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2012Spark⑭

1.召集だ


 その日、アキトは晴二と共に昔世話になった人の下に訪れていた。

 恩人とは、


「ちーっす鉄舟さん。相変わらず見事なテカリ具合っすね」

「……ああ、末法の世を照らせそうな輝きだ」

「久しぶりに顔を見たと思えば喧嘩売りに来たのかテメェら」


 テツの父親の鉄舟である。

 鉄舟は久しぶりに顔を見せに来た悪ガキ二人に溜息を吐き、一旦作業を中断した。


「いやいや、そんなことねーっすよ。な、晴二?」

「……ええ。鉄舟さんが元気そうで嬉しいなって意味ですよ」

「どう考えても馬鹿にしてんだろ……ったく、何時戻って来たんだ?」

「八月の頭っすね。課題も一段落したんで帰ろうかって話になったんで」

「それならもっと早くに顔を出しに来い」

「いや~すっかり忘れちゃってて」

「……今朝方、二人で単車の整備をしてる時に思い出したんですよ。その輝ける頭部を」


 嘘ではない。四年ぶりの地元ということで舞い上がり連日のように遊び歩いていたせいですっかり忘れていたのだ。

 ある程度、選んだ道の上で自信をつけるまでは帰らないと。

 二人でそう決めて故郷を旅立ったものだから久しぶりに帰って来られて本当に嬉しかったのだ。


「テメェら……まあ、上手くやってるんならそれで良いさ」


 鉄舟とて伊達に歳は食っていない。

 二人の顔を見れば一端の“男の顔”をしていることぐらいは分かる。

 何もかもが順風満帆なわけではないだろう。時には苦労や挫折を経験し涙を呑んだこともあるのだろう。

 それでも昔と変わらずその瞳はどこまでも真っ直ぐだ。苦労さえも友とし、笑いながら大人の道を歩いている若者二人に鉄舟は小さく笑みを浮かべた。


「そいや鉄舟さんとこ息子さん居ましたよね?」

「テツか。ああ、今は中二で友達と“刺激的”な青春を送ってるようだ」

「……それは良い。中学高校は人生の中で一番、身軽で楽しい時期ですからね」

「ただアイツ、単車転がすのはそこそこなんだが喧嘩(こっち)はからっきしでなぁ」


 身体はそれなりに動くから気質の問題だろうと鉄舟は苦笑する。


「おぉぅ、鉄舟さんの血の気の多さは引き継がなかったらしいぜ」

「……ああ、良いことじゃないか」

「でもそれはそれとして息子さんもヤンキーなんしょ? 喧嘩弱いってのは何かと大変じゃないっすか?」


 アキトと晴二は喧嘩の強い弱いでつるむ相手を選ばないし、態度を変えたりもしない。

 だがヤンキー社会では腕っ節の弱さはどうしたって足を引っ張る要素になってしまう。

 心配そうな二人を鉄舟は軽く笑い飛ばした。


「良い友達が居るからな。そこは心配しちゃいない」

「へえ、それはそれは」

「……ハ――鉄舟さんがそう言うってことは今時、珍しいぐらいに気合の入った子らなんでしょうね」

「ああ。幼馴染二人もそうだが五月頃に友達になった子は特に凄いぞ」

「「ほう」」


 あの鉄舟がそこまで言うかと二人の目には好奇心の色が宿っていた。

 それが分かったのか鉄舟は煙草を取り出し、ゆっくりと語り始める。


「お前らには黙ってたが実は、うちには曰くつきの単車があってな」

「え、何それ? 何で言ってくれなかったんすか? めっちゃ面白そうじゃないっすか」

「……だからか」

「おう。下手に手ぇ出すと洒落にならんからな。ほれ」


 とツナギの前を開けて傷口を見せ付ける鉄舟。


「死にこそしなかったが俺もかなり痛い目を見た。まだガキだったお前らってかアキトだな。

お前が知れば好奇心で確実に首を突っ込むのは目に見えてたから黙ってたんだ」


 ここまで聞けばこの先の話も予想が出来る。


「……ひょっとして」

「おお、その五月に仲良くなった子が見事に乗りこなしてみせたのよ。可愛い顔してるのにやるもんだ」


 とは言えポジティブな面ばかりでもない。

 鉄舟は笑顔にどこか危ういものを抱えているとも感じていた。


「どうしたお前ら」

「「……可愛い顔?」」


 そして曰くつきのバイク? アキトと晴二は顔を見合わせた。

 その記号に合致する少年に心当たりがあったからだ。


「……鉄舟さん、その曰くつきの車種は?」

「? 白のマッハだが……」

「ひょっとしてその子の名前、花咲笑顔くんじゃありません?」

「何だ、知り合いだったのか」

「ええまあ、帰って来た日にカガチを流してたんすけどその時に」

「ほう……どうだった?」

「かなりのもんでしたよ。ただ俺を抜くにゃまだ早かったようで。まあ隣の仏頂面はぶっちぎられましたけどね」

「……」

「情けないな。しかし、奇妙な縁もあったもんだ」


 どこで何と繋がるか分からないなと感心する鉄舟にアキト達もそうですねと笑い返す。

 それから小一時間ほど鉄舟と他愛のない会話を楽しんだ二人はそろそろ時間かと別れを告げ、約束の場所に向かった。

 待ち合わせ場所は中学高校時代に溜まり場として使っていたファミレスだ。


「悪い、待たせたか」

「いえ、気にしないでください。それよりお二人が元気そうで嬉しいっす」

「……ありがとう。仕事は良いのか?」

「ええ、今日は休みなんで」


 アキトは街に残っていた後輩を呼び出していた。

 何のために? 日に日に強くなっていく何かの予感を確かめるためだ。


「それで、その子が?」


 後輩の隣で固まっている少年に目を向ける。

 アキトはそう緊張しなくて良いと笑いかけるが少年はガッチガチだ。


「ええ。界隈の事情に詳しいのを紹介して欲しいってことでしたから後輩の中で一番、精通してるだろう奴をチョイスしました」

「は、はじめまして! 山田と申します! 先輩方のお噂はかねがね……」

「だから緊張すんなって。俺らはとっくに足を洗ったんだからさ。な?」

「……」


 人見知りが発動した晴二は無言で頷いた。


「ここは俺が奢るからさ。好きなん頼めよ」

「マジすか? じゃあ俺、ミックスグリルセットにしようっと。山田も高いのバンバン頼めよ」

「お前は遠慮しろや社会人」


 呆れつつも変わらないふてぶてしさに苦笑しつつ注文が届くのを待つ。

 そして注文が届いたところでアキトは早速、話を切り出した。


「それで、だ。最近、何か変わったことはないか? デカイ喧嘩とかさ」

「……えっと、その」


 どこか気まずそうにする山田を見て、やはり何かあるらしいとアキトは小さく溜息を吐く。

 この手の予感は何時もそうなのだ。当たって欲しくないのに当たってしまう。


「大丈夫だからさ。話してくれねえかな?」

「……三代目悪童七人隊が市内市外問わずの大規模な侵攻を仕掛けてどんどん勢力を拡大しています」

「「――――」」


 何かあるとは思っていた。そして自分達にも何かしら関係があるのではないかとも。

 だが実際に聞いてみれば、信じたくないという気持ちと何故……という疑問が沸き起こってしまった。


「おい、フカシこいてんじゃねえだろうな?」

「そ、そんなことは……!」

「……落ち着け。この子がそんな嘘を吐いて何になる?」

「それは……」

「そうそう。ほれ、エビフライ食べな」

「……悪かったな。ほら、俺のハンバーグも一口やるよ」

「ど、どうも?」


 困惑している少年を横目にアキトは思案する。


(…………とうに引退した身だし、とやかく言うつもりはないが三代目――確か隼人だったか?)


 隼人はどうして四方八方に喧嘩を売るような真似をし始めたのか。

 三代目との面識はないものの、二代目――アンマンとは時たま連絡を取り合っている。

 こないだも地元に帰省したと言ったら自分も近い内に帰るので一緒に走りましょうと約束をしたぐらいだ。

 当然、三代目にチームを譲る時だって連絡が来ていた。随分と嬉しそうに隼人のことを語っていた記憶がある。


(あのアンマンが三代目の頭に指名したほどの男だ。腐ってるってわけじゃねえんだろうが……)


 それならそれで余計に話は“ややこしい”ことになる。

 嘆息しつつも、一先ずは得られるだけの情報を得ておかねばならない。

 アキトは少年から聞けるだけ話を聞き、少年と彼を紹介してくれた後輩に感謝を伝え晴二と共に店を出た。

 近場の公園にやって来た二人は無言で煙草に火を点け空を仰いだ。憎らしいぐらいに青い空だ。


「晴二」

「……ああ」

「これはさ、完全に俺の勘なんだけどさ。ニコくんがこの件に巻き込まれてる気がしてならないんだよな」


 高校生同士の争いだ。本来なら中学生である笑顔が絡むとは考え難い。

 アホなことをやらかしているとは言え三代目にも最低限の面子があるのだ。

 しかし、どうしてもそんな気がしてならない。


「……勘というより経験則だろう。あの子はお前に似ている」


 気付けば事件の渦中に居て、望まざるともステージに上がり主役として振舞うことになってしまう。

 晴二の言葉にアキトはそうだなと苦笑し、煙を吐き出した。


「困ったことに、薄くはあるが“因縁”が出来ちまってるとも言えなくもないしな」


 そんなつもりで渡したわけではない。

 だが、あの子は――花咲笑顔は年寄りの思い出話を真剣に聞いてくれた。

 特攻服に込められた自分達の“真”を重く受け止めてくれた。


「積極的に喧嘩を売るってこたぁないと思うが」

「……三代目が起こした大渦に巻き込まれたのなら」

「俺達の思いを知っているからこそ、引導を……なんて考えそうなんだよな」


 どれだけ笑わせようと思ってもビタイチ表情が変わらない笑顔ではあるが、決して冷たい人間ではない。

 むしろ情の深い人間で、自分よりも他人のために身を削ることが出来てしまう。

 この空にも似た蒼い瞳は悲しみを知るからこそ誰よりも優しいのだとアキトは理解していた。


「……どうするんだ?」

「どーもこうもねえでしょ。俺らはとうに引退した身だ。手を出すつもりはねーよ」

「……」

「って言いたいんだがな」


 笑顔が関わっていたとしても、これが“枠”を越えない抗争である限り手を出す気はない。

 しかし、ならばこの嫌な予感は何だ? 起こって欲しくない、起こるべきではないことが起きる可能性が高いと告げているのではないか?


「おめーも覚えがあるだろ? 図体のデカい組織が熱に浮かされていく内に何を“やらかす”かをよ」

「……」

「まあ流石に人死にが出るまでの事態にはならんだろうがな」


 隼人がくだらない我欲で拡大路線を取っていたのならそれもあり得たかもしれない。

 だが違う。推測だが選んだ方法こそ間違えたものの、恐らく始まりの動機は正しいのもののはずだ。

 であるなら致命的なラインを超えることはないだろう。とは言え危ういことに変わりはない。


「ただここまで派手にやらかしてる以上、それなりの逸脱は起こるかもしれない」

「……あの頃のように、か」

「ああ。覚えてるだろ? どこだかの馬鹿がヤクザを引っ張って来たのをよ」


 何とか丸く収めることは出来たが一歩間違えれば流れる血はもっと増えて、事態はより凄惨なものになっていただろう。


「つってもあれは何年も抗争が続いた結果の暴走だからな」

「……三代目の暴走は最近らしいからな。いや、準備自体はもっと前からだろうが」

「いきなしヤクザが出張るようなことはないと思う」

「……となるとOBか?」

「ああ」


 悪童七人隊のOBではない。仮に隼人から声がかかっても初代、二代目の面々は決して手を貸しはしないだろう。

 既に一線を退いたからではない。己が信条から外れる行いゆえにだ。

 それが分かっているから恐らく隼人達もOBには何も伝えていない。

 伝わっていたのならアンマンあたりが連絡を寄越すはずだ。暢気に一緒に走ろうなどと言っていたあたり本当に何も知らないのだろう。

 ゆえにここで言うOBとは傘下に加えたチームのOBのことだ。


「聞くところによると三代目は旗を捨てさせて悪童七人隊に統合するんじゃなくてチームを傘下に加えてるらしいじゃねえか」


 恐らくは感情と理屈、両方の理由で統合を選ばなかったのだろう。

 チームを完全に消してしまうというのは忍びないという感情。チームが消えるとなれば抵抗もより激しくなってしまうという理屈。

 その結果が現状なのだろうが、それはそれで問題が起きる。


「……内部の権力争いを優位に進めるためか」

「ああ。チームの規模によって与える兵の数も変わって来る」


 小さければ小さいほど戦果を上げるのが難しくなって来る。

 となると自前で兵隊を調達しなければいけない。しかし、どこから? 下手なのを揃えても意味はない。

 最低限、使える人間をとなれば答えは一つ――OBだ。

 大人への道を歩き出せないで居る馬鹿たれならちょっと金を握らせれば簡単に釣れるだろう。


「思い返してみろ。俺らが知ってる時代だけでも居るだろう?」

「……居るな。救い難い馬鹿が。うんざりするぐらい」


 OBが動員される可能性は十二分にある。

 そしてそれを見逃すわけにはいかない。何せ自分達の世代の恥なのだから。


「そしてどこかがそういうことをし始めると他にも飛び火する」

「……下の者はより上に、上に居る者はその位置をキープするため」

「そういうこった。そして多分、三代目の暴走に抗ってる奴らはこのことに気付けていない」


 ドンドン膨れ上がっていく悪童七人隊に抗う者らは気骨のある者ばかりだろう。

 それゆえにそんな“ダサいやり方”をするなどとは思いもしない。


「晴二」

「……何だ」


 すぅ、と息を吸い込みアキトは相棒に告げた。


「召集だ」


 初代、二代目、それ以外にも信の置ける者らに。


「――――片っ端から声かけんぞ」

「――――了解だ」


 何もなければそれで良い。だがもしもの時は……。

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