2012Spark⑥
1.なにもなかった
「ううむ」
悪童七人隊。これが次回の長編エピの要なのは間違いないと思う。
アキトさんからもらった“アレ”とか如何にもな重要アイテムだもんな。
俺が悪童七人隊と関わるのは最早、確定事項と言えよう。問題はどんな形でストーリーが展開されるかだ。
「……情報が足りないな」
今の段階でも幾つか予想は立てられなくもないが、やっぱり情報が欲しい。
アキトさんと晴二さんが“主観”で語った悪童七人隊情報だけでは足りない。
第三者の客観視点と合わさって初めてその立ち位置が見えると思う。
そして丁度良いことに俺は今からその客観的な情報を貰えそうな連中と会う予定がある。
「トモ達に聞けば何か分かるだろう」
そう、今日はタカミナの秘密基地で皆と会う予定なのだ。
テツトモと矢島にお土産を渡すためだ。そこで悪童七人隊についても聞けるだろう。
その情報を踏まえた上で、この先に待ち受けているであろうエピソードを予想しようではないか。
そう決めて俺は更に速度を上げ、秘密基地へと急いだ。
「俺が最後かな?」
「いやぁ、ボクと梅ちゃんも今来たとこですわ」
プレハブに入るともう全員が揃っていた。
にしてもエアコンがガンガンに効いてて涼しいな……夏が来る度、文明の利器の偉大さを思い知るぜ。
「ほれ、喉渇いてんだろ。コーラ飲めコーラ」
「ん、ありがと」
タカミナから受け取った瓶コーラを呷ると清涼感が更に加速した。
たまんねえなぁオイ? と俺が満足げに息を吐くと皆が笑った。
「じゃ、お土産交換しよっか。まずは俺からこれ、湯の花」
「「おぉ!」」
「良いねえ」
湯の花。ようは入浴剤だ。
入浴剤ってわざわざ買って常用するほどじゃないんだけど、お土産なんかで貰ったりすると嬉しいよね。
しばらくの間、風呂のグレードが上がってさ。これは母や姉も喜ぶだろう。
「あとこれ、石鹸ね。美肌になるよ」
「男に美肌って……まあ、オカンが喜ぶか」
「ご家族向けに買って来たからそりゃね~」
「ほな次はボクから」
矢島とトモもそれぞれのお土産を俺達に渡してくれる。
ウケ狙いのアレな土産などはなく、全部貰って普通に嬉しいものだったのは良かった。
そして俺達四人もそれぞれ選んだお土産を三人に渡す。
こちらもウケ狙いなどではなく貰って嬉しいものをチョイスしたので三人も普通に喜んでくれた。
さて、
「「「「……」」」」
タカミナ、金銀コンビ、梅津がチラっと俺を見つめている。
えぇ……? 俺ぇ……? 俺が聞くのぉ? 触れないって選択肢はないの?
そう目で問うてみるも全員が首を横に振った。そんな気になるなら自分で聞けば良いのに……クッソ。
「あー、ところでさ」
「「「?」」」
「その、三人は……旅先? で何かあったのかな?」
トモに関しては旅ではないが、まあここは旅先とさせてもらうとしよう。
迂遠な質問だが、直接聞くのは俺も――――
「「「……」」」
え、無言?
ってかそのすとんと感情が抜け落ちた無表情やめて。こわい。
まだ、まだ聞かなきゃダメ? これもう話題打ち切って良――あ、だめ? クッソが!
「ほら、何か変な……」
「なにもなかったよ」
「なにもなかった」
「なんもあらへんよ」
はいしゅーりょー! もう知らん、俺は知らん。聞きたいならお前らが頑張れ。
そうアイコンタクトを送ると四人はさっと目を逸らした。何が四天王よ! 情けない男達だわ!
「そ、そっか。じゃあこの話は終わりにして……ちょっとトモに聞きたいんだけどさ。“悪童七人隊”って知ってる?」
俺がそう切り出すとトモと梅津、矢島が反応を示した。
後者二人は西区に居るからだろう。逆に他の面子ははて? と首を傾げている。
あんまり有名じゃないのか? アキトさん達を見るに……ああでも、二人が現役だったの四年前だもんな。
俺らまだ小学生だし知らなくても当然か。
「悪童七人隊……また渋いチームの名前が挙がったな」
「やねえ。ボクらんとこでもあんま知っとるの居らんのに」
「……何だって急にそんなことを聞く?」
「ああいや、昨日ちょっとカガチに走りに行ったんだけどさ。そこで仲良くなった人が元悪童七人隊らしいんだ」
俺がそう答えるとトモはなるほどと頷き、口を開く。
「悪童七人隊は西区で生まれた小さなチームだな。時期は俺らが小学校に入る前だったか。
確か……そう、丘野って人が当時の逸れ者的な連中をかき集めて結成したんだ。
チームと言っても族ってよりは走り屋寄りで自分達から喧嘩を売るようなことは殆どなかったらしい」
ふむふむ、アキトさんの言ってた通りだな。
「――――が、弱小チームなどでは断じてない」
はい来た。やっぱそうよね。
「初期の構成員は総長を含めて七人しか居なかったが、どいつもこいつもかなりの手練。
好んで喧嘩をしないというだけで一度、喧嘩が始まれば鬼のように強かったそうだ」
「良いね~俺、そういうの好きだぜ」
「「分かるマン」」
うんうんと頷くタカミナと金銀コンビ。
まあそうね。君らはそういうの好きだろう。ビッ! と気合が入ってるもん。
「当時は今よりも市内の不良情勢が混沌としていて中学高校の区別もない群雄割拠のような時代だったらしい。
どの不良も大概はどこかの大樹に身を寄せていた中で、そういう流れを嫌った悪童七人隊は異色の存在だった」
喧嘩すんなら勝手にしてろ。俺らは関係ねー。
そうして我が道を往くスタイルはカッコ良いけど……同時に反感を煽るものでもあった。
「他の勢力からすれば目障りであると同時に、格好の獲物だった」
「ムカつくけど腕は確かで、数は少ない。傘下に入れたら戦力になるって考えたわけだ」
「ああ。だが悪童七人隊は下につけという要求を全て突っぱねた」
「突っぱねられた側としては無視出来んわな。そうだろ梅津?」
「……何で俺に振る」
何でってそりゃ……ねえ? 君も要求を突きつける側。別名、やられ役だったじゃん。
「まあ梅津は置いといてだ。タカミナの言う通り、無視出来るわけもなく各勢力による悪童七人隊狩りが始まったわけだな」
普通ならチームを解散するなり、諦めてどこかに頭を下げるかもしれない。
しかし悪童七人隊はそうではなかった。徹底抗戦の意思を示したのだと言う。
「悪童七人隊側も決して無傷ではなかったが潰されるようなことはなく、逆に向かって来た奴らに大打撃を与えた。
当然だな。構成員は全員、他所で頭を張れるような面子ばかりなんだ。簡単に潰せるわけがない。
次第に各勢力の長もこのままでは徒に傷を負うばかりだと判断し悪童七人隊から手を引き始めた」
彼らは自由を守ったのだ。良いね、痺れる。好きよそういうの。
だって男の子だもん。少数精鋭って時点でカッコ良いのにさ。そこに大軍を退ける実績まで加わったらもう……好きにならない要素がねえよ。
「たった七人で幾つもの勢力と渡り合った悪童七人隊は一目置かれるようになり、ある種の不可侵状態になったんだ」
「なるほど」
「まだエピソードはあるぞ。当時はかなり混沌とした時代だって言っただろう?」
「うん」
「当然の帰結と言えばそれまでだが、悪童七人隊が争いの輪から外れても勢力争いは終わらなかった」
だろうな。そもそもその勢力争いに支障が出るからってんで悪童七人隊から手を引いたわけだし。
「終わるどころか争いは激化。毎日のように血で血を洗う戦いが繰り広げられていた。
このままじゃ死人が出るってんでトップ連中は冷静になり始めたが、下はそうもいかない」
頭を張れるってことは力は当然として相応の頭もなきゃいけない。
だからこそ不味いラインは分かっていたんだろう。
しかし、争いの熱にどっぷり侵されてしまった連中はそうもいかない。
「ここで自分達から停戦を言い出せば、更に面倒なことになりかねない。そう考えたトップ連中は悪童七人隊を間に立てたんだ」
「ああ、一目置かれてて尚且つどことも関係がないからか」
「そうだ。それで悪童七人隊の総長だった丘野が仕切って戦争は終わった」
「ほー……しかし、そんだけ凄いチームなのに全然話を聞かんのは何でよ?」
「目立つことを嫌ったからだよ。名声なんぞに興味はない、ただ自由に走れればそれで良い。それが悪童七人隊のスタンスだからな」
そんな彼らに敬意を示し、戦争の当事者達も吹聴しなかったってわけね。
いやはや、正に伝説のチームだ。どこに出しても恥ずかしくない見事なエピソードだよ。
「痺れるねぇオイ! 今も悪童七人隊ってあんのかよ?」
「あるぞ。確か……今は三代目だったかな?」
「名前を聞かないのはやっぱあれかい?」
「ああ。二代目も三代目も初代の意思を貫いて他所との抗争なんぞには目もくれず走り屋をやっているからだよ」
ふむ?
「他のチームも伝説に敬意を払い、基本的には不干渉を貫いているから話題に上がること自体がないんだ」
「基本的には、ねえ? 何かあったのかい?」
「二代目の時代に手を出した奴らが居たのさ」
伝説? 知ったことかよ。過去の遺物がデカイ顔してんじゃねえ。目障りなんだよ。
みたいなのもそりゃ当然、出て来るわなぁ。
「そのチームは当時、市内で一、二を争う規模とぶっちぎりの血の気の多さで恐れられていた」
「どうなった……ってのは聞くまでもないか」
三代目が存在してるんだから潰れてるわけがないわな。
「ああ、二代目悪童七人隊の勝利さ。とは言えかなりの辛勝だったらしいがな。それでも二代目は初代と同じく意地を貫いたんだ」
すげえなアンマンさん。冬にエンカウントすることあれば敬意を表してアンマンを奢らせてもらうよ。
一個でも二個でも三個でも奢るよ。奢るからアンマンへの執着の理由を教えてくれねえかなぁ……。
「ところでえっちゃんが会った悪童七人隊の人ってのは?」
「二十歳越えてたみたいだし、多分初代の誰かなんだと思う」
「へえ! どうせなら話を聞いときゃ良かったのに」
「そうだね」
と言ってもアキトさん達が今トモが語ったようなことを教えてくれたかは怪しいけどな。
ああいう性格だから自慢みたいな感じになるのは嫌だろうし。
(それはさておき、これで大体のストーリーラインは見えて来たな)
受け継がれる意思。それは美しいものだ。
しかし、美しいからこそ穢してみたくなるのが人の悪性。メタ視点で考えるとこれを利用しない手はないってね。
正しく継承されず歪んでしまった意思が暴走して……実に美しい――巻き込まれる側でなけりゃな!!
いやホント、一週間の田舎暮らしでメンタル回復しといて良かったわ。
(……転換点は二代目の時に起きた抗争だろうな)
ただ、見えて来ない点がある。俺は初代総長であるアキトさん達と面識を持った。
しかし、三代目とは世代が違うだろう。俺らは中学生、現悪童七人隊は恐らく高校生。
逆十字軍も高校生ではあったが、あれはちょっと特殊な例だ。被害が広範囲に及んでいたからな。
三代目悪童七人隊が俺の予想通りの暴走を始めているのだとしても、こっちに火の粉が飛んで来るとは思えない。
(……まあ良いか)
次の長編エピソードの輪郭が掴めたのだ。今はそれで良しとしよう。
分かっているなら後はアクションを待てば良い。
俺が嫌なのは何も分からない状態で巻き込まれることだったわけで事情が見えた今、そこまで焦ることはない。
よしんば何もなかったとしてもそれはそれで良いことだしな。好んで首を突っ込みたいわけでもないし。
あくまで巻き込まれるなら事前に行動を考えておきたいってだけでさ。
「む」
と、そこでスマホのアラームが鳴る。
どうした? 目を向ける皆に俺は両手を合わせて言う。
「ごめん、用事あるからここらで失礼するよ」
「用事?」
「うん。ちょっとこれから人と会う予定があるんだ」
忙しい人だからな。今日を逃すわけにはいかないし待たせるわけにもいかん。
「りょ。んじゃニコちゃん、また今度な」
「うん、また」