2012Spark①
1.何かしらの不正の匂いを感じる
「何だかんだ言ってもやっぱり自分のベッドが一番だな……」
旅の疲れもあって昨日はぐっすりだった。それ以外は何もない。
部屋の隅に転がっている鞠なんか全然見えない。飛蚊症か何かだろう。
それはさておき畳の上で布団を敷いて寝たりハンモックの上でというのも悪くはないが結局、使い慣れた自分のベッドが一番だわ。
HPの回復具合が違うね。自分の部屋、自分のベッド、完全なる俺空間だもん。満タンまで回復したわ。
「時間は……まだ十時か」
今日は特に予定も入っていない……いや一つあったか。
だがあれはあちらの連絡待ちだし、今日いきなりということはあるまいて。
それなら朝御飯を食べたら図書館にでも行ってみようか。
「あら、おはようニコくん。一週間ぶりの自分のベッドの寝心地はどうだった?」
「おはよう母さん。すこぶる快適だったよ」
眼鏡をかけてパソコンを弄っていた母だが俺がリビングに入ると画面から視線を外し、笑顔で俺に挨拶してくれた。
父と離婚して以降、母は在宅で結婚前にやっていた一族の仕事に復帰した。お金に困っていないがそこらは本人の気質だろう。
結婚して家庭に入ったのも父の意向が大きかったんだと思う。子供が居ても働けないわけじゃないしな。
在宅なのは父がまだしぶとく会社に残っているからそれに気を遣ったのだ。
そこらの事情を説明されたわけではないが、父が居なくなれば完全に復帰するんだと思う。
「それは良かったわ。朝御飯作るからちょっと待っててね?」
「うん、ありがと」
ソファに腰掛けぼんやりとテレビを眺める。
そういや昔は夏休みの午前中はアニメの再放送やってたよな。
日常系アニメならまだしもそうじゃない長編。土日を除いて毎日放送しても到底、一ヶ月では終わらんだろってやつは何なんだ。
(販促……だったのか?)
続きはビデオやDVDで……的な?
ただ夏休みが終わったら気にしなくなるしなぁ。いや、だからか?
(やたらと癖がある番組をチョイスしてたのはその枠を統括してる人の趣味なんだろうか……)
つらつらと益体もないことを考えていると良い匂いが漂って来た。
パンの焼ける匂いってどうしてこう胸をいっぱいにしてくれるんだろう? 幸せの香りだよな。
「お待たせ」
おぉ、今朝はホットサンドか。
姉が何かにハマって買ったは良いものの即飽きちゃったホットサンドメーカーを使ったんだな。
具は……ツナマヨとキャベツにベーコンチーズ、チョコバナナか。こりゃ美味そうだ。
「いただきます」
「めしあがれ。ところでニコくん、今日の予定は何かあるのかしら?」
「? ううん。朝御飯食べたらちょっと図書館に行こうかなってぐらい」
「図書館?」
「うん。読書感想文に使う本を探そうかなって」
日記と読書感想文以外の宿題はもう終わってるからな。
読書感想文も何かテキトーに読めばパパっと書けるだろう。
しかし日記って……中学生にもなってそれはどうなんだろうな? あ、いや中学生だからか?
日記を見ればどんな生活を送っているのかも把握出来るしな。
教師ってのは子供が考えているよりずっと賢い。嘘だらけだとバレるだろう。
日記に書けないような疚しいことをしてそうな生徒を炙り出す意味では悪くないのかも。
じゃあ逆に馬鹿正直に喧嘩しましたとか書いたらどうなるのかな……ちょっと気になって来たわ。
「それならちょっとお使いを頼まれてくれないかしら?」
「良いよ。何か買ってくれば良いの?」
「ううん、届け物。麻美ったら朝バタバタしててお弁当忘れて行ったのよ」
だから朝は余裕を持って起きなさいって言ってるのに……と溜息を吐く母。
お転婆な娘にもう少し淑女らしい行動をということなんだろうけど……まあ、ねえ? コメントは差し控えさせて頂く。
「分かった。ならご飯食べたら行って来るよ」
「ありがとう、よろしくね」
「うん」
というわけで朝食を済ませ身支度を整えた俺は弁当片手に家を出た。
徒歩でも良いのだが……ガレージから何とも言えない圧を感じたので白雷で行くことにした。
一週間ご無沙汰だったから構えと言っているのかもしれない。
(学校の駐車場に停めるのはどうかと思ったが……まあ、堂々してれば逆にいけるかもしれない)
姉の通っている高校は進学校というほどではないがそれなりのとこなのでヤンキーは居ない。
普通の生徒なら白雷を発見しても手を出すようなことはないだろう。
「すいません」
「ああはいはい。あらまあ、イケメン」
受付に行くとお姉さんがうひ♪と口元に手を当てて笑った。
何とも言えない気分だが、話が円滑に進むならまあ良いか。
「姉に弁当を届けに来たんですが」
「はいはい、お姉さんのお名前と学年、クラスは分かるかしら?」
「名前は高峰麻美。一年生でクラスは確か……」
必要事項を告げるとあっさり入校許可証を出してくれた。
ついでに忍ばされていた連絡先を書いたメモは無視しておく。
(確か、チア部だっけ?)
姉はチアリーディング部に所属している。
けどチア部って何やってんだろ? 甲子園の観客席で応援してるイメージしかないや。
実際はもっと色々やってんだろうけど俺の貧困なイメージじゃなぁ。
(外でも中でも活動してるらしいし……)
とりあえず体育館行って、居ないならテキトーな学生にでも聞けば良いか。
案内図を見て場所を確認し、歩き出す。
夏休みとは言え姉と同じように部活に来ている生徒も多く、俺を見てひそひそやってる。
俺が最近噂のヤンキーだからって感じじゃないな。単に見た目ではしゃいでる感じだ。
(容姿ってのは凄い武器だよなぁ)
仮に俺が前世というワンクッションを挟まず、今の姿で生まれていたらどうなっていただろう。
まず間違いなく自惚れてしまう。これは使えると天狗になって調子に乗りまくる姿がありありと想像出来る。
年頃の子供の自尊心を満たすのに、この容姿は猛毒が過ぎる。
(あの女も……)
そんなことを考えていると体育館に到着した。
玄関から中に入り、閉ざされた館内に続く鉄扉を開けると……居た。
どうやら貸し切りらしく三十人ちょっとのチア部らしき生徒があれやこれやと踊っていた。
扉が開かれたことにも気付いていないようで、かなりの集中力だ。
「すいません、高峰麻美は居ませんか?」
少し声を張って尋ねるとぴたりと喧騒が止んだ。
そして集団の中から汗だくの姉がこちらに駆け寄って来た。
「ちょ、ちょっとー! どうしたのニコ!?」
「どうしたもこうしたも……はいこれ、お弁当」
「え? あー! 嘘、忘れてたの私!?」
忘れてたことにすら気付いていなかったのか……。
「朝はもう少し余裕を持ちなさいって母さんが言ってたよ」
「う……正論は正論なんだけど何故か素直に頷けない」
それはまあ、はい。
言及はしてないけど母さんも多分、高校時代は普通に遅刻やサボりをしてただろうしね。
「まあお母さんはともかく助かったよ。ありがとねニコ」
よしよしと頭を撫でられる。
子供じゃねえんだからと思わなくもないが姉の危機(空腹)を救えたのだし良しとしよう。
姉や他の皆さんの様子を見るにかなりハードっぽいからな。
これで昼抜きだと辛かろう。午後もあるみたいだし沢山食べて沢山頑張って欲しい。
「それじゃ、俺はこれで……」
と去ろうとしたところでこれまでは遠巻きに見ていた部員の方々が近付いて来る。
「ねね、麻美。この子が噂のニコくんだよね」
「え? あ、うん。そうだけど……」
「はーっ……確かにこりゃ凄い美形だわぁ」
「お人形さんみたい」
「こんな可愛いのに喧嘩もめちゃ強いんでしょ? やば過ぎ」
「白幽鬼姫だっけ? 男の子に姫は名前負けでしょってなるけど全然負けてないこの子……」
「そりゃ姫だわ。あたしより絶対プリンセス偏差値高い……」
あ、これ俺のヤン活(ヤンキー活動の意)バレてんな。
「ってかさぁ。こんな子が弟とかちょっとずるくない?」
「格差社会だわ」
「許されて良いのこの理不尽」
「何かしらの不正の匂いを感じる」
あっという間に囲まれてしまった。
というかあれな、今気付いたが皆さん可愛い子ばっかりだね。ああでも当然っちゃ当然か。
公衆の面前でパフォーマンスするんだもん。多少なりとも自分の容姿だったりに自信がなきゃチア部なんて入らないか。
というか不正って何だ。姉弟関係に使う言葉じゃねえだろ。でもそれをチョイスしたセンスは嫌いじゃない。地味にツボった。
「何か拝んだらご利益ありそう」
「ちょ、あの、ジュース買ってあげるから一回私のことお姉ちゃんって呼んでくれない?」
「あ、ずるい! それなら私も! パン! パン買ったげるからねーねって!」
「人の弟にいかがわしい取引持ちかけんな!!」
姉は俺を庇うように抱き寄せるとシャー! と周囲を威嚇した。
あの、これは失礼だから考えないようにしてたんだけど……この空間あっせ臭い……。
いや仕方ないんだけどさ。業務用っぽい扇風機複数台ガン回ししてるのに焼け石に水程度な体育館の中で激しい運動してんだもん。
女の子だってそりゃ汗ぐらいかくさ。でもそんな汗だくの方々に囲まれると……こう、ねえ?
強烈に漂って来る。この時ばかりは無表情で良かったと思うわ。
「高峰、少し真面目な話がしたいのだが構わないか?」
「え、あ、部長。ど、どうぞ」
ポニテのキリっとした女生徒が俺の前に立つ。
乳も尻もタッパもでけえな。美人ではあるけど、これ男でも気後れしちゃうタイプだろ。
「はじめまして花咲笑顔くん。私は西条麗華という者だ」
「はあ、どうもです」
「ふふ、君には伝えたいことがあってね」
「伝えたいこと?」
「ありがとう」
「え」
何だ急に。どういうこと? と姉が視線で聞いて来るが俺にも心当たりはないぞ。
そもそもこの人――西条さんと会ったのも今日が初めてだし。
流石にこのレベルの人とどっかで会ってたら覚えてるもん。
「逆十字軍のことさ」
「あー……」
「私の友人。他所の学校の子もそうだが連中の被害を受けていたんだ」
そういうあれか。
「随分と痛い目を見せてやったそうじゃないか。私の友人達もざまぁみろと晴れやかな顔で笑っていたよ」
だからありがとうと再度、頭を下げる西条さん。
まあ、そうだよな。高校生も当然、標的にされてるわな。リーマンとかからも金品巻き上げようとしてたし。
「あー……その、頭を上げてください。感謝されるようなことはしていませんから」
塵狼と逆十字軍の抗争は決して、正義と悪の戦いなどではない。
「好き勝手やっていた無法者が別の無法者に喰われた。これはそれだけの話ですから」
「フッ、謙虚だね」
「事実です。気兼ねなく夏休みを楽しむのに連中が目障りだったから潰したんですよ」
お陰で楽しい夏休みを…………うん、楽しい夏休みを過ごせてる。
田舎のスローライフは実に素晴らしかった。何かあったような気もするが多分気のせいだろう。
「だとしてもさ。ま、私が勝手に感謝しているだけだ。気にしないでくれ」
「はぁ」
にしても何だい。この姉さん、かなりの男前だな。
このレベルの子と付き合うとなれば男側に求められるハードルも爆上がりじゃん。
「あ、そういうことなら私も。友達がアイツらに無理矢理連れてかれそうになったことがあったの」
……ホント、好き勝手やってるな。
言葉を濁してるけど、そういうことだろ? 未然に被害を防げたっぽいが胸糞悪い。
「その時、ポニーテールの男の子が助けてくれたみたいなんだ」
「ポニーテール……梅津かな」
金銀の配下の顔、全員知ってるわけじゃないからポニーくんも居るかもだが……なあ?
わざわざ話題に上がるぐらい目立ってたんなら梅津だろう、多分。
「終わったら直ぐにどっか行っちゃってお礼を言えなかったらしいけど、その子にもありがとうって伝えてくれる?」
「分かりました」
さっさとその場を去った……多分、あれだな。変にお礼を言われたりするのが恥ずかしかったのだろう。
だから梅津はそういう空気を察して逃げたんだ。つくづくあざといやっちゃでぇ……。
(当人が居ないとこでも株上げて来るのは何なの? ズルイ男やよ)
その後も、他の方々から感謝の言葉をもらってしまった。
俺達が正しいなどとは口が裂けても言えないが、それでも潰して正解だったな。
こんなん放置して夏休み突入してたらどうなっていたことか。
確実にどっかでイベント起こって胸糞悪い思いをしていただろう。さっさと掃除しようという俺の判断は間違いではなかった。
やっぱあれだな。夏休みの宿題然り、嫌なことはさっさと済ませてしまうに限る。
「時に笑顔くん」
「? 何でしょう」
「君は交際をしている女性……まあ、男性でも良いが居るのかね?」
ジェンダー問題にも配慮してるんですね、分かります。
「いえ、居ませんけど……」
「そうか。それならどうだろう? 私を恋人にしてみないかな?」
《ハァ!?》
俺ではなく姉や部員の方々が良いリアクションを返してくれる。
いやまあ、俺もハァ!? だけどさ。何だ急に。
「こう見えて尽くすタイプだと自負している。中々お買い得だと思うんだが」
「ちょ、ぶちょ……あんたいきなり何言ってんすか!?」
ガー! と姉が噛み付くが西条さんはどこ吹く風で答える。
「いやだってこんな好物件だぞ? ワンチャンあるかもだしとりあえずブッパしてみるだろう」
格ゲーか。
「断られても今のノリなら妙な空気にもならないだろうし、交友を繋いでおけばチャンスも潰えない。出し得じゃないか」
格ゲーか。
「あの、それなら私も! 私、お尻には自信あるよ! 心無いヤツはデケエだけじゃんって言うけどお尻は安産の証だから!!」
「あ、ずるい! じゃあ私も! セールスポイントは腋です! 我ながら綺麗なラインだなって」
「脚! 脚見てこの美脚を! むしゃぶりつきたくなるような一品だと思わない!?」
「ヤメロー! 人の弟に色目使うなー! ニコは私んだぁー!!」
どうするんだこれ……。
じっくり話を進めていきたいので序盤は日常。
徐々に不穏な空気やフラグを立てつつ……って感じで進めていく予定です。