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2012Spark②

1.バフぅ……ですかねぇ


「あの……練習は良いんですか?」


 まあまあ、ゆっくりしていきなと半ば強引に座らされてお喋りしてんだけど今部活中だよな?

 しかも体育館を貸し切っての。これ結構、貴重な時間なんじゃないの?

 だってバレー部とかバスケ部とか体育館でやる部活は他にもあるだろうに……。


「だいじょぶだいじょぶ。貸し切りって言っても他に使う人居ないだけで枠取ったとかじゃないから」

「そうそう。合宿やら練習試合やらで居ないからうちらがーってだけだし」

「マイセン――ああ、うちの顧問が居たら多少は注意されるかもだけどぉ」

「ねえ?」

「うん」


 何やらしんみりとした空気だ。

 もしや顧問のマイセンさんとやらに何か不幸でも起きたのだろうか? だとすれば申し訳ないことを……。


「こないだ彼氏と別れちゃったんだよねえ」

「うん……一週間は来ないって言ってたよね」

「学校には来てるけど仕事やったら直帰だし」

「それは顧問としてどうなんです?」


 あ、でも部活の顧問は教員のボランティアみたいなもんだし別に良いのか?


「毎日毎日頑張ってるし多少のサボりは許容範囲だろう。笑顔くん、君が気にすることではないよ」

「お、部長のお墨付き出た」

「さっすがー! 麗華様は話が分かるー!!」

「げへへ、こんな若くてまぶいスケが居るし練習やっても集中出来やせんぜ」


 (スケ)ではねえだろ(スケ)では。

 だがその三下ムーブは個人的に好き。良いよね三下。何て言うか全力で人生を楽しんでる感がある。

 大抵はイキった後にボコられるかジャンルによっちゃ殺されたりするけどそこも含めて好き。何か蝉の一生を見てるみたい。


「というわけでほら、お食べ。お菓子美味しいよ」

「お菓子だけだと口ぱっさぱさになるよね。チア部名物、悲しみのレモネードもお飲み」

「悲しみのレモネードとは……?」

「まあうん、飲めば分かるよ」


 と姉が苦笑している。気になった俺は注がれたレモネードを飲んでみるのだが、


「あ、何かもの悲しい味がする……」

「でしょ?」


 普通に美味しいんだよ? これなら何杯もいけちゃうってぐらいに。

 ただ何か悲しみの味がするのだ。いやホント、悲しみの味としか言いようがない。


「……普通に作ってるはずなんだけどなぁ」

「……誰が作ってもこうなるのよね」

「……レシピには特に変わったところなんてないのに」

「……マジ何なんだろあのレシピ。何時から伝わってるかもわかんないし」

「……いやまあ、美味しいは美味しいんだけどさぁ」


 皆さん的にもマジで謎の存在らしい。

 口々に美味しいと言うように味はホント、良いんだけどね。

 でも何故だか泣きたくなるような悲しさが胸に……マジ何なんだこれ。


「部長どうなんです?」

「いやぁ引退した三年の先輩達が一年の頃にはもうあったと言っていたが……それ以上は私にも」


 引退ってことはここに居るのは一年、二年だけなのか。

 まあでもそうだよな。部活の引退は大体、夏ぐらいだもんなぁ。

 しかしそうなると西条さんは引き継いだばっかになるが……まあ堂々としてやがる。

 気心の知れた仲間だってのもあるだろうが、いやだからこそ最初は戸惑うもんだろうに。

 上に立つ資質ってやつかねえ。天ちょっと与え過ぎでない?


「あ、そういえばさ。ニコくんに聞きたいんだけど身体を上手に動かすコツとかってあるのかな?」

「む? 何故それを笑顔くんに聞く。喧嘩が強いらしいし運動神経は良いんだろうが……素人じゃないか」


 小首を傾げる西条さん。まあ、そうね。普通はそう考えるわな。

 喧嘩が強いからってチアで行うようなテクニカルな動きが上手いとは限らんし。


「いやいや、運動神経が良いなんてレベルじゃないんですって」


 そう言って俺にコツを聞いて来た女生徒はスマホを弄り出す。

 再生された動画は俺が桐……桐……桐何とかをシバキ倒した時のものだ。

 画面の中の俺は壁を蹴って跳び上がり、雑魚どもを踏みつけながら疾走している。


(うむ、我ながら実にヤン映えする動きだ……)


 ちょっとマジでこれは俺的にもポイント高いんだよね。

 何となく思いついて実行したんだが、バッチリ。逆十字軍との戦端を開く最初の一手としてはかなりのものなんじゃない?


「これは……凄いな。こんな不安定な足場だというのにまるで体幹がブレていない。素晴らしいバランス感覚だ」


 チア部の長を務める西条さんから見ても中々のものらしい。

 イヤァ、嬉しいねえ。でもそれはそれとしてこの動画、誰が撮ってたの……?

 何か話に聞くところによると俺の隠し撮りがこっそり取引されてるらしいけどさぁ。そういうのどうかと思う。


「ちょっとニコ~? お姉ちゃんこんなん知らなかったよ?」

「一々喧嘩して来たことを正直に告げるわけないじゃん……」

「いやでも教えてよ。ってか不良って皆、こんなアクション映画みたいなことやってんの?」

「いやいや麻美。不良が皆、こんなことしてたら怖いでしょ」


 そうだよ。俺のスタイリッシュムーブはネームドでもかなり上等(ハイクラス)の奴にしか許されないことだからね。

 モブがこんな動きしてみろよ大顰蹙だわ。モブのアクションシーンにページ割くなってさ。


「あ、それとは違うけど他にもすごいのありますよ」

「それは気になるな。見せてくれ」

「はいはい。これ、私が東区の海水浴場行った時のなんですけど」


 それって……あれ、でも待てよ。


「お姉さんもあの時、海に居たんですか?」

「うん、友達と一緒にね。いやホント、凄かったよアレ」

「…………その日、確か部活でしたよね?」


 あの日の朝、確か母は麻美はもう部活に行ったと言っていた。

 俺の指摘に女生徒はぴしっと固まった。姉や西条さん、他の部員がじーっと彼女を見つめている。


「…………ま、私のことは置いといて」

「……お前は午後、特別ハードにしごくからな」

「そんな!?」


 再生された動画はやはり例の必殺シュートの再現だった。

 この動画に関してはまあ、不思議でもないな。やってる時、既にギャラリー居たし。


「あ、これ知ってる。ピュアなキスのアレ……!」

「ってか笑顔くんも凄いけどサポートの子もかなりのもんじゃない?」

「赤い子は的確に返してるし、金髪と銀髪の子は息ぴったりでニコくん跳ね上げてるし」

「……不良というのは皆、これだけ動けるものなのか?」


 んなわけない。モブに(以下省略)。

 まあでも実際、タカミナと金銀コンビは普通の運動でもかなりのもんだよね。

 梅津はわりと不器用なとこもあるから、ものによってはアレだけど……それが逆にプラスになるんだからあざとい奴やよ。


「ね、ね? これだけ動けるならコツとかあるのかなって。お姉さんにアドバイスちょーだい!!」


 パン! と両手を合わせて可愛くオネダリをされる。

 他の部員の方々も興味があるようでじっと俺を見つめているが……。


(う、うーん……)


 Q.どうやれば上手に身体を動かせますか?

 A.世界の法則を利用したバフぅ……ですかねぇ。


(とは言えんわな)


 完全に頭おかしい奴じゃん。

 申し訳ないが何かそれっぽい答えでお茶を濁させてもらおう。


「特に意識してるわけじゃありませんけど、変に硬くなるとダメなんじゃないかなって」


 立ち上がり、丁度良い具合に貼られているテープの上に立つ。


「このテープとそこのテープ。まあ、大体三メートルぐらいかな?

これを崖に見立てるとして……これぐらいの距離なら助走つけたら飛べそうですよね?」


 だがもし、落ちてしまったら……という考えがどうしたって頭をよぎるはずだ。

 脳裏をよぎる恐怖が身体の強張りに繋がると、どうなる?


「助走の勢い、踏み切りのタイミング、色々ずれちゃって本来のポテンシャルを発揮出来ないと思うんです」

「思い切りを良くしろということか。断崖に立ったならむしろ大胆に跳べ、と」

「まあ、そんな感じです。ありきたりですいません」

「ううん。そんなことないよ! 思い切りを良くっては確かに何度か聞いたことあるけど」


 これだけ動ける人が言うのならやはり説得力があるとフォローしてくれる。


「あと、チアって個人競技ではなく団体競技ですよね?」

「うむ、そうだな。チームワークが何よりも尊ばれる競技だよ。皆が心と身体を一つにするから最高のパフォーマンスが生まれるんだ」

「ですよね」


 チームワーク。それは素晴らしいことだ。

 しかし、それがプレッシャーになることも当然あると思う。


「もし失敗しちゃったら、私が足を引っ張ってしまったら、そんなこともどうしても考えちゃうと思います。

でもそれは杞憂なんじゃないかなって。精一杯やった結果がそれなら少なくとも皆さんは誰も責めないと思います」


 こうして話していて分かったが、実に気の良い人達ばかりだと思う。

 それは姉が楽しそうにしていることからも確かだろう。


「むしろ仲間の失敗をカバーして更に奮起するんじゃないかな。そんな人が傍に居てくれる。なら怖がることなんて何一つないと俺は思います」


 恥ずかしいが、ここまで言ったんだから言わねばなるまい。


「その、俺は……あー、成り行きでチーム? みたいなのを率いることになりました。

最初は自分の指示で皆が、って思いもしましたが直ぐにそれは間違いだと思い直したんです。

俺の友人達ならきっと、笑って受け止めてくれるって。なら俺がやるべきことは俺なりの全力を尽くすこと」


 そして仲間を信じることだと思った。

 失敗したら何て考える必要はない。自分に出来る精一杯を尽くして仲間を信じる……それだけで良いのだ。

 そうすればきっと結果にも繋がるのではなかろうか。

 俺の言葉に目を丸くしていた皆さんだが、


「やばい、めっちゃ良いこと言ってる……」

「うん、確かにその通りだよね。迷惑かけてかけられて。それが友達で、仲間だもん」

「ここに居るのは馬鹿ばっかりだけど良い奴かって聞かれたら迷いなく頷けるのばっかだし」

「男同士の友情あっつい……これはそそる」


 ぱちぱちと拍手を送ってくれた。

 まあ、一部怪しいのも混じってるが。


「ふむ、笑顔くんは人の上に立つ資質を持っているんだろうな」

「いや、そんなことは……」

「あるさ。己に出来る全力を尽くして仲間を信じる。言うは易し、行うは難しだ。しかし君はそれをやれている」


 だから中学生でありながら高校生の軍団にも勝てたのだろう? 西条さんは笑った。


「同じく人を束ねる立場にある者として、君の言葉は胸に響いたよ」

「ど、どうも」

「良い男だ――――どうだろう、私と付き合わないかな?」

「だから出し得告白止めろや!!」

「大技ぶっぱしか出来ない初心者か!?」

「ハッハッハ、それはさておくとしてだ。あれだけ動けるというのなら……どうだろう、少し力を貸してくれないかな?」

「力を?」

「今日だけで良いから一緒に練習に参加してくれないか? 良い刺激になると思うんだ」


 男のチアとか誰が得するんです?

 と思わなくもないがそういうことではなくキレッキレの動きをやって皆を発奮させてくれってことだろう。

 着てる服もジャージだし運動するのに支障はなかろう。


「はぁ、まあ今日は暇なんで構いませんけど……俺、チアダンスとか全然知りませんよ?」

「私が見本を見せるさ。多分、君ならそれで十分だろう」


 いける、かなぁ?


「ちょっと待って。一緒にやるんならその格好じゃ……ねえ?」

「着替えてもらう必要があるわ」

「……美少年の女装とかご褒美にもほどがある……今日の運勢どうなってんの?」

「ちょ、ちょっとぉ! 人の弟に何するつもりよ!?」

「いやでも麻美。ニコくんのチア姿だよ? 見たい……見たくない?」

「そ、それは……」


 期待を込めた眼差しを俺に向ける姉には申し訳ないけど、


「やんないよ?」

「何で!?」

「いやだって恥ずかしいし」


 女装とかそういうのはちょっと……ねえ?

 ルイの一件を思い出してげんなりしそうだし、やりたくない。

 あの時みたいに差し迫った事情があるならともかく何もないのに女装とかマジ勘弁だわ。


「無理強いは良くないぞ」


 柔軟を終えた西条さんがそう言いつつ中央に向かった。

 お手本を見せてくれるのだから、一挙一動も見逃さないようにしないと。


「行くぞ!!」


 演技が始まる。それは正に圧巻のパフォーマンスだった。

 目を引く激しい動きもそうだが、それ以上に緩急のつけ方が凄まじい。

 観衆を飽きさせない動きの数々は素晴らしいの一言だ。

 つか……ええ? 時間にすりゃそこまででもないけどこんなのほぼ毎日やってんの……?


(そりゃスタイルも良くなるわ)


 姉を見ててよく食うなこの人……って思ってたがそりゃ食うわ。食わんとエネルギーが足りねえだろ。

 持って来た弁当もこれ、女子の可愛らしいのじゃないからね。

 土方の人達が食べるようなクッソでけえ弁当箱に肉やら揚げ物やらマシマシだもん。


「ふぅ。さて、どうかな?」

「まあ、大体は」


 姉や他の部員はマジか? みたいな顔をしているがマジだ。

 多分、これバフかかってるな。だって俺のキャラでここで出来ませんとかダサいもん。


「ではやってみせてくれ」

「分かりました。間違ってるとことかアドバイスあったらよろしくお願いします」


 西条さんと入れ替わり中央に向かった俺は先ほど焼き付けた演技を再現してみせる。

 わりとマジで疲れるなこれ……と思ったが最後まで全力でやり切った。

 どうでしょう? と西条さんを見ると彼女は頷き、


「グッド」


 どうやら期待に応えられたらしい。


「……あ、姉より優れた弟が居た……」

「じゃ、ジャ●様! 元気出して!!」

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