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2012Spark③

1.助けてスパルタクス!!


 手伝ってくれる御礼にと昼食を奢ってもらうことになったのだが、


「……姉さん、お弁当だけじゃなく学食も食べるの?」

「そうだけど?」


 いや、食べなきゃやってられないのは分かったけどさ。

 でもこの量は……大丈夫なんだろうか? 弁当だけでもかなりの量なのにそこに生姜焼き定食(ご飯大)と親子丼(並)の食券買ってる……。


「まあこれぐらいはね~」

「普通だよね。食べないと力が入らない」


 どうやら俺の見積もりは甘かったようだ。

 姉が特別大食いというわけではなく、他の皆さんもガッツリ自前の弁当に色々プラスしてる……。

 西条さんとかすげえな。よくもまあ、あれだけ――ああ、あれだけ食べてそれ以上に動いてるから恵まれた身体が出来たんだな。


「それより笑顔くんも遠慮なく頼むと良い。私達の奢りだからね」

「どうもです……でも、何にしようかな。おススメとかあります?」

「基本、お肉系にハズレはないかな」

「麺系はラーメンは良いけどうどんと蕎麦はちょっと微妙かも」

「デザートは杏仁豆腐がおススメだよ」


 なるほど。それなら牛焼肉定食(ご飯大)とカツ丼(大)、そしてデザートに杏仁豆腐だな。

 注文を告げると西条さんが食券を買って、自分のと一緒にカウンターに持っていってくれた。

 俺は席で待っていてくれれば良いと言われたのでその通りにする。


「姉さんとこって夏休みも学食やってるんだね」

「まー週に二、三だけどね。ほら、うちって運動部に力入れてるからさ」


 何代か前に要望があって夏休みも学食をやることになったのだと言う。

 まあ、夏休みなのに毎日お弁当を作るのは各ご家庭のお母さんが大変だもんね。

 夏休みぐらいはお母さんも朝、ゆっくりしたいのだ。

 かと言ってコンビニとかじゃ味気ないからな。やっぱ手作りの方が栄養もやる気もモリモリよ。

 そういう意味で運動部の子供らにとっては学食はありがたいんだろうな。


「やってない時はどうしてんの?」

「コンビニで何か買うか、お弁当食べた後で駅前に出てるね」

「ただ時間帯が時間帯だから店によってはリーマンとかがごった返してたりするんだよねー」

「そうそう。定食屋とか特にだよね」


 なるほど。しかしこれ、食費大変だな。

 でも健全なことにお金使ってるし悪いことではないか。子供の健全な成長のための投資と思えばまあ。


「あ、駅前で思い出したんだけどさ。東口の方にサンドイッチ専門店が出来たんだよね」

「専門店とか絶対お洒落な感じじゃん。汗臭いうちらが行って良いのかな」

「ところがどっこい。そういうのじゃなく中々、ロックな感じらしいのよ」


 ほう、ロック?


「どんな感じなの?」

「エルヴィス・サンドって知ってる? ピーナツバターとジャムをたっぷり塗りこんでそこにバナナとベーコンを挟んで揚げるやつなんだけど」

「か、カロリーモンスター……え、まさか……」

「そう。出してんのよエルヴィス・サンド。それだけじゃないわ。ルーサー・バーガーもメニューにあるの」


 確かそれってバンズの代わりにドーナツを使ったハンバーガーだよね?

 これもまたカロリーモンスターだった気がするけど……え、そういう店?


「カロリーカロリーカロリー。カロリーこそ正義と言わんばかりのメニューがずらりらしいのよこれが」


 その言葉に部員達がごくりと息を呑む。

 心なしか目が飢えた獣のそれに見えるぞ……。


「…………これさ、勉強会の後に寄るっきゃないでしょ」

「…………そのためにも午後は死ぬほど動かなきゃね」


 ん? 勉強会?

 どういうことかと姉に聞いてみると、


「いつもは夕方まで部活やってんだけど、今日は三時半で切り上げてそっから図書室で勉強会することになってるのよ」


 何でも部の宿題消化率があまりにも低くてこりゃいかんと西条さんが決めたことらしい。

 まあ、部活にだけ打ち込んで勉強が疎かになるのはね。

 如何にも文武両道って感じの西条さん的には見逃せないのだろう。


「ニコくん、やれやれって感じで肩竦めてるこいつも全然だからね」

「ちょっとー! 可愛い弟の前なんだから気ぃ遣ってよ! 出来るお姉ちゃんで居させてよ!!」


 姉ェ……。

 姉のことは人間的に尊敬しちゃ居るけど、別に出来る女! と思ったことは一度もない。

 むしろちょいちょい抜けてるよね。だがそれも愛嬌だろう。男子的にはむしろポイント高いと思う。


「笑顔くんはどう? 宿題は順調?」

「あとは読書感想文と毎日の日記だけですね」

「えらーい! どれ、ご褒美にお姉さんがちゅーしちゃろちゅー」

「極々自然にセクハラしないの! いやでもしっかりしてるわね……部長と同じタイプだわ」

「それより日記? 日記なんてものがあるのか? そういうのは普通、小学生ぐらいまでだろうに」

「ああはい、何でかあるんです」


 そう言えば去年は担任に怒られたっけ。何もないばかりだったから手抜きしただろうと。

 当然、手抜きはしていない。本当に何もない日々だったのだ。

 そう考えると今年はイベント盛り沢山だな。初日から海に遊びに行って、数日したら旅行だもん。

 ……まあ、俺の日記を担任が真面目に確認するとは思えないが。他の宿題もだな。空白で出しても提出したことになりそうだ。


「なら今日の分は綺麗なお姉さん達とくんずほぐれつしたと書けるな」

「そんないかがわしい表現使いませんよ」


 万が一読まれたら乱●ですか? ってただでさえ酷い俺の素行面の評価が地に落ちるわ。

 それはそれとして今日のことは金銀には言えんな。


『『あ、圧政だー! 現役JKのチアお姉さん達とくんずほぐれつとか格差社会が過ぎる……助けてスパルタクス!!』』


 とか言いそうだもん。


「お、出来たみたいだな。取りに行こう」


 それから皆で食事を取り、少しの休憩を挟んで部活を再開。

 おちゃらけてる部分も多々ある皆さんだが練習に打ち込む姿は真剣そのもの。

 それに触発されて少しでも役に立とうと俺も部活が終わるまで頑張りました。


「それじゃ、今日はありがとねー」

「うん、じゃあまた家で」


 姉や皆さんに別れを告げ駐車場に向かった。とりあえず白雷は無事だった。

 大丈夫だろうとは思ってたけど、周囲に血痕とかもないしほっとしたわ。


(さて……図書館行って帰ろう)


 白雷を飛ばし図書館へ向かった俺だが……その道中である。

 駅前に差し掛かったあたりで見知った顔を発見する。


「ねえねえ、良いでしょ? 一緒に遊ぼうよ」

「えっと、あの、困ります」

「そんなこと言わないでさぁ」


 ルイが数人のチャラい奴らに絡まれている。

 何? 今日はガールズデイなの? 男男男の小宇宙に耐えられなくなっちゃった? だから女の子尽くしの日にしちゃったの?

 まあそれはさておき、見て見ぬ振りをするのも気分が悪い。


「――――俺のツレに何か用かな?」


 どうせ喧嘩なんでしょ? 分かっちゃうんだなそういうの。

 ネームドじゃないんだしワンパンで終わるんだからスキップチケットとか導入してくれねえかな。


「あ? 誰だ……って……は、花咲笑顔!?」


 チャラ男達の顔が引き攣る。

 おや、この展開は……あららら、珍しいこともあるもんだ。このシチュエーションだと確実に喧嘩になると思ったんだがな。

 スキップチケットは導入されてないがレベル差による雑魚との戦闘回避は実装されているようだ。


(これなら)


 すっと目を細めてやるとチャラ男達は露骨に怯え始めた。


「い、いや……ちが、これは……」

「すんません! し、知らなかったんです。この子が、その……花咲さんの女だって」

「はぁ。良いよ、見逃したげる。さっさと消えな」

「っす! おい、行くぞ!!」


 蜘蛛の子を散らしたようにチャラ男達は逃げて行った。


「はぁ」

「あの……その、ありがとうね?」


 ああうん、分かるよ。あんな良い感じに〆といて一月も経たない内にだもんね。

 でもよくよく考えれば同じ区に住んでるんだから、そりゃ偶然出会うこともあるわ。


「……」

「ど、どうかした? わたし、何か不快なことでも……」


 おどおどと小動物のような態度だ。

 初対面でいきなりお前は不幸を撒き散らす人間だとかほざいてた奴と同一人物には思えない。

 呪縛から解き放たれて仮面を被る必要がなくなったからだろう。素の幼い少女の顔が前面に出ているのだと思う。


「いや、前も思ったけど陽の下で君と会うのは何か変な感じがするなって」

「ああ……そう言えば、はじめましてと二回目は夜だったもんね」

「別に太陽が似合わないとかじゃないよ?」

「うん、分かってる」


 しかし何だい。やり難いね。

 正面からあらん限りの罵倒をぶつけて来てくれた方がやり易いわ。

 俺への怨みを支えにしろと言ったのに……根が純粋だからだろう。


「で、君は何してたわけ?」

「えっと……その、趣味を、探そうと思って」

「趣味を?」

「うん。わたしって、今までは……ほかのことを考える余裕なんかもあまりなかったから」


 ルイが言うには今日は朝から図書館で勉強をしてたらしくついさっき切り上げたらしい。

 本当はこのまま帰るつもりだったのだが、ふと思い立って何か趣味を探すことに決めたのだと言う。

 それで駅前まで出て来たのだが、さっきの連中に捕まってしまい往生していた……と。


「なーる。それで、何か良いものは見つかったかい?」

「……ううん、まだ何も」

「夜、出歩いていたのは現実逃避だけじゃないんだろう? 君、天体を見るのが好きなんじゃないの?」

「星を見るのは好き。だけど、ぼんやりと眺めるのが好きなだけだから」

「本格的な天体観測や天文学なんかには食指が動かない、と」


 難儀だねえ……つっても、俺も年頃の女の子の趣味とかわかんないんだけどさ。

 姉も年頃の女の子だけど特定の何かにハマってる感じではないしね。広く浅く色々摘まんでるって感じだ。

 それにルイとは性格も異なる。姉は活発的だがルイは内向的だし、趣向がかみ合うとは思えない。


「……笑顔くんは、趣味とかないの?」

「う、うーん……友達と遊ぶようにはなったけど趣味とかそういうのは」

「特にはないの?」


 誘われたら何でもやるが一人で積極的に掘り下げようとかはないな。

 いや、ゲームやら何やらが楽しくないわけではないんだよ?

 これは……あれか、オッサン特有の何かに手をつけることすら億劫になるあの現象……?

 肉体は若返っても心まで若返ったわけじゃねえからなぁ。どれだけイケメンボディを纏おうとも心の加齢臭が消えることはないのだ。


「まあ俺のことは良いんだよ。興味のあることとかはないの? ハマるかどうかはさておき軽く摘まんでみるのも悪くないと思うけど」

「興味のあること……」

「クラスメイトがやってたのを見て、何してんだろ? とか面白そうだなとか思ったりしたことは一度ぐらいあるんじゃない?」


 というか何で俺は往来でルイの趣味相談に付き合ってるんだろう……。

 俺よりコミュ力がゴミ臭いから自然と会話振っちゃったじゃねえか。

 つーか、ルイはルイでギクシャクしてる相手と普通に話してんなよ。


(調子狂うな……)


 そう思いつつも結局、小一時間ほどルイの話に付き合ってしまった。

 何かしら掴めたっぽいので、無駄な時間ではなかったと思うことにしよう。

 今度こそ図書館へ向かう。邪魔が入ることもなくすんなり辿り着くことが出来た。


(夏休みの夕方だからか、そこそこ混んでるな)


 邪魔になったら申し訳ないので目当ての本を借りてさっさと図書館を出る。

 特に用事もないので真っ直ぐ帰宅。これまた、特に何ごともなく家まで帰れた。

 母に帰宅の挨拶を済ませると自室に引っ込み、夕飯時まで読書に没頭。

 夕飯を食べたらまた読書に戻り、気付けば夜10時を回っていた。


「……」


 栞を挟み、本を閉じベッドに寝転がった俺は思わずこう漏らしてしまった。


「…………何事もなさ過ぎて何か不安になって来た」

次回、今やってる長編エピの根幹に関わるキャラの内二名が登場して話が進み始めます。

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