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レッツゴー!陰陽師②

1.何か悲しくなって来た……


「そろそろ飯にすんべや」


 タカミナがそう切り出すと全員が頷き海から上がり財布を取ってから海の家に向かった。

 競泳やら素潜りやら海を満喫していたが、流石にお腹が減って来たからな。

 朝御飯のシリアルで軽くお腹は満たしたがこんだけ動いてりゃあ、そら空腹にもなるわ。

 一時半でお昼のド真ん中を外したからか、海の家は空いていた。

 三時ぐらいになるとまた賑わい出すのだろうが丁度良いところで入れたな。


「みんなは何頼むの~?」

「とりあえずラムネは鉄板でね?」


 それな。

 いや別にラムネでなくても良いんだけど炭酸は絶対外せないわ。

 空腹と渇きを訴える身体が炭酸を求めているのは動かしようのない事実だからな。


「ここは海の家だが調理するタイプのメニューにも基本、ハズレはないから安心して頼んで良いぞ」


 ほう、そうなのか。それなら空きっ腹の赴くままに注文させてもらうとしようじゃないか。

 ラムネに直ぐに食べられるものとしてカップのきつねうどん。ねぎま(塩)五本、焼きおにぎり三個、フランクフルト二本。唐揚げ(五個入り)。

 これが俺の注文だ。自分でもちょっと頼み過ぎたかなと思わなくもないが……まあまあ、こういうとこではテンションに身を任せるのがよかろうて。

 他の面子も直ぐに食べられるインスタントにプラスして幾つかという同じような注文になった。

 備え付けのポットで湯を注ぎ、店内の大テーブルに陣取り俺達は一息吐いた。


「何で海で食うインスタントって通常の三倍ぐれえ美味いんだろうな」

「それな。単に炎天下の下で動いたせいで塩が足りてねえとかなら、普通に運動した後でも同じだが明らかそれより美味えもん」


 金銀の発言には心底から同意する。

 ン十年海に来ていなかった俺だが遊んでいる内に記憶が蘇って来た。

 確かに海で食うカップ焼きそば、カップラーメン、カップうどんの美味さは尋常ではなかった。

 普段なら一つ食べたら満足って感じなのに二つ目とかつい買っちゃうもん。


「食い物もそうだが飲み物もだな。普段飲んでねえってのもあんだろうがラムネ美味すぎんだろ……」

「総じて海の魔力は凄いってことだね」


 俺がそう言うと全員が深々と頷いた。

 っと、そろそろか。焼きそば組(タカミナ、金銀コンビ)が湯きりに立ったので俺も蓋を開ける。


「む。ニコ、それ確か五分じゃなかったか? まだ三分だぞ」

「いや俺はちょっと硬めが好きなんだよ」


 あとお湯を入れる時も容器の線よりちょっと少なめにする。

 身体に悪いことは分かってるんだが濃いおつゆがうどん、おあげに絡んでめちゃ美味いんだ。


「あぁ……昆布とカツオ出汁の良い匂いだ……」


 どれ、早速頂こうじゃないの。ずず、おつゆを啜ると――――


「!!?!!」


 衝撃が全身を駆け巡った。

 甘くしょっぱいおつゆ細胞の一片一片にまで染み渡っていくような……。

 俺の中で欠乏していたあれやこれらがじわりじわりと満たされていくこの感覚は実に悪魔的。


(こ、こりゃ辛抱堪らん……!)


 お揚げさんに齧り、少し硬めのうどんを啜る。

 セカンドインパクト。俺の中で今、新世紀の幕が上がった感が半端ない。


「お、美味そうだな」


 ぷん、とソースの香ばしい匂いが鼻を擽ったかと思うと焼きそばを作り終えた三人が戻って来た。

 桃のあれは、辛子マヨネーズだろうか? いかん、焼きそばも食べたくなって来たぞ。


(でも我慢だ我慢……流石にあの注文に加えて焼きそばは無理。食べらんない)


 夢中でおつゆを、うどんを啜る。だが夢中になっているのは俺だけではない。

 既に食べ始めていたテツトモも、戻って来たタカミナと金銀コンビも夢中でそれぞれの食事に集中している。


(あ、もうなくなっちゃった……)


 おつゆも飲み干してしまいたいが我慢だ。

 焼きおにぎりと一緒に飲みたいからな。ちょっと冷めて温くなったおつゆが地味に好きなんだよな。

 冷たくなったのはあれだが、温くてすいすい飲めるぐらいがグッド。


「御待たせしましたー」


 全員がそれぞれのインスタントを食べ終えたあたりで頼んでいた品が届く。

 それなりの量を頼んだので大テーブルの半分以上が埋まってしまった。


「……今しがた食べたばかりなのにもう腹が減って来たな」

「……夏の魔性だよこれは~」


 それな。頼み過ぎたかな? とか思ったが全然杞憂だったわ。

 焼き鳥やらフランクフルトやらの匂いで満たされていたはずの空きっ腹が一瞬でゼロに回帰したもの。


「そういやさぁ。俺、昨日ラブレター貰ったんだわ」


 ぽつりとタカミナが切り出した。

 すると、


「俺も」

「俺もだわ」


 柚と桃も同意した。


「……実は俺もなんだよね」


 俺がそう言うと桃が溜息混じりに聞いて来た。


「これ、どう思う?」


 タカミナはさておきモテ願望の強い金銀コンビも普通……よりちょっと低いぐらいのテンションなのだ。

 当然、察しはついているのだろう。それでも聞かずにはいられなかったって感じか。


「まあ、あれだよね。ミーハー的な?」

「逆十字軍潰すために皆、派手に動いたからね~」

「俺とテツは裏方だから特にそういうことはなかったが、まあその影響だろうな」

「「だよなぁ」」


 はぁー、と溜息を吐く金銀コンビ。

 ナンパとかはしてるのにこういうので引っ掛けるのは何か違う、って感じか。

 多分本人も具体的に何がどう違うかは言葉に出来ないんだろうが。


「人生初ラブレター。嬉しくねえってわけじゃないのよ?」

「でもこう、そういうんじゃないっつーか……」

「分かる。カンケイない奴らからすりゃあよ、クソ迷惑な連中を潰してくれたヒーロー的なあれなんかもしれねえが」

「持て囃されても困るよね」


 自分達が目障りだったからやっただけで正義感とかそういうものは一切御座らんわけでして。

 何ならジョンの糞野郎にはかなりダーティなこともやったしな。

 逆十字軍の首魁の情報が割れた後、思ったもん。あ、これ事によってはアライメント調整どころじゃねえかもって。

 だから別の部分で――……ジョンの親を呼び出してのあれやこれやだな。ああいう形でフォロー入れようって決めたんだし。


「でもえっちゃんの場合はよぅ、イケメンだし逆十字軍との一件だけってこたぁないんじゃねえの~?」

「甘いね。俺の腫れ物っぷりを舐め過ぎだよ。基本、学校だと誰も俺と目を合わせないからね」

「「「「「……」」」」」

「無言は止めてくれない? 傷付くから」

「いや……俺らもそれなりにビビられてはいるけどよぅ。ニコちゃんほどじゃないっつーか」

「つかよくそれでラブレター来たな……」

「そこはまあ、明日から夏休みだってのもあったんだと思うよ」


 怖いは怖いけど明日から顔を合わせることはない。

 それにワンチャン、気に入られて深い関係になれるかもとか淡い期待もあったんだろう。


「何か悲しくなって来た……別の話しようよ……」


 ごめんなさいね。


「あー、飯食ったら何する?」

「ペア対抗で砂遊びとかどうよ? 一番カッケー城作れたペアにアイス奢りで」


 子供か。と思わなくもないが、


「良いね」

「お、えっちゃんも乗り気じゃねえの」

「だって楽しそうだもん」




2.タコパ


 夕暮れまで海を満喫した俺達はその足で銭湯に向かい汗を流した。

 海は楽しいんだけど髪やら何やらがべたつくのが難点だよな。

 そしてさっぱり気分のままスーパーで買い物をして廃材置き場に行くと既に梅津と矢島が俺達を待っていた。

 約束の時間にゃまだ余裕はあるのだが……まあ性格ゆえだろう。

 皆でプレハブの中に入り、早速お疲れ会の準備を始める。


「生地がダマにならんようにするには順番が大切なんだ順番が」

「まずはたこ焼き粉の中央をこんな感じで窪ませてここに卵をぽん」

「粘り気のある状態をキープしつつ混ぜるんよ。二個目の卵投入は一個目が混ざり切ってからやね」


 金銀コンビと矢島の指示の下、生地を作っていく。

 二人はともかく矢島も西の人だけあってこういうのは慣れっこらしく手際が違うな。


「あ、あかんてテツくん。水は一気に入れたらあかん。入れては混ぜ入れては混ぜが基本よ」

「なるほど」


 昼間にあれだけ食べたのに生地作ってるだけでもうお腹が減って来たな。


「よーし、こんなもんで良いだろ。鉄板も温まったし入れてくべ。あ、一度に入れる量にゃ気をつけろよ」


 八人なのでテーブル二つにたこ焼き器二つの組み合わせだが金銀が両方に分かれているので安心である。

 俺の方のテーブルには桃だけじゃなく矢島も居るし楽勝だわこれ。


「ところで海はどないでした?」

「楽しかったぜ~? こんな動画も撮ったんだわ」


 と柚が再現シュートの動画を見せてやると矢島はおお! と素直に驚いてくれた。

 こういうレスポンスの良さからもコミュ力の高さが見えるよな。俺とは大違いだ。


「金角くんとのタイマンの時にも(おも)たけど笑顔くんは身軽やねえ。これ、サーカスとかでもやってけるんとちゃいます?」

「大変そうだし遠慮しとく。それはそれとしてサーカスの求人ってどこで出してるんだろうね」

「ハローワーク……にはねえよなぁ。世の中にそれ、どこいけばなれんの? って職業結構あるよな」


 他愛のない話をしていると話題は夏休みの予定について移っていく。


「いやでもタコパが今日で助かりましたわ」

「何かあるの?」

「明後日から七月終わるぐらいまで前、住んでたとこへ遊びに行くんですわ」

「ああ、お盆は混むからその前にってことか」

「そうそう」


 良いねえ。いや、うちも旅行行きたいって言えば連れてってくれるだろうけど……言い難いし。


「そいやテツトモも明日の夜からだったか?」


 隣のテーブルでたこ焼きを引っ繰り返していたタカミナが話しに入って来る。

 テツトモもどっかに行くのだろうか?


「うちのハゲの友達がやってる温泉旅館にね。混む前だから安くしてくれるんだって」

「俺は旅行じゃないがな。親戚がちょっと危ないらしくて一度、顔を見せに行かなきゃいけないんだ」


 トモはともかくテツは良いな。温泉……温泉かぁ。

 俺、一度で良いから一ヶ月ぐらい温泉宿に泊まってのんびりしてみたいんだよな。


「あらら、三人は用事ありかぁ」

「? 何かあるのか金角」


 焼き上がったたこ焼きをぱくつきながら柚を見る。

 つかチーズうめえ。まろやかさがパワーアップしてやがる。そんでコーン、コーンのささやかな甘味がチーズを更に引き立たせてる。

 これは当たりだな。ここにベーコンも入れたら更に美味くなるんじゃねえの?


「いや実は、ちっと前に東北の方に住んでる親戚の婆さんが死んでよぅ。子供が居なかったもんで一番、懐いていたオカンに遺産が渡ったんだわ。

で、その遺産の中に家があってさ。老後のスローライフにってんで相続したは良いがうちはどっちも共働きでよ。ロクに様子も見られてねえのよ」


 そこで柚にお鉢が回って来たらしい。


「掃除やら何やらする代わりに夏休み、自由に使って良いってさ。

村の祭りもちけえからってんで二十四日から一週間ぐらい皆誘って行こうかなって思ってたんよ」


 ほう……ずっとは困るが一週間ぐらいの田舎暮らしは悪くないな。いや普通に興味ある。

 見ればテツトモと矢島は残念そうだがタカミナと桃も興味津々みたいだ。


「テツトモとヤジは予定入ってるみたいだが他は?」

「俺は特にないよ。ついでに言うと田舎暮らしにも興味がある」

「俺もねえし山遊びしてえから行く」

「予定なんざねえし行くに決まってるべ。なあ梅津?」

「は?」


 もくもくとたこ焼きを食べていた梅津が桃を睨み付ける。


「んで俺がそんな……」

「おいおい銀角。無理強いはいけねえよ。梅津みてえな軟弱っこに一週間とは言え田舎暮らしはハード過ぎるべ」

「あ゛?」

「あー、言われてみればそうだな。虫とかに悲鳴上げそうだもんな。キャー! って」

「舐めんな! 誰が悲鳴なんぞ上げるか! 余裕だわボケ!!」

「「なら決定だな」」

「んぐ!?」


 このコンビネーションよ。

 そして梅津ってばすっかりツンツン系イジラレキャラに転職しちゃってる……。

 ラインを見誤ればイジメになるがバランス感覚の良い二人がそこを間違えることはないしな。

 矢島も微笑ましそうに見てるあたり、梅津も嫌というわけではないのだろう。


「良いな~。ねえねえ、俺もちゃんとお土産買って来るからそっちも頼むよ~?」

「東北の小さい村なのに一体何をお土産にしろってんだよ……」

「そこはまあ、大きい駅とかで何か名産買えば良いんじゃない?」


 何にせよテンション上がって来たぜ。楽しい夏休みになりそうだわ。

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