!?」
にしても、意外な繋がりだ。まあでもよく考えると不思議ってわけでもないか。鉄舟さんは出来るバイク屋さんだからなぁ。
区が違っても足を運ぶだけの価値はあるだろう。アキトさん達は走り屋だったわけだし特に。
「噂だとうちのハゲ、昔は髪あったらしいんだけどマジなんですか?」
「いやぁ、俺らが知り合った頃にはもう見事な輝きだったぜ。なあ?」
「……ああ、世に輝きを示していた」
昔は髪あったって言うと毛根死滅したみたいじゃん。あれ多分、剃ってるだけだろ。
つーかテツ、鉄舟さんとアキトさん達の付き合いがあった頃にはお前もう生まれてただろ。
「ああ、ニコか。肉、食べるか?」
「貰う」
割り箸と皿をトモから貰って肉を食べていると、
「いよぉ~ニーコく~ん♪」
坊主頭の青年が俺に近付いて来た。
確かこの人、あの時アキトさんと一緒に居た……初代のメンバーか。
「アキトから話は聞いてたが、すげえなお前さん! 良いタイマンだったぜ~久しぶりに血が熱くなっちまったよ」
「えっと、どうも?」
「おいヨッシー、何うざ絡みしてんのさ」
「うざ絡み言うんじゃねえ」
「あ、ニコくん。コイツは吉村ってんだ。こう見えて看護学校に通ってる」
マジか。髪とか普通だけど雰囲気、完全にチンピラなのに。白衣の天使ならぬ白衣のヤンキーなのか。
「……ちなみに成績も良いぞ。こんなツラなのに」
「ツラは関係ねえだろツラはァ! っと、ひでえ奴らだ」
まあコイツらは良いんだと吉村さんは俺に視線を戻す。
「よォ、アキトのアホから特服貰ったんだよな? だったらどうよ? 四代目やってみねえ?」
「え」
「お前さんなら安心して任せられるっつーかよぉ」
「やめろやめろ。ニコくんはもう自分のチーム持ってんだから」
まあチーム言うても元々、一時的な枠組みのつもりで作ったものだけどな。
何か解散する機会がなくてそのままダラダラ来ちゃっただけで。
いや、別に何の問題もないから今んとこ解散するとかは全然ないんだけどさ。
「でもよぉ、ここまでの男そうそう居ねえぜ? 惜しいじゃんよ」
「……まあ、それはそうだが」
「晴二まで」
「だったらあれだ、ニコよ。名前だけでも貰えば良いんでね?」
タカミナがそう提案する。名前だけでもって?
「ほら、俺ら頭のお前除くと七人じゃん?」
「ああ、そういうことか。最高幹部七人を悪童七人隊って括りにするわけか」
ああ、そういうあれね。
「最高幹部つっても俺ら以外に構成員居ないんだけどね~」
それな。リーダー俺、構成員七名。計八名で塵狼だもん。
「それに、流石に名前を貰うのは失礼だろう」
チームの看板ってんならまだしもそうじゃないし。
俺がそう言うと、
「いや良いんじゃね?」
「アキトさん?」
「三代目は解散したが悪名だけは残ってるからなぁ。それならニコくんらに使ってもらった方が良いっしょ」
三代目は解散した。別に俺らがどうこうしたわけではない。
土方なりの責任の取り方ってやつだ。その選択に異を唱えるつもりはない。
「いやでも他の皆さんが……」
「……初代の面子で反対する奴は居ないしアンマン達も同じだろう。そして、三代目の奴らも、な」
「まあ、迷惑なら無理しなくて良いよ」
言いつつもアキトさん達は期待を込めた目で俺を見つめている。
良いのかなぁ? いや、嬉しくないわけじゃないのよ? 普通に嬉しくはある。
「どうすんだニコ?」
「…………それなら、お言葉に甘えてもらっちゃおうか」
塵狼が二代三代と続くかは分からない。
むしろ俺達の代で終わりかもしれない。それでも良いならと聞けばアキトさん達は笑顔で快諾してくれた。
「じゃ、襲名祝いだ。じゃんじゃん食おうぜ!!」
食べて飲んで笑って泣いて、宴はこの上なく盛り上がった。
そうして夜も更け皆が騒ぎ疲れて眠りに就いた頃、俺を含む叛逆七星の首脳七名はコッソリキャンプ場を抜け出した。
向かったのはお化けボウリング場だ。行きたくなかったけど……ここが始まりの場所だからな。
「それじゃ解散式を始めようか」
ここに来たのは解散式を執り行うためだ。
対悪童七人隊のために結成されたのなら、それが終わったなら叛逆七星も終わらせねばならない。
俺達七人で始めたことだから俺達七人で終わらせる。
「……少し……いや、かなり惜しいな」
琴引さんがぽつりと呟いた。
「だなぁ。この面子ならそれこそ全国だって狙えただろうに」
鷲尾さんも同意する。そしてそれは彼らだけではなく他の四人も同じらしい。
だから俺は言ってやる。
「別に今生の別れってわけでもないんだ。叛逆七星が無くなっても繋がった縁が切れるわけじゃない」
会おうと思えば何時だって会える。寂しがる必要はどこにもない。
「……だね。大将の言う通りだ。ここにこうして集まった僕らの絆はこれからも続いていく」
でも、と獅子口さんは言う。
「笑顔くん、一つだけお願いがあるんだ」
「?」
「僕らの代ではもう二度と叛逆七星として戦うことはないかもしれない。でも、その先は分からない」
「つまり?」
「腕章を次の頭に継承させても良いかな? 何時かまた、皆が一つになって戦う時のために」
他の五人を見渡すと彼らも頷いていた。
叛逆七星はワンマンチームではない。皆がそう言うのであれば俺もそれに従おう。
「分かった。二代目塵狼が生まれるかは分からないけど俺も相応しいと思った誰かに何時かこれを託そう」
「うん」
さあ、そろそろ幕を引こう。名残惜しいぐらいが華ってもんだろう?
「叛逆七星は今、この瞬間を以って解散する――――お疲れ様でした!!」
「「「「「「お疲れっしたぁ!!」」」」」」
『2012Spark』は以上で終わりです。
前話のあとがきで書いた通り、これからちょっとお休みを頂きます。
それでは、また。