ネオメロドラマティック⑧
1.予想通りのキャラ変してやがる
イベントが進行したのは週明け火曜日だった。
昼休みに突然、チームタカミナと金銀コンビがうちの中学にやって来たのだ。しかも昼食持参で。
飯でも食いながら話をというのなら屋上が一番だろう。
俺が居るだけでも近寄って来ないのに四天王三人も加われば鉄壁の虫除けになるからな。いや、誇ることでもねえんだが。
「それで? 何か進展あったわけ?」
「ああ、つっても俺らもトモから情報貰って調べた結果だからよぅ。トモ、頼むわ」
菓子パンを食べているトモに全員の視線が向けられる。
トモは一つ頷きパンを飲み込んでからハンカチで口を拭い話し始めた。お上品か。
「まず第一に頻発しているカツアゲが組織的なものではないかという疑問は正しかった」
やっぱりな。それ以外にねえだろ。
「誰が主導してんの?」
「……それはまだ分からない」
?
組織的なもんだって分かったんなら頭の存在も連座で判明すると思ったんだが……。
小首を傾げる俺をトモはまあ待てと手で制し、続ける。
「組織名は“逆十字軍”」
逆十字! 中二病のお約束じゃねえか。いやヤンキーが群れて看板掲げたら大抵、中二になるけどさ。
にしても十字軍。どーせ字面のカッコ良さでつけただけで歴史的な背景なんざ知らんのだろうな。
(ただメタ的には良いネーミングセンスだよな)
その実態と是非はともかく、聖地奪還という題目上は自分の信じる正義を掲げてるのが十字軍だ。
そこに逆をつけるってことは分かり易く大義も何もない、ただ奪うだけの集団だって喧伝してるようなもんだ。
逆十字と言えばペテロ十字もあるんだが……ペテロ十字をカツアゲ軍団の名前には使わんわ普通。
普通に悪逆を成すシンボルとしての逆十字だろう。実に分かり易い。悪役の記号としてはまあまあ、良いんでない?
「主な構成員は区に留まらず市内全域の高校の“ダサい”不良どもだ」
おうおう、暇人どもがようやるわ。
ってかやっぱ俺の予想は正しかったな。規模がデケエ。そりゃ市内全域でカツアゲが頻発するはずだわ。
「十字軍の構成員が独自に自区の中学生を取り込んだりもしているらしい」
「ヤーさんの二次三次団体みてえなもんだな」
タカミナの例えはさておき、これも予想の範疇だ。
人を増やせば増やすだけ上納金も増えてくからな。ノルマでひいひい言ってて追い詰められてるようなんも居るだろうな。
「そんだけデカイ図体の割りに柚や桃に情報が届かなかったのは……」
「ニコの想像通りだ。所謂四天王と呼ばれる者らが居る学校の生徒には手を出していなかったらしい」
「やっぱりか。他から声が上がらなかったのは口止め?」
「そうだ。金品を奪うだけに飽き足らず、奪い取った後は“躾”と称して暴力を振るい口外しないよう言い含めていたらしい」
「……そりゃ俺らに届くわけないわなぁ。うっぜえよぅマジで」
柚が不機嫌そうに漏らす。
既に聞いてはいたんだろうが何度聞いても不愉快なんだろうな。やり口も気に入らなければ舐められたことも気に入らない。
ライトサイドヤンキーの柚達にとっては心底腹が立つのだろう。
「で、ボスが判明してないってのは?」
「所属してる奴をボコって聞いてみたが知らねえんだとよぅ。あんだけやって吐かなかったから多分、マジだ」
「どうも話を聞くに縦も横も繋がりが希薄みたいなんだよなぁ」
「……それはまた、面倒な組織だね」
縦も横も繋がりが曖昧だというのは意図してのことだろう。
蜥蜴の尻尾切りが容易に行えるようにやら色々理由があるんだと思う。
上納金がある以上、パイプが皆無というわけではないのだろうが、
(末端から金を受け取るパイプ役は多分、まったく関係のない奴を使ってる)
そいつをシメても意味はないだろう。
命じた奴を聞き出してそいつをボコってもそいつ自身、どっから命令が来たか分かってない。
「そう、面倒な組織なんだ。こんなことは言いたくないが逆十字軍の頭は相当、キレるぞ」
こんな構造を作り上げて十全に機能させているのだ。馬鹿には出来ない。
それなりに頭の良い奴ではないとまず不可能だろう。
「んで、ぜってー性格が悪い」
タカミナが吐き捨てる。これも正しい。
性根のひん曲がった屑でなければこんなことはやらんだろう。素晴らしい、実に良い展開だ。
気兼ねなく殴れる悪役相手の喧嘩とかアライメント調整にピッタリじゃん。
「「「はぁ」」」
四天王三人は顔のない黒幕に溜息を吐いているが、俺にはその正体が何となく読めている。
パターン入っちゃったって言うの? ああそう、こういう話の流れならってね。
ヤンキー漫画を嗜んでいた読者としての勘がそれっきゃねえだろって言ってるわけよ。
(――――黒幕は十中八九、優等生だ)
どうしてかね。俺にも分からんが頭の良い優等生は性格が悪い屑として描かれることがちょこちょこある。
勉強もスポーツも出来てその上人当たりも良い。しかし、裏では……みたいなね?
実際の優等生はンな暇はねえよって話なんだが、まあリアル優等生は置いておこう。ここで言う優等生はファンタジー優等生だからな。
今回の黒幕はそのファンタジー優等生と見て間違いないだろう。
「まあ、黒幕の正体はさておくとしてもだよ。ほっとけないでしょ、これ」
俺がそう言うと皆は目を丸くした。
「何さ」
「いや……ニコに義侠心? みてえなもんがないとは言わんけどよ。なあ?」
「おう。えっちゃんが積極的に争いごとに首突っ込もうとしてるのはちょっち意外だわ」
「見かけたら潰すぐらいだと思ってたから驚いたよね」
「別に意外でも何でもないでしょ」
まあそういうリアクションが返って来るとは思ってたけどね。
当然、“それっぽい”答えは用意してある。馬鹿正直にアライメント調整のためとか言えんしな。
「もう直ぐ夏休みだよ? 気分良く夏休みを迎えたいじゃん。目障りなゴミのせいで素直に楽しめないとか嫌でしょ」
「「「「「――――」」」」」
五人はキョトンとした後、腹を抱えて笑い始めた。
「ワハハハハハハハハ! そうだな! そりゃそうだ! ドデケエ生ゴミが腐臭を放ってたら邪魔だわな!」
「ひぃ……ひぃ……ニコちゃんの言う通りだ。中二の夏休みを糞馬鹿どものせいで楽しめないとか意味分からんわ!」
「誰かのためじゃなく自分のために。良いねぇ、その方がずっと良い。不良が正義の味方とか何の冗談だって話だしな!」
「夏休みのためなら俺らもモチベ沸いて来るよね~」
「ああ、夏休みのために頑張ろうじゃないか」
夏休みのためというのも嘘ではない。
中二と高二の夏休みは気兼ねなく一番楽しめる夏休みだからな。
たった二度の機会を馬鹿のせいで台無しにされるとかノーサンキューだわ。社会人になったら夏休みなんて……う、頭が……。
「はー……だがそうなると事は俺達だけというわけにはいかないな」
トモの言葉に全員が頷く。
「自分とこの問題なら自分らだけで片付けるがよぅ。市内全域となるとなあ」
「俺と銀角はまだそれなりの数を動かせはするが」
「タカミナはね~。一回こっきりだもんね」
「号令をかけても集まるか分からんし、集まってもそれを運用出来るかと言うとな……」
「っせえな! 俺は頭なんかに興味ねえんだよ!! それに今必要なんは数じゃなくて質だろうが!」
頼りになる味方が必要になる。数ではない質の面で頼りになる味方がな。
高校生とやり合うんだからな。半端な数を揃えても意味はない。
まったく無意味とは言わんがな。情報収集には使えるし。だが喧嘩においては別だ。
最低でもここに居る面子と同格ぐらいの味方が欲しい。
「「「「「……」」」」」
全員の視線が俺に向けられる。そいつとの“確執”を知る四人は気を遣って。タカミナは純粋にどうする? と。
俺は一度頷き、口を開いた。
「西区に行こう。“黒狗”に協力を要請しよう」
「良い――いや、えっちゃんが決めたんなら言うべきことじゃないわな」
「それじゃ早速、行こうか。皆、単車で来てんでしょ? 誰かケツ乗せてよ」
「お、おう。そりゃ良いけどよぅ。ニコちゃん、サボりになるが良いんか?」
「問題ないよ。とりあえず一回、教室寄らせて」
五人を連れて教室に戻った俺は後ろのロッカーに座っている兎さんを抱いて席に戻る。
どうでも良いが裸なんは可哀想なんでこないだ、ぬいぐるみ用の学ランを買いました。
「あ、それ前に俺がニコちゃんにあげた……」
「そう。俺の代理だよ」
椅子に座らせてあげる。これで良し。
「「「「「えぇ……?」」」」」
「ほら、行くよ」
俺達は急ぎ、西区に向かった。
今回は桃のケツに乗らせてもらったんだが実に快適だった。
ただそれはそれとして一回も警察に見咎められたりしない世界はやっぱどうかしてると思う。
「もう授業始まってると思うがどうするよ? このまま乗り込むか?」
「裏に回ろう。サボって一服してるのが一人二人は居るでしょ。そいつに呼びに行かせよう」
こっそり学校に侵入し、校舎裏に向かう。
予想通り数人のヤンキーがたむろしていた。
「白幽鬼姫!? そ、それに赤龍と金角、銀角も……な、何でうちに……」
「あー、別に喧嘩売りに来たわけじゃねえから安心しろ。それよか黒狗は居るか?」
「え? あ、ああ。普通に授業受けてるけど」
元が元だけに真面目だよね。
頭やってる時はキャラ作りでサボりとかもしてたんだろうが今はその必要もないしな。
「近所の公園で待ってるからって伝えてくれる?」
「わ、分かった」
そそくさと逃げるように走っていったモブを見送り俺達は学校を出て公園へ向かう。
やることもないので一服(俺はイチゴミルクキャンディ)をしていると、五分ほどで梅津はやって来た。
ただ、同行者が一人居る。にこにこと愛想の良い、糸目の少年。
(これは強キャラ感があるな)
糸目が開いて迫力を出すとかお約束だからな。
今の梅津とつるんでる時点で根性あるのは確実だしそこもポイント高いよね。
「……花咲ィ、何しに来やがった?」
「おいちょっと待てよ。俺らも居るだろ俺らも」
「当然のようにスルーしてんじゃねえぞゴルァ」
「えっちゃんに夢中かテメェ」
「ハッ。二位以下に興味はねえよ」
んもう、梅津ったら。予想通りのキャラ変してやがる。
暗に俺が一番強いとか言ってるとこもクッソあざといぜ。何なんコイツ、卑怯だわ。前とは違う意味で卑怯者だわ。
「「「あ゛」」」
それはそれとして君らはそうなるわな。
俺は別に雑魚だの何だの言われても平気だが誇り高きライトヤンキー的には梅津の発言は癪に障るよね。
剣呑な空気が流れ始めたところで糸目くんがはいはい、と割って入る。
「いやぁ、すんませんね御三方。梅くんも悪い奴やないんですけど、ちょっと白幽鬼姫さんは特別らしゅうて」
関西弁だと? しかも物腰の柔らかな関西弁。
間違いない、こいつは強キャラだ。これでクソ雑魚とか俺が許さんぞ。
「…………お、おい梅津。コイツは?」
タカミナがちょっときょどっている。ビビっているわけではない。
もしや梅津に友達が? と動揺しているのだ。
光堕ちしたとは言えあの性格じゃとでも思ったのだろう。それはそれで失礼だけどな。
「あ、こら失礼。ボクは梅ちゃんの友達の矢島真太郎言います。気軽にシンちゃん呼んでください」
「と、友達……マジなのか……」
「あはは、前の梅ちゃんはつまらん奴やったけど今は結構おもろいんですよ?」
「お前は黙ってろ! それより花咲、さっさと用件を言え」
こ、この照れを隠すためのツンツンっぷり……! やるじゃねえか梅津ぅ……。
内心で一段、二段評価を上げつつ俺は口を開く。
ここに来た理由を話すと、
「……そいや、ボクらんとこでも最近ようカツアゲ見かける思ってたけどあれ、グループやったんか」
やはり逆十字軍の魔の手は西区にも伸びていたらしい。
矢島がなるほどなーと頷いているが梅津は、
「くだらねえ」
これである。
「何だお前ら。揃いも揃って正義の味方面かよ鬱陶しい」
ああはいはい、確かに君はそうなるか。
自分の時には誰も助けてくれなかったもんな。でも問題はない。だって俺ら別に正義の味方でも何でもないし。
「何それ? 正義の味方? ひょっとして梅津はマジに言ってるわけ?」
「あ゛?」
「俺らは別に正義の味方を気取ってるつもりはないよ。ああそうだな、例え話をしよう」
俺に任せてくれるのだろう、タカミナ達も静観の姿勢を取ってくれている。
「自分の行動範囲にさ。ウンコが落ちてるんだよ」
「「「「「ぶっ……!」」」」」
はいそこ噴き出さない。
「それも一つ二つじゃない。沢山だ。しかもデカイ。不愉快でしょ? でも誰も掃除してくれないんだもん」
だったらもう自分で片付けるしかないでしょ。
ウンコが散らばってるのを我慢して不愉快な思いをし続ける理由がどこにある?
「どこにもない。正義とかどうこう以前の問題だ。気に入らないから片付ける。それだけ」
更に続ける。
「それともあれかな? 梅津はあちこちで幅利かせてる糞共を好ましく思ってる変態なのかい?」
「誰が……!!」
「だったらもう、答えは一つでしょ。一人でわざわざ時間かけて片付ける必要なんてどこにもないんだから」
言って俺は手を差し出した。
梅津は無言で、ちらりと矢島を見る。矢島は笑いながら言った。
「梅ちゃんの好きにしたらええよ」
そうして少しの沈黙の後、
「……チッ。今回だけだからな」
「ああ、それで良いとも」
如何にもな台詞だなぁ。あざといやっちゃでぇ……。