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2012Spark⑱

1.烏の悲嘆、オルフェウスの憤怒


 同時多発的に行われた奇襲。烏丸もまた自ら陣頭に立ち暗怒露眼陀(アンドロメダ)と対峙していた。

 ここは他と違い元々敵対関係というわけでなく、同じ市内ということでむしろ仲良くしていたとも言える。

 それだけに両者の間に流れる空気にもどこかしんみりとしたものが混じっていた。


「……よォ、烏丸ぁ……んでこんなことになっちまったんだ?」


 暗怒露眼陀総長、玉木が悲しげに語り掛ける。

 対する烏丸も寂しげに目を伏せ、答えた。


「それはこっちの台詞でしょうよ。何だって連中に頭を下げたんだ」


 木っ端のチームなら戦いもせずに白旗を挙げることもあるだろう。

 だが暗怒露眼陀は違う。烏丸が率いる螺旋怪談よりも倍以上の規模があるチームだ。

 にも関わらず玉木は戦いもせずに悪童七人隊に降った。

 会合の際は私情を表に出さぬよう努めていたが、烏丸にとってはかなりショックな出来事だった。


「この話を聞いた時、俺がどんな気持ちだったか分かるか?」

「……」

「フカシこいてんじゃねえってよ、伝えてくれた奴を殴り飛ばしちまったよ」

「……え」

「あ?」

「勝てねえ。連中には勝てねえんだ」


 それはある意味、一番聞きたくなかった言葉だった。

 違う。違うだろう。そうじゃないだろう。不良(おれたち)は勝てる勝てないで喧嘩をするのか?

 自分の中にある誇りという名の旗を掲げ続けるために“ツッパる”んじゃないのか。

 それが何だ? 誇り高い野良犬は飼い慣らされた座敷犬になっちまって。

 今こうして集会を開いていることもそう。中学生をやって組織内での発言力を高めようなど情けなさ過ぎる。

 烏丸の悲嘆を他所に玉木は続ける。


「土方は当然としてオリジナルメンバーはどいつもこいつも“頭抜けてる”。俺じゃ幹部を一人どうにかするのが関の山だろう」


 玉木は言う。今なら間に合うと。

 自分が口利きをするから花咲笑顔と共に降れと。


「…………もう良い」


 これ以上は時間の無駄だ。どこまで行っても平行線。交わることは決してない。

 ならば今の自分が友にしてやれることは何だ? これ以上の醜態を晒す前に引導を渡すことだろう。

 烏丸の戦意が伝わったのか、玉木も口を閉ざした。


「「……」」


 一瞬の静寂の後、


「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」


 二人は同時に爆ぜた。

 袂を分かった二人だが、ある一点では共通していた。

 それは短期決戦。こんな抗争を無駄に長引かせて仲間が傷付くなどやってられない。ゆえにこそ二人は真っ向から衝突した。

 殴り殴られ蹴り蹴られ。息つく間もない暴力の応酬。損耗を度外視した戦いなどよっぽど“イカレ”た人間でない限りはそう長くは続けられない。

 時間にして五分ほど、しかし二人にとっては永遠にも感じる苦痛は終わりを告げる。


「ぁ」


 倒れたのは玉木だった。それと同時に周囲の抗争も止まる。

 恐らく事前に命じていたのだろう。奇襲こそ読めなかったがいずれどこかで烏丸とぶつかることを悟っていた。

 だから自分が倒れた場合は大人しく降伏するよう言い含めていたのだ。

 仲間を守るため、そして友とその仲間達がこれ以上傷付かぬようにと。


「…………馬鹿野郎」


 噛み殺したような呟きは夜の闇に溶けて消えた。

 烏丸は白旗を挙げた暗怒露眼陀の面々に悪童七人隊から抜けるように言ってその場を去った。


 ところ変わって同市内、某駐車場では琴引が沸々と怒りを滾らせていた。

 対峙するチームの総長は琴引の様子に困惑しているようだった。

 そりゃそうだ。強い奴が正義なんだよォ!! などと三下臭いことを叫んでいたのだがどうにも反応が悪い。

 悪童七人隊に組する自分達に怒っているのではないのか? と首を傾げるのも無理からぬことだ。

 何なんだお前はと困惑気味に問うと琴引は気を落ち着かせるように煙草を咥え、ゆっくりと話し始めた。


「……確かに悪童七人隊やそれに媚びを売るお前らアホに対する怒りはある」


 だがこの怒りはそうじゃない。そうではないのだと言う。


「――――俺は今、自分の不甲斐なさに怒ってるんだ」

「……おい、コイツ何言ってんだ?」

「……さあ?」


 総長とその右腕は引いていた。


「お前ら、今日が何の日か分かっているな」


 問いではなく断定口調だ。何の日だと言われても知るかそんなもの。

 総長とその右腕だけでなく他の面々も軒並み引いていた。

 だがこれでは話が進まない。一人の馬鹿っぽそうな下っ端が声を上げる。


「あ、今日婆ちゃんの誕生日……」

「――――YNK48のライブに決まってるだろぉおおおおおおおおおおがぁああああああああああああああ!!」


 琴引が吼えた。敵だけではなく味方も引いていた。


「……おい、YNK48って何だ?」

「……確か、アイドル……?」


 YNK48とはヤンキー女子をコンセプトにしたアイドルグループである。

 頭の座を賭けてリングの上で行われる時間無制限のタイマン勝負は大晦日の恒例行事として有名だ。

 タイマン勝負は女子プロファンなどからもこれはガチ、ブックがねえと言われるほどに評価が高かったりする。


「あ、あー? つまり何だ? そのライブに行けなかったことにキレてんだろ?」

「そうだけどそうじゃねえって話をしてんだろうが!!」


 別にしてない。


「……チームが大変な状況だってのに頭の俺が大阪でサイリウム振るわけにゃいかんだろう」


 いかんのか?


「だが……だが……!!」

「何なんだよもう……」


 総長はもう疲れ切っていた。


「――――今日のライブで俺の推しが、卒業を発表した」


 琴引の瞳から透明な雫が零れ落ちた。


「幸いラストライブはまだ先だが……」

「じゃあ良いじゃねえか別に」

「良いわけねえだろうが!!!!!」


 良いわけないらしい。


「グループへの愛、俺達ファンへの感謝、これからの展望。

りゅんりゅんは拙い言葉で、それでも精一杯の気持ちを込めて語ってくれたはずだ……。

そんな大切な場にィ! ファンとして居合わせられねえなんて……あり得ねえだろうが!!!!」


 わなわなと震える琴引。


「お、俺が……この俺が誰にも負けないスーパーマンだったなら……!

お前らどころか悪童七人隊もぷちっと潰してさぁ! 今頃俺は大阪で……大阪で……うわぁあああああああああああああああ!!!!!!?!」


 凄まじい絶叫が夜を揺らす。

 夜の闇でも溶かし切れないこの不燃物に皆はもう、うんざりしていた。


「俺は俺を許せねえ! だからお前らに八つ当たりさせてもらう!!」

《えぇ!?》




2.竜虎並び立ち、狼は夜に示す


 秤大我と骨喰龍也。

 かつて笑顔はこの二人をぐう聖ヤンキーと評した。間違ってはいない。

 金角銀角の蛮行に対する二人の行動からもそれは確かだろう。金角と銀角の蛮行、普通のヤンキーなら確実に報復されている。

 だというのに大我と龍也はそれを許し、あまつさえ二人を慕う者らが報復しようとするのを止める側に回った。

 それだけのことをされたのだ。金角銀角が大我と龍也に負い目を抱くと同時に尊敬の感情を向けるのは当然だろう。

 上からも下からも好かれる人格者。間違いではない。


 ――――間違いではないがそれが完全なる正解というわけでもない。


 ただ穏やかなだけのヤンキーなら叛逆七星などには入らないだろう。

 犠牲を少なくするように動くのではなかろうか。ヤンキーとしての矜持ゆえでは? 確かにそれもある。

 だがそれだけではない。滅多なことでは目を覚まさないその“性”ゆえに彼らは戦いを選んだのだ。


「たった二十人ぽっちでよぉ!? どうしよってんだ! あぁ!?」


 大我と龍也は共に合同集会を開いていた標的のもとに乗り込んでいた。

 標的である両チームの数を合わせると百を超えている、対して白龍と紅虎は合計しても二十程度。

 楽勝と笑うよりも舐められていると思うのが当然だろう。

 しかし、大我と龍也は笑っていた。ヘラヘラと、螺子の外れた顔で。

 金角や銀角がこの場に居れば驚きに目を見開いていただろう。こんな顔、初めてみると。


「ゲームでさぁ。燃えるダンジョン、みたいなのあるじゃーん?」

「歩く度にスリップダメージ受けるアレだよ」

「……?」


 対峙する敵総長二人と幹部達が怪訝な顔をする。

 無理もない。大我と龍也の言葉はあまりにも要領を得ないものだから。


「「アレ“リアル”でやってみたら楽しそうじゃね?」」


 白龍、紅虎、双方の構成員が用意していたそれを高々と天に放り投げた。

 酒瓶やジュース瓶、水風船、その他壊れ易い容器の数々だ。

 空から降り注ぐそれらは敵に当たることはなかった。これぐらいなら雑魚にだって回避出来る。

 地面に叩き付けられたそれらが中身をぶちまけると同時に周囲に異臭が立ち込める。


「! テメェら、まさか……!!」


 ニンマリと笑い、大我と龍也はライターを放り投げた。

 瞬間、周囲が火の海に変わった。幸いにして燃え移りそうなものはない場所なので大火事などにはならないだろう。

 燃えるとすれば精々、炎海の中に居る人間ぐらいだ。


「「わっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」」


 哄笑を上げる大我と龍也。彼らを見る敵の目には確かな恐怖が宿っていた。

 そう、彼らは気の良いヤンキーである。しかし、同時に“箍が外れた”場合はとんでもないことをやらかす“大馬鹿野郎”でもあるのだ。

 普段は立場や後輩達の手本となるようにと自制しているが……いや、それゆえか。

 一度箍が外れてしまうと普段抑圧されていた感情が盛大に爆発してしまうのだ。


「「“熱い”夜になりそうだなぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」」


 さて、そろそろ今宵最後の役者にスポットを当てるとしよう。塵狼総長兼叛逆七星盟主、花咲笑顔に。

 月が黒雲に覆われ光差さぬ闇の中、塵狼の面々は戦っていた。


「これこれ! ドツキ合いこそ不良の本分ですわ!!」

「が!?」


 敵の顎に強烈な飛び膝をかました矢島はかつてないほどに楽しそうだった。

 その器用さえゆえ実力がありながら中々、表で暴れられずフラストレーションが溜まっていたのだろう。


「へいよー! 油断は禁物だぜヤジィ!!」


 そんな矢島を後ろから鉄パイプでやろうとしていた敵を金太郎が殴り飛ばす。

 叛逆七星に加入しているどのチームにも言えるが数は圧倒的に不利。

 それゆえに笑顔を除く五人は互いを庇い合うように戦っていた。

 じゃあ笑顔は?


「ぐぁああああああ!?」

「ま、またやられた……何だ、何なんだコイツ!? 止まらねえぇえええええ!!」


 一人マイペースに暴れていた。

 着慣れない“特攻服”なんてものを着ての喧嘩ゆえ笑顔も最初は大丈夫かな? と思っていたのだが別段どうともなかった。


「ダメだ! 雑魚を幾ら集めてもむしろこっちの邪魔んなる! 兵隊どもは別のガキどもを潰せ! 幹部は俺と一緒にコイツを囲むんだ!!」


 暗闇の中、総長が指示を出す。

 幹部達は言われた通りにしようとするが、タカミナ達が気になって動けずにいた。

 ここで背中を見せれば確実に噛み付かれると思ったのだ。

 が、


「行って良いぜ? 別に手出しはしねえからよ」

「……何を考えてやがる」

「テメェら如きが何百人集まろうとうちの大将はやれねえっつってんだよ」


 ゲタゲタと笑うタカミナ達に激昂しかける幹部達だが、怒りをぐっと飲み込む。

 制裁は花咲笑顔を仕留めてから。奴を倒せば後はどうにでもなると。

 そうして戦線に参加する幹部達だったが、


「まずは一匹」


 裏拳で一人が倒れる。


「二匹」


 顔を掴まれ地面に叩き付けられ更に一人。


「三匹」


 また一人。今度は肘打ちで。


「四匹」

「五匹」

「六匹」


 淡々と幹部を沈めていく姿を見て総長は悟った――これが狙いだったのかと。

 今まではわざと手を抜いて戦っていたのだ。

 そうすることで幹部を集めてフクロにすれば勝てると誤認させた。

 で、まんまと誘き寄せられた結果がこれだ。次々に倒れていく主力メンバー。

 逃げさせる? この状況で? どうやって? 逃がして何になる? 先に他の面子を潰して人質に?

 それが出来るような手合いではない。花咲笑顔にこそ劣るものの他だって十分に脅威なのだから。

 完全に混乱し、どうすれば良いか分からず立ち竦んでいる内に十三人の幹部は全員、やられてしまった。


「あ、あ、あ」

「お前で最後だ」


 さして語ることはない。


「か、堪忍してください……堪忍……う、ぅぁ……も、もう無理です……許して……」


 数分と経たぬ内に命乞いが始まった。

 これでもかと痛め付けられた総長の恥も外聞もない命乞いを感情のない瞳で見下ろしながら笑顔は言う。


「ちゃっちゃと済ませよう」

「「「「「了解」」」」」


 四天王と矢島は総長と幹部の特攻服とパンツを剥ぎ取り全裸にするとパシャパシャと写真を撮り始める。

 一通り撮影が終わったところで、


「柚、桃」

「「あいよ」」


 金太郎と銀二は一箇所に集めた特攻服と旗に躊躇なく火を点けた。

 轟々と燃え盛る炎が暗闇を照らし出す。笑顔は呆然とそれを眺める総長に告げる。


「これで“終わり”だ。再起するならそれはそれで良い。今度はより“徹底的”に潰すだけだからね」


 踵を返すと総長が驚愕に目を見開く。


「そ、それは……!?」


 その背には“初代悪童七人隊”の文字が炎に照らされ煌々と輝いていた。

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