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レッツゴー!陰陽師①

1.俺はクラスメイトが水着を着ているというだけで興奮するな


「おはよー……」

「はいおはよう。夏休み初日からお寝坊さんね」


 困ったように、それでいてどこか嬉しそうに母がハンカチで目元を拭ってくれる。

 部屋の時計を見れば時刻は午前11時を少し過ぎたところ。

 普段の休日でも基本、九時過ぎには起きているので確かに寝過ぎだ。

 昨日も食事と風呂以外は寝っぱなしだったからな……疲れが溜まってたんだろう。


「朝御飯――ってよりもうそろそろお昼だけどどうする?」

「ん、んー……今日は海行くからお昼はそこで食べる。でも、軽く何か入れておこうかな」

「はいはい。それじゃあシリアルで良い?」

「うん」


 寝ぼけ眼のままふらふらと席に着く。


「はいお待たせ」

「ありがとー……姉さんは?」

「部活よ」

「あぁ」


 チア部だっけ? 暑い中、ご苦労なこった。

 基本、怠け者の俺からすればかんかん照りの中を頑張る運動部の皆さんには尊敬の念しかない。

 夏は暑くてしんどいし冬は寒くてしんどい。ホント、よく頑張れるものだ。ちょっと人間としてのステージが違い過ぎる。


「ニコくんは部活とか興味ないの? あ、やれって言ってるわけじゃないわよ?」

「あんまりないかなぁ……」


 どう考えても気まずくなるのは目に見えてるからな。

 和を乱すという意味で俺以上の存在はそうそう居まい。

 それを抜きにしても先の理由で運動部はノーサンキューだし文化部も、


「……写真部とかあれば、ちょっと興味はあったんだけどね」


 出されたシリアルをもしゃりながら言うと母は目を丸くした。


「写真に興味があったの?」


 初耳だわ、と母は興味津々と言った風に俺を見つめる。


「写真撮ることには特に……でも、写真ってセンスが試されるでしょ?」


 何を被写体にするか。それをどう捉えるのか。

 徒にシャッターを切ったところで撮れるのは毒にも薬にもならないものばかりになるだろう。

 だがそこを自覚して写真を撮るなら撮影者の個性が滲み出す。


「その人の見ている世界を共有出来るのが面白いかなって」

「あぁ……なるほど。中々にアーティスティックな理由ね。ニコくんは芸術に関する才能もあるのかしら?」

「んなことはないよ」


 親馬鹿染みた発言だ。

 そういや、父と離婚してから随分と距離が縮まったような気がするな。

 タカミナ達と交流することで俺自身も対人能力がゴミから向上したってのもあるだろうが。


「あ、それと夕飯も今日は要らないから。夜は秘密基地でタコパする予定なんだ」

「たこ焼きパーティ? 祝勝会かしら」

「祝勝会っていうか……お疲れ様パーティ? かな」


 勝って嬉しいってより「ああ、ようやっと終わったわ……」って疲労感のが強いし。

 これがさー、爽やかで後腐れのない喧嘩だったら勝ったぞー! わー! って騒ぐのもありだろう。

 でも別に違うからね。気分としてはマスクにゴム手袋で汚物を処理したのと同じだから。


「分かったわ。めいっぱい楽しんでらっしゃい」

「うん」

「ところで水着なんだけど」

「途中で買ってくよ。流石に小学校の時のをそのままじゃキツイし」


 いや、無理すれば穿けなくもないとは思うけどさ。恥ずかし過ぎるわ。


「お小遣いは大丈夫?」

「平気。貯金まだまだ残ってるし」


 つか貯金あるのに毎月小遣いくれるもんだから中々……ねえ?


「ごちそうさま」


 ぱぱーっと身支度を済ませて家を出る。

 燦燦と降り注ぐ日差しがもう何もかもを嫌にさせるが何とか堪えて白雷に跨り発進。

 途中、ディスカウントショップで水着と飲み物を購入しテツの家へと向かう。

 何でテツの家かと言うと、


「それじゃあ鉄舟さん、よろしくお願いします」

「おう。メンテもしといてやるからよ」


 白雷を預けるためだ。


「何から何まですいません」

「気にすんな。海水浴場の駐車場に停めて盗まれでもしたらコトだからなぁ」


 しみじみと言う親父さん。正にその通りだ。

 盗まれて返って来ないという心配はしていない。俺らが心配しているのは盗んだ奴の命だ。

 殺しまではせずとも重傷を負わせられる可能性がひっじょーーーに高い以上、長時間目を離すのは怖い。

 それならある意味、白雷にとっては第二の実家であり白雷に対する理解も深い親父さんが居るとこに預けた方が安心出来るというものだ。


「デカイ喧嘩だったんだろ? めいっぱい楽しんで来な」

「はい」


 母と同じく親父さんも元ヤンだけはある。

 多分、テツは何も言ってないだろうに当然の如く察してるんだもん。


「おーい! ニコちーん! 早く行こーよー!!」

「今行く」


 トモのではなく自分の愛車に乗っているテツの下に向かう。

 ちなみにトモはタカミナに乗せてもらって海水浴場に行くそうだ。


「それにしても、梅ちんと真ちゃんも来れば良かったのにねー」

「まー……それはしゃあない。夜のお疲れ会には参加するんだし良しとしよう」


 当然のことながら梅津と矢島も誘ったのだが秒で拒否られた。

 丸くなったとは言え一緒に遊びに行くというのはハードルが高かったのだろう。

 矢島の方は陽の者でコミュ力も高いが梅津に気を遣ったのだと思う。

 自分が行けば疎外感を与えてしまうって感じでさ。

 行かないなら行かないで申し訳なさも抱かせてしまうかもしれないが一緒に居ればそこはどうとでもフォロー出来るからな。


(……矢島が女だったら甲斐甲斐しく世話を焼くタイプのヒロインになるだろうな)


 俺はそういうの、嫌いじゃないぜ。

 確かにパンチは弱いけど何て言うの? ほっとする? 味噌汁みたいな安心感が好き。


「タコパ、楽しみだね!」

「うん。自分で焼くのとか初めてだから上手くやれるか心配だけどね」

「そこはほら、金ちゃん銀ちゃんも居るし大丈夫でしょ」


 たこ焼きパーティを提案したのは例によって金銀コンビである。

 自前でたこ焼き器も持ってるとかホント、守備範囲広いよな。


「ところでニコちんは具材、どうするの?」


 定番のタコやら天かすやらは金銀コンビが提供してくれるらしい。

 だが定番だけではつまらないので各自、これはというものを買うことになっているのだ。


「とりあえず安牌のチーズとベーコンに変り種でチョコとかフルーツを買おうかなって。テツは?」

「イカの塩辛とかポテサラは決めてるけど、パンチ強いのも欲しいかなって」

「…………ポテサラは美味しそうだね」

「でしょ? 合うと思うんだよね~」

「想像するとお腹が減って来たよ」


 そんな話をしている内に東区海水浴場に到着する。

 バイクを駐車し、更衣室でささっと着替えを済ませた俺とテツは待ち合わせ場所の海の家へと向かった。


「お、やーっと来たか。おっせーぞ」

「ごめんごめん。ってか早いね皆」

「そらそうよ。えっちゃん、海だぜ海」

「今年初の海! これではしゃぐなっつー方が無理っしょ!」

「トモも?」

「まあ、この三人ほどではないが楽しみにはしてたな」


 そういうもんか…………あれ? ちょっと待てよ。俺、最後に海行ったの何時だ?

 花咲笑顔としてこの世に生れ落ちてからは一度もない。それは確かだ。

 前世は社会人時代は……だし……高校も三年の夏は……おいおいおいおい、嘘だろ?


(合算すればもう三十年近く――……いや、止めよう。考えたら死にたくなる)


 メンタルリセット! メンタルはリセットされる!

 実際はされないけどされると言い張れば目を逸らすことは出来る! ヨシ!!


「じゃ、早速遊ぼっか。まずは何する?」

「泳ぐのも良いが……どうせならめいっぱい汗かいてから海に飛び込みてえよなぁ?」

「というわけではい! バレ~ボ~ル~(だみ声)」


 柚の下手な物真似はさておきビーチバレーか。

 やったことないけど海でビーチバレーとかするのは陽キャのイメージだわ。

 あてくしのような根っからの陰の者には眩し過ぎるぜ……まあ、やるけどさ。


「ただその前に、ニコに頼みがあるんだわ」

「頼み?」

「そう。ニコちゃんってさ、こん中で一番身軽で曲芸師かよってぐらいアクロバティックな動き出来んじゃん?」

「まあ、それなりには動けるかな」

「だったらこれ、再現出来るんじゃねえかなって」


 桃がスマホの画面を見せ付ける。これは、ゲームの映像か?

 イケメンが船の甲板? らしきところでボールと戯れている姿が映っている。


「あー! これ、パーステ2のゲームでしょ? 俺これ知ってるよ。うちのハゲが年イチぐらいのペースで再プレイしてるし」


 パーステ2って言えば……もう三世代前になるのか?

 発売当時はまだ俺ら生まれてないじゃん。レゲーだよレゲー。


「二人が来るまで暇だったからネットで動画漁ってたんだけどよぅ。これ、ニコちゃんならやれね? って話になったわけよぅ」

「これリアルで見れたらすげえカッコ良くね?」

「どうよ? 出来そうか?」

「う、うーん……やれなくもなさそうだけど……むむむ、一人ではちょっと厳しいかな」


 タカミナと金銀コンビが補助してくれるならまあ、何とかって感じだ。

 俺がそう言うとじゃあやってみようぜ! ということになった。ちなみにテツとトモは撮影係だ。


「じゃあタカミナ、レシーブ役よろしく。上手いこと俺んとこに返して」

「おう!」

「柚と桃はラストのジャンプ、踏み台よろしく」

「「任せろ!!」」


 テンション高いな。夏のせいか?

 まあどうでも良いか。俺は深呼吸をして準備を整えると軽く手を挙げた。

 何時でも来いと腰を落としたタカミナが頷いたので軽くボールをキック。

 真っ直ぐ飛んで行ったボールをタカミナが打ち返し放物線を描きながら返って来る。


「よっと」


 それを真上に蹴り上げ背を逸らしながら跳躍し、ヘディングで前方へ。

 上手いことリターンされたボールを拳で殴り付け再度、前へ。


「上げるぞ!!」

「柚、桃」

「「応!!」」


 これまでより高く高く舞い上がったボール。

 俺は互いの手を組んで腰を落とす金銀コンビの下まで駆け寄るとその手に足を乗せ、


「「せーの!!」」


 思いっきり飛び上がる。

 映像のイケメンは空中で何回もスピンしてたがそれは流石に無理だ。

 いけそうな範囲で回転してから空中で身を横に倒すようにボレーキックをボールに叩き込む。


「っとと」


 ちょっと無理な体勢を取ったから乱れてしまったが何とか着地成功。

 まあ失敗しても砂浜だから問題はなかっただろうけど。


「「「「「おぉ!!!」」」」」


 どうやらタカミナ達もご満悦の出来だったらしい。

 ゲームを完全再現とまではいかずとも、まあまあ人力再現にしてはよくやった方なのかなって。

 見ればギャラリーも拍手を送ってくれている。元ネタを知らんでも派手なアクションだったからだろう。


「これいけんなら他の創作に出て来る必殺シュートも再現出来んじゃね?」

「いけるだろ、いけるってマジで」

「ニコちん、俺やって欲しいシュートあんだけど」

「ちょ、ちょちょ、これは順番だろ順番」

「ならジャンケンで決めるか」

「…………バレーは?」


 それからしばし、必殺シュートの再現やらビーチバレーをして遊び俺達はこれでもかと汗を流した。

 熱を帯びた身体で海に飛び込むと気持ち良いなんてレベルではなく、海に来て本当に良かったと言わざるを得ない。


「海……サイッコー……」


 比較的浅いとこでぷかぷか浮いているとテツがしみじみと言った。

 気持ちは分かる。海ってこんなに素晴らしいところだったんだなって。何で俺はもっと早く……いかん、ちょっと泣きそうだ。


「水着の女の子も見られるし楽園はここにあったのかって感じよな」

「それな。というわけで俺的、興奮する水着ナンバー1挙げてこうぜ!」


 金銀はホント、安定してんな。


「ちな銀さん的にはパレオ安定だな。膝ぐらいとか膝上じゃなく足首まで丈あるのが好みだ。

スリットから片足だけガッツリ露出してんのが良い。隠すことで増すエロさは確かに存在するのだと声を大にして言わせてくれ」


 言わんで良い。


「露出を抑えることで増すエロさには同意するが隠すなら下じゃなく上だろ常識的に考えて。

ビキニパーカー以上のものがこの世に存在するだろうか?

最初はガッツリ前を閉じてるけどテンション上がって肩が肌蹴るぐらい開放的になるのが素晴らしいと思います」


 隠すとこは同じだけど上か下かで差異が出るのね。


「俺はぁ……何だろ、名前はわかんないんだけどビキニで……こう、お腹とか腰んとことかクロスしてるやつ。

クロスがあることでお肉が強調されるのがエッチだなぁ、とぼくはおもいました」


 分かるマン、と金銀が頷いている。


「えっちゃんは?」

「俺は特にないかな。あんま興味ない」

「枯れ過ぎだろ……! モテんのに勿体ねえ……! ビーチでも結構、熱っぽい視線向けられてんのにさぁ!!」


 んなこと言われても……。


「タカミナは?」

「…………きょ、競泳水着とか良いんじゃねえかなって」

「「「「「……」」」」」

「な、何だよぉ!?」


 いや、別に。ただちょっと他と違ってねっとりとした性欲を感じるかなって。

 それはさておき、これで残るはトモだけになった。


「で、トモトモよ。さっきからうんうん唸ってるがそんなに候補が多いんか?」

「候補が多いというより……うん、水着そのものはどうでも良いというのが結論だ」

「水着そのものは、ね。逆に言えばそれ以外の点でこだわりがあるってわけだ。よし、聞こうじゃねえか」


 思えばトモからはあまりこの手の話を聞いたことがなかったな。

 金銀とテツは結構そういう話をするし、タカミナもこれで結構ムッツリだからポロっと漏らすこともあったんだが。


「俺はクラスメイトが水着を着ているというだけで興奮するな」


 !?


「考えてもみろ。普段、それこそ飽きるぐらい同じ箱に閉じ込められているわけだが基本は制服オンリー。

プールの授業がある学校でもなければ水着なんてまずお目にかかる機会はないだろう。

露出と言えば体操服ぐらいだがあれも基本は男女別だし、一緒になってもガン見するほどセクシーというわけでもない。

だが水着は違う。別段、意識しているわけではない間柄の女子とは言えだ。いや、だからこそか。

接点が少なければ少ないほど良い。同じクラスに居るだけで会話は精々、事務的なものぐらい。そんな子が良い。

海に来て偶然、そんな子の水着姿を目にしたと想像してみろ。堪らなく興奮しないか? 実質、いきなり下着姿を見せられたようなものだからな。

まったく知らないわけではないが、知っていると呼べるほどでもない希薄な繋がり。それがスパイスとなって興奮を掻き立てると思うんだが如何だろうか?」


 俺は絶句した。


「「「「天才……?」」」」


 アホ四人は感動していた。

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