ネオメロドラマティック⑩
1.殺しに来たんだよ
塵狼結成から二日後。
ある程度のリストアップを終えた彼らは即座に行動を始めていた。
午後一時前。どの学校も丁度、昼休みの時間だ。
四天王はそれぞれの区の標的が居る高校に真正面から乗り込んでいた。
というのも、
『相手方を虚仮にしつつ、こっちの株が上がるようなやり方をするなら一人だ』
塵狼の頭である笑顔から指示が出ていたのだ。
『白昼堂々一人で学校に乗り込んで真正面から標的を一撃で潰す。連中の面目は丸潰れだろうさ』
見栄を張ってナンボのヤンキー界隈。
中学生が単身、堂々と高校に乗り込んで名のあるヤンキーを一発で沈める。
これは相当な武勇伝だろう。そして、やられた側にとっては最低の汚名になる。よりにもよって中坊に……と。
やられた側は以降の嘲笑を免れまい。汚名を雪ぎたいのであればリベンジ以外に道はなく、そしてそれは塵狼側にとっては実に好都合だ。
『ああでも一撃ってのは無理そうなら良いよ?』
ついでにこのようなことを言うものだから、
『『『『上等じゃボケェ!!!!』』』』
『それでこそだ』
『しかしニコよ、堂々と中学生が高校に入ったら止められやしないか?』
『同じ学校の下っ端構成員の制服剥ぎ取ってそれを着てけば問題ない。どうだい? 何だかワクワクするだろ?』
正にその通りだった。
初めて踏み入った高校の廊下を歩く四人はまるで遠足にでもやって来た子供のように胸を弾ませていた。
そして、
「! お前……」
「おうおう、俺のこたぁ知ってるのか」
同時刻、四人はそれぞれの標的を発見、対峙した。
「金角!? 何だってここに居やがる! 何をしに来やがった!?」
「ケケケ、そりゃ知ってるよなぁ?」
敵陣のド真ん中。
「何がおかしい銀角ゥ!?」
「そりゃ笑うだろ。ビビって俺らのガッコに手ぇ出さなかったカスがイキってるんだもん」
そして標的が標的だ。取り巻きもかなり居る。
しかし、
「……元イジメられっこくんが謳ってくれるじゃねえか!!」
「その俺からしても死ぬほどダセエって言ってんだよ」
怖じていない。誰一人として。
「で、何をしに来たかだっけ?」
全員が全員、堂々と己という旗を掲げている。
「んなもん決まってんだろ」
笑う。
「殺しに来たんだよ」
傲然と。
「お前をな」
そして四人はまったく違う場所に居ながら示し合わせたように駆け出した。
南の左ストレートが、金太郎の右ハイキックが、銀二の左ハイキックが、健の右アッパーが炸裂。
彼らはオーダー通りに標的を一撃で沈めてのけた。
「何が逆十字軍だ」
そして彼らは倒れた標的を見下ろしながら告げる。
「カツアゲグループがご大層な看板掲げやがってよぅ」
笑顔の指示通りの台詞を。
「俺ら“塵狼”はお前らの存在を許さねえ」
“周囲”にもよく聞こえるように。
「必ず潰す。覚えとけやカスども」
やるべきことはやった。ならば後は退却だ。
四人は進路を塞ぐ者らをぶちのめしつつ、学校から去って行った。
――――さて、ここで一つおかしなことがある。
笑顔は今、一体何をやっているのか。
襲撃はあくまで四天王だけ? 否。塵狼の総長になったからと言って自分という戦力を遊ばせておくつもりはない。
襲撃は最初から五人同時にと決めていた。ならば何故、語られなかったのか。
それは、
「……はぁ……はぁ……途中で産気づいた妊婦にエンカウントするとかどうなってんだ……」
突発イベントに巻き込まれていたのである。
周りには誰も居ないし、救急車を呼ぶより自分が運んだ方が早い。
丁重に、且つ迅速に一番近い産婦人科まで妊婦を移送した笑顔は全力疾走で目的の高校へと向かっていた。
到着したのは一時十分、まだ授業は始まっていない。まだギリセーフだ。
己にそう言い聞かせながらここの生徒ですけど何か? と素知らぬ顔で学校に侵入。
他四人と違って目立つ容姿をしているのでひそひそされているがまるで気にしていない。
(お、見つけた)
三階まで上がったところで廊下の奥にたむろしている糞迷惑なヤンキーの群れを発見。その中に標的も居た。
そして標的も笑顔に気付いたようで、
「お、お前……!?」
恐怖も露に歯抜けの顔を引き攣らせる。
標的は一度、散々に痛め付けられているのだ。そして周囲に居る者らも。
「久しぶりだね桐……桐、何とか」
そう、笑顔がヤンキー輪廻に巻き込まれる切っ掛けとなった桐何某だ。
「~~ッッ! テメェら! アイツを殺れぇえええええ! そう広くねえここなら囲んで突っ込めば動きを止められる!!!!」
震えていた桐何某は恐怖と屈辱を拭い去るように叫ぶ。
すると教室からずらずらとヤンキーが出て来る。
(そう言えばタカミナが三高の頭だったとかどうとか言ってたような……?)
階段を挟み前方後方から迫り来るヤンキーの群れ。しかし焦りはない。
笑顔は小さく息を吐き、壁を蹴って飛び上がるとヤンキーを踏みつけ前に倒れるように駆けていく。
さながら壇ノ浦の八艘飛びである。そして瞬く間に距離を詰め、桐何某に蹴りを浴びせ沈めてのけた。
そしてゆっくりと振り返り、
「閉所で囲めば殺れるって? 殺ってみろよ」
廊下を埋め尽くすヤンキーどもに襲い掛かった。
半ば恐慌状態で突っ込むヤンキー達。何人かは掴みかかることに成功するが……止まらない。
ラッセル車が如き勢いで眼前の敵を叩きのめしながら進んで行く。
「逃がすかよ」
「ひぃ!?」
逃げようとした者も現れるが、笑顔の速さを振り切れない。
キッチリと一撃で仕留められてしまう。
暴力の嵐、そうとしか形容出来ない時間が終わる頃には廊下は死屍累々だった。
「逆十字軍だっけ? たかだかカツアゲグループが随分と調子に乗っているじゃないか」
駆けつけた教師達でさえ身に纏う刃のような鋭い空気に気圧され何も出来ない中、笑顔は淡々と告げる。
「これは宣戦布告だよ。お前らは俺達“塵狼”が潰す。必ずね」
倒れ伏し恐怖に竦む雑魚どもには一瞥もくれず、笑顔は悠々と三高を後にした。
2.ぼくらの旗
(――――これはウケる)
俺は確信していた。いやだって、考えてもみてよ? 四天王揃い踏みで襲撃だよ?
それだけでもう熱いのに全員がワンパンKOで力を示すんだよ? 絵になるわぁ。
漫画で言えば多分、あれだ。同じページでそれぞれの描写やってるんだろうな。
で、四天王が力を示した後に美形キャラの俺ですよ。
絵的にもちょー映える八艘飛びモドキで標的をワンパンKOした後、雑魚相手に無双し宣戦布告。
んで悠然と学校を出るシーンでシメ! 抗争の始まりとしては上々でしょ。
(やれやれ、こうも綺麗にキメちまって……逆に申し訳なさを感じるぜ!)
ってのはさておき、あの妊婦さんは大丈夫じゃろうか?
病院に預けた時、お医者さんがよくやってくれたーみたいなこと言ってたし間に合ったとは思うんだが……。
せめて元気なお子さんが産まれて来ることを祈らせてもらおう。
(少子化とは無縁のヤンキーワールドだが子供は国の宝だからな)
うんうんと頷きながらスマホで時計を確認する。
(もう終わってるだろうが、やっぱここまで来るのには時間がかかるよな)
俺は今、例の廃工場で皆を待っている。
学校は当然、サボりだ。兎さんに代役を任せている。彼なら俺の代役を見事に務めてくれるだろう。
暇なのでスマホのニュースサイトで時間を潰していると、しばらくして複数のエンジン音が外から聞こえて来た。
「わりぃニコ、待たせたな」
「良いよ良いよ。一番近い俺が一番早く着くのは当然だし。それより首尾はどうだい?」
「「バッチシ! パツイチで沈めてやったわ!!」」
「流石。タカミナと梅津も?」
「おう。まるで歯応えがなかったわ」
「フン……高校生つっても大したことねえな」
結構結構。いやまあ、皆ならやれるだろうと確信してたけどね。
全員一度はやり合ってその強さを知ってるし、このシチュエーションだもん。バフも乗っかるから万が一にも負けることはあるまい。
それでもまあリーダーとしては一応、聞いとくべきかと思ったのよ。
「ニコは?」
「……ちょっとトラブルがあったけど問題なく潰して来たよ」
「トラブルって、何があったんよ」
「いや三高乗り込む途中で産気づいた妊婦さんに出くわしてさ。産婦人科までデリバリって来た」
「そういうトラブルかよ! ニコちゃん、妊婦さんは大丈夫なんけ?」
「お医者さんの様子を見るに大丈夫そうだったよ」
そりゃ良かったと皆が笑う。つくづく良い奴らだ。
「それじゃ、これからのことについて……」
「ニコちん、その前にこれ。ほら、皆お昼まだなんでしょ?」
「軽く摘まめるものを買って来たから食べてくれ」
「ボクらの奢りですわ」
テツトモと矢島が両手に持っていたコンビニの袋を見せ付ける。
ありがたいことだが、ここテーブルとかないし……あ、制服使えば良いのか。
どうせ名前も知らないカスから奪ったもんだしレジャーシート代わりにしてもええやろ。
見れば金銀コンビも同じことを考えてるのか制服の上を敷き始めてるし。
「じゃあ、食べながらこれからのことについて話し合おう」
全員が頷くのを確認し、おにぎりをパクつきながら話し始める。
「事前に軽く触れたが、逆十字軍との抗争が終わるまでは廃工場を俺達、塵狼の拠点にする」
「馬鹿どもに的を絞らせるんだな?」
「うん」
理由は今、梅津が言った通りだ。
喧嘩を売った以上、あちらからも仕掛けて来るのは当たり前だ。
しかし俺らが決まった拠点を持たずバラバラに動いていたらあちらの戦力が分散されてしまう。
「害虫は一匹一匹潰してくよりまとめて潰した方が効率的だからね」
前に梅津の兵隊をタカミナと一緒に釣り上げてここに誘ったのと同じだ。
今回も同じように釣って潰す。
「拠点に待機するのは主に俺とタカミナになる。理由は俺達に人を動かす能力がないからだ」
「いやぁ、タカミナはともかくえっちゃんはそうでもないんじゃね?」
「おい、俺ならともかくって何だ」
「じゃあおめー、やれんのかい?」
「……やれねえけど」
ですよね。
「でもニコちゃんはよぅ、塵狼の総長としてバッチリ俺ら仕切ってるわけじゃん? ないってことはねえだろ」
「そりゃある程度、気心の知れた面子だからだよ」
一緒に走ったりバーベキューやったりはしたが金銀コンビの配下とは遠慮なく指示を出せるほど仲良くなれてはいない。
それを十全に動かせと言われたらちょっと……。
「桃と柚は俺の対人能力を舐め過ぎだよ。タカミナ達と知り合うまで俺は一人も友達が居なかったんだよ」
「「「「「……」」」」」
無言はやめて。傷付くから。
「まあ、あれですわ。うちの梅ちゃんも似たようなもんやしそこまで気にせんでもええかと」
「テメェは黙ってろ!!」
そういや梅津もか。ボッチ仲間だね。何の救いにもならないけどさ。
「柚と桃、梅津は雑魚狩りだ。梅津は自前の兵隊はもう居ないから二人から借りてくれ」
「……あぁ」
「矢島は梅津のフォロー。ツンツンしてる梅津と借りた連中の間に入ってあげて」
「はいな。精一杯、やらせてもらいますわ」
梅津だけだと不安だが、矢島が居るなら大丈夫だろ。
コイツのエアリード機能と実力があれば知らん奴らとも上手くやれると思う。
「二人は特に言うことはないかな。人を動かすのも上手いし喧嘩も強いからね」
「照れるねえ。まあ見てな、えっちゃんの期待にゃバッチリ応えてやっからよぅ」
「うちの連中も逆十字軍の話聞いてやる気満々だからよ。任せてくれやぁ」
安定感半端ないよね。この二人はバランスが良いから何かあっても独自の判断で上手いことやってくれるという確信がある。
細かい指示を出すよか、大まかな指示だけして後はフリーハンドってのが一番だろう。
「テツトモは情報収集。下っ端構成員の情報、黒幕……或いは黒幕に繋がりそうな奴らの捜索。やることは多いけどよろしく頼むよ」
「任せろ」
「あいさーキャプテン!」
さて、これぐらいかな? 少なくとも今話しておくべきことは全部話し終えただろう。
情勢の変化によってはまた別途で話し合うこともあるだろうが……まあそれは先々のことだ。
「あ、ちょ、おま! 銀クズぅ! その唐揚げ最後の一個だろうが!?」
「るせえ金カス! こんなもんは早いもの勝ちに決まってんだろバーカ!!」
「それぐれえで喧嘩すんなや……つか梅津、お前さっきからおにぎりばっかだな」
「……俺が何食おうと勝手だろ」
和気藹々とした空気だな……ん?
とんとん、と肩が叩かれた。何時の間にか俺のとこに来ていたテツだ。
「何?」
「いやさ、仮にとは言えここ俺らのアジトになるわけじゃん?」
「そうだけど……」
「だったらさ、それらしいシンボルが必要じゃない?」
そう言って鞄から取り出したのは、
「じゃん! 家庭科部の友達に頼んで作ってもらいましたー!!」
「「「「おぉ!!」」」」
タカミナと金銀コンビ、矢島が思わず嬉しそうな声を上げる。
「俺らの“旗”か。お、ちゃんと名前も入ってらぁ」
「えっちゃんが一番上で次に俺ら四人。んでその下にテツトモと矢島か」
「つーわけでこれ貼り付けようと思うんだけど、良いよね!?」
皆が期待を込めた目で俺を見る。
あの梅津ですらだ。興味ない振りをしつつ……みたな? コイツマジであざといな。
「ああ、そうだね。折角だし使わせてもらおうか」
しかし、あれな。俺、ますますヤンキー沼に沈んでってる……。