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2012Spark⑳

1.開戦


 叛逆七星の面々は一時間前にはもうお化けボウリング場に集合していた。

 とは言え、兵隊の数は108人と万全とは言い難いのだが。

 先の奇襲を成功させたもののこちらも完全に無傷にとはいかなかったのだ。

 それでも士気が低いかと言えばそうでもない。むしろ戦意に満ち満ちていた。


「おうおう、始まる前からメラつきやがって。本番でガス欠にでもなったら承知しねえぞ」

「やる気がないよりは良いだろう」


 各チームの頭はボウリング場入り口の階段に腰掛け駄弁っていた。

 こちらは滾っている部下達とは対照的にのんべんだらりとしている。

 だがそれは決してやる気がないわけではない。本番でトコトンまで爆ぜさせるために感情を落ち着けているのだ。


「にしても大我さん、随分と楽しそうなことやったらしいじゃないっすか」

「楽しそうな、じゃない。楽しかったぞ」

「ちょっと服に火ぃついたぐらいで慌てふためいてるアホどもは傑作だったぜ!!」

「……先輩らって基本、穏やかなのに羽目外す時は半端ないんすね」


 大我と龍也は後輩の金銀コンビと談笑をしているし烏丸は怪談を語っている。

 かなりゆるーい雰囲気で、とても決戦前とは思えない。


「笑顔くんさ、おにぎりの具は何が一番好き?」

「一番……となると難しいですねえ」


 そしてこちらは獅子口と笑顔。

 腹ごしらえにとコンビニで買い込んだおにぎりを食べながら雑談に興じていた。


「絞りに絞ってもツナマヨとおかか、海老天の三つまでしか無理です。獅子口さんは?」

「僕? 僕はカラマヨ。学食で売ってるのがちょー美味しいの」

「へえ」

「個人的にカラマヨは温かいのが好きでさ。コンビニとかスーパーで売ってるのはイマイチなんだよね」


 思い思いに寛いでいた彼らだが、ぴたりとそれが止まる。

 遠くから地鳴りのような無数のエンジン音が微かに聞こえて来たからだ。


「そろそろだね」

「ええ」


 全員で号令を飛ばし、臨戦態勢を取る。

 ほどなくして悪童七人隊が傘下のチームを率いてやって来たのだが、


「…………ちょっと待て。数が多過ぎねえか?」


 県道からやって来るバイクやシャコタンの群れがどう考えても多過ぎる。

 今、悪童七人隊が動かせる人員はおよそ330のはず。だが明らかにそれよりも多い。100……いや、200は増えている。

 真っ先に気付いたのは獅子口だった。


「……まさかアイツら、とうに引退した連中まで引っ張って来やがったのか?」


 完全にスイッチが入ったわけではないがその口調は荒い。

 当然である。卑怯云々以前の問題だ。ここまで美意識がないとは思ってもみなかったのだ。


「……参加する奴も参加する奴だ」


 中には二十を越えている者も居るだろうに何をやっているのか。

 良い歳こいて恥というものを知らないのか。

 トップ連中は冷静だったが、下は予想外の事態に戸惑っていた。とは言え戦意が消えたわけではないので舵取りを誤らねば建て直せるだろう。

 ゆえに笑顔は真っ先に動いた。


「予定変更。俺と獅子口さんも最初から出ます」


 数の不利を補うためには士気が要になる。

 ゆえにそれぞれのチームの頭が陣頭に立ち戦う手筈だがいきなり全員となれば後が怪しくなる。

 総大将である笑顔と、実質ナンバー2のような立ち位置の獅子口は序盤は温存することになっていた。

 しかし状況は変わった。この状況で出し惜しみをすれば飲み込まれてしまう。

 六人は笑顔の指示に頷いた。彼らも同じことを考えていたからだ。

 続けて笑顔は傍に居る六人だけに聞こえる声量でこう告げた。


「良心は捨てろ。頭の螺子は全て外せ。最初に潰すのはOB連中だ。とびきり残酷にやれ」


 敬語が消えていた。しかし、誰も気にせず反射的に頷いていた。

 その風格に気圧されたのだ。笑顔の実力を認めながらも名目上の頭であるという認識だったがこの瞬間、それが切り替わった。

 守るべき対象ではない。中学生などという気遣いは逆に無礼だ。今はただその背を追って駆け抜けるだけで良いのだと。


(残酷に、それで敵の戦意を挫くわけだ。万が一の時はまあ……僕が責任を取れば良いか)


 最悪の想定をしながらも、獅子口の心は昂揚していた。

 笑顔の傍で荒れ狂う怒りに身を任せて暴れられるのは楽しそうだと。

 それは獅子口だけではない。他の五人もだ。当初の目論見は潰えたというのに心底楽しげに、そして凄絶に笑っている。

 そんな六人を従え駐車場に下りる笑顔。

 敵の布陣が完了するのを待ち、少しすると隼人と光輝、そして各チームのOBの代表らしき面々が前に出た。


「見事な手腕だ。ああ、本当にやられたよ」

「……」

「だからこそ最後通告だ――――俺達に降れ」

「……」


 笑顔は答えない。そして他の六人も。

 頭が何も言わないのに自分達が口を開いて良い道理はないのだから。

 その態度が癪に障ったのだろう。OBの一人が叫ぶ。


「おいゴラクソガキャ! 聞いて……」

「黙れ」

「い、いやよぉ」

「二度は言わない」

「う゛」


 隼人に睨まれ男が下がったと同時に笑顔が口を開く。


「情けないなあ」

「綺麗事で何が守れる? 何を成せる? 勝った者が正……」

「あんたには何も言ってないよ」


 何かを勘違いしているらしき隼人をバッサリ切り捨てる。


「悪いけどあんたみたいなのと語らう言葉は持ち合わせてないんだ。俺が言ってるのはお前だよお前」


 敵の総大将を無視し、笑顔が顎で示したのは先ほどイキっていたOBの男だった。


「良い歳こいた大人の癖にはした金に釣られてこんなことやってるのも情けないが」


 はぁ、と心底見下しきった目で見つめながら笑顔は続ける。


「年下の男に一睨みされてあっさり引き下がるとかさ。生きてて恥ずかしくないの? 皆はどう思う?」


 話を振られた六人は即座にその意図を察し、嘲笑と共に言う。


「千回転生しても拭えない生き恥」

「ださいな。俺ならその場で腹を切る」

「ちょっと、あの、定職にも就いておられないようですが芸人とか向いてると思いますよ?」

「芸人舐めんなアホ! 芸人は客を笑わせんだよォ! “笑われる”しか出来ない惨めなゴミカスに務まるか!!」

「あぁじゃあ、物乞いっすね。こんだけ惨めなら小銭ぐらい恵んでくれるっしょ」

「ほーら、五円あげるよおじちゃーん♪」


 ケタケタと笑う六人と呆れたように肩を竦める笑顔。

 こんな状況に二十歳を越えてこんなことをしている阿呆が耐えられるはずもない。


「殺す! 殺す殺す殺す!! テメェだきゃあ俺が殺してやらぁ!!」

「良いよ、本番前のちょっとした余興だ。道化にもなれない惨めなお前に付き合ってタイマン張ってやるよ」

「ッ!」


 遅ればせながらその意図を察したのは光輝だった。

 しかし、この状況では止められない。どうする、どうする? 未だ優位は変わらないがこのまま続けさせれば先手を取られてしまう。

 油断なく臨まねばならない相手にそれはよろしくない。高速で頭を回す光輝に意外なところから手が差し伸べられる。


《パーパラパパーッパ♪ パーパラパパーッパ♪ パーパーパパパッパ♪》


 拡声器越しに響く調子っぱずれの歌声。

 悪童七人隊から? 否。叛逆七星? 否。全員が反射的にボウリング場の方を見た。

 開かれた入り口の向こうに誰かが居る?


《四番、サードぉ……パウエルゥ……》


 いや、パウエルはサードじゃねえだろ。

 一部の野球(ファン)達がそう思ったかどうかはさておくとしてだ。


《に代わりまして――――オカエルぅうううううううううううう!!!!》


 その言葉と同時に人影が姿を現す。

 ボウリング場の中から出て来たのは一人二人、三人……全部で八人か?

 月光に照らされるその男達を見てOBは全員、現役の中では一部の人間が驚愕に目を見開いた。


「アキト、さん?」

「よおニコくん。こんばんは」


 意味が分からない。疑問が脳内を駆け巡り上手く話せずに居ると先ほどまで笑顔に怒りを向けていた男が叫ぶ。


「丘野ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「るっせーな。んな声張らなくても聞こえてるよ。久しぶりだな山口ぃ。テメェ、良い歳こいてまーだこんなことやってんのか」

「おーいアキト、そこのウンコクズだけじゃないぞ」

「分かってるよ。おうおうおう、随分と見知ったカスどもが居やがる。っと、マジでどうしようもねえなアイツら」

「……ホントいい加減にして欲しい」

「アキトさんらの世代だけじゃないようですよ」


 眼鏡をかけたプロレスラーのような体躯の男が呆れたように呟く。


「アンマン、お前の顔見知りも居るのか?」

「お恥ずかしいことに」


 アンマン――二代目悪童七人隊の頭か。ならば他の人間は初代悪童七人隊のオリジナルメンバー?

 どうしてそんな人達が? 笑顔は未だ混乱から立ち直れない頭で必死で考えていた。

 すると、


「アンマン、さん……何で、ここに……」


 呆然と呟く隼人だがアンマンは一瞥すると直ぐに笑顔へ視線を移した。


「アキトさん、この子が四代目なんですか?」

「バッカちげーよ。この子にゃこの子の道があんだから妙なこと言うんじゃねえ」

「…………あの、アキトさん達は何でここに居るんですか?」


 敵味方問わず誰もが知りたい疑問だった。

 アキトは溜息を吐くと煙草を吹かしながら静かに語り始めた。


「ちょっと前からどーにも街の空気がおかしいと思ってたんだわ。で、後輩に頼んで今の事情に詳しい子を紹介してもらったらさぁ」


 再度、溜息。


悪童七人隊(バカタレども)がやらかしてるって話じゃねえの」

「……丘野さん、あんたは尊敬すべき男だ。だが今は――――」


 隼人が口を挟むもアキトは冷めた目で言葉を遮った。


「とうに引退した身だ。チームがどんな方針を採ろうが俺には関係ねえ」


 当代の者らが決めることだ。


「つか、テメェにゃ興味ねえんだよ。黙ってろボケ」

「ッ」

「話を戻すぜ? 引退した身だ。基本、関わるつもりはなかったがどうにも嫌な予感がするんだわ」


 それはあの時代を知るからこその嗅覚だった。


「現役の連中がバチバチやり合う分には好きにすりゃ良い。

が、そうじゃない奴らが恥知らずにも首を突っ込むんじゃねえかって思ったのよ。

だから俺は信頼出来る人間に声をかけ、動向を見張りながら備えてたのさ。したら案の定だよ」


 悪童七人隊はあまりにも情けない手を打った。

 情けないのは悪童七人隊だけではない。誘いを受けた側もそうだ。むしろそっちの方が責任は大きい。


「だったら俺らも出ないわけにゃいかねえでしょ。救いようのないゴミカスでも同じ時代を生きた人間だからな。そうだろ、アンマン?」

「ええ、別に若い子らに力を貸すとかじゃありません。これは単なる尻拭いだ」

「ケケケ、つってもぉ? こんだけ数が居るんだ。標的以外をぶっ飛ばしちまうこともあるよなぁリーダー」

「暗いからね。ちかたないね。なあ晴二?」

「……そうだな、ちかたないな」

「「「「うんうん、ちかたないちかたない」」」」


 小馬鹿にし切った態度にOBの男はもう我慢がならぬと上着を脱ぎ捨てた。


「丘野ォ! タイマンじゃあ!! 今度こそテメェに引導くれたらぁ!!」

「はぁ。っと、しょうもねえ」

「~~~~~!!!!」


 絶叫と共に殴り掛かる男だが、


「――――馬鹿が、いっぺん死んどけ」


 アキトの鋭い回し蹴りが男の顔を打った。

 男は二度、三度と回転し地面に叩き付けられるとぴくりとも動かなくなった。

 初代悪童七人隊総長丘野彰人。現役を退いて久しいがその実力は健在であった。


「お、来たみたいだな」


 低いエンジン音を唸らせながら無数のバイクやシャコタンが遠くから迫って来る。

 最初と違うのはそれは敵のものではないということだ。


「俺ら含めて九十ぐれえか? 信の置ける暇人を呼んどいたんだ」


 そこでアンマンが笑顔に語り掛ける。


「花咲くん。先ほども言ったがこれは単なる尻拭いだ。しかし勝手に喧嘩に割り込むのも礼儀にもとる」

「え、あ、はい」

「俺達は君の指揮下に入ろう。だからゴミカスどもの尻拭いをさせてくれないか?」

「頼む」


 アキトが、初代の面々が、アンマンが。揃って笑顔に頭を下げた。

 こんなことをしなくても参戦は出来る。しかし、彼らは仁義を通したのだ。


「分かりました。力を貸してください」

「おうさ! あんなこと言ってたが実は久しぶりに暴れられるのはちょっと楽しみなんだ俺」


 パチ、と茶目っ気たっぷりのウィンクをかますアキト。

 思いもよらない援軍の参戦に叛逆七星の士気が上がり、あちこちから歓声が上がる。


「大将、予定は更に変更だぁ。あんたと獅子口は控えてな」

「……分かった。俺達は俺達でしっかり役目を果たすよ」


 当初の予定に戻ったが、今ならば何の問題もない。

 精鋭90人の参戦に爆発的に向上した士気。流れはこちらにある。

 皆が笑顔を見つめる。総大将の声を待っているのだ。笑顔は一つ頷き、夜の闇に吼えた。


「――――勝つぞ!!!!」


 決戦が、始まる。

もし悪童七人隊ルートを書くなら

五、六年前に父親が笑顔の扱いについて母親と喧嘩した際に暴力を振るってそれにキレた笑顔が父親を血祭りに上げて

その勢いで家を飛び出し街を彷徨ってる時、現役だったアキトやアンマンに出会って……みたいな導入になります。

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