ネオメロドラマティック⑮
1.これもう新手のイジメだろ……
予想以上にゲームが盛り上がり、気付けば七時過ぎ。
白雷を飛ばして急いで家に戻った俺は着替えを済ませ直ぐ学校に向かった。
正直、眠いなんてレベルではないが我慢した。
一学期最後の日だからな。今日ばかりは兎さんに頼るわけにもいくまい。真面目に全うすべきだ。
(にしても……何で校長先生はさっと済ませられる話を無駄に長引かせて言いたいことを分からなくするんだろう……)
前世の学生時代もそうだった記憶があるぞ。
あっちこっちに話を飛ばさないで要点をスパっと言ってくれりゃ良いのにさぁ。
何? 耐久テストでもやってんの? 将来、社会に出てブラックに入っちゃった時を想定してくれてる?
余計なおせ、
「ふぁ」
思わず欠伸が出てしまう。噛み殺そうと思ったが間に合わなかった。
人の話を聞く態度じゃねえと俺が反省するよりも早く体育館が静まり返った。
生徒も、壇上で長話を垂れ流していた校長先生も口を閉ざし緊張感に満ちた顔で俺を見つめている。
「………………どうぞお構いなく、続けてください」
これもう新手のイジメだろ……。
そりゃあ、俺にも自業自得の面はあるよ? でもそもそもの発端。
学校側がイジメにしっかり対処してりゃ俺がキレることもなかったわけじゃん? なのに俺ばっか責められてもさぁ。
「に、二学期……皆さんの元気な顔がまた見られるよう願って先生の挨拶はこれで終わりにしたいと思います」
明らかに早く切り上げたな。だって前後の文章、繋がってなかったもん。
一旦話を中断させる前は何かスポーツ選手の活躍がどうたらって言ってたじゃん。
何でそっからここに繋がるんだよ。国語の成績幾つだテメェ。
(あぁ……ダメだ。眠すぎていらいらしてんな俺……)
教室に戻った後はLHR。
しかし、先の欠伸を引き摺っているのだろう。担任の話は実に簡潔だった。
必要最低限の連絡事項をして、二学期にまた会いましょうみたいなこと言ってスパっと締めた。
(チャイムが鳴るまでは帰っちゃいけないみたいだけど……だめだこれ、ちょっと寝てかえろう)
学校に置いていけないものはちょこちょこ持ち帰ってたからな。
鞄代わりに持って来た手提げを除けば最近、活躍が著しかった兎さんぐらいしかないし寝ても問題なかろう。
俺は兎さんを枕代わりにし机に突っ伏した。
(あぁ……この時間、いいよなぁ……)
クソほど眠いのに中々、落ちていかずふわふわとしているこの感覚。
周囲の音もどこか遠くに聞こえて、あと一歩、あと一歩で夢の底へ落ちていけるはずなのに行けないもどかしさ。
何でかは自分でも理由は説明出来ないけど俺はこの時間が結構好きだったりする。
「おい見ろよ、校門のとこ」
「あん? ってうぉ……可愛い……あれって高遠の制服だよな?」
「おう。間違いない。あのクラシカルな制服は高遠だ。俺、ああいうの好きなんだよね」
――――高遠? それに可愛い?
「誰、待ってんだろ?」
…………。
「恋人かな?」
「あのレベルの子と付き合ってる野郎とか死ねば良いよ」
――――いやすっかり忘れてたわ。
眠気が一瞬で消し飛んだ。そうだ、そうだよ。かんっっっぜんに忘れてたわ。
そもそも俺は以前、何を考えてた? 今回のエピはW構成だってさ。
逆十字軍の方はもう綺麗に〆たけどまだじゃん。もう一個の方はまだじゃん。
「ひっ!?」
立ち上がっただけで悲鳴上げんでもええやん……。
軽く凹みつつ、俺は兎さんを抱いて教室を後にした。
(後々、あの子と何かあってそれでロングエピソード終了……そうなると予想してたじゃねえか)
クッソ眠いが仕方ない。っていうかあの子に関してはな。
恨み言やら何やらを俺にぶつける権利がある。まあ、だからとて何をするつもりもないがな。
それでも一度はじっくり腰を据えて話すのが俺の責任ではあろう。
「あん?」
下駄箱を開けるとドササ! っと手紙が落ちて来た。
どれもこれも可愛らしい装飾の封筒で、こーれーはー……え、そういうこと?
え? 散々ビビって――……いやフェイクか。その気はありませんよ、などと云いつつ的な?
(しかし何だって急に――ああそうか、逆十字軍の一件か)
連中を徹底的に虚仮にするため散々、情報を拡散してやったからな。
それはつまり俺達塵狼の活躍が喧伝されたという意味でもある。
んで「あれ? 花咲くんって……実はそんなに怖くない? むしろ」みたいな?
ツラだけは良いからな俺。今日で学校終わりだしついでに夏だから気持ちも大きくなって出しちゃったと。
全然面識はないけど、もしこれで成功したら夏休みは甘酸っぱい思い出を作れるぞと。ワンチャン狙ってブッパしちゃったと。
(格ゲーか)
出し得だからみたいなノリでラブレター出すんじゃないよ。
とは言え、読まずに捨てるのは流石に申し訳ない。
それが幼い恋と呼んで良いのかも分からない恋心だとしても……いや、だからか。ちゃんと目を通して返事をするべきだろう。
ラブレターを手提げの中に突っ込んで俺は兎さんと共に校門に向かった。
「やあ、こんにちはルイ」
「……こんにちは」
「こんなところで何やってるんだい? 誰か待ってるなら俺が声をかけて来てあげるけど」
「……白々しい。わたしがここにいる理由は分かってるでしょ?」
分かってるよ。でもワンチャンあるかなって思ったんだよ。
責任はある、それは認めよう。それでもひょっとしたらと思っちゃうのが男なんだ。
「場所を変えようか。こんなとこじゃ落ち着いて話も出来やしない」
校舎からめっちゃ視線感じてるからね。物理的な質量が伴ってんじゃないかってぐらいのがさ。
「うん。ところで」
「?」
「何で、兎さん?」
片手に抱いている兎さんにルイの視線が刺さる。
「俺の相棒だよ。彼には随分と世話になったんだ」
「……そ、そう」
家に帰ったら労いの気持ちを込めて洗ってあげるつもりだ。
来期もお世話になりそうだからな。
「まあ兎さんは良いんだ。着いて来て」
「わかった」
公園……は暑いし、かと言ってどっか店に入るのもな。
俺らのやり取り次第では店の空気が最悪になりそうだし――よし、神社にしよう。
あっこなら人も来ないし、木々が茂っているお陰でそこそこ涼しいし。
熱中症が怖いので途中で飲み物を買ってやり、俺達は神社に向かった。
「さて」
賽銭箱へ続く微妙な段数の階段に腰を下ろし、俺は口を開いた。
「俺に何の用なのかな?」
「…………何をしたの」
「要領を得ないね。何を、って言われても分かんないよ」
「~~~ッッパパのことよ!!!!」
少し、出たか。コイツからすれば俺は憎い相手だろうに。
いや、怒りの感情の出し方がよく分かってないのか。それを持続させる方法も。
思えば前もそうだった。声を荒げても、直ぐにスン……ってなってたしな。
「…………笑顔くんと話をした数日後のことよ。パパが事故に遭ったって連絡が来たの」
「そりゃ災難。交通安全のお守りでも買ってく?」
「ッ……びょ、病院に行ったわ。でもそれはどう見ても、事故じゃない。どう見たって、ひどい暴力の痕跡……」
「ひょっとしたら親父狩りにやられたのかもしれないね」
つい昨日までは逆十字軍なんてロクでもない不良グループも居たのだ。
ひょっとしたらそいつらにやられたのかもしれない。からかうように言ってやる。
「それだけじゃない! パパは……パパはわたしを怖がってた! 避けてた!」
「……」
「ゆ、ゆるしてくれって……も、もう二度としないからって……」
ルイはわなわなと震えている。感情の出力が下手な子だ。
俺も人のことを言えた義理ではないけれど……いや、違うか。
こんな状況で発露すべき正しい感情なんてそんなの大人にだって分かりやしない。
「そうだよ。俺がやった」
「――――」
「君のお父さんも、そのお友達も。俺が徹底的に潰した」
色々な意味でね、とは言わない。
流石に去勢(暴力)してやったぜー! とか女の子には言えん。セクハラになるからな。
「なん、で……なんで、なんでなの……? 同情? わたしがあなたのおかあさんに似てたから!!?」
処理し切れない感情が涙となって零れ出した。
「わかってる……わかってるもん! わ、わたしが……わたしの家がおかしいってことぐらい!!
こんなの変だって言われなくてもわかってた! まちがってるって! でも、じゃあどうすればよかったの!?」
無関係な第三者からすればルイの何もかもが間違っているようにしか思えないだろう。
馬鹿だと嗤う者も居るかもしれない。だが、実際に被害に遭っていた子供に正しい行動を望むのは酷だ。
自分に何が出来た? ルイの言う通りだ。何も、何も出来やしない。
助けてと、そう声を上げることさえ難しい者がこの世には居るのだから。
「ママにすてられて! そのうえパパにまで!? ひとりぼっちになれって!? いや! そんなのたえられない!」
でも、とルイは罅割れた笑みを浮かべ言った。
「――――あのままも、いやだった」
分からない。それが全てなのだろう。
八方塞。その目にはどこを見渡しても道なんか見えなかった。
「……もう、つらいこともくるしいこともなくなったけど……ひとりになっちゃった。あなたは、わたしをどうしたいの……?」
「そんなの知らないよ」
突き放すように告げる。
「同情したのかって? 馬鹿言っちゃいけない。俺みたいな屑がそんな人がましい理由で動くもんかね」
「ッ」
「ただの私情さ。目障りだったんだ。君も、君の父親も、そのお友達も」
実際のところ、私情ではあるのは確かだが俺自身、それがどんなものか完全に理解出来ているかは怪しい。
色々、ホントに色々あり過ぎて言葉じゃ上手く表現出来ない。
だから今はその中で使えそうな理由をピックアップしてやる。
「見たくもない過去の失敗を見せ付けられてるみたいでさ。心底不愉快だった。だからやった。でもそれの何が悪い?」
「な、なにがって」
「ルイ、君自身が言ったことだろう? 俺は不幸を撒き散らすことしか出来ない人間なんだよ」
「それ、は」
「だから不幸にしてやった。偽物の幸せを原型が無くなるぐらい踏み躙って現実な不幸を叩き付けてやったのさ」
誰が悪いと言うのならそんな人間だと知りながら関わって来たお前が悪い。
そう言ってやるとルイは膝から崩れ落ち、涙を浮かべながら俺を睨み付けて来た。
「わたし、これからどうすればいいの……? もう、なにもなくなって……」
「生きてる」
何もなくなったなんてそんなことはない。
「やりたいこと、やるべきこと、それが目の前から根こそぎなくなっても命が終わるわけじゃない」
鬱陶しく鼓動を刻む心臓の音が聞こえるだろう? ならばまだ命だけは残ってるってことだ。
「終わらせたいなら終わらせれば良い。でも、わざわざ死んでやるほどの理由もないだろ?」
少なくとも俺はそうだった。
酷い虚脱感の中でも、死のうとは思わなかった。
どれだけあの女の屍を見つめていただろう。気付けば腹が鳴っていた。
空腹なんて常に感じてたのに、あの時はより強く空腹を感じていたように思う。
「生きてれば、その内良いことがあるかもよ? 俺みたいな屑でもそうだったんだ」
ルイにもあるかもしれない。
「それでもまだ立ち上がれないなら、理由をあげる」
「りゆ、う?」
「――――俺を憎めば良い」
何もかもをぶち壊して不幸を押し付けて来た俺を憎むことで生きるに足る理由をでっち上げれば良い。
俺は立ち上がり、ゆっくりとルイの下まで歩いていく。
「約束しよう。何時か俺に仕返しにおいで。あの時はよくもやってくれたなって」
「そんなの、だってあなたは……」
膝を突き、その手を取って小指を絡める。
「ゆーびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます……ゆびきった」
「――――」
はい決定。もう覆りません。
目を丸くしていたルイは恐る恐ると言った様子で俺に問う。
「いいの? わたし、よわくてばかだからすがりついちゃうよ?」
「ああ」
「……」
ルイは一度目を瞑ってから意を決したように口を開く。
「わかった。なら、ゆるさないから。ぜったいぜったい、笑顔くんのことをゆるさないから」
「ああ」
「いつか、いつかわたしが今よりずっとずっと強くなったら」
泣けば良いのか笑えば良いのかルイにも分からないのだろう。
泣き笑いのような顔で、彼女は言う。
「――――必ずありがとうを伝えに行くから」
枯れた花に、微かな命が宿る。
ネオメロドラマティック 終了
次のタイトルは『レッツゴー!陰陽師』を予定してます。
タイトルから何となく察せられると思いますが
特に重い何かもなくバイオレンスなシーンもないコメディシナリオです。