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2012Spark⑩

1.そういうアレかぁ……


 待ち合わせ場所として指定されたのは逆十字軍との野抗争の最中に使っていた例の廃工場だった。

 中区で尚且つあんまり人に聞かせたくない話ということで金銀コンビが提案したらしい。

 後者はともかく前者は先輩二人が俺に気を遣ってくれたのだろう。

 自分らから会いたいと言っておいて他の区まで出向かせるのはどうなんだって。

 時刻は午後九時前。俺はギリギリ開いていた和菓子屋で饅頭を買って廃工場へと赴いた。

 月の光が差し込む工場内で待つことしばし、


「……来たか」


 エンジン音が外から聞こえた。ほどなくして金銀コンビと、見知らぬ二人が中へと入って来る。

 柚の傍に居るツーブロックが多分、大我先輩。桃の傍らに居るフェザーマッシュが龍也さんか。


(……一年の時に金銀が倒したって聞いたが)


 一目見て分かった。明らかに二人よりも強い。

 高校に進学して周囲のレベルが高くなり、そこで揉まれたからか。モブヤンキーでも経験値が違うんだろう経験値が。

 良い狩場に行ったお陰で大幅にレベルアップしたのだ――RPGかな?


「はじめまして、花咲笑顔と申します」


 年下の俺から名乗るのが礼儀だろう。俺が自己紹介すると二人は何故か目を丸くした。


「「おぉぅ……」」

「えっと、何か失礼でも?」

「いやぁ、おっかない話ばっか聞くのに随分と礼儀正しいなって」

「な? アホの銀二とは大違いだぜ」

「……そりゃまあ、御二人は先輩ですし」


 え? 今までボコって来た高校生はって? あれはノーカン。

 アレらは単なる年上。先輩ってのは敬意を払うべき年上の方達だから全然違う。


「っと、こっちも名乗らなきゃな。俺は秤 大我(はかり たいが)だ」

骨喰 龍也(ほねばみ りゅうや)だ」

「「よろしく」」


 と手を差し出されたので順番に握手する。


「では改めて――――うちの柚と桃が大変ご迷惑を」

「「いえいえこちらこそ」」

「ちょ……や、やめてくんね!? 恥ずかしいんだけど!!」

「えっちゃんも先輩方もさぁ! 俺らのお袋かよ!?」

「友達だよ」

「「先輩だよ」」

「だからまあ、ねえ?」

「「なあ?」」

「「息ピッタリか!!」」


 そっちもな。


「そして逆十字軍との抗争でも御二人には助力して頂いたそうで」

「気にすんなって。ちょろっと情報流しただけさ。なあ龍?」

「大我の言う通りだ。同じ高校生なのに中学生に押し付けちまった侘びをしなきゃいけねえぐれえさ」


 ……こっちは仲良しだな。

 馴染みっぷりを見るに最初仲悪かったけど金銀みたいに途中からって感じじゃなさそうだ。

 それだけにかつての金銀コンビのダメっぷりが光るな……。

 だってそうでしょ? 当時の四天王二人は仲良しなのに勝手に喧嘩してんだもん。


「そういや、気になってたんすけど何で逆十字軍とはやり合ってなかったので?」

「それな。御二人的にもああいうんは嫌いっしょ」

「「あー……まあ、ちょっと別の奴らと揉めててなぁ」」


 その表情は若干、苦い。


「ま、それはともかくだ。金太郎」

「銀二、お前らはちょっと席を外してくれねえか? 三人だけで話したいことがあんだわ」


 そう二人が言うものの金銀コンビは即座に否定した。


「大我先輩や龍也先輩を信用してねえわけじゃねっすよ? んでもニコちゃんとは会ったばかりだ」

「万が一にでもえっちゃんに何かあったらタカミナ達にも申し訳が立たないんすわ」


 それに、と二人は続ける。


「……ニコちゃん絡みで何かあるってんなら尚更っすよ」

「俺らはえっちゃんのダチなんでね」

「はぁ……んの頑固もんが」

「どうする大我?」

「当事者じゃないコイツらを巻き込みたくはねえが事によっちゃ無関係とも言えなくなるし……話すっきゃねえだろ」


 当事者ではないが完全に無関係でもない、ね。


「長い話になるし、これ食べながら話そうぜ」

「おうお前ら、金渡すから飲み物買って来てくれや」

「っす。俺らが居ない間に話、進めないでくださいよ?」

「えっちゃん、何が良い?」

「緑茶か麦茶か烏龍茶で」


 とりあえず俺もテーブルと椅子を用意しよう。

 拠点として使ってる時にタカミナが学校で使わなくなった机と椅子を持ち込んだんだよな。

 そのまま置きっぱにしちゃったが……結果オーライだろう。

 そうこうしている内に金銀コンビも戻って来たので、いよいよ本番だ。


「さて、どっから話したもんか」

「お、うめえなこれ餡子の優しい味が染みるぜ……悪童七人隊についてからで良いんじゃねえの?」

「そうだな、そこから説明すっか」

「悪童七人隊?」

「それって……」

「ん? 何で知ってんだ。ひょっとしてもう……」

「前にニコちゃんが話題に挙げたんすよ」


 ひょっとしてもう……ね。

 やっぱり俺の見立ては間違っていなかったようだ。今回のエピソードの中心は悪童七人隊で間違いない。

 で、呼ばれたのは十日前の一件だろう。あれで目をつけられたと見た。それで忠告にって感じかな?

 俺がしばらく身を隠せば良さそうだがキャラ的にそれは出来ん。

 で、俺が巻き込まれるなら金銀コンビも首を突っ込むだろうからってところか。


「今月の頭にカガチで走ってた時、夏休みで帰省してたお兄さん二人と仲良くなったんです。

その人達は悪童七人隊ってチームだったと聞いて気になった俺が後日、不良事情に詳しい皆に聞いてみたんです」


 俺の説明に先輩二人はなるほどと頷いた。


「じゃあお前らは悪童七人隊がどんなチームかは知ってんだな?」

「っす。少数精鋭のメチャ渋チームですよね?」

「「……」」

「「?」」


 渋い顔をする先輩二人に金銀コンビが揃って首を傾げる。

 まあそうだよな。あんな話を聞かされていたのにまさかチームがおかしくなってるとは思わんだろう。

 俺だってメタ読み出来なきゃ直接、被害にでも遭わん限りは気付かんわ。


「……まあその認識は間違っちゃいねえ」

「初代、二代に限ってはな」

「…………どういうことっすか?」

「三代目になって方針転換したのさ」

「今は連中、拡大路線を取って市内どころか近隣の市にまで手ぇ伸ばして次々にチームを武力で支配下に置いてやがる」

「従わん奴らは徹底的に潰されてる」


 金銀コンビは言葉を失っていた。

 硬派でカッコ良いチームがどうしてそんな馬鹿な真似を、と思っているのだろうが俺には読めている。

 変節の切っ掛けは二代目の時に起きたチーム存亡の危機だろうな。

 三代目を継いだ誰かさんも元は二代目の下っ端だったはず。だからこそ愛するチームが消えてしまうことに危機感と恐怖を抱いたのだろう。

 その結果が力による支配。これもまあ、あるあるだ。愛するがゆえの歪み。託された意思が歪むのは物語的にも美しいからな。


「さっき俺らが揉めてたって話したろ?」

「ええ……まさか」

「悪童七人隊の傘下に居る連中さ。つっても、俺も龍也もその時はまだ知らんかったがな」

「ギリギリまで水面下で事を進めてたらしくてよ。バックに居る悪童七人隊について知ったのも最近なんだわ」


 なるほど――――……ちょっと待てよ。

 俺は最初、悪童七人隊との繋がりは初代の二人ぐらいしかないと思っていたが違う。あった。既に繋がりが。

 どうして見落としていたのか。そういう路線を進んでいるなら関わりがあって当然だろう。

 十日前の一件以前に俺は悪童七人隊に目をつけられていたのかもしれない。


「…………逆十字軍」

「あん? ニコちゃん急にどうしたよ」

「俺がここに呼ばれた理由だよ。逆十字軍を潰したからなのか?」

「はぁ? 何で逆十字軍潰したのとえっちゃんが……」

「考えてみろ。急な拡大路線なんて破綻するのが当然だ。にも関わらず三代目悪童七人隊は快進撃を続けている」


 入念な下準備があったとしか思えない。

 そしてそれは果たして悪童七人隊だけでやっていたのだろうか?


「「あ」」


 二人も思い至ったらしい。


「……そういやえっちゃんが言ってたな。連中が幅利かせてる理由の一つは他のグループに金ばら撒いてるからじゃないかって」

「なるほどな。つまるところ俺らは知らぬ間に悪童七人隊の奴らの邪魔をしちまったわけだ」

「うん。だから俺はここに呼ばれたのかなって」

「だとしたら解せねえ。確かにニコちゃんは塵狼(おれら)の頭だ。けどよ、それなら俺らも当事者だろ」

「金角の言う通りだ。あの抗争は塵狼と逆十字軍の構図だったわけだしな」

「実働部隊として初っ端から大々的に動いてた俺と銀角もえっちゃんと並んで的になりそうなもんだがな」


 確かにそうだな……大我さんと龍也は当事者じゃないと言った。

 そして事によっては無関係ではいられない、とも。逆十字軍とのことが関係しているならその言い方はおかしい。

 となるとやっぱり俺が最初に考えた通り十日前の一件か。

 悪童七人隊と逆十字軍は無関係、


「あー……まあそういう理由がないわけではない。推測通り悪童七人隊と逆十字軍は裏で同盟を結んでたからな」


 ではなかったらしい。しかしそうなるとやっぱり分からない。

 これは俺の推測だが悪童七人隊は搾り取るだけ搾り取ったら逆十字軍を潰して構成員を取り込むつもりだったんじゃねえかな。

 つまり俺らは知らぬ間に計画の邪魔をしたってことになる。なのにそこはノータッチで十日前の一件だけ?


「先輩、三代目の連中は俺らに手ぇ出す気はないってことなんすか?」

「下っ端はともかくトップ二人はな」

「むしろ塵狼とその頭である笑顔くんを高く買ってるらしいぜ」


 ああそういう……ってちょっと待てよ。

 そ、それなら十日前。あの時、俺が手を出さなきゃ今回の長編はスルーできたってことなんじゃ……。


「だったら何でえっちゃんを呼び出したんすか?」

「ちゃんと説明してやるから焦んなって。笑顔くん、十日前に隣の市に居ただろ」

「……ええ、ちょっと親戚と会う予定があったので」


 あぁあああああああああ! やっぱりそうだ! クッソ、読み違えたぁあああああああああああああああああああ!!!!


「そん時、喧嘩しただろ?」

「……はい。ひょっとして……」

「ああ、笑顔くんが潰したんは悪童七人隊傘下の“狂騒(マッドサーカス)”ってチームの特攻隊長だったんだわ」


 あの着火マン特隊かよ! いやでもああいう“キレ”た奴が特攻隊長ってのはらしいな。

 チームの名前が狂騒なんてのだしピッタリだわ。


「一応言っておくがこれもトップ二人は静観の構えだ。連中にも最低限の面子ってもんがある」

「中坊にやられたからって組織総出なんて情けないにもほどがあるからな」

「だから当事者である着火マン、んで譲歩して着火マンが所属する狂騒だけでならリベンジも許可したらしい」

「つっても? 連中も忙しいからな。直ぐに動けるわけでもねえ。あちこちで抗争してっからよ」


 中学生である俺の優先順位は低くなっている、と。

 まあそうだな。まだ完全に支配体制を確立したわけじゃないんだ。抗うチームだって居るだろう。

 そういう奴らとの戦いを無視して狂騒が俺へのリベンジを優先したら、立場がない。

 自分達と同じように悪童七人隊の傘下に入った他のチームとの間に差が生じちまう。


「だが、いずれは動くだろう。問題はそこだ」

「負けるならまだ良い……いや良くはねえがこうして直に会って確信した。笑顔くんなら狂騒の総長もやれちまうだろう」


 個人ではなく傘下のチームそのものが敗れたとなれば悪童七人隊も重い腰を上げざるを得んわな。

 かと言って逃げるとかわざとやられるとか俺のキャラ的にはやっちゃいかんことだ。軸がぶれればバフもなくなる。

 やられた後でまた立て直すことも出来なくはないが、それやるぐらいなら最初から返り討ちにした方が楽だし。


「悪童七人隊が動くとなれば当然、お前らも動くだろ?」

「ったりめえでしょ。悪童七人隊以前に狂騒? って連中が動いた時点で俺らも戦いますよ」

「えっちゃんの敵は俺らの敵だ。これは俺と金角だけじゃねえ、他の面子も同じ気持ちっすよ」

「……だから話を聞かせたんだよ」


 困ったような、それでいて嬉しそうな感じだ。

 目をかけていた後輩二人が真っ直ぐ成長していることが嬉しいのだろう。本当に出来た人間である。


「で、こっからが本題だ。悪童七人隊の支配に誰もが大人しく従ってるわけじゃあねえ」

「数の不利なんざ知らねー、舐めんなカスがって中指おっ立ててる馬鹿どもも当然、存在する」

「俺と龍也もその馬鹿の一人だ」


 でしょうね。


「俺らは別に族ってわけじゃねえが連中の標的になってる」

「ああ、悪童七人隊の傘下に居る奴らと揉めたとか言ってたっすね」

「おう。そのことを俺らに教えてくれた烏丸淳二って先輩が居てよ」

「そん人は市内で活動してる螺旋怪談ってチームの頭なんだわ」


 流れが見えて来た。これは連合じゃな?


「烏丸先輩から誘いが来た。市内市外問わず悪童七人隊の被害に遭ってる連中で一度、話し合いを持つことになったからお前らも来いってな」

「さっきも言ったが俺と大我は族じゃねえが……降り掛かる火の粉を大人しく浴びるような変態でもねえ」

「暫定的に白龍、紅虎って看板掲げて参加するつもりだ」

「笑顔くんにも塵狼の頭として参加しちゃくれねえか?」


 可愛い後輩の友達だし、なるべく目の届くところにって気遣い+戦力にって感じかな。

 俺が戦力になりそうにないなら保護だけで済ませるつもりだったんだと思う。


「中学生の俺が行っても良いんですか?」

「関係ねーよ。それに笑顔くんはただの中学生じゃねえだろ?」

「ああ、クッソつええ中学生だ」

「分かりました。そういうことなら参加させて頂きます」

「頭同士の話し合いだから一人ってことになるがそこは了承してくれ」

「大丈夫です。それで、日時と場所は?」


 正直、やっちまった感があるけど……やっちまったもんはしょうがない。

 切り替えていかなきゃな……はぁ。


「――――明日、午前二時。場所はお化けボウリング場だ」

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