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ネオメロドラマティック⑭

1.それがあんたらの教義だろう?


「……トモ、ニコちんから連絡だ」

「ああ」


 スマホを確認する。どうやらもう終わったらしい。

 添付された画像を確認したトモは一つ頷き、遠目に様子を窺っていた中地家にテツと共に向かった。

 こんな深夜に……と少しばかり申し訳なくは思ったがインターホンを連打。トモは連射には少々自信があった。


「……一体誰だね、こんな時間に」


 少しして父親と、その後ろに隠れるように母親が出て来た。

 好都合と内心呟きながらトモは口を開く。


「ジョン・中地くんのご両親ですね?」

「? そうだが、ジョンは……」

「こちらを」


 先手を取るべくトモはスマホの画面を見せ付けた。

 そこには惨いぐらいに顔を腫らしたジョンが映っていた。


「な」

「ご同行を願います。ああそうだ、妙なことをすれば息子さんの安全は確約出来ませんのであしからず」

「……何が目的なんだ」

「そこらは俺達の頭に聞いてください。さあ、車の準備を。テツ、俺は監視がてら彼らの車に乗るから先導を頼むぞ」

「りょ」


 通報などせぬよう見張りつつ、最低限の準備だけ整えさせ中地家を後にする。

 彼らが向かったのはタカミナの秘密基地である廃材置き場だった。

 車を停めさせるとプレハブには入らず、廃材置き場の奥へと二人を誘う。

 そこには、


「ジョン!!」

「ぱ、パパ……ママ……? な、なんでここに……」


 床屋でそうするように大きな布を被せ、座らされているジョンが居た。

 ライトアップされているので暗い夜の中でもその痛々しい顔はよーく見えた。


「き、君達は何なんだね!? どうしてこのような……子供と言えどこんな真似をしてタダで済むと……」


 父親が怒りと困惑も露に叫ぶが、それを無視しジョンの隣に立っていた笑顔は布を剥ぎ取った。

 全裸のジョン。その身体には痛々しい傷で文字が描かれていた。

 真っ当な人間ならいきなりこんなものを見せられれば思考が停止するだろう。それが笑顔の狙いだった。

 笑顔は追い討ちをかけるようにジョンのスマホを操作し動画ファイルを開き、彼らに近付き見せ付けた。


「「――――」」


 父も、母も、言葉を失っていた。

 信じられない。信じたくない。しかし、画面で陵辱を繰り広げながら笑っている男は紛れもなく自分達の……。


「トモ。このゴミカス野郎の行状を彼らに教えてあげて」

「ああ」


 ジョンが市内全域に及ぶ不良グループ逆十字軍のリーダーであること。逆十字軍にジョンがやらせていたこと。

 笑顔の指示に従い、トモは淡々と事実のみを列挙していく。


「このゴミはね。俺のことも俺の姉さんも犯してやるとかほざいてたよ。その挙句、こんなものまで持ち出して俺を刺そうともしたね」


 サバイバルナイフをジャグリングしながら笑顔も補足を入れる。

 そして半分ほど列挙したところで、


「「何て、何てことを……」」


 両親は膝から崩れ落ちた。

 信じていた息子が犯した罪の数々に彼らの良心が限界を迎えたのだ。

 そんな彼らに向け、笑顔は言う。


「ああ、そういや何か言ってたね。子供と言えどこんな真似をして……何だっけ? もう一度、言ってみなよ」

「……」


 言葉もないとはこのことか。

 だが笑顔は手を緩めず彼らを見下ろし、


「聞いてんの?」

「ぐっ!?」


 父親の顔を蹴り上げた。


「や、やめろぉ! ぱ、パパは……パパもママも関係は……」

「黙れ」


 見もせず投擲したダーツがジョンの肩に刺さり彼が悲鳴を上げた。

 うるさい、とタカミナがジョンに猿轡を噛ませる。


「奪うな犯すな殺すな――それがあんたらの教義だろう?」


 笑顔に言われるまでもない。彼らは敬虔なカトリックだ。

 そしてジョンも父母に倣って敬虔な信徒として振舞っていた。だからこそ彼らは心底からショックを受けているのだ。


「答えないならあの馬鹿の目玉でも刳り抜こうか?」

「! そ、そうだ……いや、そうです。その通りです。その三つは……決して破ってはいけない大原則……」

「まあ殺しは俺のが強かったから未遂に終わったが、未遂なら許されるのかな? へい奥さん、今度はあんたが答えなよ」

「……決して許されることではありませんわ」


 そう、決して許されることではない。

 この場においてジョンの悪行を誰よりも重く受け止めているのは彼らだろう。


「パパさん。あんたは最初、息子のあの傷を見てどう思った? 正直に答えろ」

「………………む、惨いと思いました」

「なるほど。確かに痛々しい」


 つい、と今度は母親を見つめる。


「あれの被害を受けた女の子にどう償おうか? 金を払えばそれで解決するのかな? 同じ女として正直に答えてよ」

「………………解決するはずがありません。こ、心の傷はお金などでは……」

「だろうな。じゃあ二人に聞く。被害者の前で言えるか? 息子にあんな傷を刻むなんて酷いってさ」

「「……」」


 言えるわけがない、と二人は項垂れる。


「ならどうしようか? 金では解決しないが金を払わんわけにもいくまい。そうだ、奥さん。あんたが身体を売るかい?」

「……ッ」

「年増ではあるが、見目は麗しい。買う奴も居るだろう。何でも“アリ”にしたら客は幾らでも取れるんじゃないか?」


 尊厳を傷付けるような物言い。しかし、それに反論出来る立場にはなかった。


「自分を踏み躙った男の母親が下卑た欲望をぶつけられてるとなれば少しは溜飲も下がるかもねえ」

「う、う、うぅ」

「何泣いてんだ? 涙を流す資格があると思ってんの? ええおい、どうなんだよ」

「あ、ありません……!」

「……いや、あんたらにどうこう言っても意味はないよね」


 はぁ、と溜息を吐き笑顔はナイフの切っ先でジョンを指す。


「――――あれ、もう殺した方が良いだろ」


 終末を、裁きの時を待つまでもないと。

 地獄の底にも似た笑顔の冷たい殺意を感じ、父親が叫ぶ。


「ま、待ってくれ! それだけは! それだけは……!!」

「何故庇う? 敬虔な信徒だからか? 目の前で殺しをしようとしてるのが許せないのか?」

「違う! た、確かに前途ある若者が殺人を犯そうとしているのを見過ごすわけにはいかないが……」

「が?」

「わたしは、父親だから……! 目の前で我が子が殺されようとしているのに見過ごせるわけがないだろう!!」

「ほーう? まだあれを我が子だと思ってるんだ」

「どれだけ愚かな真似をしようとも、それでも……どんなになっても親にとって、子供は……子供なんだ……」

「なるほど」


 小さく頷き、笑顔はくるりとナイフを回し柄を父親に向けた。


「なら選べ。この刃で自ら命を絶つか息子が殺されるのを見過ごすのか」

「「「!?」」」

自殺(それ)はおたくらにとっては許されざる禁忌(タブー)だ。だからこそ天秤に載せる価値がある」


 さあ、どうする? それは正しく悪魔の如き二択だろう。

 しかし父親は迷うことなくナイフを受け取りその切っ先を喉元に突きつけた。


「ソフィ。私の死は自責の念に耐え兼ねての自殺。逃避だ。それで良い。そうするんだ。良いね?」

「あ、あなた……!」

「ジョン。お前は罪を償わねばならない。許されることがなくとも生涯をかけて。私はもう助けてやれないが人として最後まで全うなさい」

「~~!!!?!!」

「そして……いや、私には何を言う資格もないな」


 祈りの言葉を唱え、彼は一切の躊躇なくナイフを突き立て――――


「な、何故……?」


 その切っ先は喉を軽く傷つけた程度で止まった。笑顔が刃を掴み止めたからだ。

 父親は困惑していた。腰が引けた? やらせるつもりはなかった? 否、その極寒の殺意は紛れもなく本物だった。


「ジョン」


 問いには答えず笑顔はジョンに語り掛ける。


「――――これが一番最初にお前が裏切ったものだよ」


 猿轡を外してやれと笑顔は顎で促す。

 南は一つ頷き、言われた通りに猿轡を外す。


「父親は何十年と尊び続けて来た神の教えを捨て信仰に背き自ら命を絶とうとした」


 これまでの魔王(サタン)の如き振る舞いは嘘のように消えていた。

 今はまるで厳かな裁定者のように淡々と言葉を紡いでいる。


「母親もそう。被害者にさっき俺が言ったようなことやれと言われればやっただろう」


 それもまた彼女が捧げて来た信仰に背を向ける行為だ。

 それでも、やる。何故? 何のため?


愛する我が子(おまえ)のためだ」

「――――」

「我が子のためなら全てを投げ出してしまえるほどの愛をお前は裏切ったんだ」


 それがジョン・中地が犯した最初の罪だと笑顔は言う。


「あ、あぁ……う、うわぁああああああああああああああああああ!!!!」


 泣き崩れるジョン。身体の痛みなどまるで気にならないほどに心が痛んだのだ。

 その傷口から流れ出る(なみだ)こそが罪の証。


「ふぅ」


 軽く髪をかき上げ、笑顔は小さく息を吐いた。


「俺が関与するのはここまでだ。俺がすべきことはもう全部終わってるからね」


 逆十字軍を潰す。それが笑顔達の目的だった。

 ゆえにこれは別にやる必要もない無駄な延長戦だったと言えよう。


「後はあんたら次第だ。ここからどうするのかについては家族で考えな」

「……」

「好んで糞野郎のツラを見る趣味はない。さっさと連れて行きなよ。それとも何かい? まだイジメられたいわけ?」


 ジョンの両親は慌てて息子の下まで駆け寄り、ボロボロの身体を二人で支え歩き出す。

 このまま出て行くのかと思いきや途中で足が止まった。

 父親は妻に息子を任せると、ゆっくり笑顔の下までやって来て口を開いた。


「……私に、その資格があるとは思えないが」

「?」

「神の家の門戸は万人に等しく開かれている。だから、君も……」


 それはきっと、彼が優しい人間だから気付いたのだろう。

 笑顔は父親の言葉に少しの動揺を見せるが直ぐに目を閉じ、空を仰ぎ言った。


「神様が本当に居るのかどうかは俺にも分からない」

「……」

「それでも“あの家”には俺と“おかあさん”しか居なかった。神様は、居なかったんだよ」


 だから、


「これが俺の真実なんだ」

「君は……」

「さあ、あんたには命を捨ててでも守ろうとした我が子が居るだろう? 名前も知らないクソガキのことなんか気にしてる暇はないよ」


 行け、と促すと父親は躊躇いながらも頷き今度こそ家族を連れて廃材置き場を出て行った。


「はぁー……疲れた」


 空気を入れ替えるように笑顔がそう切り出すと他の面々も同じように息を吐いた。


「お疲れさん、ニコ。コーラ飲むかコーラ?」

「飲む」

「お前らは?」

「金ちゃんはフルーツ牛乳が飲みたいです」

「銀ちゃんはコーヒー牛乳を求めています」

「…………梅昆布茶」

「ボクはミックスオレ」

「はいはい! オレンジが良いでーす!」

「乳酸菌系でよろしく」

「お前ら厚かましくね!?」


 結局、全員コーラになった。

 地べたに座り込んで喉を潤す一同。張り詰めていた気持ちも緩み、すっかりだらけきっている。


「いやぁ、事前に話は聞いてたけどマジ、ビビったわ」

「それな。えっちゃん、演技力高過ぎんだろ……本気で殺すのかと思ったわ」

「やんないよ。何で俺がわざわざあんな屑のために手を汚さなきゃいけないのさ」

「それだけ真に迫ってたってことだよ。なあ?」

「そうですわ。ホンマ、おっとろしい御方や」


 失礼な奴らだとぼやきつつ、笑顔はスマホを取り出し時計を見た。


「……結構な時間になっちゃったね。ここから寝たら起きられそうにないや」

「だったらここで朝までゲームして、そっから解散ってのはどうだ?」

「良いね。梅津も付き合ってくれるんでしょ?」

「は? 俺はもう帰る」

「おいおいニコちゃん、無茶言うなよ。陰の者にゲーム大会とかハードル高過ぎんべ」

「そうそう、ゲームとかもやったことなさそうだし負けまくるのが目に見えてらぁ」

「あんだとゴルァ!? 余裕だ糞が!」

「じゃ決定ね」


 こうして逆十字軍との戦いは幕を下ろした。

どうしようもない悪人も出るけどそれ以上に善人が多いのがヤンキー漫画だと思います。

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