2012Spark⑨
1.最近、なーんかおかしくね?
何も、突然そうなったわけではない。
それが大きな動きであればあるほど、成功させるためには地道な下準備が必要なのだ。
「……ようやくだな」
「ああ、ようやくだ」
三代目悪童七人隊総長、土方隼人。
三代目悪童七人隊副総長、市村光輝。
二人は根城にしている廃ビルの一角で、静かに現状を噛み締めていた。
「お前がチームを継いで一年。影で準備して来たけどよ、本当に大変だったぜ」
「ああ、感謝してるよ相棒。お前が居なきゃここまで辿り着くことは出来なかった」
今現在、市内。そして隣接する他の市のチームを取り込み悪童七人隊は勢力を拡大し続けている。
それは正に破竹の勢いで、既に幾つものチームが悪童七人隊の傘下へと加わった。
だが何もいきなり勢力拡大を始めたわけではない。先にも述べたように入念な下準備があってこそだ。
「ありがとな。でもまあ、最後の詰めでちょっとばかりしくっちまったんだが」
「……ああ、逆十字軍か」
逆十字軍の頭を見つけ出したのは塵狼が最初ではない。彼らは二番目。
最初にその正体を暴いたのは市村光輝だ。
中学生であり逆十字軍もなるべくちょっかいをかけず居たので笑顔達はその存在に気付くことが遅れた。
しかし、ジョンらと同年代である隼人や光輝達は違う。まだそこまで膨れ上がっていない段階でもう目をつけていた。
『……最近、アホどもが“はしゃいで”るみたいだが潰しちまうか?』
正義感からではない。単純にデカイ顔をしているのが気に入らなかったからだ。
隼人は自らカツアゲを行うようなことはないが、かと言って被害者に同情もしていない。
弱いから奪われる。“ある一件”の影響もありその思考はかなりドライになっていた。
『いや逆に利用してやろう』
『利用? たかだかしょっぱいカツアゲグループに利用価値なんざねえと思うが』
疑問を呈する隼人に光輝は言った。
『そうでもない。逆十字軍の頭は相当切れると見た。俺の予想ではあのチーム、かなりの規模まで膨れ上がるだろうぜ』
『お前がそこまで言うほどか』
『最終的には潰して構成員はこっちに取り込むつもりだが……まずは交渉をして、その上でしばらくは泳がせた方が良い』
そしてこう続けた。
『同盟を結ぶ上で俺らが優位に立つためには……分かってるよな隼人』
『頭である俺の力を見せ付けろってんだろ? だが誰だか分からんことには力を示すも何もない』
『分かってるっての。そこは俺の仕事さ』
宣言通り、光輝は仕事を果たしてみせた。
情報を元に隼人は光輝を伴い二人でジョンの下に向かいタイマンを張る。
結果は引き分け。しかし、それはただの引き分けではない。隼人がそう提案したのだ。
当然のことながら劣勢の側が引き分けなどと提案しても聞き入れてくれるはずもない。
そして結果が引き分けということはジョンもそれを受け入れたというわけである。ジョンは悟ったのだ、このまま続けても隼人には勝てないと。
光輝の進言によって相手の面子を“立ててやる”形で事を収めることに成功した隼人はその場で同盟を締結。
表向きの力関係は対等だがその内実は……悪童七人隊は逆十字軍から多額の資金提供を受け、それを軍資金に準備を進めていたのだ。
「まさか、そろそろ潰すかって時にだもんな」
「塵狼――中学生だってのに随分と気合が入ったチームだ」
逆十字軍を潰して構成員を取り込む。
最後の詰めにはしくじったものの、その元凶たる塵狼に対して二人は悪感情を抱いてはいなかった。
それどころか感心していた。今時、珍しい骨のある奴らだと。
「宣戦布告してからの流れは実に鮮やかだった」
光輝は楽しげに語る。
「あんなことされちゃ逆十字軍面子は丸潰れだし逆に塵狼は名を上げられる。
名声なんてものに興味はないだろうが、情報網を築く上では役に立つからな。
通報サイトを立ち上げ構成員の情報を募り、それを元に襲撃を仕掛ける。
逆十字軍は組織の構成上、まとまるのが難しいからな。各個撃破するにゃ良い的だ」
副総長であり参謀的な立場でもある光輝からすれば塵狼の動きは実に素晴らしいものだった。
群れの動かし方というものをよく分かっていると言わざるを得ない。
「しかも後々のことを考えると雑魚狩りと同時に幹部探しも同時進行と来た。
早期の段階で逆十字軍の構造を見抜いてなきゃ不可能なことだ。盤面を整えた花咲笑顔は本当に大した奴だ」
相棒の評価に隼人は苦笑しつつ言った。
「総長が最高の頭脳でもあるって贅沢だぜ。羨ましいわ」
「はは、確かにお前ももうちょっとと思わないこともないがお前はお前だ。お前に足りないトコは俺が補う」
「ああ、俺達は二人で最強だ」
こつん、と拳を合わせ二人は笑う。
「しかしあれだな。白幽鬼姫くんが中坊なのが惜しいぜ。高校ならうちに誘ってたんだがな」
「だな。せめて中三ならギリだったが中二だし」
「俺と光輝が悪童七人隊に入ったんも中三だったしな」
「ああ。アンマン先輩……っと、悪い電話だ」
部下からの報告だ。
最初は満足げに報告を聞いていた光輝だが次第にその表情は険しくなっていく。
「……分かった。だがチーム全体で動くのは許可しない。着火マン個人。譲歩しても狂騒までだ」
そう言って電話を切り深々と溜息を吐いた。
「どした?」
「……闇璽ヱ羅の特攻隊長を潰しに行かせてただろ?」
「加藤麗音だろ? ダメだったのか?」
「いや、一人で居るとこを襲って倒すことには成功したらしいが……」
「が?」
「襲撃部隊は因縁がある火浦――着火マンに指揮させてたんだが終わった後、個人的にヤキ入れたいってんで一人残ったそうだ」
「ほーん? それで?」
「――――花咲笑顔にやられたらしい」
「は?」
意味が分からないという顔をする隼人だが当然である。
市内なら分かるが市外だ。何だって隣の市に笑顔が居るのか。
「……遊びに来てたんじゃねえか? まあ理由はどうでも良い。問題は着火マンだよ」
「報復か?」
「ああ。だが中坊にやられたからって悪童七人隊総がかりなんて流石に“ダサ”過ぎるだろ」
「おう。綺麗汚いなんてのは馬鹿らしいが、それはそれとして最低限の面子ってもんがあるわ」
「だから着火マン個人でやるか着火マンが特攻隊長を務める狂騒だけでやるよう言ったんだよ」
「ったく……妙なとこで躓きやがって」
「だがあのジョンを潰したんだ。着火マンがやられるのも無理はねえよ」
はぁ、と溜息を吐く二人。
さてここで一旦、彼らから視点を外そう。ところ変わって市内にある某ゲーセンでは、
《アキトー、アキトはどこに行きたいのー?》
「…………ち、秩父山中!!」
初代悪童七人隊総長、丘野彰人は恋愛ゲームに興じていた。
《……アキト、きらーい》
「ふざけんな!!」
「……おいアキト、少し落ち着け」
脇で見ていた晴二が相棒を諌めるがアキトの怒りは収まらない。
わなわなと震えながら叫ぶ。
「遊園地! 公園! 秩父山中! この三択ならどう考えても秩父山中だろうが!!
いや普通の女なら俺も選ばねえよ!? けどこのアマ……さ、さんざ電波な振る舞いしといて……!
これまで電波な選択肢選ばしといてここに来てそりゃねえだろ!? どうなってんだクソァ!!」
既にかなりの小銭が筐体に吸い込まれていた。
「……まあそれは俺も思ったがゲーム如きにそこまで本気になるなよ」
「晴二の馬鹿! ゲームにも本気になれないで一体何に本気になれるのよ!? ゲームオーバー!!」
「……別にお前の攻略はしてないんだが」
「ったく、やってらんねえ。一服しようぜ一服」
ゲーセン内の喫煙スペースに移動した二人は煙草に火を点け、深々と煙を吐き出す。
「……落ち着いたか?」
「ああ。もう、二度とあのゲームはやんねえ……」
「……そうしろ」
「ま、それはそれとしてだ」
すっとアキトの目が細まる。
「最近、なーんかおかしくね?」
「……」
「久しぶりに帰って来たってのを差し引いてもよォ。どうにも空気がピリついてる気がしてならねえ」
「……あの頃のように、か?」
「ああ」
とうに不良は引退した身だ。今更、関わるつもりなどない。
しかし、
「…………どうにも妙な“予感”がするんだよな」
2.うちの子がご迷惑を……
おかしい。それが俺の率直な感想だった。
麗音さんを助けてから十日。十日も経ったのにまるで動きがない。
何かしら兆しが現れてもおかしくないだろうに全然だ。何の変哲もない日常が続いている。
(いや嬉しいんだけどね? でも爆弾の近くでゆっくり茶ぁシバけるわけねえだろっていうね)
夕食を終え自室のベッドに寝転がってうんうん唸っていたが、こうしていても埒が明かない。
とりあえず探りを入れてみるか。
《ロボットもので外せない要素を一つ挙げよ》
メッセージを打ち込むと直ぐに反応があった。
《後継機乗り換えイベント》
《合体要素》
《何はなくても自爆》
《無骨ながら心引かれる量産機》
《カッコ良いけど主人公を喰わない程度のライバル》
《AIが徐々に心を理解してくのがええと思います》
《……急に何だテメェは》
異常はなし、か。
こんなアホな話題に即喰い付くような奴らに何かあったとは到底、思えない。
餌を放られた池の鯉かっつーね。
安堵とガッカリ半分で画面を見ていると熱いロボット談議が始まった。
往年の名作から最近の意欲作まで語りたいことは山ほどあったのか全然話題が止まらん。
(俺が三代目悪童七人隊との戦いに身を投じるなら仲間が被害を受けて、とかだと思ったんだがな)
皆が被害を受けてないのは嬉しいけど、じゃあもう悪童七人隊との接点ねえぞ。
強いて言うならアキトさんと晴二さんだけどさ。
受け継がれた意思が歪み暴走を続ける悪童七人隊をあの二人のためにってのは俺のキャラじゃないだろ。
他のやり合う理由と一緒ならまだしもこれ単独ってのは違うと思う。
ついでに言うなら二人もそれだけを理由に戦うことを俺には望まないはずだ。
となると……おや?
《今からここは殺人鬼が潜む山中の洋館な! 外は当然吹雪です》
新しいお題が始まっていた。提案したのは柚だ。
《こんなところに居られるか! 俺は自分の部屋に戻るぞ!!》
早速レスポンスを返したのは桃である。コイツらマジで仲良いな。
それはそれとして俺も乗ってやろうじゃないか。
《……電話が通じない? スマホはともかく固定電話もなんて》
とりあえず完全に孤立させとくか。
《おいおいおい、マジかよ……ってーことは何か? 俺ら、完全に……》
《固定電話が使えない。この大雪によるものならまだ良いが、殺人鬼がやったとすれば……》
《まあまあ皆さん、そうピリピリせんと。そや、ボクがお茶を淹れますんで一服しましょ》
《……そのお茶に毒を仕込む気じゃないよね?》
《……お前らアホだろ》
疑心暗鬼を加速させる奴ぅ! そして安定の梅津だ。
自分は染まらないと主張してんだろうけど一々書き込んでる時点でもうかなり毒されてっからな?
そんなことを考えながらキャッキャと好き勝手に死亡フラグを立てていると、
《あれ? 金ちゃんと銀ちゃんの反応なくない?》
《死んだか?》
《南無》
《良い人やったのに……》
《最初の犠牲者はあの二人か。名探偵として断言しよう。彼らは犯人じゃなかった》
《そりゃそうだろ死んでんだから》
二人してパタッと反応途絶えたのは気になるが、二人とも家に居るらしいしな。
悪童七人隊に襲われたとかではないだろう。
となると単純に便所にでも行ったのか、舞台設定に合わせたロールをしているかのどっちかだろう。
《死んでねえよ! 俺が死ぬんは犯人に繋がる決定的な手がかりを見つけてからだ!!》
《勝手に殺すな! 俺が死ぬんは単独で犯人を追い詰めるも一歩及ばずでだ!!》
結局死ぬんじゃねえか。しかも結構良い死に方選びやがって。
前者の犠牲は最終的に事件解決の鍵になるだろうし後者は単独で犯人を追い詰める能力を示せるしでかなり良いポジじゃん。
《ま、それはともかくだ。ニコちゃん、今から会えねえか?》
《無理強いをするつもりはねえが、出来れば時間を作ってもらいたい》
席を外していた二人が同時に? これは怪しいな。進行フラグの気配がする。
俺としては断る理由はないのだが、一応軽く探りを入れておこう。
《何だい急に?》
《いや、ニコちゃんに会いたいって人が居てよ。大我先輩……前に話した俺の先代さ》
《うちもだ。骨喰 龍也さんってーんだが龍也さんがえっちゃんに会いたがってる》
《何でまた俺に》
《事情は俺も聞かされてねえ――……が、結構マジな感じだった。だから……》
《分かった。どこで落ち合えば良いのかな?》
やっぱりフラグっぽいし、もう良いだろう。
《良いんか?》
《逆十字軍との抗争では世話になったんでしょ? そのお礼をしなきゃ。それに》
《それに?》
《うちの金銀が大変ご迷惑をおかけした方達だし一度、ご挨拶しなきゃ》
《お前は母ちゃんかよ!?》
《恥ずかしいから止めてくれ!》
と金銀は言うが、
《おうニコ、俺らの分もよろしく頼まあ》
《俺らの分もすいませんしといてよ》
《よろしく頼むぞニコ》
この反応である。
前に誤字報告があったので捕捉しておくと
「さんざ」は誤字ではないです。
さん‐ざ
[副]「さんざん」の略。「さんざ待たされたあげく、断られた」