レッツゴー!陰陽師③
1.馬鹿! 俺ならぜってー幸せにするわ!!
「忘れ物はない? ハンカチは? ティッシュは? 着替えも大丈夫?」
「スマホの充電器は持った? おやつも?」
七月二十四日、早朝。俺は玄関前で母と姉にあれやこれやと心配されていた。
よくよく考えなくても遠出なんてこれが初めてだからな。不安なのだろう。
でも、中身がオッサンの俺からするとちょっと……ううん、かなり恥ずかしい。いや、ありがたくはあるんだけどね?
「大丈夫だよ。村にはないけどそこそこ離れたとこにある町にはコンビニもあるらしいし」
「でも……」
「というか、そろそろ出ないと電車が……」
十分以上、こんなことしてるからね。
「はぁ……分かったわ。向こうに着いたら一度、連絡を入れるのよ?」
「分かった」
「お土産、よろしくね~?」
「任せて」
それじゃ、
「いってきます」
「「いってらっしゃい!!」」
楽しんでおいで。弾けるような笑顔に後を押され俺は家を出た。
そして俺を見送っている二人が見えなくなったところでダッシュに切り替える。
いやうん、わりとマジで時間がギリギリなんだよ。
切符は前日に買っておいたから新幹線に乗るだけなんだが……乗り過ごしたらまずいからな。
「はよざーっす。遅かったなニコ」
「ごめんごめん」
駅には既にタカミナ、金銀コンビ、梅津と全員が揃っていた。
梅津は朝が弱いらしく、うとうとと舟を漕いでいる。つくづくあざとい男やでぇ……。
最初は嫌な敵として出て来たけど、いざ仲間になると可愛い部分を出してってさ。女受け狙ってんのかよ。
「それよかニコちゃん、ちゃんと朝は少なめにして来たかぁ?」
「うん、大丈夫。バナナオレだけ」
「それは少な過ぎる気もすっけど……」
何でわざわざ朝食を軽くして来たかというとだお昼――……そう、駅弁である。
途中、何だかでそこそこ長く停車する駅があるそうでそこで駅弁を買う予定なのだ。
普段は食べられないような駅弁を食べ比べする予定なので腹を空かせる必要があったわけだ。
「っと、新幹線が来たな。おい梅津……梅津! 行くべや!!」
「…………ぁぁ」
どんだけ朝弱いんだ。
ちょっとばかし介護しつつ梅津を先に押し込み、俺達も続く。
トイレに近い車両の三人席側の椅子を回転させてグループ席にする。こっちは五人だからな。
「えっちゃん、荷物上げんべ。何か取り出すものあったら先に取り出しとき」
「ん、特にないから大丈夫。ありがとうね」
荷物を棚に上げ席に座り、一息吐く。
並びは金銀コンビと梅津、俺とタカミナって感じだ。梅津はもう限界だったようで早速寝息を立てている。
「新幹線ってそれだけでもうワクワクすんの俺だけ?」
「いやぁ、男の子なら当然だべや」
そうかな……大人になったらそうでもないんだけどな。
前世の話だが新幹線乗るとか出張以外じゃなかったし、出張行くこと自体がもうダルイからな。
新幹線=出張って図式が出来ちゃってワクワクとかは全然なかった気がする。
どれだけ早く寝て、長く眠っていられるかしか考えてなかったわ。
(そういう意味じゃ、何の憂いもない状態で新幹線乗れんのはありがたいことだな……)
マジで、こういう機会でもなきゃ乗らんしな。
ああいや、修学旅行で乗る可能性はあるか。でも修学旅行ってヤンキー的にはどう考えても地元の奴らと揉めるイベントがセットだしなぁ。
軽いので済めば良いけど長編エピソードぐらいのになるとしんどいわ。
「にしても岩手かぁ……岩手って言やぁ、遠野物語だわな」
「それな。この書を外国に在る人々に呈す――出だしからもう激シブよ」
さらっとそこで遠野物語が出て来るあたり金銀コンビはホント、守備範囲広いよな。
一方タカミナは小首を傾げている。
「遠野物語ってあによ?」
「岩手県の遠野地方に伝わる逸話やら何やらをまとめた説話集……昔話みたいなもんだよ」
「ほう。妖怪か? 妖怪出るんか?」
「妖怪も出るね」
有名なのはやっぱり座敷童やマヨヒガあたりだろう。
この辺は遠野物語を知らんでも、どっかで聞いたことも多いのではなかろうか。
「んだよタカミナ、おめえ妖怪好きなんか」
「男の子だかんな当然だろ」
「分かるマン。つーわけではい! 俺的いっちゃん好きな妖怪とお近づきになりたい妖怪ナンバー1挙げてこうぜ!」
一番好きはともかくお近づきになりたい、ねえ。
「じゃトップバッター俺な! 九尾の狐ってもう字面からカッコ良くね? こんなん好きにならん方が嘘だろ」
タカミナが挙げたのはこれまた有名どころだが、その気持ちは分かる。金毛白面とか殺生石とか異名や逸話も中二ポイント高い。
あと男的には絶世の美女に化けるってのもセールスポイントになるかも。
九尾と付き合えばどんな性癖にも対応してくれるってことだからな。まあ、中身は地獄だけど。
「お近付きになりたいのは?」
「お近付きっつーか、勝負してみてえんは首無しライダーだな」
それ妖怪? 都市伝説のような……まあ似たようなもんか。
「二番手は金ちゃんが行かせてもらうぜ。俺はぬらりひょんだな。つっても妖怪の総大将とかそういうんじゃねえぞ?」
ああ、何か何時頃からかそういう風潮あるよね。妖怪大先生の影響かしら?
「俺が好きなんは勝手に家に上がりこんで茶ぁシバいてる妙な緩さだよ。愛嬌があって面白いじゃん」
人喰ったりとかそういう凶悪なんではなくコミカルな感じがツボったのか。分からんでもない。
勝手に飯食べられたりとか迷惑は迷惑だけど許容範囲だ。
命までは取られない範疇でも狐や狸は人間化かして糞食わせたりするからな。
「お近付きになりたいのは雪女一択ですね」
「その手の異類婚姻譚は大概、悲劇で終わるけどね」
「馬鹿! 俺ならぜってー幸せにするわ!!」
そうですか。
「俺は小豆洗いが好きだわ。小豆洗おか♪ 人取って喰おか♪ は中々のリリックだと思う」
ふむ、金銀コンビは緩い妖怪が好みなのか。
「お近付きになりたいのは鶴女房」
妖怪ってか物語じゃん……と言いたいが人に化けられる時点で妖怪だわな。
そして魂胆も丸見えである。
「俺は身を削る機織で日に日に痩せていくようなこたぁ、させねえ。愛してくれるだけで良い!!」
美女だもんね。
さて最後は俺か。一番好きなのは、やっぱりあれかな。
「神野悪五郎って良くない?」
「何それ名前からしてカッケーんだが」
「稲生物怪録か……魔王だもんな。男の子心を擽るのはしゃーないわ。異境備忘録だと神野悪五郎日影でますますカッケー」
「ライバルの山本五郎左衛門もカッケーよな。響きが良いわ響きが」
「お近付きになりたいのはベタに座敷童かな。出てかれたら破滅するけど」
富を得ても真面目に働き続けるってのは中々難しいよね。
「つかお前ら妖怪詳しいな。もっと色んな話してくれよ」
「「しょうがねえなぁ!」」
「それじゃあ……」
それから二時間ほど、俺達は妖怪談議に花を咲かせるのだった。
2.健全に不良やってるだけだから……
「おー……無人駅とか初めて見たわ」
盛岡で下車しローカル線を乗り継ぐことしばし、目的の村に一番近い駅に辿り着いた。
と言ってもここから柚の親戚が住んでいたという村までは結構、距離があるのだが。
バスもあるにはあるらしいが、田舎だからな。本数が兎に角少ない。
ここでバスを待つぐらいなら距離はあっても歩いて行った方が良いだろう。
ずっと座りっぱなしだったし身体を解す意味でも悪くない。
「村行く前に町で食い物やら日用品買ってこうぜ」
「村には商店とかないの?」
「一応、あるにゃあるらしいが……品揃えがどんなもんか分からんじゃん」
なるほど。更に荷物を追加するのは少々面倒だが、五人で分担すりゃそこまでしんどくはないか。
柚の言葉に頷き少し離れた場所にあるちょっと大きめのスーパーで買い物を済ませる。
品揃えは普段買い物する店と比べると些か寂しくはあるものの不足はなかった。
「何かめっちゃ見られてたな俺ら」
「そりゃまあ、派手な髪色してんのが四人も居たら見るでしょ普通」
こん中で黒髪なの梅津だけだからな。
その梅津にしてもロン毛をお洒落ポニーにしてて派手寄りだしさ。
田舎だからヤンキー多いんじゃね? と思う諸兄も居るかもしれないが、そりゃ場所による。
ここはヤンキーが住み易いタイプの田舎ではないのだ。たまに見かける子供も普通の子が殆どだったしな。
「ニコちゃんに至っては目も蒼いからなぁ」
「つっても俺のはカラコンだったり染髪じゃない自前のだけどね」
「……そういや、お前クォーターなんだっけか」
「うん、どこの国かは知らんけど」
実母の父か母、どっちかが外人ってことぐらいしか知らん。
葬式にも両祖父母は来てなかったしな。生きてるのか死んでるのかも不明だ。
調べりゃ分かるだろうが知る必要があるとは思えないし。
「母さんは知ってるかもだけど、何も言って来ないし」
「お前は家庭環境が複雑過ぎるんだよ……」
「つかえっちゃん、よくグレなかったよな。いや、今はある意味グレてると言えるかもだけどよぅ」
今はあれだよ、健全に不良やってるだけだから……。
家庭環境が原因でグレてたならダークサイドヤンキー待ったなしだと思うわ。背景的にね。
「俺、面倒臭がりだから」
「ダウナー系よな。……そういうとこもモテ要素になんのか……?」
何でもモテに繋げるな。
にしても、米重いな。とりあえず五キロを二つ買ってジャンケンで負けた俺と梅津が担いでるんだがわりとしんどい。
利用出来そうなバフもないしぴえんだわ。
「そういや今日の晩飯、カレーにしようって材料買ったけど皆で食べるもんだからって無難なのにしたじゃん?」
「そうだね」
牛肉、タマネギ、人参、ジャガイモ。お手本のような具材だ。
初日の夕飯で躓くのは嫌だからってんで隠し味になりそうなものも買ってないしタカミナが言うように無難オブ無難である。
「でもやっぱご家庭の味ってあると思うんだわ。お前らっとこはどんな感じよ?」
自分じゃ普通だと思ってても他人から見ればとかあるあるだよな。
「特に梅津とか一人暮らしだろ? お前みたいなんに限って実はめっちゃこだわりがあったりするんでねえの?」
「別にねえよ。まったく自炊をしねえってわけじゃねえがカレーはな」
「楽なのにしないの?」
「そりゃ大量に作り置きすんならそうだろうよ。だが一食二食分なら時間もかかるし洗物も面倒だしで選択肢にゃ入らねえ」
食べたいならレトルトか外で食うとのことらしい。
そういうもんなのか。一人暮らしは経験あるけど自炊とか米炊くぐらいしかやったことない俺には少々意外だった。
市販のルーを使って作るカレーってお手軽なイメージあったんだがなぁ。
「ってかそういうタカミナはどうなんだよ」
「うちは大根だな」
「「「え」」」
「はい来た。そういうリアクション来ると思ってた! でもうちは大根入れんだよ!」
小学校の給食で初めてカレーが出た際、大根が入っていなくて戸惑い皆にからかわれた思い出があるらしい。
味の想像がつかないな。一体どんな感じなのか気になるな。
「ニコんとこは?」
「うちは……こだわりはあると思う。市販のルーを使わずスパイスから作ってるし。でも詳しくは知らないんだよね」
「めっちゃ本格的じゃん! ママさんすげえな!!」
「でもシチューは普通に市販のルー使うんだよ」
ハヤシライスやビーフシチューもそう。カレーだけなのだこだわりがあるのは。
理由は聞いたことないけど母さんはよっぽどカレーが好きなのだと思う。
「へぇー……ちなみにうちはあれだな、インスタントラーメンの粉末スープあるっしょ? あれを隠し味に使う」
おススメは豚骨だと桃は笑う。軽く想像してみたが確かに美味しそうだ。
そんな話をしていたら先頭を歩いていた柚が足を止める。
どうしたのかと聞けば、少し先に見える道の脇を指差した。
目を凝らすと老人が蹲っているのが見えた。俺達は頷き合い、急いで駆け出した。
「おい爺さん! 大丈夫か!? 救急車呼ぶか!?」
俺達に気付いた老人がぎょっとした顔をするものの、直ぐに苦笑に変わり手を振った。
「あー、大丈夫大丈夫。ちっと腰をやっちまっただけだぁ。しばらく休んでりゃまあ歩けるぐらいになるよ」
ところでお前さん方は? と聞かれたので代表して柚が答える。
事情を説明すると爺さんは、
「はー……そうかぁ、なっちゃんもこんな大きい子供が居る歳になったんだなぁ。そらあ俺も老けるわけだ」
「爺さん、オカンのこと知ってんの?」
「おうさ。俺ぁ、お前さんらが行く村の人間だでよ。ちいちゃい頃に清さんのとこになっちゃんが遊びに来てたんもよーく知っとる」
何もねえとこに物好きだなと笑う爺さんに、つられて柚も笑う。
「都会だから逆にこういうとこが新鮮なんだよ。つか、行き先一緒ならおぶってやるよ」
「いやぁ、それは悪いべ。お前さんらも荷物持っとるし……」
「平気平気。つか、こんなとこに爺さん捨ててく方が気になるしな」
「そうかい? 悪いなぁ」
「良いって良いって」
すんげえ穏やかな時間だなぁ……。