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ネオメロドラマティック⑨

1.…………つ、つええ


「よっし! これで同盟成立だね~。チーム名とかも決めちゃう~?」


 四天王揃い踏みに興奮しているのだろう。テツの声が弾んでいる。

 だがそれに水を差すように声を上げたのは今しがたツンデレムーブをかました健だ。


「その前に誰が頭かを決めるべきだろう。対等なもんだとしても……いや、だからこそだ。

揉めた際に直ぐ決まるなら良いがそうならなかった場合、最終的な決定権を持つ頭に決めてもらった方がスムーズだろうがよ」


 その視線は笑顔に向けられていたがとうの彼はどこ吹く風だ。

 そんな面倒なのは他の誰かがやれば良いとでも考えているのだろう。


「柚か桃で良いんじゃないの? 集団をまとめた経験あるの二人と梅津だけだし」


 人当たりという面では健より金銀コンビの方が良い。

 そう語る笑顔だったが、それに待ったをかけたのはテツだ。


「いやダメでしょ。今でこそ仲良くなったけど別にライバル関係が解消されたわけじゃないんだし」

「テツの言う通りだ。どちらかを上に置けば角が立つ」

「ニコで良いんでね? この面子がこうして顔を突き合わせてんのは全部、ニコが切っ掛けなんだしよ」


 お前らはどうだ? とタカミナが意見を仰ぐと、


「構わねえ。コイツは頭が切れる。悪辣なまでにな。……散々にやられた俺が言うんだ。説得力あんだろ?」


 健は皮肉げに、


「俺も良いぜ。えっちゃんなら文句はねえ」


 銀二は素直に。

 そして金太郎は、


「……」

「? どうしたよ金角。おめえは反対なんか?」


 思案げな金太郎に銀角が問うとそうじゃないと首を横に振る。


「ニコちゃんが頭。反対はしねえよ。良いと思うぜ。ただ」

「ただ?」

疾走(はし)りじゃ完敗だったが(こっち)じゃまだ負けちゃいねえ。お前らと違ってな」


 一度もやらずに、はいそうですかと頭を下げるのは面子に関わる。

 と、そこまで言ってから金太郎は首を横に振った。


「いやちげーな。面子とかは正直、どうでも良い。俺がやりてえんだ」


 他の三人と違い金太郎は笑顔と普通に友達になった。

 それゆえに逸してしまった。花咲笑顔とやり合う機会を。

 最初は別にそれでも良かったのだろうが……。


「こんな時に勝手を言ってる自覚はある。だが――――」

「良いよ、やろう」


 即答だった。

 笑顔の言葉に金太郎は目を丸くする。これが舐められているとかなら彼も少しは怒りもしただろう。

 だが笑顔の無表情ながら存外、感情が出る瞳には侮りなど一切見えなかった。


「……良いんか?」

「俺と柚は友達なんでしょ?」

「お、おう」

「友達が本気で頼んでいるなら理由なんかどうでも良い。出来る限りを尽くす。君が俺にそうしてくれたように、ね」

「ニコちゃん……」

「というか、勝手云々言うならあそこの二人はどうなるのさ」


 笑顔は南、健を順番に見つめる。


「通学路で待ち伏せして喧嘩売って来た奴。通学路で俺を原付で跳ね飛ばして喧嘩売って来た奴。これに比べりゃ柚は全然マシでしょ」

「お前ら……」

「いやー、あはは」

「……フン」

「そんなわけで俺は全然問題ない。ああそうだ、タイマンの見届け人は三人に任せて良いかな?」


 金太郎を除く四天王は小さく頷いた。


「テツ、シャツ預かってて」

「りょ」


 笑顔は脱いだカッターシャツを近くに居たテツに投げ渡す。

 それに合わせるように金太郎もシャツを脱いで銀二に投げ渡す。

 二人は公園の中央まで向かい、六メートルほどの距離を置いて向き合った。


「動けなくなるか降参を申し出た時点で決着――黒狗ん時と同じだ。二人共、それで良いな?」

「良いよ」

「問題ねえ」

「そいじゃ――……はじめい!!」


 二人は動かない。じりじりと焼け付くような緊張の中、睨み合っている。

 笑顔は自然体で、それでいて油断なく。

 金太郎は両手を顔の前で構えて。笑顔の十八番であるハイキックを警戒しているのだ。


「……息が詰まりそうだぜ」


 ぽつりと銀二が呟いた瞬間、笑顔が動いた。

 タン、と軽く地を蹴ってのダッシュ。


(ハイキック? そういやタカミナは飛び蹴りかまされたとか言ってたな)


 どっちであろうと防ぐ、もしくは捌き切る。そしてカウンターだ。

 速攻は笑顔の勝ちパターンだ。初手で出足を挫くことでアドバンテージを握る。

 金太郎はそう考えていたのだが、


(んな!? この距離まで何も……飛び膝? いや、手を上げて……拳!?)


 その読みは、いや金太郎だけではない。喧嘩巧者であるタカミナ、銀二、健も読みを外す。


「え」


 笑顔が跳んだ。

 虚を突かれた金太郎の肩に片手を置き、そこを支点に前方に。金太郎の後方に。


「ッ!? 後ろだ!」


 思わず銀二が叫んでしまう。だがもう遅かった。

 空中で逆さになった笑顔は身体を捻りその勢いのまま金太郎の後頭部に回し蹴りを叩き込む。

 無防備に喰らってしまった金太郎は前方に吹っ飛び、そのままうつぶせに倒れてしまった。


「っと」


 一方の笑顔は不安定な体勢にも関わらず綺麗に着地。

 そのまま油断なく金太郎を見つめている。


「…………つ、つええ」


 思わずそう漏らしたのは銀二だった。

 いや、声に出していないだけで他の面子も同じなのだろう。真太郎などはその細い目をめいっぱい見開いたまま固まっているぐらいだ。

 真太郎とテツトモ以外の面子は全員、一度は笑顔とやり合っている。

 それでも尚、たった一撃で決着がつくというのは予想外。白幽鬼姫はまだまだ実力の底を見せていなかったのだ。

 戦慄と興奮が半々ぐらいで自分を見つめる者らに笑顔は言う。


「上手く虚を突けたからだよ。読み勝ちさ。外してたら多分、泥沼だった」


 金太郎は露骨に蹴りを警戒していた。

 それを外してやれば虚を突けると踏んで、あんなことをしたのだと笑顔は言う。


「虚を突くっつーか……真正面からぶち抜いたっつーか……」

「決めたのも蹴りだったしね~」


 と、そこで銀二がハッとした顔をする。


「……わ、悪いえっちゃん。俺……」

「良いよ。柚と桃はライバルだもんね。自分のライバルが何も出来ずに負けそうになってるんだ。つい、口を出しちゃうのも無理はない」

「いや、まあ、その……」

「そしてそれは柚も同じだったんだと思うよ」

「え」

「だって桃、言ってたでしょ? “えっちゃんにゃ手も足も出ずボロカスだった”ってさ」


 自分と同格の、これまでずっとしのぎを削って来たライバルにそこまで言わせたのだ。

 金太郎も複雑な思いを抱いたであろうことは想像に難くない。


「…………いや別に俺はそんなんじゃねーし」

「ああ、目が覚めたんだ。気分はどうだい?」

「……悔しい、悔しいが……まあ、悪くねえ。むしろスッキリしてる」

「それは重畳。俺も受けた甲斐があるってもんだ」


 敵わねえなと金太郎は笑い、告げる。


「誰が見ても明らかだが礼儀だもんな――――俺の負けだ」




2.結成


 正直、こうなるだろうとは思ってた。

 だって四天王の内、三人とは一度やり合ってんだもん。柚だけ例外ってのはないでしょ。

 必ずどっかでやり合うのは目に見えてた。桃がフラグも立ててたしな。

 だから驚きはなかったし、むしろ都合が良いとも言える。

 不純物が一切混じらない陽の喧嘩だもん。アライメント調整には持って来いじゃん。

 なので喧嘩もそれを意識してみた。最初は普通にやり合うつもりだったんだが露骨に蹴りを警戒してたからな。

 あれ? これ使えるんでね? と天啓がね。我ながら中々にヤン映えする立ち回りだったと思うよ。


「じゃ、頭も決まったしチーム名決めよチーム名!」

「どんだけ名前決めたいのさ……」


 などと言いつつチーム名を決めるというテツの意見には賛成だ。

 その方が漫画的にも分かり易いし、カッコ良いもんな。


「いや決めるだろ。ここはちゃんと決めなきゃダメだべえっちゃん」

「だな。やる気に関わるよやる気に」

「おいニコ、お前何かねえの?」

「………………五区同盟とか」


 俺がそう言うと、


「「「「「真面目に考えて?」」」」」


 と一斉に非難された。

 梅津はそういうノリに参加するのに慣れてないのだろう。無言で白けた目を向けてくる。


「や、ボクはええと思いますよ? シンプルで分かり易いし」


 味方は矢島だけか……。

 でも正直な、俺にネーミングセンスとか期待されても困る。


「じゃあ、そういう皆はどうなのさ」

「シルバーバレット。銀の弾丸でどうよ?」

「自己主張激し過ぎんだろテメェ」

「あぁん? じゃあテメェはどうなんだよぅ金角」

ヱ流弩羅怒(エルドラド)とかどうよ?」

「黄金郷じゃねえか!!」


 金銀はダメだな。


「翔竜……とかどうだ?」

「お前それ贔屓の野球チームの球団歌から取っただろ」


 トモのツッコミにタカミナがてへへ、と笑う。

 タカミナもダメだ。こういう流れだと誰かがビッ! とカッケーのつけてくれるはずなのになぁ。


「梅津は?」

「………………猟犬(ハウンド・ドッグ)

「どいつもこいつも自己主張激し過ぎィ! え、何? 何かしら自分に関連付けなきゃいけない決まりでもあんの?」


 じゃあそういうテツとトモ、ついでに矢島はどうなのか。

 俺が話を振ってみると三人はえへへ、と笑った。どうやらコイツらもダメらしい。


(これは、俺が決める流れなのか……)


 少し考え、俺は一つ案を挙げる。


「……人狼」

「人狼、ねえ。その心は?」

「不良なんてどう言い繕っても社会の逸れ者だ。かと言って野山を駆ける獣ほど純粋にもなれない。どっちつかずの半端者」

「だから人狼ってわけね。へえ、悪くないんじゃないかな」


 うんうんと頷くテツに柚が待ったをかける。


「いやだがインパクトが足りねえな。だから人狼のジンをこっちに変えて……」


 がりがりと木の枝で地面に字を書き、皆に見せ付ける。


「――――塵狼、これどうよ?」

「良いんじゃねえかぁ? 俺ぁ、気に入ったぜ」

「俺も俺も!」

「賛成1」

「ほならボクも賛成2」

「翔竜が採用されなかったのは残念だがこれはこれで悪くねえな」

「…………アホどものに比べりゃマシか」


 こうして満場一致でチーム名は塵狼に決まった。

 まあまあまあ、字面的に悪くないんじゃないかな?


「よし、結成を祝して乾杯でもすっか? ジャンケンで負けた奴パシリな!」

「黙ってろバカドラ」

「誰がバカドラだ殺されてえのかテメェ!?」

「そんな暇あんなら逆十字軍への対処を考えるべきだろうが。……テメェらの話を聞くに連中、相当厄介だぞ」


 それはまあ、そうね。

 だがまったく打つ手がないかと言えばそうでもない。


「花咲、テメェのこった。腹案の一つぐらいはもうあるんじゃねえのか?」

「ま、一応はね」


 末端を潰していってもキリがない。かと言って頭には一足飛びでは辿り着けない。

 ならばどうする? まずは中間を攻めるべきだと皆に告げる。


「中間?」

「市内全域に広がってるんだ。逆十字軍に参加してる面子の中にはそこそこ名の通った屑も居るんじゃない?」


 まずはそいつらを潰すのだ。

 出来たら締め上げて情報を吐かせたいが……逆十字軍の頭もアホにゃ自分に繋がるパイプは渡してないだろう。

 恐らく頭との直通ラインを持ってるのはそれなりに頭の回る目立たない奴だ。表向きは下っ端だが実は……って感じだと思う。


「んん……? それだと狙う意味ないんじゃねえの?」

「そうでもないさ。名の通った屑――ネームドとでも言おうか。ネームドを潰して反応を見ることは出来る」


 頭がどんな性格をしているのか、それが分かるはずだ。

 徹頭徹尾、黒幕に終始するタイプなのか面子に拘る人間なのか。


「前者なら片っ端から逆十字軍を潰してけば見切りをつけるだろう」


 直接、潰せないのは残念だが逆十字軍は消え去る。

 だが後者なら、


「「向こうもこっちを潰しに来る」」

「そういうこと。逆十字軍のトップは間違いなく頭が切れるだろう。でも、それだけでここまでの規模の組織は作れない」


 相応の強さを兼ね備えているはずだ。

 いよいよとなれば自身が直接、出張って来る可能性もあるだろう。


「とりあえず後者だと仮定して動く」


 前者だとあんまり考える意味がないからな。後者だという前提で動くべきだろう。


「まずはネームド。そこからは逆十字軍だと分かってる奴を片っ端から潰していく」


 だが逆十字軍の頭が面子に拘るタイプだという前提で動くなら、ただ潰すだけではダメだ。


「――――徹底的に虚仮にしてやるってわけか。テメェが俺にそうしたように」

「そういうこと」


 ってか梅津、まだ根に持ってるんだ。

 ライトサイドに転向したとは言え、よほどあの一件が堪えたんだなあ。

 でも先に手ぇ出したのはそっちだし謝るつもりはない。


「そのためにも情報が必要だ。トモとテツ、柚、桃はネームドに該当するだろう連中を調べ上げてくれ」

「了解した」

「「あいよ」」

「それで調べ上げた後……つまりは襲撃かける段階なんだけどね?」


 ちょいちょいと手招きをして全員で顔を突き合わせる。


「ごにょごにょ……って感じでやろうと思うんだけど、どうかな?」


 全員がニヤリと笑った。どいつもこいつも悪そうな顔だぁ。

 だがそれが良い。そうでなくちゃ面白くない。


「満場一致で賛成かな? OK。それじゃ各々、気張って行こう」


 応! と全員が応えこの日は解散と相成った。

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