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ネオメロドラマティック⑬

1.魔王


 深夜。準備を終えた笑顔は家族を起こさぬようコッソリと家を出ようとしたのだが、


「お出かけ?」


 階段を下りたところで母に遭遇する。

 壁に背を預け腕を組む姿は実に様になっていた(ヤンキー的な意味で)。


「何で」

「これでも元ヤンよ? 大きな喧嘩の前の空気ぐらいは分かるわ」

「…………なるほど」

「相手は?」

「高校生。屑」


 端的な説明。それで伝わると思ったからだ。

 実際、母はそれを察したようで呆れたように溜息を吐いている。


「タカミナくん達も?」

「うん。市内全域で馬鹿やらかしてた連中だからね。共同戦線さ」

「……熱いわねえ」


 四天王とそれを倒した我が子が並び立って戦う姿を想像したのだろう。母はグッと拳を握り締めていた。

 元ヤンバレしてからホント、変わったなぁと笑顔が呆れ半分感心半分で母を見つめる。


「でも、ニコくん……大きな喧嘩に出向くのにその格好は……ジャージって……」

「……学校指定のではないし」

「いやそういう問題じゃ……お母さんの特攻服、着てく?」

「遠慮します」

「そう……」


 心底ガッカリしているが、笑顔としても母親のお古の特攻服というのは勘弁だった。

 シチュエーションによってはそれもありなのかもしれないが少なくとも今はそうではない。


「ニコくん」

「うん」

「――――二度と馬鹿やれないよう徹底的に潰しちゃいなさい」


 グッ、と拳を突き出す母に軽く拳を合わせ笑顔は家を出た。

 白雷も主の心を汲んでいるのだろう。何時も以上に“キレ”ていたが……残念ながら今回の喧嘩にバイクの出番はない。

 族が相手なら走りでの出番もあるのだろうが今回はただのカツアゲグループなのだ。

 全速力で飛ばし、時間の十五分前には東区自然公園に入る笑顔だったが他の面子は既に揃っていた。


「五分前行動ぐらいで良いって言ったのに……」

「いやぁ、こんだけデカイ喧嘩の前なんだ。血が滾っちまってよ」

「ああそう。にしても、結構集まったね。何人?」

「俺らも含めて四十八人だ」

「一人少なきゃ赤穂浪士だったんだが……アイドルになっちまったよぅ」

「ちょっと待って。それだと俺、タカミナにリーダー譲った方が良くない?」

「ざっけんな!!」


 どっと笑いが巻き起こる。

 これから高校生……しかも自分達より確実に数が多い相手と戦おうというのに誰一人として緊張していない。


「お、来たみたいだぜ」


 くだらない話で盛り上がっていたがどうやらお喋りは一旦、中断らしい。

 ずらずらと公園に入って来る面子を見てタカミナは嗤った。


「おうおう、やる気満々だな犬の糞風情がよォ」

「ハッ、予想通りだがずらずら連れて来やがったな。糞の行進か?」

「こっちの四倍ぐらいは居そうだが、まあ問題ねえやな」

「ああ、問題ねえ。全員ぶちのめすだけよぅ」


 血に飢えた獣の如き凶相を浮かべる四天王に呼応し、配下の面々も闘志を滾らせていく。


「お前が花咲笑顔か。随分と舐めた真似、してくれたなぁ……!?」


 一歩前に出たジョンが怒りも露に口火を切る。

 対する笑顔はうんざりしたような顔で、答えた。


「マナーがなってないな」

「あ゛?」

「ブレスケアぐらいして来いって言ってるんだよ。ただでさえ臭いのに口を開くとそれ以上の悪臭が撒き散らされるんだからさ」


 完全には消せずとも消臭の努力はしていますって姿勢ぐらいは見せろ。

 そう言われたジョンは完全な無表情になった。怒りが振り切れたのだろう。


「――――殺せぇえええええええええええええええええええええええ!!!!!」

「――――さっさと終わらせよう」


 大将二人が号令をかけるや、両陣営から雄叫びが上がり我先にと駆け出した。


「ガキどもに目にもの見せてやれ! 二度と俺らに逆らえねえようになァ!!」

「歳が上ってだけで勘違いしてやがるド低能に現実ってもんを教えてやんぞ!!」


 塵狼、逆十字軍、両陣営が真っ向からぶつかり合う。

 数の上では塵狼側が劣っているものの士気は桁違い。一歩も引かず高校生の集団に攻勢を仕掛けている。

 そして両陣営の大将もゆっくりと歩き出し、


「シッ!」

「フッ!」


 先手は笑顔のハイキック。ジョンは難なくそれを片腕でガードし返す刀で顔面に拳を放つ。

 それを捌くと同時にアッパーを仕掛ける笑顔だが、ジョンはスウェーでそれを回避する。

 ほんの数手のやり取り。だが周囲の者がその実力を肌で感じるには十分なものだった。


「なるほど。ただの中学生ではないってわけだ」


 互いにクリーンヒットを与えられぬまま五分ほど経過した頃、ジョンが感心したように切り出した。


「腕っ節の強さ。頭の切れ。カリスマ。そんじょそこらの高校生じゃ足元にも及ばないだろう」

「だから息が臭いって」

「その図太さもか」


 クク、と笑った後でジョンの顔が凶悪なそれに変わる。


「だが俺をそこらの雑魚と一緒にするなよ」

「!」


 ジョンは蹴りをわざと食らい即座に腕で挟み込むことで笑顔の武器である“速さ”を封じた。

 そして、


「――――お前ら(ジャップ)とは細胞レベルで違うんだよぉおおおおおおおおおおおお!!!!」


 フリーの片腕で抉り込むようなボディ。

 吐瀉物を撒き散らしながら吹っ飛んだ笑顔は二度、三度バウンドして倒れた。

 即座に立ち上がるも、


「! し、白幽鬼姫が膝を突いた!?」

「いける! いけるぞ! やっちまえジョォオオオオオオオオオオオン!!!」


 膝を突いた体勢のままで居る笑顔にジョンは嘲笑を浮かべながら言う。


「散々虚仮にしてくれたよなぁ? この程度じゃ許しはしない」

「……」

「まずは徹底的に痛め付ける。お前もお前の仲間もな。その上で……そうだな、お前を仲間の前で犯してやるよこんな風にな」


 取り出したスマホを操作し、ある動画を開き画面を見せ付ける。

 そこには何ともまあ、胸糞悪いものが映っていた。


「お前ぐらいになると俺もイケるよ、間違いなく」


 下卑た顔で告げるジョン。

 少し離れた場所で戦っていたタカミナはそれを聞き、盛大に顔を引き攣らせた。

 この流れはまずいと。笑顔だけで留まるのならば良いが……。


「そう言えば姉が居るんだったか? しかもかなり美人の」


 あちゃー、とタカミナが喧嘩の最中にも関わらず顔を手で覆う。

 まあ足はフリーなので普通に蹴りを入れているのだが。


「並べて犯してやるよ。ああ、徹底的に“躾けた”後は姉弟揃って俺が飼っ……!?」


 瞬間、蒸し暑かった夜気が極寒のそれに変わる。

 ジョンのそれは最早、理屈ではなかった。


「そいつを殺れぇえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


 弾かれたように笑顔の近くに居た者が金属バットを振り下ろすが、


「ひっ!?」


 片手でそれを止められる。

 どうにか押し込もうとしてもぴくりとも動かない。逃げるように手を離すと同時に笑顔が立ち上がる。

 くるりとバトンのようにバットを回転させ持ち変えるとその腹目掛けてスイング。

 血反吐を撒き散らして吹っ飛んだ雑魚には目もくれず笑顔はバットを放り捨てる。

 そしてゆったりとした足取りでジョンの下まで近付き彼を見上げ言った。


「どうした? ここはもう領域内(エリア)だよ」

「! ッおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 殆ど反射的に振り下ろされた拳が笑顔の顔面に突き刺さる。


「は、はは……ぎぃ!?」


 と同時に殴られながら繰り出した上段蹴りがジョンの側頭部を打った。


「そうら次だ」


 笑顔が膝を腹に突き刺す。

 ジョンが肘で脳天を叩く。


「まだまだ」

「お、お前……!?」


 避けない、防がない、捌かない。徹底的な攻撃一辺倒。

 これまでとは明らかに異なるスタイル。だというのにそれは誰の目にも明らかだった。


 ――――これまでよりも強くなっている。


 その細い身体のどこにそんな耐久(タフ)さと膂力(パワー)があるのか。

 190近い身長と100近い体重のジョン相手に一歩も引いていない。

 いやそれどころか、


「お、押されてる?」


 最初は一発と一発で等価だった。

 だが更に回転が速くなった今、ジョンが一発繰り出す間に笑顔は二発叩き込んでいる。

 逃げるなり防ぐなりする? ダメだ、それは隙になる。ワンクッション挟むということは笑顔に一手多く与えるということなのだから。

 ゆえにジョンは付き合わざるを得ない。この馬鹿げた削り合いに。


(な、何だ……何なんだコイツは!?)


 傍目から見れば笑顔が押し始めているものの、ジョンとて一歩も退かずに応戦しているように見えるが内情は違った。

 ジョンは動揺……いや、言葉を飾らずに言うなら恐怖し始めていた。

 どれだけ殴っても蹴っても倒れるビジョンがまったく見えない。あれだけボロボロなのにまるで動きが衰えていないのだ。

 逆にこちらは一発一発が肉を貫き骨を軋ませている。そしてまた回転数が上がる。一発打つ間に三発叩き込まれてしまった。


(こ、こんなの合衆国(ステイツ)にだって……も、怪物(モンスター)……いや、もっと凶悪な……“魔王(サタン)”!!)


 オーバースローのような動きで振るわれた拳がジョンの顔面を打ち抜きその巨体を吹き飛ばす。


「く、来るな! こっちに来るな悪魔め! 魔王め!!」


 ゆっくりと歩み寄って来る笑顔。即座に立ち上がったジョンは“万が一”のために忍ばせていたサバイバルナイフを取り出す。

 切っ先を向けるが止まらない。ジョンは殆ど恐慌状態で斬りかかるが、


「!?!! ああ、あああぁぁぁあああ足が……足がぁああああああああああああ!?!!?!」


 笑顔は振るわれた刃を手で掴み取るや、踏みつけるような蹴りで膝を砕いた。

 だがまだ終わらない。蹲ったジョンの顔を蹴り上げ仰向けに倒すと彼に跨り拳を叩き付け始めた。


「並べて……何だって? もういっぺん言ってみろよ」

「やべ……やば!? ひぐぅ……ゆ、許し……許し……」

「聞こえない」


 剥き出しの暴力。

 まだ戦っていた逆十字軍の構成員はあまりの恐ろしさに戦意を喪失し、逃げることさえ出来ずにいた。


「ふぅ」


 ジョンが涙と鼻水、尿でぐちゃぐちゃになった頃、笑顔は殴るのを止めた。

 だがまだ終わったわけではない。

 笑顔は落ちていたナイフを拾い上げるやジョンの服を切り裂き裸にする。


「な、何を……いぎゃぁああああああああああああああああああああ!!!?!!」


 ジョンをうつ伏せにし、その背中にナイフを使って大きく文字を刻み始める。

 “私はレ××魔です”。傷が消えないよう粗く深く抉るように刻まれたそれを見て逆十字軍は恐怖に震えた。


「じゃあ、次は前だ」

「な、なんで……ゆるしてって……ごめんなさいっていったのにぃいいいいい!!!」

「お前はその言葉で許したのか? 違うよな。あの動画でお前、笑ってたもん」


 ジョン、並びに逆十字軍の者らに笑顔は言う。


「俺を酷いと思うか? 何てことないだろ。身体の傷ぐらいやろうと思えば“焼き潰せる”んだからな」


 だが心の傷は違う。

 ジョンや逆十字軍の面々によって深く心に傷を負った被害者達はその傷を抱えて生きていかねばならないのだ。


「どう考えても釣り合いが取れてない。むしろこの程度で済んでラッキーなんじゃない?」


 胸に刻み終えたので次は……ばっちいが已む無し。

 後でしっかり手を洗おうと局部に刃を持っていく。


「だからほら、笑え。笑えよ。笑わないなら笑えるようになるまでお前らを痛め付け続けるぞ」


 他人を踏み躙って笑っていた輩に、踏み躙られながら笑えと言う。

 あまりにも嗜虐的。正義の味方の行いではない。だがそれがどうしたと言うのか。これはより強い悪が弱い悪を喰らう戦いなのだから。


「ダメだな。皆、やっちゃって」

「あいよ」

「ゴキゲンに笑うまで続けっからよぅ」

「覚悟しろやテメェ」

「良い声で(わら)ってくれよ?」


 やり過ぎだと止める者は居なかった。

 それだけ逆十字軍並びにジョンの悪行は酷いもので、彼らも内心で腸が煮えくり返っていたから。

 そうして戦いが始まってから一時間ほどが経過した頃、ようやく制裁は終わった。


「花咲さん、ここからは……」

「ああ、後は俺達でやるから皆は帰って登校時間までゆっくりしてくれて良いよ」

「っす。最高に痺れる強さを見れて感激っす。それじゃあ、また」

「おらゴミカスども! 邪魔んなるからさっさと立てや!」


 金太郎と銀二の部下達は逆十字軍を追い立てながら公園を出て行った。

 残された面々を見渡し、笑顔は言う。


「それじゃ、この屑連れて場所を移そうか。この馬鹿げた喧嘩もいよいよ幕だ」

次の話で逆十字関連は終了。

そしてその次の話で『ネオメロドラマティック』全体のシメを予定しています。

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