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2012Spark⑧

1.何を恥じ入る必要があって?


(中華か……良いねえ)


 真人さんが手配していた車に乗りやって来たのは中華料理店だった。

 中華と言っても前にタカミナ達と行ったような町の中華屋さんって感じではなく高級中華料理店だ。

 町の中華屋さんも大好きだが、こういうお高いお店も好き。お洒落な個室とデケエ回転テーブルとかクッソテンション上がるわ。


「ところで御爺様、大丈夫なんですの?」

「む、何がだい?」

「何がって胃ですわ胃。御歳を召されて弱り切った内臓にこってこっての中華はやべえんじゃありませんの?」


 思ったけど……思ったけどそれは言うなや。

 おめーにゃまだ分かんねえかもしれんが、昔は平気で食べられてたものが食べられなくなるのってキツイんだからな。

 スーパーの半額惣菜とかさ、テンション上がって買い込んだは良いものの半分ぐらいでダウン。

 あれ? 俺もう食べらんない? 嘘だろ? だって学生時代は……。ってショックを受けたオッサンの気持ちがお前に分かるのかよ。

 クッソ、繊細なオッサンハートに刻まれた古傷が疼きやがる……。


「うちのお父様だって「最近は脂っこいものがキツクなって来たな……」とかよくぼやいていましてよ?」

「小夜!」

「まあその割りに間食でちょいちょいコンビニのチキン買ってて阿呆なんですの? と思わなくもありませんが」

「小夜……」


 おもしれー女だ……。

 歯に衣を着せるという概念すら知らないのだろう。竹を割ったような性格って言うのかな。

 無神経でそれなりに反感を抱かれていそうではあるが、同時に好いてくれる人も多いタイプと見た。


「はは、大丈夫だよ小夜。心配してくれてありがとう。若い頃ほどは食べられないがね。老人でもたまにはガッツリ食べたい時もあるんだ」

「ふーん? そういうものなんですのね。笑顔さんは? 食が細そうな見た目ですけど」

「俺も大丈夫だよ。こう見えて結構、食べる方だから」


 謙遜でも何でもなく今の俺は結構な大食いだと思う。

 何つーかヤンキー輪廻に突入してから食事量が増えたんだよな。何かってーと何か食べてる気がする。

 そのわりに身体に反映されてない感はあるが……まあ線の細い美形キャラだからな俺。そういう補正もかかってるんだろう。

 世の女性に知られたら命を狙われかねない危険なバフだと思う。


「あらまあ意外。カロリーブロック齧ってお腹いっぱい……って感じの顔ですのに」


 どんな顔? いや言わんとしてることは分かるけどさぁ。


「ま、それはさておき後で一緒に写真を撮って頂いてもよろしくて?」

「写真? それは構わないけど……何で?」

「お姉様方に自慢してやろうかと」

「じ、自慢?」

「ええ。前々から笑顔さんのことは話題に上がっていましたの」


 何でも親戚の集まりがある度に、姉が俺のことを話題に出していたのだとか。

 ブラコン……だけじゃないな。少しでも俺を受け入れてもらいたいからアピってたんだろう。


「それで私達、興味津々でしたの。ほら、うちの家系の女って面食いなところがありますから」


 それは知らんけど……。


「めっちゃ親しげなツーショットでも撮って送ってやればマウント取れるでしょう?」


 マウント目的かよ。コイツマジでおもしれー女だな。


「普段から一緒に居る麻美お姉様には残念ながらマウントは取れませんが他のお姉様方には覿面ですわ」


 ふふん、と胸を張る小夜。

 ドヤってるとこ悪いけどよぉ。おめー、真二さんめっちゃ恥ずかしそうに俯いてんぞ。

 真人さんは孫可愛さの方が上回っているらしくニコニコしてっけどよぉ。


「何なら今度、親戚で集まる機会があった時に私と笑顔さんでペアルック……いやペアルックはダセエですわね」


 マウント目的でもそれはちょっと、いやかなりキツイと小夜は首を振る。


「なら同じピアスか、対になる良い感じのデザインのピアスとかつけて赴きませんこと?」

「何で俺が君のマウント取りに付き合わなきゃいけないのか分からないけど……」


 そもそもの話、親戚の集まりに顔を出すのはな。

 難色を示す俺に小夜が首を傾げる。


「あら、お姉様方に会うのはお嫌ですの? まあまあアレなとこもありますが良い方達ばかりでしてよ」

「……小夜」


 真二さんが窘めようとするが、彼も言い難いだろう。

 ならここは俺が口にするべきだ。


「そうじゃないよ。ほら、俺は……その、色々と複雑な立場だろう?」

「???」


 キョトンとする小夜。

 ……まあ、姉さんは当事者だったからアレだけどこの子はまだ中学生だしな。

 苗字が違うから何かしら事情があるとは察せているのかもしれないが詳しい経緯は知らないのかもしれない。


「俺は――――」

「笑顔さんが一体何をしましたの?」

「え」

「気分が悪くなる事情があるのは知っていますわ。でもそれはあなたのお父様が引き起こした問題でしょう」


 小夜は真っ直ぐ俺の目を見ながら続ける。


「何を恥じ入る必要があって? あなたが省みるべき点などただの一つもありませんわ」

「いや……」

「まさか生まれたことが罪だとでも? バッカじゃねえですの? そんなふざけた理屈があってたまりますか」


 心底呆れたように語る小夜に、俺は言葉を返せずにいた。


「何度でも言いましょう。笑顔さんには僅かたりとも瑕疵などありません。

私だけではなくってよ? 他のお姉様達や御爺様に御婆様、お父様、真一おじ様もそれぐらい分かっていますわ。

あなたが御自分を卑下するのは麻美お姉様や華恋おば様、私達を馬鹿にしているも同然……あ、省みるべき点ありましたわね」


 何と言うべきかな。あまりにも真っ直ぐ過ぎるけれど……これは彼女の美徳なんだろうな。


「…………小夜、君の言いたいことは分かった」

「あらそう? でしたら」

「とは言え、だ。俺には俺で譲れないというか……受け入れ難いこともある」


 そこについて話し合うのだとしても、それは今この場でするべきことではないだろう。

 だから妥協点だ。


「とりあえず親戚の集まりがあって、俺に用事がなければ出席するよ。それで一旦、この話は終わりにしないか?」

「むむむ……まあ、今はそれで良いでしょう。分かりましたわ、これ以上は何も言いません」

「ありがとう」


 そうこうしている内に料理が届き始める。

 真人さんは空気を入れ替えるようにパンと手を叩き、言う。


「さ、とりあえず食べようか。皆もお腹を空かせているだろう? かくいう私もそうだからね」




2.やっぱりな


 倉橋家の方々との食事会は和やかに終わった。

 別れ際、小夜と連絡先を交換したのでこれからはちょいちょい連絡が来るかもしれない。

 大人とはやっぱりどこかぎこちなくなってしまうが、子供同士でしかもあの性格だ。小夜とはそこまで肩肘を張らずにやり取りが出来るだろう。


(さて、これからどうすっかな)


 時刻は三時前。家に帰るにはまだ早い。

 またタカミナんとこにでも行こうか? どうせ秘密基地に居るだろうし。

 ああでも、折角普段は訪れない街にやって来たんだし軽く流してみるのも良いかもしれん。


(んむむ……)


 気持ちとしては新天地の探索に傾いている。

 ただ地元と違って俺の顔と名前も知られていないだろうからモブヤンキーに絡まれる可能性も高いんだよな。

 普通にしてりゃ何てことないんだろうが……白雷がね? 知らん人からすればバイクなんてどれも一緒に見えるだろう。

 でもちょっと知識があるヤンキーが見たら生意気じゃねえか、ってなるのよ。多分ね。

 などと考えていると耳鳴りがした。白雷だ。


(……んなカスどもを気にする必要はないって? はいはい、分かったよ)


 んじゃテキトーに流すか。

 そう決断するや白雷は嬉しそうにエンジンを嘶かせた。


(知らん街並……そしてスルーされる無免許運転&ノーヘル……)


 今、明らか警察居たよな。一時停止無視したオッサンの対応してる場合じゃねえだろ。

 これまでは警察とエンカウントしたことなかったからさ。どうなの? って思いつつもスルー出来たさ。

 でもこうして警察と出くわした上でとなると……捕まりたいわけではないがガンスルーされるのもやっぱキツイってこれ。


(じゃあこの世界では不良関連で警察が完全に動かんのかって言えばそれも違うしな)


 多分、族同士のデカイ抗争とか始めたら普通に絡んで来るだろう。

 交機VSゾッキーとかお約束の構図だもん。


(これもうわっかんねえな)


 ってのはさておくとしてだ。知らない街並みを眺めながら走るのも悪くないな。

 別段、何をしているわけでもないのに不思議と心が躍る。


(俺の物語が無事に終われたら単車で日本一周とかすんのも良いかもな)


 今が過去編で本編は恐らく高校。高校3年間は最後までイベントが詰まってる可能性が高い。

 夏が終わるぐらいに一線を退き始めるだろうが卒業式があるからな。

 卒業の日に因縁のあるキャラとタイマンとかお約束だもん。

 俺の場合は本編での立ち位置が未だ見えて来ないから断定は出来ないが……多分、主人公かタカミナだろう。

 主人公はともかくタカミナ? そう、タカミナである。

 俺らはどっちも初めてのタイマンで自分が負けたと主張している。これを解消せずに終わるのはないわ。

 今はそういう空気になったことはないが、いずれは……と俺は考えている。


(主人公が選ばれるならタカミナとは卒業式前にやるだろ……む)


 あてもなく彷徨っている俺の興味を引くものが視界に映る。

 あれは……倉庫街か? 良いね、好きよ倉庫街。飾りッ気のない建築物が並んでるだけじゃんと思うかもだがそこが良いのだ。

 上手く言葉に出来ないがそういう無骨さ? と寂寥を感じる佇まいが……何て言うのかな。琴線に触れるんだよ。


(入ってみるか)


 人も居なさそうだし、ちょっと探検させてもらおう。

 そう考えてハンドルを切ったところで倉庫街の奥から無数のバイクが飛び出して来る。

 連中は俺をちらっと見るが直ぐに興味を失くしたようにあちこちへと散らばって行った。


(これは……)


 特攻服(とっぷく)を着込んでたところを見るに族なのは間違いない。

 だが特攻服のデザインやちらっと見えたチーム名などを見るに違うチームの集まりだろう。


(予感がするな)


 “兆し(フラグ)”を感じる。

 無視したところで開始を少しばかり先延ばしにするのが関の山。巻き込まれるのは目に見えている。

 ならば敢えて火中の栗を拾いに行こう。夏休みの宿題と同じだ。嫌なものは先延ばしにせずその都度、片付けていかねば。

 ここで全部片付けられはしないが、ここで動けば多少は時計の針を進められよう。


(いざ!)


 倉庫に入り、半ばほどで白雷を停め微かに聞こえる音を頼りに倉庫街の奥へと進む。

 そして、


(見つけた)


 特攻服姿の男二人。

 一人は血塗れでコンテナに背を預け座り込み、もう一人はそれを見下ろして笑っている。


「ざまぁねえなぁ麗音(れおん)!? さんざ舐めた態度取ってくれたが結局はこうだ!!」


 レオンとな!? どう見ても日本人なのに!?

 いや驚いた。周りに居るのがヤンキー漫画のキャラにしては大人しい名前ばっかだからさ。

 いやうん、全然ありだけど唐突にぶっこまれたからちょっと驚いちゃったよ。


「……ハッ。訳わかんねー連中とつるんで俺をボコって満足か? んなだから手前は小物って嗤われんだよ」

「俺らの世界に綺麗も汚いもありゃしねえ! 勝った奴が(えれ)ェんだろうが!!」

「逸れ者だからこそ通さなきゃいけねえ筋が――……いや、手前みてえな阿呆に言ったところで無駄か。殺れよ」

「つくづくテメェは……ムカつくんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 手に持った鉄パイプを振り下ろそうとするが、


「――――はいそこまで」


 それを掴み取って無理矢理止める。

 うぉ、結構な力だな。キレイキレイする前の梅津とは違うタイプの卑怯者っぽいが、こういうタイプは結構強いのが多いし不思議でもないか。


「あんだクソガキィ!? すっこんでろ!!」

「事情はよくわかんないけどもう決着はついたでしょ。それ以上はやり過ぎだよ」

「ッ等だ! 舐めた口ぃ……利きやがってよぅ……い、苛々……苛々するんだよぉおおおおおおおおお!!!!!」


 情緒不安定か。

 ぱっと手を離すと即座に鉄パイプが俺目掛けて振るわれたがバックステップで回避。


「お、おい坊や……コイツは……」


 心配そうな声を上げる麗音とやら。しかし、心配は無用だ。

 強いは強い。桐何某とかよりかはよっぽど。ただジョンほどではない。ならば問題なく勝てるだろう。


「カルシウム足りてない?」

「がぁああああああああああああああああああ!!!!!」


 鋭い拳を皮一枚で回避しざま、伸びきった腕に肘を突き刺す。

 完全に油断し切っていたからだろう。苛々くんは思わずたたらを踏んでしまう。

 しまった! という顔をしているがもう遅い。


「はいおやすみなさい」


 後ろ回し蹴りを叩き込むと苛々くんはコンテナに叩き付けられ、ぴくりとも動かなくなった。

 当然、死んではいない。気絶しているだけである。この程度で死ぬほどやられ役バフは弱くはないのだ。


「大丈夫ですか?」

「お、おう……お前さん、見たとこ中坊だろ? よくもまあ、アイツを一撃で……」


 いや牽制に一発入れたから正確には二発なんだけどな。

 目をぱちくりさせている麗音だったが直ぐにハッとして、こう告げた。


「それより礼が先だな。ありがとよ。お陰で助かったわ」

「いえ、それより救急車を呼びます? それか俺が単車で病院まで……」

「そこまで迷惑をかけるわけにゃいかねえよ。だが、悪いがちっとスマホ貸してくれねえか? 俺のん、お釈迦にされちまってよ」

「分かりました」

「すまん」


 スマホを手渡すと素早い手つきで電話をかけ始めた。

 昨今、電話番号を一々記憶しているというのはちょっと凄いな。家ぐらいなら俺も……いや結構うろ覚えだわ。

 母や姉の電話番号とかは全然記憶してねえや。ってのは置いといて、だ。


「あぁ……襲われた……バラバラさ……おう、一応は着火マンがリーダっぽく振舞っていたが……多分、違う」


 着火マンってひょっとしてそこで転がってる苛々くん? そのあだ名、わりとツボったわ。


「……俺をボコってる時、少し離れたトコで見てた野郎だ。多分、あれが主導してんだろう。去り際、俺は確かに見た」


 ……来るか。


「間違いねえ――――悪童七人隊の連中だ」


 やっぱりね! 何にせよこれで一つ、フラグが立ったな。

 それはさておき、この人のチーム。何て読むんだろう?


(闇璽ヱ羅……闇璽ヱ羅……あ、ひょっとしてアンジェラか!?)


 どうしてそうややこしい漢字を使うんですか……どうして……。

そろそろお話が動き始めましてよ。

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