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ネオメロドラマティック⑪

1.塵狼


 白幽鬼姫と四天王によるイカシタ“宣戦布告”は瞬く間に市内全域へ広がった。

 事によっては拡散を助長する必要もあるかも、などという笑顔の考えは杞憂だった。

 宣戦布告に対するリアクションはこれまた笑顔達の狙い通りで、


『イカレタ中坊どもだな。でも、カッケーじゃん』

『大した度胸だわマジでよ。だが、アイツらがかなりやるとしても……情けねえよなぁ』

『さんざイキってたのに中坊にワンパンで伸されてんだもんな』


 標的となった者らへの嘲笑。


『逆十字軍だっけ? 幅利かせてたけど所詮はカスの集まり。大したことねえや』

『あいつら、やたら絡んで来てうざかったんだよねー。友達も連れて来いとかさ』

『確か連中って100人、200人居るんでしょ? それが中学生に潰されたら大恥じゃん』

『でもまあ潰れてもだーれも困らないから別に良いけどね~』


 そしてその嘲りは彼らが所属している逆十字軍へも向けられた。

 当然こうなると彼らも無視は出来ない。逆十字軍は主に二つの行動を取り始めた。

 一つは自分達を舐め始めた無関係の学生達への締め付け。

 これに関しては成功した部分もあるが、


『ッ……何だテメェら!!』

『俺が誰かって? テメェら悪党どもから遊梨亜を守るため地獄の底から舞い戻った――賢死楼だぁああ~!!』

『そのノリはどう考えてもジャ●様でしょ……とりま、さっさと潰して次行こうぜ』


 どこからともなくやって来た塵狼の実働部隊を名乗る者らによって潰されてしまう。

 中には返り討ちにする者らも居たが、全体で見れば逆十字軍の方が被害が大きかった。

 そして仮に実働部隊と遭遇せずカツアゲを済ませたとしても、


『よォ、お前ら逆十字軍なんだって? 情報は上がってるから言い逃れは出来ねえぞ』

『バッカ、そこはボクらは逆十字軍なんかじゃありませ~ん! って言わせろよ。中坊相手にみっともない真似したって後で拡散出来んだろ』

『あ、それもそっか。よし屑ども、嘘吐いて良いぞ。どっちにしろ潰すけどな』


 後日襲撃をかけられて散々に痛め付けられてしまう。

 相手は確かに中学生だ。しかし、結束の固さと士気が段違いなのだ。

 規模こそ大きいものの縦横の繋がりが希薄な逆十字軍とは対照的である。


 ならばと二つ目。逆十字軍の者らが取ったのは塵狼の頭を潰すことだった。

 逆十字軍内でも影響力と腕っ節を持つ者らが音頭を取り、徒党を組んで塵狼のアジトである廃工場を襲撃した。

 数は六十八人。相手は中学生で、しかもアジトに居るのはたった二人。過剰戦力と言えよう。

 だが見せしめの意味でも徹底的に潰さねばならぬと考えたのだ。

 塵狼の総長の家はかなりの金持ちらしい。ならば慰謝料もたんまり払ってもらわねば。

 下卑たことを考えながら廃工場に押し入るも、


『殺す』

『死ね』


 圧倒的だった。

 一撃で冗談のように伸されていく仲間達。恐怖し逃げ出そうとするものの、


『逃がすか死ね』


 回り込まれてしまう。まるでRPGの魔王だ。

 強い。ただ強かった。どう考えても中学生のレベルではない。

 襲撃をかけた者らは一人残らず倒され、徹底的に痛め付けられ、全裸で解放された。

 そしてその光景は当然のことながら拡散され、襲撃者達は笑いものになった。そしてそんな者らが属する逆十字軍も。

 悪循環。誰もが理解していた。しかし、それを断ち切れるものが彼らにはなかった。


『糞が! 何なんだあのガキどもは!?』


 一時的に活動を中止して影に潜もうとする流れになるのも当然だろう。

 だが塵狼はそれを決して許しはしない。その鋭敏な嗅覚で獲物を見つけ、自ら狩りに来た。


『何でってツラしてんなぁ? ったりまえだろアホが。お前らどんだけ怨み買ってると思ってんだ』


 逆十字軍の被害は市内全域に及んでいるのだ。

 塵狼は情報を募るサイトを立ち上げたり、直接被害に遭ったと思われる者らを訪ね情報を聞き出していた。

 中には漁夫の利というか、利用してやろうなんて考えで虚偽の情報を流そうとする者も居たが塵狼は馬鹿ではない。

 得た情報はしっかりと裏を取り、その上で行動に移しているのだ。

 塵狼を利用しようとした幾人かの馬鹿はボコボコにされその旨を書いた紙を局部に貼られ全裸で駅前に晒された。


『テメェらが完全に消えるまで俺らは手を緩めねえ。どうにかしてえんなら頭ァ、引き摺りだすこったな』


 頭が参戦すれば大逆転劇が始まるかもよ? などと嗤い、潰された。

 こうなると内部での不満が噴出するのも当然だ。

 逆十字軍を抜ける? 抜けても元逆十字軍という肩書きだけで狙われるのは目に見えている。

 ならばもうやるしかない。数ではこちらが勝っているのだ。頭が出張れば生意気な中坊どもなど簡単に潰せると逆十字軍内部で頭探しが始まる。

 内からも外からも探される逆十字軍の頭目。その動きは未だ……見えない。


「~~~ッッカッケー!!!」


 東区自然公園では小学生の集団が塵狼について語り合っていた。

 逆十字軍はあろうことか小学生にも手を出していたので、その評判は最悪だった。

 そして逆十字軍が嫌われているということは、それと対立する塵狼は自然とヒーローのような扱いになる。


「やべえ、塵狼やべえって! またデカイ顔してた馬鹿を叩き潰したらしいぜ!」

「知ってる! うちの兄ちゃんから聞いたけど圧倒的だったらしいよ!」

「はぁ……違う区を治める四天王同士が手を組んだって時点で熱いのに、やることなすことカッコ良過ぎでしょ」

「うちの区の赤龍さんは積極的には動いてないらしいけど、やるとなったらめちゃ派手らしいぜ!」

「渋いよなぁ。けど金角さんと銀角さんも良いよね」

「黒狗さんを忘れるなよ!!」


 キャッキャと騒ぐ彼らだが、


「でもやっぱ」

「うん」

「一番はあの人だよね」


 全員が声を揃えて叫ぶ。


「「「「「「「白幽鬼姫!!」」」」」」」


 噂では四天王全員とタイマンを張り、全てに勝利した(おとこ)

 灰汁の強い面々をまとめ対逆十字軍の指揮を執る無敵の総長。

 小学生の彼らにとって花咲笑顔は憧れそのものだった。本人が知れば間違いなく嫌な顔をするだろうが。


「あん人は超クールでさ。全然、表情も変わらねえんだけど……でも、すんげえ優しいんだ」

「何だよ翔太。まるで白幽鬼姫さんと会ったことがあるみてえじゃん」

「みてえも何もあんの! 前に助けてもらったんだよ」

「えぇ!? ま、マジかよ! 詳しい話聞かせろって!!」

「しゃーねーなぁ! あれは……」


 とかつて笑顔に助けられた少年が語りだそうとしたところで入り口から声がかかる。


「翔太ー! そろそろ帰るよー!」

「あ、姉ちゃんだ。悪い、話はまた明日な!」

「えー!? ここでぇ!?」

「だからごめんって」


 翔太は急いで姉の下に向かい、並んで帰途につく。

 姉を守るように車道側を歩いているのは勿論、笑顔の影響だ。


『お姉ちゃんと仲良くね』


 その言葉を翔太は胸に刻み付けたのだ。


「ねえねえ姉ちゃん、買って来てくれた?」

「……買って来たけどぉ、ホントにやるの? 小学生で髪染めるって」

「今時それぐらい誰だってやってるよ! それに染めるつっても一部だし」

「メッシュみたいな?」

「そうそう。全部を染めるのはちょっと……畏れ多いって言うか」

「すっかり花咲さんに夢中になっちゃって」

「そういう姉ちゃんこそ笑顔さんの隠し撮りどっかから拾って来て暇がありゃ見てんじゃん!」

「!? な、何でそれを」

「いやバレバレだし……お母さんとお父さんも知ってるからね」

「嘘でしょ!?」


 彼が笑顔と再会するのは、まだ少し先のお話である。




2.これからひたすらテメェを殴り続ける


「必殺ぅ、金剛石花ァ! お前は死ね!!」

「金ちゃん、金剛石はダイアモンドだよ……」

「それ以前にただのパンチじゃん……」


 その日も金太郎は手勢を率いて逆十字軍の構成員を狩っていた。

 この段階でも表立って活動している手合いなので、馬鹿ではあるが実力はそれなりのものだった。

 やはり自分が直接出て正解だったと内心、ほっと息を吐く。


「っし、撤収じゃ撤収。次行くべ次ィ!!」


 倒れ伏したアホどもには一瞥もくれずそのまま退散――……する振りをして隠れて様子を窺っていたテツトモコンビと合流する。

 情報収集の一環として今日は金太郎に同行していたのだ。


「……で、どう思う?」

「目をつけてるのはアイツか? 髪も染めてない、ピアスなんかの装飾品もない。如何にもパシリとして入れられてますって感じの奴」

「ああ」


 陰から倒したはずの連中を観察する金太郎とテツトモコンビ。

 何故こんなことをしているのかと言うと、総長笑顔からの指示が出ているからだ。


『雑魚を狩った後、場合によっては隠れて様子を窺って欲しい』


 何でそんなことを? と首を傾げる面々に笑顔は言った。


『トップに繋がるパイプを持ってる幹部は多分、一見してそうとは思えない奴だと俺は思う』


 これだけの規模の組織を作り上げ、それでいて自分の正体を徹底的に秘匿している黒幕。

 相当に頭が切れるのは間違いない。そんな奴が一見してそうだと判断出来る手合いを幹部にしている可能性は低いと言う。


『多分、普段は損な役回りをさせられて見下されてるような奴が怪しい』

『……それだけ聞くと嫌な役を押し付けられてるように思えるが』

『うん。そこは利益で釣ってるんだろうね。あとは優越感か』


 使われている側だとも気付かず自分を見下している馬鹿を見るのはさぞや滑稽だろう。

 俺はお前達よりも偉いんだぞという優越感は、虐げられている者には刺激的で中毒性すらあるかもしれない。


『ちょっと形は違うけど似たような状況だった梅津は分かるんじゃない?』

『……フン』

『自尊心を上手いこと刺激して操ってるから、それが満たされてる状況ならボロは中々出ないと思う』


 だがそれは逆に不満を蓄積させていけばボロを出し易くなるということでもある。

 雑魚狩りにはそのような意味も込められていたのだ。


『ま、そういうわけだから各々の判断でこれはと思った場合はよろしく』


 そういう指示を受けていたからこそ金太郎は去り際、事前に決めていた仲間にだけ分かる合図を出し監視体制に移行したのだ。


「外見もそうだが、喧嘩してる時の“目”が気になってよぅ」

「目ってどゆこと?」

「何つーかねえ。やられてんのにこっちを探ってる感じがしたっつーか……少なくともただのパシリじゃなさそうだ」

「俺もそう思う。離れた場所で始終を見てたから分かるが、あれは明らかに一線引いたところに立っているような気がする」

「なら監視は続行だな。ま、外してもちょっと時間を無駄にするだけだし問題はなかんべ」


 倒れている彼らをじっと見つめる三人。

 通りすがった学生達が嘲笑をぶつけたり、写メを撮っているところを見るに逆十字軍は相当、怨みを買っていたらしい。


『連中はやり過ぎだ。だがそれは黒幕の意に沿うものではないだろう。

考える頭を持ってりゃ良い塩梅で留めようとするはずだしね。とは言え想定外というほどでもないだろうが』


 規模が大きくなればなるほど統制は難しくなる。

 馬鹿な下っ端がやり過ぎるというのも想定の内だろう。


『恐らく他の有力な不良グループとも話はつけてると思う。金を握らせてるんじゃないかな』


 だからかち合うことはないが金をばら撒いていない木っ端が噛み付いて来る程度はあちらも想定していたはず。

 しかし、中学生の集団が歯向かって来るのは予想外だったのだろうとも言っていた。

 そして、だからこそ自分達は痛撃を与えられるとも。


「……ここまで読めてて人を動かす力がないとかウッソだろって感じよな」

「いやまあ、俺らだからってのはあると思うよ?」

「最近は口数も増えたが付き合い始めた当初はかなり受身だったしな」

「そのくせ、胃がもたれるような話は平然と……あ、動くみたいだよ」


 どうやらこの場で解散することになったらしい。

 金太郎は他のところに配置してある部下に標的の位置を常に把握するよう連絡を飛ばした。

 そして誰も居なくなったところで自分達も動き始める。

 部下から送られて来るリアルタイムの情報により、追いつくのは容易だった。


「……路地裏に入ってったね」

「電話してんな」

「内容までは聞こえないが、どうも揉めてるらしいな」


 これはもう、当たりだろうと三人は頷き合った。

 じゃあ行って来ると金太郎は二人にアイコンタクトを送り、ゆっくりと歩き出す。


「糞! 何なんだよ! 言う通りにしてたら良い目を見られるって……」


 一方的に通話を切られたらしい。

 ここまで接近しても気付かないとはよほど腹に据えかねているのだろう。

 金太郎は呆れながらポンポンとその肩を叩く。


「あ゛!? 何……だ……」


 怒りも露に振り返るが金太郎の顔を視認するや一瞬で鎮火。

 盛大に顔を引き攣らせる少年に金太郎は言う。


「お前、逆十字軍の幹部だろ」

「な、何を」

「うちの大将舐めんな~? テメェんとこの屑よりも頭が切れるんだわ。とっくにお見通しなんだよボケ」


 それでも尚、否定の言葉を吐こうとするがそれを遮るように続ける。


「これからひたすらテメェを殴り続ける」

「!」

「――――好きにしろや、俺ぁ何も強制しねえからよ」


 この日、遂に塵狼は敵の首魁を突き止めた。

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