2012Spark⑮
1.うちの大将が出るまでもねえって言ってんだよ
悪童七人隊との抗争において重要なのは“速度”だ。
時間は奴らの味方で、長引けば長引くほどあちらは磐石になっていく。
ゆえに俺は叛逆七星結成の翌日、早速行動に出た。無論、先輩方の了承を得た上でだ。
都合の良いことに狂騒は今日の夜に集会を行う予定があったらしく、獅子口さんがそれを教えてくれた。
この集会は悪童七人隊のものではなく狂騒単独の集会で他のチームの面子は一切混じっていない。
塵狼VS狂騒であり、悪童七人隊やその傘下に居る他チームとは関係がないと言い張れる構図だ。
(……とは言え、そのままの構図で進める気もないがな)
狂騒を潰すだけでも悪童七人隊と塵狼が対立する名分は出来上がるがそれじゃ面白くない。
二兎を追う者は一兎をも得ずとは言うが俺らは一石で何鳥も落とすチャレンジ精神の持ち主だからな。
「皆、作戦はちゃんと頭に叩き込んだよね?」
狂騒が集会をやっている第三埠頭への道すがら、皆に呼びかける。
「おう、バッチリよ!」
「……そこは問題ねえけどよぅ……タカミナに美味しいとこ持ってかれるのが……」
「何で俺はあそこでグーを出しちゃったかなぁ!?」
「……気に入らねえ」
嬉しそうなタカミナとは裏腹に金銀コンビと梅津は不満げだ。
でもしょうがない。だってジャンケンで負けたんだもの。怨むなら自分の運の無さを怨んで欲しい。
とは言え、不満はあれどもそれで仕事に支障をきたすことはないだろう。
「テツ、トモ、矢島。そっちの頼むよ」
「うぃー!」
「仕事はキッチリ果たすさ」
「……ボクはそっちが良かったんやけどなぁ」
この三人には喧嘩とは別の役割を頼んである。
俺的にはある意味でこっちが本命と言えよう。矢島は不満そうだが勘弁して欲しい。
矢島の実力ならこっちに混ざっても普通に戦えるだろうが……こいつは便利過ぎてなぁ。
金銀コンビも何でも卒なくこなすタイプだが矢島もそうなのだ。となると喧嘩の実力では一枚二枚劣る矢島に後方を任すのは当然の帰結と言えよう。
トモも補佐役として矢島は最高だって手放しで賞賛するぐらいだからな。
「っと、そろそろだね」
俺の言葉に頷きテツトモ、矢島の三人が離れていく。
それを見届けると、俺達は更にスピードを上げ勢いを殺さぬまま埠頭へと突っ込んだ。
「! 何だお前ら!!」
「うわ!?」
人の群れを突っ切ってそのまま中央に雪崩れ込む。
連中が俺達を包囲する構図を作りたかったのだ。
「~~~ッッはーなーさぁああきぃいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
突然のことに驚いていた狂騒の連中だが、俺の姿を視認した着火マンの雄叫びで我に返ったらしい。
着火マンは目を血走らせながら俺の方に向かって来ようとするが、
「ちょ、ま……お、落ち着いてください火浦さん!!」
「おいお前らもボケっとしてないで手伝えや!?」
数人がかりで押さえ込まれてしまう。
総長の指示もなしにいきなり戦端を開くのはまずいと考えたのだろう。
どうやら着火マン以外はしっかり統制が取れているチームらしいな。
「…………お前が火浦をやった例の中坊か」
総長らしき男が一歩前に出る。
フランスパンみてえな頭しやがって……ちょっと笑いそうになったじゃねえか。
「ああそうだよ。どうにもそこの馬鹿とこのチームが俺を狙ってるって聞いたからさ。こうしてわざわざ足を運んだんだ」
「ほう……そりゃあ俺らの靴を舐めるってことで良いんだな?」
「二百万」
は? 突然何だ? 意味が分からないという顔をする総長や他の面々を見渡し俺は告げる。
「――――二百万で見逃してやるって言ってるんだよ」
誤解のないよう言っておくが当然、金になど興味はない。
ならば何かって? 挑発だよ挑発。口プロレスはヤンキー漫画のお約束だからな。
「安いもんだろ? それで“恥”をかかずに済むんだからさ」
「…………く、くく」
沸々と煮え滾る湯を眺めているような気分だ。
「舐めんじゃねえぞクソガキャぁ!! 火浦をやったからそれなりにはやるんだろうが俺に勝てるとでも思ってんのか!?」
特攻服の上を脱ぎ捨て上半身裸になった総長が怒りも露に叫ぶ。
それに呼応して兵隊どもも戦意を滾らせていく。正しく一触即発。ちょっとの刺激で喧嘩が始まるだろう。
「勘違いしてない? 俺は別にお前とやるつもりはないよ」
「あ゛ぁ゛!?」
タイミングを見計らっていたタカミナがすっ、と間に割り込む。
「わっかんねえのか?」
やれやれと肩を竦め、
「テメェみてえなションベンハゲ、うちの大将が出るまでもねえって言ってんだよ」
盛大に煽り散らした。
「――――殺せ! 一人たりとも五体無事で返すんじゃねえぞォ!!!!」
タカミナの一押しにより戦端は開かれた。
「死ねよやぁあああああああああああああああああ!!!!」
真っ先に動いたのは着火マンだった。
しかし、殴りかかって来た着火マンの拳を梅津が受け止め言う。
「テメェみてえな雑魚にコイツは殺れねえよバーカ」
「あ゛ぁ゛!?」
塵狼の餌としての価値を釣り上げるのなら俺だけが目立つのは得策ではない。
チーム全体に価値があると認めさせるためには四天王の活躍が必要不可欠だ。
ゆえに俺はタカミナ達に総長や幹部の相手を任せることを事前に伝えていた。
相手は高校生だが見た感じ、苦戦はしても負けはしないだろう。
だから今日の俺の担当は雑魚狩りである。
「オラ……ぐは!?」
襲って来た兵隊の一人を裏拳で沈めて持っていた鉄パイプを奪う。
基本、武器は使わないがネームドではなく雑魚相手だからな。使わせてもらおう。
「そーらよっと」
「!? あ、足が……足がぁ……ッッ!?」
するりと攻撃を回避し、膝を思いっきり鉄パイプで打ち据える。
足を抱えて蹲ったそいつの首根っこを引っ掴み、俺はそのまま海へと放り投げた。
「ほーれ、あの状態じゃ溺れ死んじゃうよ~?」
「こ、コイツ……イカレてやがんのか!?」
ぎょっとした数名の兵隊が仲間を助けるべく海へと飛び込んでいった。
かなり危ないことをやっている自覚はあるが、同時に確信もある。こんな前座の戦いぐらいで死人は出まい。
死人を出すにはドラマ性が無さ過ぎるからな。
「ごっ!?」
だらだらと手加減をしながら兵隊を狩っていく。
これぐらいの雑魚なら一発で意識を飛ばせるがそれだと困る。
立ち上がれる、ないしはそれなりに身体が動かせる程度に留めておく。何でかって? そりゃもう少し後のお楽しみだ。
「な、何だ……何だコイツら、ホントに中学生かよォ!?」
「か、囲……ダメだ、止まらねぇ! 止まらねえよぉおおおおお!?」
ちらりと横目で確認すると丁度、柚が幹部らしき奴を一人やったらしい。
見事な飛び膝蹴りで顔面を打ち据えると、幹部の男は仰向けに倒れて動かなくなってしまった。
それに少し遅れ桃もパイルドライバーで戦っていた幹部を沈めていた。
タカミナVS総長、着火マンVS梅津のタイマンはまだ続いているが心配は要らないだろう。
それなり以上に苦戦しているようだが、最後にはきっと勝つ。俺はそう信じている。
なので雑魚狩り継続だ。
「おいお前、今俺と目が合っただろ」
「え!?」
目と目が合ったらヤンキーバトル。賞金は要らないからとりあえずくたばれ。
アホみたいな言いがかりをつけながらチマチマと雑魚を潰していく。
八十人ぐらい居たんだがやっぱり数の利を活かせねえと脆いな。
海へ放り捨ててそっちに人員を割かせたり、わざと恐怖を植え付けるようなやり方で怯ませてやれば問題なく対処出来る。
(つっても、数があまりに多過ぎるとこの手のやり方は効き難くなるんだが)
悪童七人隊が正にそれだ。
恐怖よりも数の優位がメンタルを安定させて効果が薄くなる。
なので多数を相手取る時はしっかり見極めねばならない。
(そろそろかな?)
もう十分ぐらい経ったか? “それらしい”動きをしてるのが居たのも確認済みだし終わらせよう。
俺は一気にギアを上げ、雑魚狩りの速度を早める。
既にやるべきことを終えて一緒に雑魚狩りをしていた金銀もそれを察したのか、同じようにギアを上げていた。
「はぁ……はぁ……これで、終わりだクソッタレがァ!!」
膝を突いた総長の頭にタカミナは拳を振り下ろした。
見れば丁度、梅津も決着をつけたとこらしく倒れ伏す着火マンを見下ろしながら肩で息をしていた。
「お疲れ~。その様子を見るに大変だったみたいだね」
「おー……伊達に族の頭やってねえってことだな」
「お前と梅津がやったんが、このチームでは別格みたいだったな。俺と金角はハズレクジだったわけだ」
「それでも幹部をやったことに変わりはないよ。これで塵狼の価値も跳ね上がったんじゃないかな」
「……折角ならもう一押し、だろ?」
梅津が皮肉げに笑う。
それに少し遅れて遠くからエンジン音が聞こえて来たので全員を見渡す。
「どうする? 疲れてるなら後は俺一人でやっても良いけど」
「「「「余裕だわボケ!!」」」」
「そ。じゃあもうひと頑張りよろしく」
バイクの集団が流れ込んで来る。狂騒の援軍。俺のもう一つの目論見である。
追い詰められれば呼ぶだろうなと思っていたが呼んでくれて助かったよ。
援軍を呼ばせるためには「もう終わりだ……」じゃなく「このままじゃやばい……!」って焦らせなきゃいけない。だから俺は手を抜いて戦っていたのだ。
特攻服を見るにやって来た援軍はどこか一つのチームというわけではなく混成軍のようだ。
とりあえず兵隊をということだろう。各チームの頭っぽいのは居ない。数は……大体、三十ほどか。
「! 嘘、だろ……急いで駆けつけたのに……ぜ、全滅……」
「こ、これをあのガキどもがやったってのか!? たった五人だぞ!?」
悪童七人隊の特攻服を着てる奴は居ない、か。まあ当然だわな。
悪童七人隊の本拠地は俺らと同じなんだからこの短時間で駆けつけられるわけがない。
四人がちらりと俺を見る。段取りを整えろと言っているのだ。
「あんたら、誰? 俺らそろそろ帰りたいんだけど道あけてくれるかな?」
「ッ……悪いがそりゃ無理だ」
「お前らをこのまま無事に返すわけにはいかねえんだわ」
多少の動揺はある。だがタカミナ達の様子を見て疲れ切った状態ならいけると思ったんだろう。
これも狙い通りだ。あちらから仕掛けて来たって形にしたいからな。
「一応、言っておくよ。“恥”をかきたくないならとっとと失せろ」
「調子に乗るなやクソガキィ!!!!」
第二ラウンド開始――と言ってもこれは消化試合のようなものだ。
ネームドクラスが居ない上に数も三十程度。負ける要素なんてどこにもない。
五分と経たず全員が地を舐めることになった。
「こ、こんなことしてタダで済むと思うなよ……? お、俺らは……」
「うるさいよ」
手を踏み砕いてやると激痛のあまり気を失ってしまったらしい。
「それじゃ撤収だ」
「「「「了解」」」」
単車に跨り埠頭を後にする。
他のチームとかち合っても面倒なので俺達はさっさと街を出て地元に戻った。
市内に入るとタカミナが休憩がてら何か食べようと言い、皆も賛成したので近くにあった牛丼屋へと雪崩れ込む。
注文を終えてお冷で一息吐いたところで俺は切り出す。
「で、どうだった?」
「「「バッチリ」」」
三人が差し出したビデオカメラを受け取り中身を検める。
連中の滑稽な映像が三つのアングルからしっかりと記録されていた。結構結構、これならいけるだろ。
「直ぐには流さないんだな?」
「うん。俺が指示を出してからで頼むよ。それまでは……」
「編集やろ? 分かってますよ」
「ああ。見た人がゲラゲラ笑えるよう関西仕込みのお笑いセンスでバッチリ編集しちゃってよ」
「いや、ボクお笑いは好きやけどセンスがあるかどうかはまた別よ?」
そういや矢島と鷲尾さんを引き合わせたら案外、気が合ったりするのかな。
別れ際にあの人とも連絡先を交換して試しにお笑いの話を振ったら長文メールが返って来たからな。
現在の漫才における漫才コントとしゃべくり漫才の比率と推移と五年後の主流についてめっちゃ熱く語られてしまった。
「にしても……あー、しんど。久しぶりだわこんな喧嘩」
「……ハッ、だらしねえ奴だ」
「んだとゴルァ!?」
「いやでも最近はあんまりこういうのなかったじゃん。強いて言うならえっちゃんと勘違いでやり合った時ぐらいかなぁ」
「だがここでバテるわけにゃいかんでしょ。本番はこれからなんだから」
これから更にデカイ規模の喧嘩が待ち受けている。
普通ならそこで怖じるかげんなりしそうなものだが皆の目にはやる気が漲っていた。
(ホント、頼りになる仲間だ)
ともあれこれで楔は打ち込めた。後は開戦を待つばかりだ。