2012Spark⑲
1.あなた方にはもう関係ないでしょう
「クッソ! 完全にやられた!!」
隼人が机を叩き付ける。
部屋の中に居るのはオリジナルメンバーだけだが、それでも光輝以外はその怒気に肩を震わせていた。
「よりにもよって叛逆七星だと?! おちょくりやがって……!」
叛逆七星の奇襲は完璧だった。
どこも三十分以内にカタをつけ、隼人達に連絡が届く頃にはその行方も完全に分からなくなっていた。
「…………悪い、俺のミスだ」
この手際の良さからして笑顔に会いに行った時点でもう既に蜘蛛の糸を張り巡らされていたのだろう。
狂騒への襲撃は計画的なもの、全てはこの時のため。敵ながら見事としか言いようがない鮮やかな手腕だ。
「まんまと騙されちまった」
「……いや、それを言うなら俺も同罪だ」
隼人も光輝もまったく疑いを持っていなかったわけではないのだ。
だが笑顔との対面でそれが極限まで薄まってしまった。
噂が流れた段階でもそう。風評を利用するやり方は既に塵狼がやっていたこと。
寡兵で大軍を倒そうと思えばこちらに不和の火種をばら撒くやり方は当然だと思ってしまった。
そうして内部をがたつかせ他のチームを介入させ混沌とした状況に持っていくのが狙いだと。
『……こっちが混乱している隙に他チームが襲撃をかけて来るかもしれない』
読みは外れたが注意喚起自体はした。
しかし、笑顔に持ちかけた条件のこともあり強く言うことが出来なかった。
「俺らに足りないのは危機感だったんだ」
攻められるだろうとは思っていた。しかし、苦労はさせられても自分達が負けることはないと思っていた。
その優位性が揺らがないという確信が判断を誤らせたのだ。
もしも強硬手段で注意を促していたのなら全部はどうにかならずとも八つの内、幾つかは何とかなったかもしれない。
「だから今考えるべきはこれからについてだ。光輝、悪童七人隊の頭脳はお前だ。連中はこれから何をする?」
「それは……」
と、そこで隼人のスマホからアイドルソングが流れ出す。
光輝や他のメンバーが白けた目で隼人を見ると彼は慌てて弁解を始める。
「いや、あの、マナーにすんの忘れてて……」
「……俺らは入室前にゃもうバイブにしてんすけどね。なあ?」
「おう。市村さんもそうっすよね?」
「マナーだからな」
「う……」
「で、誰からだ?」
「えーっと……知らねえ番号だな」
このタイミングで知らない番号から電話がかかって来るなど怪しいことこの上ない。
光輝は目線で取るよう促すと小さく頷き、隼人は通話ボタンをプッシュした。
「もしもし」
『土方くぅううううん! こーんばーんはー♪ 苛々してるみたいだけど乳酸菌取ってるぅ~?』
「…………獅子口か?」
『はいそうです。おはようからおやすみまで特に誰かを見守ったりはしない獅子口雅義でーす』
軽薄な態度が癪に障るもここでキレ散かすわけにはいかない。
隼人はぐううううううううううううっと怒りを飲み込み、用件を尋ねた。
『その前にスピーカーモードに切り替えなよ。そっちの参謀さんにも聞いてもらわないと話がスムーズに進まないでしょ』
言われて気付く。同時に普段なら自分が気付かずとも相棒がそう進言していたはずだとも。
どうやら自分含めて冷静ではないらしい。隼人は一度深呼吸をしてからスピーカーモードに切り替えた。
「……話を始める前に一つ良いか?」
『何だい?』
「叛逆七星の頭は花咲笑顔なんだろう? 何故、お前が俺に電話をかける」
笑顔に限ってはビビったなんてことはあり得ないだろう。
純粋な疑問であり例の“特攻服”について聞きたかったこともあり隼人は疑問を投げかけた。
『そっちと面識あるみたいだし僕も笑顔くんがするもんだと思ってたんだけどさ。
「面識があると言ってもあっちが勝手に訪ねて来ただけだし、俺はそもそもコミュ力ゴミなんで」って言われてねえ。
鷲尾だと喧嘩腰で勝手に電話切っちゃいそうだし、この中で一番コミュ力ありそうな僕にって頼まれちゃった』
隼人含め全員が絶句していた。あまりにもマイペースが過ぎる。
今更怖じたなんてあり得ないと分かっているだけに獅子口の説明が真実だと分かってしまうのだ。
『さて、改めて用件を話そうか。つってもそっちも予想はついてるんじゃない?』
「……宣戦布告か」
『そ。明日の零時、お化けボウリング場でやり合おう。あそこからは人目もないからね』
素直に乗るとでも? 牽制の意味で光輝がそう言おうとするが、
『ちなみにまだ君らに取り込まれていない連中にはもう話はつけてある。二、三日県外に避難してろってね』
もう全員、逃げ出した後じゃない? と言う獅子口に光輝が反論する。
「馬鹿な! んな報告……いや待て」
だが直ぐに気付く。
『お察しの通り。既に監視の人間はこっちで潰してあるよ。
短期間で組織をそこまでブクブク太らせたせいだろうね。最初はともかく僕らが手を出す頃には緩み切ってたよ。
君らも注意喚起はしてたんだろうが甘かったね。ある程度は織り込み済みなんだろうけどそっちの想定以上だと思うよ。
しかし……ふむ、その様子だと知らなかったみたいだね。もうとっくに連中は解放したんだけど』
制裁を恐れて逃げ出したのだろう。
監視に信を置ける人間を使わないからだと言われるかもしれないが悪童七人隊側にも事情がある。
実際“イレギュラー”がなければこの程度でも十分だった。
骨のあるチームが徒党を組むことは想定していたが“イレギュラー”のせいでその脅威度が格段に跳ね上がってしまったのだ。
『そして僕らは君らへの宣戦布告を“広める”用意も出来ている。噂を流すために使った拡声器くん達を通してね』
八つのチームを倒したとて数の上では未だ叛逆七星側が不利だ。
悪童七人隊の方がざっと雑に計算しても二百は多い。
そんな状況で“決戦”から逃げたとなれば叛逆七星を潰せても内紛は避けられないだろう。
「「……」」
隼人と光輝は頷き合う。散々、後手に回らされたがこちらにも隠し札がないわけではないのだ。
好んで使う気はなかったがこの状況で贅沢は言っていられない。
「良いだろう。受けてやるよ」
「だが良いのか? お前さんらも無傷ってわけじゃないだろ? 少しばかし時間をやっても良いぜ」
『くだらないブラフは止めにしよう。時間はそっちの味方であることぐらいは全員、承知してるんだからさ』
駄目元で言っただけだがやはり通用しなかった。
電話を切ろうとする獅子口だったが、隼人がそれを遮り言う。
「待て。花咲笑顔に変わって欲しい。個人的に聞きたいことがある」
『特攻服のことだろう? それなら僕も伝言を預かってるよ』
「伝言?」
『「あなた方にはもう関係ないでしょう」だってさ』
「「ッ」」
『厳しいね~じゃ、そゆことで』
それは二人の胸にこの上なく刺さる言葉だった。
2.決戦前夜
「終わったよ」
獅子口さんがのほほんと言う。
俺も話は聞いていたので終わったのは分かっているが当事者から言われると何だかホッとした。
これで下準備は完了。後は時を待つだけだ。
(ああでも、お化けボウリング場かぁ……)
決戦の場所だけがちょっと……いや分かるよ? あそこを選んだ理由もさ。
あっこは立地が悪いからな。警察もあんなとこには絶対、巡回には来ない。
そんなとこだから夜になれば肝試し目的の物好きな連中が偶にやって来るぐらいだ。
あんな糞立地でも全盛期は儲かってたらしく駐車場とかも馬鹿っ広くて数百人規模の喧嘩をする場所としては打ってつけだと思う。
理屈は分かるけど……やっぱりさぁ……だって前もだよ? 会議中とかラップ音や変な笑い声とか聞こえてたし。
他の六人は誰も気にしてなかったけど頭おかしいんじゃねえの?
(あ、烏丸さんは喜んでたな)
どうかしてるぜ。
「ところで笑顔くん」
「はい?」
「本当に話さなくて良かったの?」
「あぁ……ええ、実際問題もう彼らとは無関係でしょう」
何を求めて結成されたチームだったのか。
別に何から何まで初代に倣う必要はないだろう。世代ごとに変えていくべきものもあろうさ。
だが変えてはいけないものもある。それが嫌ならそのチームに入るべきではない。
他のチームを探すか自分でチームを結成するべきだ。
土方達はそれをせず同じ看板を掲げ続けているが、その時点でもう三代目悪童七人隊と先代、先々代は別物である。
だったら俺が特攻服を持ってる理由を説明してやる必要はないだろう。
「おう、終わったか?」
獅子口さんと話していると丁度、風呂から上がった五人が部屋の中へやって来た。
事前に決めてあった合流場所の民宿で落ち合った途端に直ぐ風呂行くんだもんなこの人ら。
宣戦布告だっつってんのに連中と話すことはねえとか言ってさ。俺は流石にそれはどうかと思ったから獅子口さんの近くで待機してたけど。
「終わったよ。事前に決めてあった通りさ」
「それは重畳」
ちなみに今居る民宿は鷲尾さんの親戚がやっている民宿で今日のために確保してくれたらしい。
決戦前だからな。ヤサが割れてる状態で帰るわけにもいくめえ。
タカミナや各チームのメンバーもそれぞれ色々なところに身を潜めている。
頭七人が揃っているのは仮に襲撃があっても七人揃ってれば切り抜けられるだろうとの判断だ。
決戦前に頭が一人でも欠けるのは問題だからな。
「しかし……花咲。テメェ、一体どこでそんなもんを」
鷲尾さんが俺――というか俺が着ている特攻服を見ながら言う。
初代の特攻服については何も言ってなかったからな。民宿で合流した時、全員が驚いていた。
「まあ色々あって貰ったんですよ」
「その色々が気になるんだけど」
大我さんの瞳には好奇心がちらついていた。
隠すほどでもないから別に説明しても良いんだけどその前に俺らも風呂入らせてくれねえかな。
あ、ダメ? 俺を取り囲んですっかり話を聞く体勢になっちゃってる……。
「今月の頭に夜、一人でカガチを流してる時に偶然出くわしたんですよ」
「ほう……競ったのか?」
「ええ。結局、負けましたけど。それでまあ意気投合して初代――……丘野さんの家で駄弁ることになりまして」
そこで話をしている内に良ければ貰ってくれないかと言われ貰ったのだと告げる。
「ふぅん……やると決めたのは“それ”が理由か?」
「“これ”もですね。どの道、既に巻き込まれてましたし。なら火の粉を払うついでに引導もくれてやろうかなと」
「チッ、んな因縁がありやがるなら土方は譲るしかねえなクソが」
「すいません」
決戦の舞台で土方とやり合うのは早い者勝ちという取り決めだった。
乱戦の中で一番最初に辿り着いた奴がやる。名目上の総大将である俺以外が負けたら次って感じでな。
俺もそれで良いと思っていたのだが、どうやら譲ってくれるらしい。
鷲尾さんだけでなく他の五人も同じ気持ちのようで頷いてくれている。こうやって義理を通してくれるあたりが実にヤンキーだな。
「それはそうと獅子口、オッズはどうなってる?」
琴引さんがずずい、っと獅子口さんに迫る。
「下馬評では僕らが圧倒的に不利みたいだね。センセーショナルな奇襲かました後でも賭ける奴らはシビアな目をしてるよ」
「だが俺達にとっては好都合じゃないか」
ヤンキーと一口に言っても色々な奴が居る。
喧嘩の強い奴、情報収集に長けた奴、遊びが上手い奴、中には当然、金を稼ぐことに特化した奴も居る。
あの夜、獅子口さんは言った。
『僕らの喧嘩を見世物にしてやろうよ』
三代目悪童七人隊はアホなことをやっているが矜持のある連中だ。
ゆえに喧嘩を賭けの対象にしてやることでおちょくってやろうと考えたのである。
俺らも見世物になるが別に構わない。
迷惑な馬鹿たれの相手をしなきゃいけないって時点で大前提としてこれはくだらない喧嘩なのだから。
手を抜くつもりはないし本気で潰すつもりではあるが気分としてはゴミ掃除に近いものがある。
大真面目にやってるのは連中だけ。ならば意趣返しとして連中を虚仮にしてやろうというわけだ。
それで俺以外の面子がそれぞれの地元で学生賭博を取り仕切っている連中に話をつけに行き一大ゲームの開催を取り付けてくれたのだ。
「僕ら全員で四万ずつ出し合っての計二十八万……手数料を差し引いてもかなりの額になるだろうね」
「ケケケ、豪華な祝勝会になりそうだぜ」
「まずは勝たなきゃ話にならんだろう」
「いやいや、やる前から負けること考える馬鹿はいねーでしょ」
和気藹々とした空気。とても決戦前夜のそれとは思えないけど逆にそれが頼もしい。
「それじゃ大将、ここらで一発頼むよ」
「えぇ……?」
獅子口さんに話を振られるけど、俺こういうの苦手なんだよなぁ。
まあ良い。シンプルに行こうシンプルに。
「馬鹿たれどもをシバいて残りの夏休みを気持ち良く過ごしましょう」
「「「「「「応!!」」」」」」