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2012Spark⑯

1.殺すぞ


 狂騒が潰されたことはその日の内に三代目悪童七人隊(ワイルドセブン)のトップ2にも伝わった。

 正直、何でこのタイミングでと頭を抱えた。


『まさかこんなにも早く仕掛けて来るとは……狂騒(マッドサーカス)の連中が手を出すまでは大丈夫だと思ってたんだが』


 ぼやく隼人に光輝は言う。


『どうにも着火マンと狂騒が狙ってることが漏れてたらしい』


 散々喚いていたようだからそれでだろう。

 市外だから大丈夫だろうと高を括っていたがよくよく考えれば花咲笑顔はその市外で因縁を作ったのだ。

 自分達の調査で判明していない交友関係があったのかもしれない。

 これに関しては吹聴しないよう口止めをしていなかった自分達の問題でもある。


『……それでも花咲笑顔だけなら何とかなったんだがな』


 隼人がぼやく。戦力を集め一気に潰し、即座に大侵攻へと人員を戻すというような手も取れた。

 だが狂騒と、勝手に動いた増援達から詳しい経緯を聞きそうもいかなくなった。


『まさか花咲笑顔は雑魚狩りしてただけでやったのは他の連中だったとは』


 同じ市内の人間だ。当然、四天王についても知っている。

 だが自分達の世代の四天王は強くても中学生レベル。

 ある程度のところまでなら高校生相手にも通じるが一定ラインを越えたらその力が通用するほどではなかった。

 にも関わらずだ。今の世代の四天王。高梨南と梅津健はそれぞれ総長と特攻隊長をやってのけた。

 高校生の中でもタイマンなら上の下ぐらいには入るであろう連中をだ。


『赤龍と黒狗だけ、と考えるのは楽観が過ぎるぜ』


 右腕として光輝が進言すると隼人も大きく頷いた。


『金角銀角も同程度の力があると見て良いだろうな』


 狂騒ぐらいのチームで頭を張れる面子が四人も揃っているのだ。

 それだけならまだしも花咲笑顔はその四人以上に強い。ジョンを倒したことから隼人にも迫る実力を持っていると見て良いだろう。

 そんな手合いとまだ足場が固まっていない段階で揉めるのはリスクが高過ぎる。

 一応、各個撃破という手段もなくはないがこれはこれで失敗した時のリスクが高い。


『かと言って放置も出来ない。面子に関わるし……』

『功名心に駆られた馬鹿どもが独断で動きかねない』


 隼人の言葉を引き継ぎ溜息を吐く。

 まさに絶妙のタイミングだ。それこそ“作為的”なものを疑ってしまうほどに。

 とは言え、現段階では何とも言えない。どうする? と光輝が目で問うと、


『話をつけに行く』

『ってことは?』

『ああ、まずはうちのチームに誘ってみよう。どうするかはその返答次第だな』

『お前が直接行くのか?』

『下手な奴を行かせて話が拗れてみろ』

『……やられるだろうな』

『それに、俺自身興味もあるからな』

『なら俺も同行する。確かめたいこともあるんでな』


 そして翌日。朝十時頃に隼人と光輝は笑顔の家を訪ねた。

 インターホンを鳴らすと一分もせず扉が開かれた。出て来たのは運が良いことに笑顔だった。

 起きてそう時間が経っていないのだろう。寝ぼけ眼で髪にも寝癖がついている。

 怪訝そうな顔でこちらを見ながら彼は言った。


「……どちらさまです?」


 ――――強い。それが二人が最初に抱いた感想だった。

 見ただけで分かる。どう考えても中学生の枠に居て良い人間じゃない。


(隼人はともかく俺や他の連中じゃ……少なくともタイマンじゃ無理だ)


 自分達が最初に動いたのは正解だったと改めて思った。


(しかしこの様子を見るに俺達のことは知らない、か。となると考え過ぎ……? まだ断定は出来ないな)


 もう一つ質問をせねば疑念は晴れない。

 思案する光輝をよそに隼人はフランクに語り掛ける。


「俺は土方、こっちは市村ってんだ」

「はぁ。えっと、姉の知り合いでしょうか?」

「いいや。お前さんに用があって来たんだ白幽鬼姫――昨夜の一件って言えば分かるかい?」


 瞬間、笑顔の目に剣呑な光が宿った。

 同時に家の奥から母親らしき女性の声が聞こえた。


「ごめん、俺の友達だった。ちょっと出て来る。うん、お昼までには戻るから」


 更に物騒さを増した瞳で自分達を見ると笑顔はサンダルのまま歩き出した。

 着いて来いということだろう。別に構わないのだが、


「あの、俺ら単車で来たんだが」

「……じゃあ後ろ乗せて」

「それなら俺の後ろに乗りな」


 この様子を見るに恐らくは“白”だがまだ完全に疑惑が晴れたわけではない。

 そんな状態で悪童七人隊の要である隼人のケツに乗せるわけにはいかないだろう。

 自分がやられるのも問題だが、かと言ってここで断るのも問題がある。


(……どうにも勘違いしてるみたいだからな。いや勘違いでもねえんだが)


 光輝は嘆息し、笑顔を後ろに招いた。

 人気のない場所をと指定されたが中区にはあんまり来ないので良さそうな場所を知らない。

 そう告げると今度は笑顔が溜息を吐き、河川敷への道を教えてくれた。


「さて、改めて自己――――」


 河川敷に下りて名を名乗ろうとするが、それを遮るように笑顔が口を開いた。


「昨日の今日でご苦労なこった。あのカスどもに泣き付かれたのか?」

「いや……」

「まあ、お前らがどこの誰であろうと興味はないがこれだけは言っておく」

「何だ?」


 瞬間、悪寒が全身を駆け巡った。


「――――母さんと姉さんに手ぇ出したら殺すぞ」


 平坦な声色、しかしそこに込められた殺意の重さは尋常のそれではなかった。

 喧嘩でよく言う“殺す”とは違うリアルな“殺意”。


「お前らもお前らの親兄弟も友達も一人残らず殺す。泣き喚いて命乞いをしても絶対に許さない」


 痛感した。見立てが甘過ぎた。

 なるほど、確かに喧嘩の範囲ならば隼人の方が強いかもしれない。

 だが何でもありの殺し合いになれば個の強さも数の利も全てが無に帰す。宣言通り殺される。意味もなく。意義もなく。

 隣で冷や汗をかいている相棒も同じ気持ちだろう。


「…………誤解は解いておかなきゃいけねえな。俺らにそのつもりはねえよ」

「何?」

「いきなり家を訪ねたせいで誤解させちまったのは謝る。だが俺らにもプライドがある。カタギの人間に手を出すつもりはない」


 隼人の言葉で空間を満たしていた殺意が嘘のように消え失せた。

 それにほっとするも、笑顔は怪訝な顔をしている。


「……結局、あなた達は何をしに来たんですか?」


 光輝は確信していた。これは白だと。

 調べた限りの花咲笑顔の人物像から考えて自分から積極的に喧嘩を売りに行くような男ではない。

 逆十字軍に関してはあれはまた別枠だろう。ともかく、狂騒に対する積極性に疑念を抱いていたのだ。

 だが先ほどの光景を見れば、理解出来る。


(……そういや、姉ちゃんを狙われたことがあるんだっけか)


 花咲笑顔が残虐性を発揮した喧嘩の一つに四天王黒狗とのものがある。

 通学路で姉を庇って原付に轢かれた笑顔だからこそ警戒していたのだろう。


(無理もねえ。着火マンみてえなんが自分を狙っていると知ればなぁ)


 家族に危害が及ぶ可能性に思い至るのも自然だ。

 ならば先んじて潰そうとしても不思議ではない。


(つまり全部あのアホのせいじゃねえか……!!)


 着火マンがやられる切っ掛けになったのもそう。

 麗音をフクロにした時点で決着はついていたのに私情を優先し、更に彼を痛め付けようとしたからだ。

 そんなことをしなければ花咲笑顔も手を出すことはなかっただろう。

 着火マンの無法ぶりがこの状況を招いたのだからやってられない。

 とは言え、そんな奴らを抱え込んだ自分達にも責任があるので強くも言えない。


「目的を話す前に少しばかり説明させてくれねえか?」


 光輝が切り出すと笑顔は素直に頷いた。

 逆鱗に触れさえしなければ問題はないと改めて痛感した。


「まずは名前から。俺は市村、隣のは土方ってんだ」

「花咲です。よろしくお願いします」

「ありがとな。まず俺達は別に狂騒の人間ってわけじゃないがまるっきり無関係ってわけでもねえんだわ」


 自分達は悪童七人隊というチームの総長と副総長で狂騒はその傘下に居るチームの一つなのだと告げる。


「……そう言えば帰り際に色んなチームの混成軍みたいなのが」

「ああ、そいつらもそうさ」

「あれを向かわせたのはあなた達か?」

「いいや。あくまで狂騒の人間の独断さ。俺らが指示を出してたんならもっとちゃんとしたのを送ってたよ」

「……それもそうか。アイツら雑魚だったし」


 隼人と二人、思わず苦笑が漏れてしまう。

 片や中学生五人。片や高校生三十人。これで雑魚と言われてしまえば連中の立つ瀬がない。

 だが同時に否定出来ない事実でもある。


「で、アンタらはその報復に来たってわけだ。トップが直々にってあたり光栄だと思えば良いのかな?」


 敬語が消えた。敵認定が早過ぎると思ったが状況が状況だけに無理もない。

 隼人がまあ待てと屈伸を始めた笑顔を手で制する。


「敵になるかどうかはお前次第だ」

「???」


 さっさとやれば良いだろと言った風の笑顔――存外、血の気が多い。


「俺達はな。市内を中心に最強のチームを作るつもりだ」


 隼人が両手を広げ、語る。


「どんな奴が相手でも負けない。最大最強のチームさ。そのために今、多くのチームに抗争を仕掛け次々と傘下に収めている」

「はぁ、それで?」

「――――花咲笑顔、お前も俺達のチームに入らないか?」


 無論、仲間達も一緒だ。


「…………あのさ、俺はあんまよく分からないんだけどおたくらからすれば中学生に虚仮にされたようなもんだよね」


 なのにチームに引き入れるとか何考えてんの?

 理解出来ないと言った様子の笑顔に、そりゃ間違いだと隼人は手を振る。


「確かに中学生だ。でも、そんじょそこらの高校生よりも強い中学生だ」

「分からない。何でそんなに俺を高く評価してるの?」

「お前は知らないだろうがな。俺達はお前が潰した逆十字軍とも繋がりがあったんだわ」

「!」


 まさかここでその名前が出て来るとは思ってもみなかったのだろう。

 微かに目を見開く笑顔に隼人は続けた。


「つっても利用してるだけでいずれ潰す気だったがな。だからこそ分かる。

あれを潰そうと思えばそう簡単にはいかない。あそこまで鮮やかに詰ませた手腕は見事としか言いようがねえ。

頭の切れだけじゃない。喧嘩の腕もそう。ジョンは糞だが強かっただろう? あれを真っ向から潰せる奴なんざそうそう居やしない」


 市内にある族や不良グループの中で同盟等を組まず単独で逆十字軍を潰せるのは一握り。

 そしてあそこまで鮮やかにとなると……それこそ自分達悪童七人隊ぐらいのものだ。


「だからお前が欲しい。末席だが最高幹部としてお前さんを迎える用意がこちらにある」


 いや聞いてねえんだが? と思った光輝だが口を挟むことはなかった。

 中学生をいきなり最高幹部になどと言えば反発は必至だろう。

 だが花咲笑顔の加入と秤にかけるなら天秤は笑顔の加入に傾く。


「そしてゆくゆくはお前さんに跡目を任せたいとも思っている」


 これも初耳だが、光輝としても異を唱えるつもりはない。

 愛するチームを守るために先代先々代とは違う道を選んだのだ。

 少しでもチームが長く、そして強く繁栄するためには強烈なリーダーが必要だろう。

 後を任せられる人間が居るのなら、自分達もかなり無茶が出来るし隼人の判断は間違っていない。


(この子が跡目になるなら憂いはねえ)


 腕っ節、頭の切れ、カリスマ。どれを取っても不足はない。

 中学生の段階でこれなのだ。跡を継ぐ頃にはどんな怪物になっているのか。それこそ全国制覇だって夢じゃないだろう。


「どうだ?」

「……」


 しばしの沈黙の後、笑顔は口を開いた。


「……そこまで俺を評価してくれるのは純粋に嬉しいと思う」

「なら」

「でも、興味ないんだよ。支配とかそういうのには」

「ほう、つまり俺達と事を構えると?」


 塵狼はたった八人のチームだ。非戦闘員を除くと六名。

 一応、金角銀角に部下は居るものの自分達と戦うのであればまず巻き込みはしないだろう。

 たった六人で戦うつもりなのか? 何百人もの相手に。

 そう問いかける隼人に笑顔は極々自然に答えた。


「何? おたくらは勝算のある喧嘩しか出来ないわけ?」

「「――――」」

「俺は違う。俺達は違う。自分達が譲れないもののためなら誰が相手でも戦う」


 目を逸らしたくなるほどに、真っ直ぐな輝きだった。

 それを誤魔化すように隼人はフッと笑い、告げる。


「……ますます欲しくなったよ」

「だったら認めさせてみなよ。俺が頭を垂れるに相応しい存在だってさ」


 話は終わりだと笑顔はこの場を立ち去った。

 残された二人はその背を見送り、小さく溜息を吐いた。


「またえらい爆弾を抱え込んじまったな」

「ああ、だが今更だろう」


 着火マンと揉めた時点で既に八割方、敵対に舵を切っていたのだ。

 欲しいと言った言葉に嘘はないが、素直に受け入れてくれる可能性が高いとも思っていなかった。

 だから隼人の今更だという言葉に異を唱えるつもりはない。


「しかし、敵対するとなれば……」

「あの子の“逆鱗”だろ?」


 光輝は深く頷く。下手に注意喚起をするのは悪手だろう。馬鹿が馬鹿をやらかしかねないから。

 となると信の置ける者にコッソリ監視をさせるのがベターといったところか。

 光輝の提案に隼人は頷き、手配するよう命じた。


「更に気を引き締めないとな」

「ああ」

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