2012Spark⑫
1.遊びでこんなところには来ませんよ
「大我さん、龍也さん……何でよりにもよって心霊スポットで会合なんですか……」
時間になって迎えに来てくれた二人と共に県道を飛ばす俺はどうしても気になっていたことを聞いてみた。
ホント、マジで憂鬱なんだよね。俺のミスでイベントに首突っ込んだことより憂鬱だ。
「いやほら、俺らに情報くれた先輩の話したろ?」
「あん人が提案したんだわ。まさか心霊スポットに集まって会合開くとは思うまいってよ」
「それは……確かにそうかもしれないですけど……」
抗争真っ只中のチームの頭達がだ。
縁も所縁もない心霊スポットに集まって内緒話してるとは思わんだろう。
監視がついてたりするのかもしれんが、そこはそれ。仮にもこの状況で突っ張ってる連中だ。尾行を撒けないほどの間抜けではないだろう。
実際、二人も監視の目を盗んでやって来たみたいだしな。
「でも、もうちょっと他の選択肢もあったと思うんですよ……」
「うん、まあそれは俺らもそう思う」
「けどなー、例の先輩はさ。心霊スポットに凸するんが大好きなんだわ」
「ってか螺旋怪談自体がそういうチームだもんな」
らせんかいだんってそういう意味かよ。
何で階段? とか思ってたがそっちか。そっちの怪談だったのかよ。
「三度の飯よりオカルト好きでさぁ」
「俺らもちょくちょく誘われたりしてんだけど……なあ?」
「いや偶になら良いんだよ。わくわくすっしさ。でも頻度がなぁ……」
「オカルト絡まなきゃ良い先輩なのに……」
あぁ、この二人も被害者なんだ。
しかし、オカルト絡まなきゃ良い先輩ってのが絶妙に性質悪いな。
これがクソな先輩なら二人も速攻で喧嘩売ってんだろうが、それも出来んし。
「ニコくんはオカルト系は苦手な感じ?」
「……はい」
「そっかー。金太郎あたりなら喜んでたんだろうけどなー」
「銀二もな。アイツらは好奇心旺盛だからな。ちょっとでも引かれるものがあったらすーぐ首を突っ込む」
いやー、金銀コンビも今はそういう気はないんじゃないですかねえ。
その気があったら付いて来てくれただろうし。
「ところで出席するチームの数はどれぐらいなんです?」
「俺らも含めて七つ。市内四つ、市外三つって感じだ」
「…………少ないですね」
市内に幾つチームが居るかは分からんが十、二十はあるだろう。
市外を含めると更に数は膨れ上がるはずだ。だってのに七つだけとは……。
「烏丸先輩が言うにゃ市内のチームはどうも逃げ腰でな。隠れてやり過ごそうとしてんのが多いらしい」
「無駄なのにな」
入念な下準備を経ての大侵攻だ。大概の情報は収集してあるだろう。
今は見逃されているかもしれないがそれは優先順位が低いからで、上手く隠れられているわけではない。
だが会合への出席を拒んだ連中はそれを理解出来ていない……と。
(敵の強さを示すために潰されるカマセ犬だな)
言い方は悪いがそうとしか言いようがない。
「市外の連中に関しては二つに分かれるな。今言った理由で腰が引けてる奴とその逆だ」
「あー……」
闘争心が旺盛過ぎるのね。
他所と歩調を合わせんでも俺らだけでやれるわ! 舐めんなボケェ!! って感じだろう。
なまじっかやり合えてるもんだから余計にプライドが邪魔をしているんだろう。でもそれだって今の内だけだ。
悪童七人隊がリソースを分散させて多方面作戦やってるからやり合えてるだけで潰されるチームが増えれば増えるほど状況は悪くなる。
「でも、逆に言えば今回集まったチームはちゃんとそこらを理解してるってことでもあるわけか」
「そゆこと。だから無駄な話し合いにはならねえと思うぜ」
「つか、まだ中坊なのに直ぐに察するニコくんこええよ」
「キレッキレじゃねえか。いや逆十字軍追い込む手管で分かってたけど改めてね?」
「はぁ……どうも。それで出席する方達の名前とかは?」
向こうでも自己紹介はするだろうが事前に頭に入れておいた方がスムーズだろう。
「俺と大我は良いとしてまずは市内。昨日も話したが烏丸淳二って人が出席する」
「螺旋怪談の六代目で数は三十ほどだ」
「ちな俺らは二人合わせても二十人ぐらいな」
そこに塵狼の八名が加わって大体六十ぐらいか。
金銀コンビの部下も合わせれば数は更に増えるが……なあ?
高校生――それもかなりやるような奴らとの喧嘩に巻き込むのは酷だろう。
逆十字軍の時は周りに被害も出ていたし尚且つ烏合の衆が多くそこそこ強いのも俺らでカバー出来る範囲だったからな。
裏方に回ってもらうということで金銀コンビとの話はついている。
「で、市外のチームだがまずは闇璽ヱ羅から総長の獅子口 雅義」
闇璽ヱ羅って言えば俺がこないだ割って入った時の人だな。
良い面構えをしていたので彼が居るチームなら期待は出来そうだ。
「数は六十ぐらい。今回集まったチームの中では一番多いな」
「なるほど」
「次、黒笑からは同じく総長の鷲尾 和久が」
「数は三十ぐれえだがここはお笑い好きのグループで笑いにはかなり厳しいぜ」
ブラックジョーク……黒笑とかそんな感じかな?
でもお笑いに厳しいとかそういう補足は要る? 螺旋怪談もそうだが色物系かよ。
「そして最後が魔性天使の琴引 六郎」
「数は二十。どこも精鋭揃いの良いチームだって話さ」
合計すると大体、百七十ぐらいか。
悪童七人隊側は最低でもこっちの二倍はあるだろうな。じゃなきゃ多数対少数の構図が映えないし。
「年上ばっかで居心地が悪いと思うけど……」
「ああそこは大丈夫です。そういうの、気にする性質じゃないんで」
「そうか。それなら良かった」
「一応、烏丸先輩が笑顔くんが参加することも伝えてるんだが……」
中坊だからってことで何か言われるかもと大我さんは言葉を濁す。
「御二人の面子もありますし基本は大人しくしてますよ」
「「何かあったなら容赦なく暴れるってことですね分かります」」
とは言え止めるつもりはないらしい。
そこから他愛のない雑談に興じつつ走ることしばし……目的地へと辿り着いてしまった。
停まっているバイクの数を見るに俺らが最後のようだ。
そんなことを考えていると入り口の方からモジャモジャのお兄さんが姿を見せた。
「や、来たか」
「「っす」」
どうやら彼が烏丸先輩らしい。
「……で、君が例の」
「花咲笑顔と申します」
「烏丸淳二だ。よろしく」
差し出された手を握ると恒例の力比べが始まった。
みし、みしと骨が軋んでいたが徐々にこちらの優勢に傾いていく。
「こ、れは」
目を見開く烏丸さん。俺が一気に力を込めると彼はガクリと片膝を突いた。
「……なるほど、この集まりに出席する資格はあるらしい。歓迎するよ」
「ありがとうございます」
見方によっちゃ可愛がってる後輩の前で中坊に恥をかかされたようなものだ。
しかし、烏丸さんは気にした様子もなく笑っている。
「じゃ、中に行こうか。心の準備は?」
「「ばっちし」」
「問題ありません」
烏丸さんの後に続き中に入る。
レーン後ろの座席の一角にはこれまた強そうなヤンキーが集まっていた。
「悪い、待たせた」
「ちょっと待てや烏丸」
魔性天使の特攻服を着た男が待ったをかける。あれが琴引か。
琴引の視線は俺に注がれていて、それは決して好意的なものではない。とは言えこれは……。
「……そいつは何だ?」
「うちの市の代表の一人だよ。塵狼ってチームの頭張ってる」
「舐めてんのかゴルァ! 中坊が代表だ~? ジョークにしても笑えねえんだよ!!」
そう声を上げたのは黒笑の鷲尾だ。
え、ちょっと待って。その歳でスキンヘッドとか気合入り過ぎじゃない……?
普通これぐらいの年齢で髪をすっぱり剃るとか抵抗あるでしょ。
「実力は折り紙付きだよ。ここに居る面子と比べても遜色ないと思うぜ」
「あぁ!? 吹いてんじゃねえぞクソバカタレがぁ!!」
立ち上がった鷲尾が俺の方に来て胸倉を引っ掴み告げる。
「ここはガキの遊び場じゃねえんだよ。痛い目見る前にさっさと帰りな」
「……」
俺は目の前に居る鷲尾よりもこの事態を静観している最後の男が気になっていた。
首元まで伸ばした髪にパーマをかけた気の良さそうな兄ちゃん――彼が闇璽ヱ羅総長、獅子口だろう。
気の良さそうな兄ちゃんって風だが、
(……この中では一番強いな)
多分、ジョンとやっても彼なら勝つ。
一見するとアキトさんあたりとキャラが被ってるように見えるが……どこか違和感がある。
そうか、これはあれか。普段は穏やかだがキレたら豹変するタイプと見た。
獅子口は俺が見ていることに気付くと軽くウィンクをしてみせた。
「返事はどしたァ!!」
っと、忘れてた。
大我さんと龍也さんが不安そうにしているが心配は要らない。
これがただ舐められてるだけならまあ、ちょっと話も違って来るが琴引と鷲尾はそうじゃない。
「鷲尾ー、あんま声荒げんなって。別に良いじゃないの、彼が参加したってさ」
「眠てえこと言ってんじゃねえぞ獅子口ィ! これは……ッ!?」
鷲尾の言葉を遮るように俺は胸倉を掴む彼の手首を握り締めた。
ミシミシと軋む骨。鷲尾の顔色が剣呑なものに変わる。
「テメェ……」
「遊びでこんなところには来ませんよ」
冗談抜きでな。来なくて良いなら誰がこんなとこに来るものか。
鷲尾は俺の返答に目を細め、手を離すと着いて来いと言うように歩き出した。
そしてそこそこの広さがあるスペースで足を止めるや俺を睨み付けながら言った。
「クソ生意気な中坊は実際に痛い目を見ないと分からんらしい。後悔すんじゃねえぞ」
「大丈夫。あなたが恥をかいても見ない振りしてあげますよ」
「んのッックソガキャぁ!!」
鷲尾が仕掛けようと動くタイミングに合わせ上段回し蹴りを放つ。
俺の蹴りは彼が攻撃するよりも早くその横っ面を叩いた。
ぐるん、と回りながら吹っ飛んだ鷲尾……しかし、当然と言うべきか直ぐに立ち上がった。
ダメージが皆無というわけではないが、そこまで効いているようには見えない。
「……テメェ」
空気が変わる。侮り切ったそれから敵と相対する時のそれへ。
さて、良い具合に切っ掛けは作ったつもりだが……。
「――――そこまで」
お、来た来た。やはりと言うべきか声を上げたのは獅子口だった。
「獅子口……」
「鷲尾、それに琴引も今ので分かったでしょ? 彼がこの場に居る資格はあるってさ」
「…………そうだな。実力的には申し分ない」
「琴引、テメェ……!!」
「鷲尾もさ。中学生を高校生の喧嘩に巻き込みたくないのは分かるよ? でも、そうもいかない事情があるんだって」
「ば……だ、誰がそんな……!」
月明かりだけでも分かるぐらいに顔を赤くする鷲尾。
やっぱそういうアレだったのね。悪意が全然感じられなかったもん。琴引も同じだろう。
高校生の喧嘩に巻き込むという引け目があったから敢えて強く当たっていたのだ。
中学生がという見下しが皆無だったわけじゃないがそれはまあ、彼らぐらいの実力なら当然である。
こちらの力量は読み切れていなかったようだが普通に考えて中学生と高校生の差は大きいからな。
「俺は、ガキが混じってるのが気に……っておい、事情って何だ?」
「それを説明する前にやることがある」
獅子口は俺の下までやって来るや、
「――――仲間を助けてくれてありがとう」
深々と頭を下げた。
「……いえ、単純に俺が気に入らなかっただけなので」
「だとしてもだよ。そのせいで君はこの喧嘩に巻き込まれてしまった」
「獅子口、それはどういう意味だ?」
「ちょっと前にうちの麗音が悪童七人隊の連中に袋にされてね」
口調こそ軽いがその目には剣呑な光が見え隠れしていた。
仲間がやられたことが許せないのだろう。必ず報復してやるという意思が窺える。
「その隊を率いていたのが麗音と因縁のある着火マンでさ。ボコった後、更に痛め付けてやろうとしてたらしいんだ」
「まさか……」
「そう、それを助けてくれたのがここに居る彼――花咲笑顔くんなんだよ」
「なん、だと……?」
「彼は着火マンを一撃で沈めたそうだ」
「一撃だとォ!? 確かに野郎はどうしようもねえクソバカだが実力自体は確かだろうが!? フカシこいてんじゃねえだろうな!!」
「嘘かどうかは今しがたキッツイの貰った鷲尾なら分かるでしょ?」
「んぐ……それは……」
想定通りの流れになったな。いやはや、良かった良かった。
ああでも訂正はしておかなきゃな。
「あの、一撃じゃないです。その前に牽制に一発入れてますから正確には二発です」
「いやそれぐらいは誤差でしょ。ってのはともかくだ。狂騒が悪童七人隊の傘下に入ったのは知ってるだろ?」
「まさか、中坊相手に……」
「一応、今の段階では本隊を動かす許可は出してないらしい。着火マンと、ギリ狂騒までって感じだそうだ」
でも、分かるだろ? との獅子口の言葉に鷲尾も琴引も盛大に顔を顰めた。
「この子は既に一度、狂騒以上の規模のチームを潰してる。そこの頭はまず間違いなく狂騒のとこよりも強い。
狂騒程度じゃどうにもならないだろう。頼もしい仲間も居るようだし負けることはまずあり得ない。
でもそうなると、悪童七人隊も静観したままでは居られない。何せ傘下のチームが一つ、潰されたわけだからね」
「……どっちみちやり合うしかねえってか」
糞が! と鷲尾は悪態を吐く。
これは俺にではなく悪童七人隊のやり口にだろう。
「鷲尾、彼の参加を認めてくれるよね?」
「……チッ。わーったよ。だが、足を引っ張るんじゃねえぞ」
「善処します」
しかしこのハゲ、あざといキャラしてやがる。
黒狗もそうだけどこの手のツンデレってのは強いよな。ポジション的にも恵まれててマジ羨ましいわ。
俺なんか何をするか分からないと言えば聞こえは良い……いや良くもないけど、悪く言えば電波一歩手前みたいなもんだからな。
「それじゃ、改めて自己紹介から始めよっか」