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2012Spark④

1.これは……強キャラじゃな?


 これまでも何もない日がなかったわけではないのよ? ヤンキー輪廻に入る前はむしろ何もない日しかなかった。

 ヤンキー輪廻に入ってからもそう。ただヤンキー輪廻に入ってからの何もない一日ってのは、


(あくまでその日が何もないってだけでイベントの真っ最中だったりさ)


 もしくは長編エピが終わった後の箸休め的な感じ。そういうのなんだよ。

 一週間の旅行が長編エピだったと言えなくもないが……でもあれギャグだしなぁ。

 総合すると平和が続き過ぎなんだよ――とそこまで考えて思った。


(俺は戦地から心が帰って来れてない帰還兵か)


 何もないことそれ自体が不安ってあんたやばいわよ。

 とは言え、だ。じゃあ俺の気にし過ぎかって言われたらそれも違うよな?

 だってお前、五月にタカミナに出会ってからのスケジュール振り返ってみろよ。

 立て続けに襲い来る四天王のエピを終わらせたと思ったら今度はルイ。それが終わってようやっと一息かと思ったら今度は逆十字軍。


(スケジュール詰まり過ぎなんだよ。俺ぁ、売れっ子ヤンキーか?)


 売れっ子ヤンキーだったわ……巷でも話題になってる売れっ子ヤンキーだったよ……。

 思考を切り替えよう。こんだけ平和が続いた後には何を持って来る? どんな長編エピが始まる?


(直近のギャグ長編は抜かして更にその一個前。見るべきはルイや逆十字軍とのエピだ)


 どっかに伏線が転がってるかもしれないからな。

 逆十字軍との一件もだよ? よくよく考えたら前振りは俺が気付くよりも前にあったしな。

 え? 何時かって? ほら、あれだよ。初めてタカミナの秘密基地に行った時だ。

 あの時、俺はひったくりをかましたヤンキー二人をボコった。

 その時、片方がこんなことを言っていた。


『お、おい! わしらに手ぇ出してただで済むと思うんか!? わ、わしはアン――――』


 これどう考えても逆十字軍(アンチクルセイダース)って言いたかったんちゃうか? 絶対そうだろ。

 とまあこのように些細なところにフラグは立っているのだ。


(……今日、ルイに会ったし今度もまた?)


 ルイ絡みで不穏な何かって言えば“大人”か?

 あの時躾けた屑どもがヤクザとかを動員して――……いやねえな。


(現実的な理由を挙げるなら真人さんだ)


 やり手の大人が後始末を買って出てくれたのだ。妙なことになる可能性は低い。

 仮にそうだとしても、それならそれで兆しが出ているはずだ。

 そして真人さんならそれを察知して俺に警告を飛ばして来るだろう。

 昨日メールしたけどそんな様子はなかったからな。


(メタ的な理由から考えてもそう。再利用するには連中のキャラはしょぼい)


 鶏はさぁ、肉を全部食べ切っても骨で出汁取れるよ?

 でもアイツらは鶏以下。肉も皮も骨も使えないただの害獣だ。

 こんなんをわざわざ再度、引っ張り出して来るのはな。俺との因縁も弱いし。


(一応“おじ”とは関わりはあるけど……)


 あれも俺の容姿を見ても特に何も反応してなかったからな。

 これで「その顔、まさか……」とか言ってたら後々また何かあるかも? ってなるけどさ。


(あ、喉潰したんだっけか。いやいや、それでもそういうリアクションしてたら分かるし)


 なかったからな。あの男にとっては姪の存在なんてとうに過ぎ去ったものでしかないんだろう。

 マジで急性心臓発作か何かで死んでくれねえかな。


(連中にはリサイクルする価値もない、これ以外にもまだメタ的な理由はある)


 ルイだ。ヤンキー漫画の主役はヤンキー。つまりは男だ。

 女絡みのエピが挟まれることもあるけど短期間で二度も長編に使われることはあるめえ。

 男同士の間に入るな! って言われるわ。シャアか。


(そうなると逆十字軍だが……何かあったかなぁ?)


 残党による逆襲……シャアか。いやシャアはどうでも良いんだ。

 仮に逆十字軍の残党が俺達にリベンジを仕掛けて来るとしてもな。

 ジョンという組織を運営していた頭を失った今、直ぐに建て直しは出来んだろう。

 勝算が見えるぐらいにまでとなると時間が足りない。それなら他に……うーむ?

 前エピソードとはまるで関係ない新しい何かか?

 だとすればそれらしいフラグはまだ立っていないのか、見逃しているだけなのか。


「…………ダメだ、考えても考えてもそれらしいのが思いつかん」


 分かる。今俺、完全に思考の袋小路に入っちゃってる。

 こんな状態であれこれ考えたところで何が思い浮かぶわけもない。

 一先ず考えるのを止めよう。本はまだ読みかけだし……ああダメだ。


「こんな状態で本読んでも頭に入らんわ」


 白雷のご機嫌取りも兼ねてちょっと走りに行くかぁ。

 前は姉と一緒だったが、一人でカガチを攻めてみるのも悪くないだろう。


(もしかしたら、次のイベントフラグが立つかもしれんしな)


 母に一言告げて家を出る。

 夜とは言えクッソ暑いが……バイク乗ってりゃ気にならんだろう。


(ふと思ったが……ガソリン、全然値上げしてねえなぁ)


 先ほど通り過ぎたガソスタの電光掲示板に表示された価格を見て思う。

 前世じゃガソリンもバンバン値上げしてたのにこっちじゃまるっきりだ。ガキの頃からさして変化してないぞ。

 少子化問題と同じでヤンキー漫画でやるこっちゃねえだろってのはそうだが……ガソリンの値上げはヤンキーにとっては死活問題だからな。

 ヤンキーがガソリン代でひいひい言ってバイクからチャリに乗り換えるとかあり得んもの。

 そんなことを考えながら更に飛ばして、カガチに入る。

 前に来た時は金銀コンビとその愉快な仲間達しか居なかったが今日は普通に他の連中も居た。


(っぱ外に出て正解だったな)


 風を切って走ってると不安なんか嘘のように消し飛んじまった。

 すれ違うヤンキーっぽいライダーも絡んで来ることもなく、むしろ気軽に挨拶して来る。

 ここでの揉め事はご法度。その不文律がしっかり働いているからだろう。


(ある意味癒しスポ――む?)


 キィン、と耳鳴りのような声が聞こえた。白雷のそれだ。

 何かピリピリしてる? と思った正にその時だ。


「……」


 後続のバイクが二台、俺を煽っている。とは言え敵意は感じない。

 比べっこしようぜという純粋な誘いだ。

 なるほど、だからか。気位の高さが半端ねえからなこのメンヘラマシン。

 軽い煽りでもあたしとあたしの男が最速なんですけどぉおおおおおおおおおおおおおおお!! ってけおり始めるんだ。


(上と……!?)


 ギュン、と踊るようにそいつは内側を抜けて行った。そして少し遅れて二台目も。

 最初に追い抜いたのは二十~二十二ぐらいの軽そうな男。

 ハーフアップにしたアッシュブロンドの髪。首筋にある蓮の花を模した刺青(タトゥー)

 一見して優男風のイケメンだが俺には分かる。あれは名のあるヤンキー……いや、元ヤンだろう。

 飄々としてて掴みどころがなさそうだが実はかなり強いみたいなのはお約束中のお約束だからな。


(もう一人の方は自由人な相方を支える苦労人ってとこか)


 一人目よりあんま特徴らしい特徴はないが、これも中々男前だ。

 生真面目そうな雰囲気があるし地味だがファンが多いタイプと見た。

 などと考えていると一際甲高い音が耳を揺すった。


(……集中しろってんだろ? 分かってるよ)


 集中力を一段階、引き上げる。

 どう考えても格上ではあるが、だからって大人しく負けを認めるとかダサ過ぎるもんな。


「アッハ♪ ビリビリ来たぜ。見た感じ、まだ中坊だろ!? おっかねえなァ!」

「……油断してると抜かれちまうぞ」

「おう。バイクも乗り手も相当“切れ”てやがる」

「……ひょっとしたら全盛期のお前にも」

「かもな。でもまあ」


 蓮の男は涼やかに笑った。


「――――まだまだ譲りゃしねーよ」

「ッ」


 更に、速く……!?


「踊ろうぜお姫様! 夜はまだまだ始まったばかりだ!!」

「……熱いね、王子様(プリンス)。悪いけど、俺はかなりのじゃじゃ馬だよ!!」


 などと意気込んだは良いが、結局俺は一度も蓮の男を抜くことは出来なかった。

 二時間ばかり競ったんだけどな。後もう一歩のところでするりと逃げられてを繰り返してる内に勝負は終わってしまった。

 傍目からは惜しかったように見えるかもしれないが……差は結構なものだと思う。

 こっちは全力で喰らい付いてたのに終始、涼しい顔してたんだもん。余裕の有無を見れば実力差は歴然だろう。

 一応、もう一人の方は途中で抜けたんだがなぁ……。


「いぇーい! 一等賞~♪」


 例の駐車場に雪崩れ込みバイクから降りた蓮の男が小躍りをしている。

 煽られているとは感じない。むしろ何だかこっちまで楽しい気分だ。真性の陽の者だなこの男……。

 と思ったら、


「ってか晴二くふぅん? え、何だっけ? 油断してると何だっけ?」

「……」


 俺に少し遅れてゴールした相方を凄まじく良い顔で煽り始めた。


「忘れちった。もう一回言ってよ“三等賞”の晴二きゅうぅうううううううううううううううううん!!」

「~~ッッ」


 ねえねえどんな気持ち? ねえどんな気持ち?

 両手を腰のあたりでパタつかせながら晴二と呼ばれた男の周りをぐるぐるする姿は真性の煽リストだった。


「ま、それはそれとしてバリバリ根性魅せてくれた君にはご褒美だ。ジュース奢っちゃろ。何が良い?」

「え、あ……じゃあ、緑茶で」

「あいよ。ちっと待ってな」


 蓮の男は自販機で三本飲み物を買うと俺達に投げ渡した。


「晴二は後で金払えよ」

「……そこは俺も奢っておけ」

「アホ、それじゃ少年へのご褒美になんねーでしょうが」


 あ、あっちは奢りじゃないんだ。

 でもこのやり取りを見ているだけで二人の仲が窺い知れる。気が置けない友人とは正にこういうことなんだろうな。


「さて、と。改めて自己紹介といこうか。俺は丘野 彰人(おかの あきと)ってんだ。で、こっちの三等賞は……」

「……神藤 晴二(しんどう せいじ)だ」

「これはご丁寧に花咲笑顔です」


 ぺこりと頭を下げる。明らかに年上だからな。礼儀正しくせにゃ。

 え? これまで年上に散々舐めた態度取って来ただろって? クズ、ゴミ、カスは別枠でしょ。


「あらまあ可愛いお名前。笑顔なら……ニコくんだな! 俺のことはアキトって呼んでくれて良いからよ」

「…………晴二で構わない」

「あ、はい。あの、アキトさん」


 俺への態度が露骨に硬いんだけどこの人……。


「大丈夫大丈夫。怒ってるとかそういうわけじゃねーからさ。コイツ、人見知りなんだよ」


 知らない人と対面すると即お喋り出来なくなるレベルの。

 と言うがそれは結構な人見知りじゃね? だがまあ、親近感沸くわ。


「ところでニコくん幾つよ?」

「十四。中学二年生です」

「はへー……やぁっぱ見た目通りだったか。中坊でアレってマジ、半端ねえな。将来有望過ぎんだろ。なあ?」

「……ああ」

「え、どこ住み? 地元だよな?」

「地元で中区に住んでます」

「中区!? え、マジか。パっとしねえことで有名な中区からこんなレベルの子が!?」


 ……パッとしないで有名なんだ。

 いやまあ、梅津も唯一四天王を輩出してない区だとは言ってたけどさぁ。


「御二人は……」

「西区出身だ。今は東京の専門学校行ってるがな。ちなデザイナー志望でこれでも結構有望株なんだぜ?」


 賞とかもそこそこ取ってるんだとアキトさんは笑う。

 ちなみにデザイナーと言っても二人一緒ではなくジャンルは違うらしい。

 アキトさんが服で晴二さんがアクセサリーとのことだ。


「盆に帰省すっと混むから早めに帰ろうってことで今朝、戻って来たんだわ」

「……課題も終わってたからな」

「同級生とかはまだ全然帰って来てねえから暇してたんだけどさぁ……いや、久しぶりに熱くなったよ」


 ありがとうと感謝をくれるが、そりゃこっちの台詞だ。


「こちらこそ。良い経験をさせてもらいました」

「楽しかったかい?」

「はい」

「そりゃあ良かった。ってかさ、気になってたんだが……やばいマシン乗ってんねニコくん」


 あ、やっぱり気付くんだ。

 そりゃ気付くよな。元ヤン――それもただの元ヤンじゃない。明らかな強キャラだもん。

 俺はこのあたりのヤンキー事情に詳しくないけど調べたら絶対、伝説とか残ってんだろ。

 そのレベルのヤンキーなら初見で白雷のやばさにも気付くわ。


「何つーの? こう、頭の螺子が一本もねえヤバイ女みたいな雰囲気がめらめらと」

「…………下手に触れたら呪い殺されそうだよな」


 ひでえ評価だ。


(でも何がひでえって全部事実なのがひでえ)

五十話に到達しました。最初は百話までに中学生編(第一部)終わらせられるかなー?

とか考えてましたが作中時間で三ヶ月ぐらいしか経ってないので無理そうですね。

中学生編は三年の夏休み前半ぐらいで〆る予定なんですがイベントが……イベントが多過ぎる……!

ともあれここまで辿り着けたのはひとえに皆様のお陰です。これからも拙作をどうぞよろしくお願いします。

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