2012Spark⑤
1.辞職神拳
アキトさんとの話は実に楽しかった。彼が真性の陽の者だからだろう。
こっちを飽きさせないのもそうだが自然とレスポンスを返し易いような話運びをしてくれるお陰で会話が苦にならない。
仲間内で言えば近いのは柚と桃の金銀コンビだろうか? だがトークスキルはアキトさんのが上だった。
『ここで駄弁るのも悪かねえが、ちっと暑いし俺ん家行こうぜ!』
との誘いにより俺は今、西区のとあるマンションを訪れていた。
もう今夜はバイクに乗る予定がないのだろう。途中で酒を買っていたが……酒はなぁ。
「親父もお袋も居ねえからさ。ゆっくり寛いでくれや」
「留守なんですか?」
と俺が聞けば、
「それがよー! 聞いてくれる!? アイツらマジ信じらんねーんだわ!
可愛い息子が久しぶりに帰って来るっつーのにだよ? “パパと旅行に行って来るわね(はぁと)”じゃねえだろ!!」
……二十歳越えの息子が居るってことは十八でデキ結婚しても三十八。
随分と“お熱い”ご家庭のようで何よりだ。いやホントね。夫婦仲が良いのは素晴らしい。
「なーにが盆は混むから早めに~だ」
「……同じ理由で帰省した俺らに文句は言えんがな。そもそも帰省もいきなりだったし」
「それはそれ! これはこれだろうがよォ!!」
あ、いきなりだったんだ。それはアキトさんが悪いわ。
「あ、ニコくんも遠慮せずじゃんじゃん飲って良いんだぜ?」
「いや……お酒はちょっと」
「帰り気にしてんの? 泊まってって良いし何ならタクシー呼ぶぜ?」
「いえ、単純に味が。前に飲んだ時、美味しくなかったんで」
「あー……子供舌か。そりゃしゃーねえわ」
無論、虚偽である。酒が好きか嫌いかで言えば大好きだ。
帰りの問題ではない。泊まれば良いだけだしな。なら何故? 前世の死因だ。
社長、部長、課長に辞職神拳かまして奴らの頭を便器に突っ込んで颯爽と会社を出た直後に俺は気付いたのだ。
『あ、これ逮捕されんな』
と。あの様子だと直ぐに通報は無理だろう。
だが逮捕されるのは確定事項だ。そうなるとしばらく酒は飲めないし飲み溜めしておこう。
そう考えた俺は大量に酒を買い込んで帰宅。欲望のままに酒をかっ喰らって――――急性アルコール中毒で死んだ。
いや、今でも覚えてる。ホント、いきなりだった。気分良く飲んでたと思ったらだよ? いきなり視界がぶれ始めんの。
意識が混濁して呼吸も上手く出来ないし……死神の足音が聞こえたよね。
暗転したと思ったらもうこっちだったから多分、あっこで俺は死んだんだろう。
なので前世の自戒も込めて俺は今生では酒には手を出さないと決めたのだ。
「ジュースとお茶、どっちが良い?」
「お茶でお願いします」
「あいよー」
すいませんねホント。
「……笑顔は単車の腕も中々だったが喧嘩もかなりやるんだろう?」
多少は打ち解けてくれたのか晴二さんが話を振って来る。
ぐっと拳を作る晴二さんだが、何て答えたもんか。自信満々にまあね! は違うしとりあえず謙遜しとくか。
「いや、そんな」
「……謙遜しなくて良い。強いかどうかぐらいは見ただけで分かる。かなりの修羅場を潜っているのだろう?」
バトル漫画の住人みたいなこと言い出したよ。
まあでも、実際にこの世界だとそういう眼力は確かに存在してるっぽいけどさ。
「……まあ何が言いたいかと言えば」
「まわりくどいんだよ。普通にここらの今の不良事情おせーてで良いじゃん」
ああそういう話の流れに持っていきたかったのね。
「俺らも元ヤンだからさぁ。そこらわりと気になっちゃうんだよねえ」
「なるほど。でも俺、中学生なんで高校のとかはあんまり……」
「分かる範囲で良いからさ」
「……中学と言えばあれはまだあるのか? 四天王」
当然、知ってるわな。
「ありますよ」
「マジかー……まだ続いてんのなアレ。俺らがガキの頃からあったよな」
「……ああ。何時から続いてるんだろうなアレ」
「アレの何が謎かって負けて代替わりしなくても高校上がったら四天王じゃなくなるんだよな」
「……まあ、高校になると強い奴が四人どころじゃ済まなくなるからじゃないか?」
「その中から特に強いの四人決めれば良いじゃんよ」
「……それは……俺に聞くな」
やっぱ高校になると群雄割拠感が増すんだな。
近隣の町や市からも学生流れ込んで来るし県外からもだ。
地元のガッコ通えや。何でわざわざこっち来るんだよ。学校腐るほどあんだろと思わなくもないがそこはそれ。
デカイ街だとやっぱな。物語の舞台にピッタリだもん。話を盛り上げるために世界も人を求めてるんだろう。
「今、西区を仕切ってる奴とか知ってる?」
「ええ。黒狗って奴なんですが少し前は逆らう奴は絶対許さんって感じでバリバリ恐慌政治敷いてたそうで」
「すげえ悪者みてえな奴じゃ~ん!!」
「……ん? 少し前?」
「四天王でもない奴に喧嘩で負けて醜態晒したもんで、トップの座から転げ落ちたんですよ」
「「ほーう」」
楽しそうだな。
「ただ良い方向に再起したみたいで改めて向かって来る奴らを叩き潰して今は一匹狼気取ってるとか」
「「おお!」」
良かったな梅津。西区の先輩方にはウケてるみたいだぞ。
まあ気持ちは分かるけどね。俺は当事者だからもうちょっと複雑だったが一読者なら熱い展開じゃん! ってなってたもん。
「ドラマチックだねえ。いや、好きよ俺そういうの。なあ?」
「……ああ、王道だよな」
「ちなみに御二人の時は?」
「……一応この馬鹿がそうだったが、気紛れな猫みたいな奴だからな」
頭らしいことは一度もしないままだったと言う。
なるほど、つまりはタカミナタイプか。タカミナ一回、西区との抗争で総大将やったけどアキトさんの時はそういうイベントがなかったのだろう。
「ってかさ。その黒狗倒したのってニコくんだろ」
「――――」
「アッハ♪ その顔見るにやっぱ図星か」
「何で……」
主観を交えず第三者の目線で説明したつもりなんだけどな。
「分かるさ。だってニコくん、俺と似てんだもん」
「アキトさんと?」
「おう。ニコくんさ、誰が強いとかそういうんの興味ないだろ? 喧嘩とかも勝手にやってろって感じでさ」
「……目に付く範囲でカツアゲとか見かけたら目障りだから潰すがその程度なんじゃないか?」
その通りだ。
「でもそういう奴ってさ。周りの尖った奴らからすれば鼻につくらしくてよぉ、バンバン喧嘩売られちまうんだ」
「……コイツもそうだった。喧嘩するより走るか遊ぶかしてる方が好きなんだが」
「なーんでか絡んで来るんだよなぁ暇なアホどもが」
「……お前とつるんでる俺も連座で絡まれてたんだよな」
やだ、親近感。
でもそうだよな。アキトさんのキャラ的に喧嘩バリバリ売るのは違うもんな。
向かって来るアホどもをシバいてたら皆に一目置かれるようになったって方が“らしい”。
「だからニコくんもそうなんだろうなって。その黒狗だっけか? そいつ多分、他の四天王の首も狙ってたんじゃない?」
「……ええ」
まあ恐慌政治を敷くような奴だ。そりゃ野望もマシマシだろうってのは予想がつくわな。
「やっぱな。市内の完全制覇とか目指してるんならニコくんみたいなんは目障りだったんだろ」
「……特にニコくんは中区だからな」
「それよ。一番しょっぱいとこからアホつええのが出て来たとか面子に関わる」
「……他の四天王がどんなのかは知らんが性格によっては黒狗と同じように標的にされた可能性も高いな」
全部が全部、当たっているというわけではないがかなりの読みだ。
順番で言えば黒狗よりタカミナのが先だったからな。タカミナとの一件で名が知れたから黒狗に目ぇつけられたわけだし。
「何なら既に全員ぶちのめしてたりしてな!」
「……どうなんだ?」
「一応、全員とやり合いはしましたね」
「わお! ちょっと良い酒の肴が見つかったな?」
「……ああ、武勇伝を聞かせてもらおうじゃないか」
「武勇伝なんてほどのものではありませんけど」
「良いから良いから!」
「はぁ」
促されるまま、俺はそもそもの経緯を語り始める。
イジメられていたが鬱陶しさが限界突破してしまいイジメっことついでに教師をボコってしまったこと。
報復に高校生を嗾けられたので返り討ちにしたこと。
「中坊相手に十五人も連れて……生きてて恥ずかしくねえのかなそいつら……」
「……恥という概念がない星の生き物なのかもしれん」
晴二さんって人見知りのわりに口悪いよね。
さらっと毒を吐くんですけど。だが口バトルもヤンキーの嗜みゆえこれはこれでヤンキーとしてのレベルの高さの証明なのかもしれない。
「それでまあ、ちょっと噂が広がっちゃってタカミナ……東区の四天王高梨南って奴に目をつけられまして」
「可愛い名前しやがって……で、これまた返り討ちにしちゃったと」
「いや勝負は俺の負けです。確かに喧嘩は優勢に進めてましたが心が先に負けを認めてしまったので」
「……なるほどな。だが周りはそうは思わなかったんだろう?」
「ええ、それで迷惑なことに黒狗が突っ掛かって来まして」
つか、ホントに酒の肴なんだな。
ぱかぱかやっちゃってるよこの人達。俺も……いやダメだ。断酒すると決めたじゃないか。
「残りの四天王とはどんな感じ? 関わりあんだろ~?」
「ええ。金角銀角って呼ばれてる奴らなんですけど、これは別に俺が興味があったとかじゃなく個別に偶然出会って」
最終的にカガチで走りを競って友達になったのだと言えば一番、リアクションを貰った。
薄々そうじゃないかとは思ってたがやっぱり走り屋気質なんだろう。
「しっかしアレだな。ニコくんと同年代だったら確実、チーム結成する時に誘ってたわ」
「……だな。あまりにも親近感があり過ぎる」
四天王との話が一段落したところでアキトさんはそう切り出した。
「チーム? アキトさん、チーム作ってたんですか?」
「ああ。ちょっと待ってな」
アキトさんはリビングを出てどこかに行った。
五分ほどで戻って来た彼の手にはあるものが握られていて……。
「じゃーん!!」
悪童七人隊と記された旗が大きく広げられた。
「悪童七人隊――……俺達の旗だ」
おぉぅ……悪童七人隊と書いてワイルドセブンと呼ぶのか。
如何にもなゾッキー文法じゃありませんか。あるよね。え? そう読むの? ってチーム名。
「……さっきコイツも言ってたがアキトもニコくんと似たような感じでな。喧嘩の押し売りが多くて辟易してたんだ」
「そんな時さ。親戚から単車貰ってよ。ああ、これだ! って思ったわけ」
「……中二の夏だったな」
「ああ。喧嘩は売られたら買うぐらいのスタンスで単車が好きって奴が俺含めて周りに七人居たんだわ。じゃあ一緒にやろうぜってことでチームを結成したのよ」
それが悪童七人隊ってわけか。
七人とは令和の世になってもヤンキーが幅を利かせてるこの世界においては随分と数が少ない。
それでもヤンキー漫画的に考えるならそういう少数精鋭のチームってかなり強いんだよな。
多勢に無勢でも一歩も引かず。やり合えばただじゃ済まねえってんで他の連中からも一目置かれてることが多い。
悪童七人隊もその例に漏れずそういうチームだったんだろう。
「高三の夏が終わると同時に引退して“アンマン”に頭を譲り渡したけど……今も続いてんのかねえ」
「……もう四年は経つのか」
「……アンマン?」
アンパン、なら分かるよ。アンパン野郎とかそういうあだ名が使われるのは多い。
まあでもシンナー中毒者を次代に据えるような人ではないか。でもアンマン?
「コンビニで中華まん売り出す時期になるといーっつもアンマン食ってる奴が後輩に居たんだわ」
「……喧嘩の最中も食ってるぐらいで、邪魔されると烈火の如くキレてな」
「そんでついたあだ名がアンマン」
「……なるほど」
わりとありな個性だと思う。理由を説明されると俺的に結構、ポイント高いぞこのあだ名。
どのシーンでもアンマン食ってる奴とか記憶に残るもんな。
「しかしあれよな。何でアンマンなんだろうな?」
「……別に普通の饅頭とかの餡子系が好きってわけでもないのにな」
「そうそれ。俺らが大福とか今川焼きとかオヤツに持ってってもそこまで食い付かんのよな」
「……何が奴をそこまでアンマンに駆り立てるのか。未だに分からん」
「温かいから、とか?」
「いやでもニコくんよ。それ言うなら今川焼きも出来立てはあっつあつだぜ?」
「……確かに」
「未だに謎だわ。何なんだアイツ」
それにしても悪童七人隊……ねえ。
いやはや。なるほどなるほど。はいはい、そういうわけですか。ここまでの流れを振り返るにね。見えちゃったよ。
(――――次のイベントはこれか)
間違いない。外したらアンマン奢ってやるよ。