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レッツゴー!陰陽師⑦

1.いやだってうざかったし


「……なあオイ、子供なんか居たか?」

「……居なかったはずだが」


 つぅ、と暑さとは違う理由で汗を垂らしながら問うタカミナに梅津も険しい顔で答える。

 金銀コンビは無言だが、その様子を見れば緊張に身を硬くしているのは容易に見て取れる。

 さて。わりとシリアスな空気が流れてるわけだが……。


(逆に萎えるな)


 え、ここで? みたいなね。

 山ん中。怪しいお社と来てだよ? そこに子供持って来る? しかも赤い着物の。

 ちょっとあまりにもベタ過ぎやしませんかね。捻りがなさ過ぎてちょっと……みたいなぁ?

 いや俺もお約束は好きよ? 何だかんだ王道ってのは素晴らしいもんだ。

 安定した面白さで心を掴みに来るから王道は王道足りえるわけで奇を衒えば良いってもんではない。


(でもここはちょっと……ねえ?)


 俺は王道好きだが、じゃあそれだけで満足するかっつったら? また違うわけですよ。

 何時もの定食屋に入っても何時ものメニューを頼むとは限らないでしょ。

 偶には何か違うもんを摂取したくなる時があるでしょ? これまで頼んだことないメニューを開拓してみようかって冒険心が疼く時がさ。

 今の俺が正にそれなのよ。ひょっとしてオカルトもありなのか? ってさっきまで悪寒が走ってたわけですよ。


(ならそこは更に恐怖を掻き立ててくれるようなのをぶっこんで来て欲しかった)


 ある種、ほっとする王道ではなく奇を衒った方向から攻めて欲しかった

 まったく予想だにしない方向から完全に不意を打たれて心をかき乱されたかったんだよ。

 いやね、俺も面倒なことを言ってるのは分かってるよ? でも見てよ。


「くすくす」


 外見相応の無邪気さと気味の悪さが入り混じった具合で笑ってるあの子。

 そうよね、こういう時はとりあえず笑いますよねって感想しか浮かんで来ない。

 息を呑んでいる四天王の方々にゃ申し訳ないんだが俺からすれば何だかなーって感じなのよ。

 俺一人だけノレてない感が酷い。疎外感を覚えてます。


「村の、子供か?」

「いやだが見たことねえぞ」

「……村長の爺さんが知らなかっただけで俺らみたいに他所から遊びに来たんかもしれねえ」


 金銀の会話がどこか空々しく聞こえる。二人も分かっていて言っているのだ。それはないと。

 仮に都会から遊びに来た子供だったとして、だ。十にも満たないガキを一人で山に入らせるかね?

 勝手に入った? だとしてもおかしい。そう大きくはない山だが、それは俺らがある程度の年齢且つ結構な体力を持っているからそう思えるだけ。

 ここに辿り着くまで俺らは結構な距離を歩いて来た。ロクに整備もされていない山道をな。

 不自然だろう。あんな格好で歩いて来たのにガキの顔は実に涼しげだし、着物だってちっとも汚れてねえ。


「……よぉ、お嬢ちゃん。一人で山に来たのか? パパとママは?」

「いないよ」


 すん、と平坦な声で童女は答えた。ビクリと肩を揺らす四人と飴を舐める俺。


(しょっぱい感じが中々にグッドだ。常用するほどではないが暑い時期にちょこちょこ食べるのは良いかもしれん)


 イチゴミルクは外せんけど、偶には浮気するのも悪くないかなって。


「おっとうもおっかあもいない」

「そ、そうか。いや悪いな。うちの馬鹿ゴールドがデリカシーのないこと聞いちまってよ!」


 努めて明るく振舞うタカミナだがこれもまた白々しい。無理してやってる感が半端ねえ。

 まあそれはそれとしてホラーで犠牲者になるんがヤンキーってのは定番だよな。

 でもどうせなら野郎五人じゃなく可愛い女の子も混ぜて欲しかった感ある。

 やっぱ野郎だけだと画面がむさいっすよ監督。女の子出さなきゃ売れませんって。


「しんだ」


 しかしあれよな、飴舐めてるとお腹減って来た……そろそろお昼ご飯にして欲しい。

 でもこの空気でパパお腹空いたーとか言えんしなぁ。早く終わってくんねえかな。

 ヤンキー漫画でやるホラー回だってのを差し引いてもだ。ここでいきなり怖くて危ない目に遭うこたぁねえだろ。だってどう考えても導入だもん。

 ここで適度にビビらせて俺らは元の空気に戻そうとするがさっきのことが後を引いてギクシャクして変な感じに……みたいな流れでしょ多分。


「しんだ。しんだ。しんだ。おっとうもおっかあもしんだ」


 けらけらと、歌うように童女は嗤う。

 どうでも良いけど多分、コイツ大昔の人間の幽霊だよな? ってーことは実質ババアってわけだ。

 ババアが真昼間からガキ脅かして笑ってるとか情けなさ過ぎて父ちゃん、泣けてくらぁ。


「お、おい!」


 何かを考えてではなく思わずといった様子でタカミナが童女に駆け寄り肩を掴もうとするがその手は空を切った。

 童女の身体をすり抜けた手を見つめタカミナは盛大に顔を引き攣らせた。

 だが異変はこの程度ではなかった。


「…………え、消えた?」


 そう思ったのもつかの間、またしても死んだ死んだと楽しげな声が聞こえる。

 声が聞こえた方向を見ると少女が居た。どうやっても一瞬で移動出来るような距離ではない。

 短距離ワープか。異能バトルもので俺が欲しい能力のトップ10ぐらいには入るやつだな。

 口に出せば暢気か! と皆に怒鳴られるかもしれないが実際、焦る要素はない。

 この世界のメインストリームがホラー、オカルトなら俺もそりゃあ必死になるさ。

 こんな状況だもん。何とかやべえフラグを折ろうとプラスになりそうなフラグ立てに躍起にもなろうさ。


(でも生憎とこの世界のメインストリームはヤンキー漫画なんだよなぁ)


 打ち切り漫画の超展開じゃねえんだ。こんな脇の話でキャラが死ぬことはまずあるまい。

 何ならこないだのルイとのイベントの方がよっぽど深刻だわ。あっちの方が頭抱えたよ。いやマジで。


(しかしこれ、どっちなんだろうな)


 メジャーというほどではないがヤンキー漫画にもホラー回がないわけではない。

 位置づけとしては本編にはまるで関わりのない感じでその話の中でのことがメインストーリーに持ち越されることはまずない。


(言うなればそう、箸休め的な感じだな)


 さて、俺はホラー回は二つに種類が分けられると考えている。

 一つはコメディチックに話を運ぶタイプ。これはもう、言わなくても分かるだろうが死亡展開はまずあり得ない。

 もう一つはジャンルはヤンキー漫画なのに結構本格的なホラーをぶっこんで来るタイプ。

 死にこそしないが……こう、何て言うのかな。特に何も解決しないで不気味さを残したまま話が終わるんだ。


(……待てよ)


 ふと思った。俺が話の舵を取ることは出来ねえもんかな。

 思い出すのは梅津とのエピソード。俺はそこで奴が光堕ちするフラグを何となしで立ててみて実際その通りになった。

 ならば今回も俺のアクションでギャグかホラーかを選ぶことが出来るのではなかろうか。


(選ぶのは当然、前者)


 何が悲しゅうて折角の旅行で後味の悪い思いをせにゃならんのか。

 しかし、どうやってギャグに持ち込もうか。思案している俺の脳裏に天啓が降りる。

 そうだ、これは小道具として使えるんじゃなかろうか。


「な、何だよ……何がどうなってんだ!?」


 消えては現れ、不吉な笑い声を上げる童女にパニックになっている四人。

 俺はそんな彼らをスルーして童女の出現地点を予測し、


「おまえたちもしぬ! たたら……れびゅはぁ!?」

「「「「………………は?」」」」


 蹴りをかます。

 ミドルキックは見事に童女の顔面に直撃し、その小さな身体がお社の扉に叩き付けられる。


「……? !!?!」


 鼻を手で押さえながら信じられないといった様子で目を剥きこちらを見る童女。

 鼻を押さえている手の隙間からはぼたぼたと鼻血が流れ出していてめっちゃシュール。

 これはもうギャグ展開に入ったな。子供に手を上げる絵面はアレだが、あれは別に人じゃねえしな。

 元人という括りにしても俺より年上なんだから気兼ねする理由はどこにもありはしない。


「お、おま……!!」

「あーくりょーたーいさーん」


 怒りの声を上げようとするがそれを遮るようにドロップキック。

 我ながら良い踏み切りだと自賛したくなるそれは吸い寄せられるように顔面に直撃。

 童女が社の扉をぶち破って中に押し込まれる。

 俺は着地を決めると振り返り皆を見て一言。


「とりあえず殴れるみたいだよ」

「「「「いやそうじゃねえだろ!?」」」」


 はいこれ、完全にギャグ展開入りましたね。

 そんなことを考えていると、


「……ゆるさない……ゆるさないぞおまえたち! たたってやる! のろってやるぅううううううううう!!」


 前が見えねぇ、って感じの童女がまたしてもあらぬ方向に出現。

 俺達――ってか俺に呪いの言葉を吐きながら虚空に消えていった。


「あんなザマで凄まれても迫力ないよね」

「「「「だからそうじゃねえだろってよォ! お前の頭は一体どうなってんだ!?」」」」


 漫画脳ぅ……ですかねぇ。


「いや、は? どう考えてもこの世のもんじゃなかったろアレェ!?」

「まあまあ落ち着きなよ梅津」

「タカミナが触ろうとしたらすり抜けたのに何でえっちゃんは普通に蹴り飛ばしてんのさ!?」

「まがりなりにも見た目子供の顔面によう蹴りかましたなオイ!!」

「前々から思ってたがお前の情緒どうなってんの!?」


 ぎゃーすか騒ぐ皆を宥めつつ俺は言う。


「いやだってうざかったし」

「「「「うざかったし……じゃねえんだけど!?」」」」


 実に良いリアクションだ。


「つ、つか何で蹴りかませたんだ……? お、お前ひょっとしてあれか? れ、霊能者的な……」

「いや違うよ。生まれてこの方、心霊現象なんて遭遇したことないし。今日がはじめて」


 転生は特級のオカルトだが……まあ、これは置いとこう。


「じゃ、じゃあ何で……」

「秘密兵器があったから」


 秘密兵器? と首を傾げる皆に俺はポケットから取り出したそれを見せ付ける。


「…………飴?」

「そう、塩飴。熱中症対策に持って来たんだ」


 これを砕いて両足に振りかけてみたのだ。

 幽霊と言えば塩だろ? 一先ず理屈は通ってるかなって。

 そして理屈は通ってるとは言えこんな方法で幽霊蹴り飛ばせたら確実、ギャグルートに入るだろうなって思惑もあった。

 結果はご覧の通り、あの童女は見事に醜態を晒してくれた。


「「「「えぇ……?」」」」

「いやぁ、何でも試してみるもんだ。チャレンジ精神、大事」

「…………ある意味、幽霊よかニコのがおっかねえわ」

「大物過ぎて草も生えねえ」

「さっきまでの緊迫感はどこいったん?」

「……頭がいてぇ」


 四人は疲れたように息を吐く。


「でもほら、これで分かったじゃん。何かよう分からんものでも塩があれば殴れるって」

「それは……まあそうだなぁ。俺も金角も幽霊は殴れねえから怖かったけど」

「おお、塩コーティングすりゃ殴れるってんなら別に何の問題もねえわ」

「殴れるんならさっきのもテレポ得意なガキでしかねえもんな」

「…………お前らイカレてんのか……?」


 何はともあれ問題は解決した。このまま登山に戻っても良いのだが、どうにもそんな気分にはなれないと皆は言う。

 無駄に疲れてしまったせいだろう。結局、俺達は山を降りることにした。

 まあまだ滞在日数は十分残っているのだ。後日また仕切りなおせば良い。

 もやついた気持ちを抱えたまま強行したところで楽しめやしない。


「しっかしあの社は何だったんだろうな?」

「あのガキとも関係あ……」


 下山し村に戻った俺達は家を目指して歩きながら駄弁っていたのだが……。


「お前らあそこに入ったんか!?」


 見知らぬ爺が凄まじい形相で駆け寄って来て俺の胸倉を掴む。


「こん馬鹿者がぁ! じゃからわしはよそ者が好かんのじゃ!!」


 お約束過ぎて笑うわこんなん。

それでは答え合わせ。


白龍→はくりゅう

紅虎→べにとら

螺旋怪談→らせんかいだん

闇璽ヱ羅→アンジェラ

黒笑→ブラックジョーク

悪童七人隊→ワイルドセブン

魔性天使→バンビーナ



になります。正直下二つは脳内当てクイズ染みててすまんかった。

ちなみにアンジェラとバンビーナはそれぞれ曲名から取ってます。

山崎まさよしさんと布袋寅泰さんの曲でどちらも名曲なので是非、一度聴いてみてください(ステマ)

バンビーナの方は艶裸天使とかでも良かったかもしれない……。

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