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ネオメロドラマティック⑫

総合評価3万突破しました。皆さんの応援のお陰でこの作品は成り立っています。

本当にありがとうございます。これからもどうぞ応援よろしくです。

1.逆十字軍


 東区のとある進学校にその少年は居た。彼の名前はジョン・中地。

 名前の通りアメリカ人と日本人のハーフである。


「ねえジョン、この問題なんだけどさぁ」

「ちょっと待ってくれよ! 俺が先に……」

「No problem! ちゃんと皆の話を聞くから大丈夫さ」


 勉学・運動共に頭一つ二つは抜きん出ていて人望も厚い。

 その上、ゴリラ気味ではあるものの男前。絵に描いたような優等生だ。

 しかし、愛想良くクラスメイト達に対応するその裏では内心、苛立っていた。


(……Shit! ガキが、トコトンまで舐め腐りやがって)


 ジョンには裏の顔があった。そう、最近巷を賑わせている逆十字軍の黒幕(フィクサー)という裏の顔が。

 少し前までは順風満帆だった。金も女も、多少指示を出すだけで幾らでも手に入っていた。だが塵狼の出現と共に全てが壊れてしまった。

 或いは彼が早期に自らの存在を明かし、陣頭指揮を執っていたのであればまた話は変わっていたかもしれない。

 少なくともここまで追い込まれることはなかっただろう。


 ――――とは言え、その仮定には何の意味もないが。


 ジョンのやり口を見ればそれは明白だろう。

 皆に好かれる優等生という仮面に固執し、徹底的に自身の存在を消して来たのだ。

 そんな男が堂々と皆に嫌われている不良グループの頭などと名乗れるはずもない。


「あ、そうだ。最近、近所に美味しいクレープ屋さん出来たの知ってる? この後、行こうよ」


 全員への対応が終わったところで女子の一人が誘いをかけて来た。

 普段なら自身の優越感を満たすためにも喜んで応じていたが、


「Ah……ごめんね? 今日はパパと一緒に教会の奉仕活動に参加するんだ」


 今はそれどころではないのだ。頭を悩ませている塵狼への対処を考えねばならない。

 テキトーな理由をでっち上げて断ったジョンは帰り支度を済ませ学校を後にした。

 が、しばらく歩いたところで彼は足を止めた。


「よォ、ジョンさん。ちっとツラ貸してくんない?」


 痛々しく頬を腫らした冴えない少年が言う。

 それは自身への直通のパイプを持つ幹部の一人だった。


「良いとも」


 この後の展開も予想出来る。

 塵狼への対応は一旦、後回しだと思考を切り替えジョンは少年の後に着いて行った。


(まずは内部の締め付けだな。コイツがどれだけの人間に教えたかは分からないが……まあ、問題はない)


 躾けてやれば従順な猿になるだろう。

 幹部以外に自身の存在を知らせたくはないが、こうなってしまった以上は仕方ない。


「お前が俺らの頭か?」

「随分とまあ」


 連れ込まれた人気のない場所では予想通りの光景が広がっていた。

 分かっていたこととは言えジョンからすれば酷く苛立つもので、


「俺らが血……」

「もう良い。何も喋るな」


 数は四十人ほど――何の問題もない。


「猿回しの猿が生意気にも逆らいやがって……!!」


 そこからは実に一方的な展開だった。

 集められた面々が既に塵狼達のせいで負傷していることを差し引いてもジョンの強さは脅威の一言。

 仄暗い怒りを滾らせていた面々はあっという間に心折れ、沈められてしまった。


「お前ら日本人(さる)どもとは骨格(フレーム)からして違うんだよ。その程度のことも分からん屑どもが楯突きやがって」

「や、やめ……!?」


 苛立ちを隠すこともなく手近に居た男を蹴り上げる。

 既に動けないのは明白だが、忠誠心を植え込むためには躾が必要なのだ。


「ん? 誰だこんな時に」


 さて、本格的に躾けてやろうかと肩を鳴らしているとスマホが震えた。

 無視しても良かったが一度気にしてしまうともう駄目。

 舌打ちと共にジョンが画面を確認すると、それは幹部の一人からだった。

 電話越しで文句を言ったことはあってもこの愚行には参加していない以上、まだ使える部下の一人だ。

 であれば致し方ないと髪をかき上げながら電話に出る。


「俺だ」

『こんにちは猿山の大将です』

「――――」


 知らない声、しかしそれが誰なのか予想出来なくはない。


「花咲……笑顔……! お前、何故……」

『そう驚くことでもないだろ? 相手の考えを読むなんて頭使って戦う上での基本なんだから』

「まさか」


 読んでいたのか。この逆十字軍の構造を。

 たかだか中学生の猿が? 信じられないと目を見開くジョンに笑顔は続ける。


『逆十字軍なんて肥溜めみたいな組織を作る自分が賢いと思ってる屑の考えを読めば当然、分かるよ。

幹部にするであろう連中の特徴を皆に伝えたらしっかり捕まえてくれたよ。

しかし君、結構良い思いさせてあげてたわりに人望ないんだね。うちの柚――……金角の方が通りが良いかな?

金角が捕まえたんだけど彼、言ってたよ。“殴る前”に吐いたってね』


 人を小馬鹿にしたような物言いにジョンの顔がカッ! と怒りに染まる。


『表の方じゃそれなりに……ああいや、人の腹の中なんて分からないか。

愛想良くしてると言えば聞こえは良いが“便利”な奴程度にしか思われてないのかもね、君』


「……この糞猿が!!!」

『その猿にここまでいいように引っ掻き回された君は何かな? 少なくとも人間名乗るにゃ“足りて”ないと思うけど』

「~~~!!?!!」

『ま、君が何て名前の生き物なのかはどうでも良い。興味がない。ゾウリムシでもミトコンドリアでも好きに名乗ってくれ』


 それよりも本題だと笑顔は言う。


『そっちもいい加減俺らがうざいでしょ? そろそろ決着をつけよう。場所は東区自然公園、日時は二十一日午前二時』

「…………生まれて来たことを後悔させてやるよ」

『大丈夫? それ三下の台詞そのものだよ?』


 ジョンは衝動的にスマホを切った。

 転がっている馬鹿どもに八つ当たりをしようとするが、こうなった以上は無駄に戦力を減らすわけにもいかない。

 徹底的に、そして圧倒的に勝利し花咲笑顔――塵狼に無様な命乞いさせねば意味がない。


(表になんて出たくはないが……)


 事ここに至った以上、止むを得ない。

 花咲笑顔が自分の存在をバラしているかどうかは分からないが……最悪の事態を想定しておくべきだ。

 それでも完全に潰した後でなら火消しも間に合うはず。今は兎に角、抗争に備えるのが最優先だ。


「糞が……必ず後悔させてやるぞ」




2.それはない


 それにしても、いやぁ……まさか、ねえ?

 聞いた時はビックリしたよ。だって、


米国人(ヤンキー)不良(ヤンキー)のダブルミーニングだったとは流石の俺も予想がつかなんだわ)


 殆ど駄洒落じゃん。

 しかしハーフか……俺もクォーターだけど、どこの血が混ざってんだろ?

 今までは大して気にしてなかったけど、今はちょっと気になる。


「話はついたのか?」

「ああタカミナ、バッチリさ。向こうさんもやる気満々だよ」


 柚が昨日、確保した幹部くんにスマホを投げ渡してやる。

 何で一日置いたのかって? ジョンとやらの情報を調べるのと仕込みのためである。

 幹部くん曰く、評価Aのグループに逆十字軍の頭であるジョンの情報を流し暴発を促したのだ。

 そろそろ制裁が一段落したかなという頃合を見計らって連絡したんだけど、多分当たってたっぽいな。


「あ、君はもう帰って良いよ」

「は、はい……」


 幹部くんをアジトから追い出したところで俺は全員を見渡し告げる。


「二十一日午前二時に東区自然公園で連中と決着(けり)をつける。完膚なきまでに潰して気分良く終業式を迎えようじゃないか」


 俺の言葉に皆が悪そうな笑顔で頷いてくれる。実に頼もしい。


「散々、虚仮にしてやったんだ。連中も躍起になって俺達を潰しに来るだろう」


 どれだけの数を集めて来るか。

 まあ、最低でも百は動員すると見て間違いなかろう。


「が、俺は何も心配してない。皆もそうなんじゃない?」

「ったりめえよ。あんなシャバ僧どもに俺らがどうこうされるわけねえだろ」

「余裕っすわ。全員まとめて指先一つでダウンさせてやらぁ。なあ銀角」

「おうよ、全員まとめて排泄物処理場にシュー! よシュー!」

「……俺を舐めるな」


 結構結構。


「頼もしいね~。喧嘩となると俺らはまるで役に立たんからちょと申し訳ないや」

「いや、テツとトモには別個で頼みたいことがある」

「うん?」

「まあそこは後で説明するよ」


 ただジョンを倒して終わりじゃ芸がないからな。

 色々考えてんだ、俺も。予定通りに進めば何か良い感じに収められると思う。


「ジョンとは俺がやる。良いよね?」

「やりたくねえって言えば嘘になるがな。予想以上の屑野郎だったし、俺が直々にぶちのめしてえって気持ちはある」


 幹部くんから見えていない部分の悪事を聞かされたからだろう。

 タカミナは吐き捨てるように言った。他の面子も同意見なんだろうが、


「それでもこのチームの頭はお前だ、ニコ。一度頭と仰いだ以上、お前に全部任せる」

「そういうこった。最初から最後までニコちゃんの仕切りで俺らは戦う」

「だべ。それが筋ってもんだ」

「……お前に限っちゃ余計なお世話だろうが、情けない姿見せるんじゃねえぞ」


 良いね、如何にも決戦前って感じで燃えて来るよ。


「柚、桃。君らんとこの子らはどうする?」

「参加させる――っつーか、参加させねえとうるせえからな」

「おう、ここまで来てメインステージはお留守番とかあり得んからな」


 ただ、と二人は口を揃える。


「相手が相手だ。連れてく面子は選ぶつもりだ。それなりにやる奴らじゃねえとキツイだろうしな」

「俺んとこと銀角んとこ合わせて多分、四十人ぐらいになるんじゃねえかなぁ」

「分かった。ならそっちの指示は二人に任せるからね」

「「おう」」


 さて……話し合っておかなきゃいけないことはこれぐらいかな?

 多分、もうないと思うが一応皆から聞いておくか。


「俺からはこんなところだけど皆からは何かある?」

「ない」

「「特になし!」」

「ねえ」


 テツトモ、矢島も頷いている。


「じゃあ真面目な話はこれで終わり。お菓子食べよっか」


 立地が良いのかこの廃工場って窓開けてりゃ存外、涼しくてすごし易いんだよな。

 冬場は窓閉めて着込めば良いだろうし、逆十字軍との抗争が終わった後も中区での溜まり場にしても良いかもしれん。


「俺とテツ、トモは主にしょっぱい系を持って来たぜ!」

「「俺らは珍しいのを!」」

「ボクと梅ちゃんは飲み(もん)持って来たよ」


 おうおう、良い感じにばらけてるな。俺が持って来たのとも被ってねえ。

 俺は隣に置いていた幾つかの紙袋の内の一つを開いて皆に見せつける。


「俺は甘い物、持って来たよ」

「「「「「「おお!!」」」」」」


 反応良いな。そうだよね、皆好きだよね今――――


「大判焼きじゃねえか!!」

「おやきじゃん!!」

「御座候たぁ、やるねえ!!」

「回転焼きかぁ、ニコちん良いセンスしてる!」

「小判焼きか。俺は大好きだ」

「太鼓饅頭ですやん。ええチョイスしてはるわぁ」


 え。


「「「「「「ん?」」」」」」


 梅津以外の全員が小首を傾げる。

 そして、


「「「「「「……」」」」」」


 不穏な沈黙。おかしい……おかしくない?

 いやね、明らかに西から来たっぽい矢島は良いよ? 名称違っても「ああ西ではそう言うのね」で済ませられる。

 でも同じ市内……どころか同じ区の出身でも違うのはどういうこった。


「はい」


 先手を打つように俺は挙手する。

 皆が何だ、と言うような目をするので言ってやる。


「逆十字軍とやる前から仲間割れするわけにもいかないのでこの論争は決着をつけた後にするのはどうだい?」

「「「「「「……異議なし」」」」」」

「それまでの暫定的な仮称はお饅頭。これも良い?」

「「「「「「……異議なし」」」」」」


 お饅頭はお饅頭だからな。

 そんな俺達のやり取りを呆れたような目で見ていた梅津がぽつりと漏らす。


「……アホかお前ら」

「あぁん? 名前は重要じゃろがい。お前もニコに負け犬呼ばわりされてキレてたろうが!」

「それとこれとは話が違うだろ」

「はいはい、タカミナも絡まないの。ところで梅津はこれ、何て名前で呼んでるの?」


 別に仲間を増やしたいとかではなく純粋な興味だ。

 梅津も元は他所の人間だったからな。


「…………ドラ焼き」

「「「「「「「それはない」」」」」」」

「あ゛ぁ゛!?」


 だってそれもう別もんでしょ。

 それはさておき、お饅頭(仮称)は皆で美味しく頂きました。

次回、激突。

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