ネオメロドラマティック⑤
1.あたしぃルイルイの友達でぇ
翌日。午前の授業が終わるや笑顔は自身の代理である兎さんを椅子に座らせ学校を出て駅に向かった。
そして駅のトイレに入るや個室の鍵を閉め、小さく溜息を吐く。
「……必要なこととは言え、恥ずかしいよなぁ」
言いつつシャツを脱ぎ捨て二つある内のスポーツバッグの片方から取り出した詰め物を胸に当てサラシで巻く。
軽く位置を調整し、ずれないようにギュっと縛り上げる。
「さっさと済ませよう」
この日のために用意した変装用の衣装をパパッと着込む。
着替えが終わると個室を出て鏡の前に立ち最終確認。
「……」
普段から女の子と見間違えられるが念には念を入れてのウィッグと可愛らしい帽子。
セミショートほどの長さになっているのでこれなら問題はない。大きめの伊達眼鏡もばっちり決まっている。
上は微かに膨らみが分かる程度のゆったりめのシャツにカーディガン。手には薄手の手袋。
下はスカートを穿くほどの勇気はなかったのでワイドパンツになってしまったが全体で見れば問題なし。
笑顔はうんと一つ頷き、
「大体こんなもんか」
これなら女で通るだろうと確信を得た。
「少しばかり歩き難いけど、まあこれも直ぐに慣れるだろう。無駄にスペック高いからな」
クロスストラップのヒールサンダルというのは慣れない男からすれば結構歩き難い。
だが持ち前の身体能力ならば直ぐに慣れるだろうし問題なし。
最終確認を済ませた笑顔はトイレを出てコインロッカーに行き着替えが詰まっている鞄を預ける。
そして切符を購入し、電車に乗り込んだ。
「ふぅ」
目的の駅で降りたらそのままホテルに直行――はしない。
仕掛けるタイミングというものがあるからだ。
(何か不測の事態が起きた時のために途中まで着いて行こうかって言われたけど断って良かったな)
こんな姿、友人達には見せられない。
笑顔とて一般的な羞恥心はあるのだ。流石に女装した自分を友人達には見せたくなかった。
(準備は完璧。後は実行の時を待つだけだが)
不安がないわけでもない。
(問題は俺の自制心だな)
今回の件を例えるのならゴキブリを殺さないように散々に痛め付けるようなものだ。
不快感からプチっと殺してしまわないようにするのは……理性が試されるだろう。
ルイの父親を始めとしてこれから関わるのは笑顔にとっては殺しても殺したりないような手合いだ。
笑顔自身もそれを自覚しているから、自制心に不安を抱いているのだ。
(……とは言え、タカミナ達をあんな屑どもに関わらせるわけにはいかないし)
結局のところ、この手で始末をつけるしかないのだ。
それから笑顔は目的の駅で降車し、昼食兼時間潰しのため目についたファーストフード店に入った。
自棄が入ってしまったのか結構多めに注文してしまったが、腹ごしらえは大事だと割り切り席に着く。
(もう連中はホテルに入ってるだろうな。ルイが来るまでは酒で盛り上がってそこからお楽しみってか? 胸糞悪い)
ルイの通っている中学に知り合いが居るという者に頼み、今日の出席は確認した。
だからまず間違いなく学校は普通に行くのだろう。
ならこんな時間にホテルに入ったのは……純粋に酒を楽しむか、酒を飲みながらの商談か。このあたりと考えられる。
ルイの父親達の一挙一動が癪に障る。笑顔は今にも爆ぜそうな殺意を必死に押し殺していた。
(……ルイのクラスの時間割は五コマ目が体育。狙うならそこだ)
まだ授業が始まるまでは時間がある。
今の内に腹ごしらえをしておこう。笑顔は一旦、考えるのを止めて今しがた届いた注文の品に手をつけた。
チーズバーガー三個にナゲット二箱、ポテトのLが二つにストロベリーシェイクのL一つ。
(…………やっぱこれ頼み過ぎたわ)
が、頼んだものを残すのはお行儀が悪い。
笑顔は心を無にし、一心不乱に貪った。
そうして食べ終わる頃には丁度良い時間になっていたので店を出てホテルに向かった。
(思えば、こういうとこ入るの前世も合わせてこれが初めてになるのか)
高級宿はどこも気後れするような佇まいだがそれでも密かな憧れがあった。
だというのにこんな形でハジメテを失うとは……少しばかり泣きそうだった。
「あのぉ、すいません」
「はい。何で御座いましょう?」
受付に行き、少しばかり甘さを混ぜた声で話しかけると従業員は笑顔で対応してくれた。
「ルイルイ――えっとぉ、枯華涙ちゃんって子にここに行ってって言われたんですぅ」
「……枯華様ですか」
少しばかりの驚きがあったものの笑顔を上から下まで見渡し、得心がいったような顔をする。
黒だ。どうやらこの従業員は屑どもと繋がりがある内の一人らしい。
笑顔はその顔と名前を脳裏の閻魔帳に焼き付けながら言う。
「あたしぃルイルイの友達でぇ、今日学校の気分じゃなかったからさぼっちゃったんです。そしたらぁ、先に行っててって言われてぇ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
愛想良く笑い従業員は電話をかけ始めた。
「……とのことで。ご息女の……はい。ええ、それはもう。アイドルか何かかというぐらいの。ただちょっと不思議ちゃん系というか」
電話は直ぐに終わった。
(父親からルイに確認の連絡がいくと思って体育の授業中を狙ったがこの様子を見るに必要なかったな)
おめでたい奴だ。これから自分がどんな目に遭うかも知らないで。
物騒極まる内心を隠したまま笑顔は従業員を上目遣いで見つめる。
「御待たせ致しました」
従業員から告げられた部屋番号を記憶しつつ笑顔はペコリと頭を下げエレベーターに向かった。
そして目的の階のボタンを押したところで、外から声が届く。
「少し待ってくれ!」
慌てて開くボタンを押すと一人の老人が息を切らせながら乗り込んで来た。
それは、
「いやぁ、すまないね。慌しく駆け込んでしまって」
「――――」
父方の祖父であった。
祖父、倉橋真人は気付いておらず困ったように笑っているが固まった笑顔を見て違和感を覚えたのだろう。
「! 笑顔、くん? 何故ここに、それにその格好は……」
顔を覗き込み数秒ほどで気付く。
面倒なことになったと溜息を吐きながら笑顔はとりあえずこう告げた。
「……一先ず、閉めますね」
「あ、ああ」
エレベーターが閉じ、ゆっくりと動き出す。
まさかのエンカウント。やはり自分のラック値は糞らしい。頭痛を堪えながらも笑顔は口を開く。
「何故、と聞きましたね」
「……ああ」
「――――悪いことをしに来ました」
真っ直ぐ、その瞳を見つめ、告げた。
「そうか。私に出来ることはあるかね?」
「……何故」
「それが醜い我欲で徒に道を踏み外そうと言うのであれば咎めよう。私にその資格がないのだとしても」
自嘲気味に笑い、真人はこう続ける。
「誰がために泥を被ろうとする漢の目が分からぬほど私は愚か者ではないよ」
「……」
「高峰や倉橋では駄目なのだろう。いや、いけるのかもしれないが恐らくは時間がない。違うかな?」
「……ええ。イリーガルな手段で不意を打たなきゃ根っこは掴めないでしょうね」
「ならば後始末には役立てるということだ」
何をすれば良い? その瞳に宿る光はどこまでも真っ直ぐだった。
「……一応、言っておくと殺しはしません。それはここまで俺を導いてくれた友や母さん、姉さんを悲しませるだけだから」
胸の裡を苛む感情を押し殺しながら笑顔は言う。
「力を貸して頂けると言うのなら俺がこれから向かう部屋の親族がしばらくしたらホテルに来ると思うので通してあげてください」
「他には?」
「俺の用事が済み次第、時間を取って頂ければ。詳しいことはその時に」
「分かった」
「不愉快な思いをさせてしまうと思うので御覚悟を」
「うむ」
そうこうしている内に目的の階に辿り着く。
笑顔は真人から逃げるようにエレベーターを降り、教えられた部屋へと向かう。
インターフォンを鳴らすと、少しして扉が開かれた。現れたのは中々の男前。ルイの父親だ。
「こんにちは。君が――――」
「わぁ、シン様そっくり~。ルイルイの言った通りじゃーん。パパさん、シン様ぁ」
「し、シン様?」
「知らないの~? 大江戸愚連隊だよぉ。もうね、ちょーかっこ良いの」
「…………なるほど、確かに不思議ちゃんだ。でもこれは、それを差し引いても余りある……ふふ、涙め。本当に孝行娘だよ」
「ねえねえ、エッチする前に記念写真撮ろ? 成敗やって成敗」
「せ、成敗? と、とりあえずここじゃ何だし部屋に……ね?」
「はーい」
手を引かれ中に入る。部屋の構造は入り口から奥まで距離があるタイプだ。
扉の向こうからは微かに声が聞こえるぐらい。ならば仕掛けるタイミングはここだろう。
「ルイルイね~? パパのためにってぇ、あたしに言うんだぁ。もう、超良い子~」
「はは、そう言ってくれるとうれ――――ッ!?」
鍵をかけ終え振り向いた父親の首に手を伸ばし掴む。
万力の如き力で握られた喉は呆気なく潰されてしまった。
恐怖に引き攣る父親のことなぞお構いなしに、笑顔は片手で父親を持ち上げたまま四肢の骨を砕いていく。
だが手緩い。ここは失敗を許されない局面だ。万が一の逃亡を阻止するためには、
「~~~!?!?!!!」
笑顔は手足の腱を力任せに捻じ切った。
想像を絶する痛みに気絶した父親を引き摺りながら廊下を歩く。
扉の前まで辿り着くと一度、深呼吸をして扉を開く――と同時に父親を部屋の中へブン投げた。
「え」
まるで想像していなかった事態に足すことのアルコール。
如何な社会的成功者と言えども思考に空白が生じるのは当然の帰結である。
そして、それこそが笑顔の狙いだった。人数は五人。これならば問題はない。
「な、何を……ッッッ!?!!」
手近に居た男に急接近し同じように喉を潰すと同時に片手で男を振り回し武器にする。
そうして混乱を更に加速させ二人目の喉を潰すと同時に膝を腹に叩き込み一時的に動けなくする。
一度流れに乗ってしまえば後は容易い。
ぶくぶく肥え太った豚が突然、吹き荒れた暴力の嵐に対処するなど不可能だ。
瞬く間に全員、喉を潰され自由を奪われ、まな板の鯉になった。
「ふぅ」
激しく動いたせいでずれた眼鏡を外し、胸元に差し込み一息。
「とりあえず手足は念入りに潰しておくかぁ」
「「「「……! ……?!!!」」」」
まだ意識はある四人が恐怖を露にするが容赦はしない。
鞄から取り出した猿轡を全員に噛ませた上で父親と同じように骨を砕き腱を捻じ切っていく。
そして最後の一人に取り掛かろうとした正にその時だ。
「あ?」
その老人に、笑顔は既視感を覚えた。
一体どこで? こんなところに居るような屑と? 記憶を辿る。
そうして辿り着いたのは八年前。血を分けた母を見送ったあの日。
「――――」
あの時は無力感と虚脱感の方が大きかった。
だが八年の月日、涙との語らい、今の状況。
それらが複雑に絡まり合って、
「――――お前は、まだこんなことをやっているのか」
その心は瞬く間に漆黒の殺意で塗り潰された。
「死ね」
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「死んでしまえ」
馬乗りになり能面のような表情で機械的に拳を振り下ろす笑顔。
その姿は無様に転がっている醜い豚たちにとっては恐怖以外の何ものでもない。
自分もああやって屠殺されてしまうのか。涙と尿を垂れ流す畜生どもだが笑顔にはまるで見えていなかった。
そんな彼だが、
『何かあったらお姉ちゃんに言うんだよ?』
声が、聞こえた。
『……そう。男の子だもね。そういうこともあるわよね』
優しい声。
『トモのとこの爺さんが昼過ぎに田舎から狩った猪の肉を土産にやって来たんだわ』
『タカミナ達とお泊り会するんなら持って行けと言われてな』
『そういうわけで今日は猪の肉でバーベキューでーす! 米と野菜も持って来たから準備はバッチリ♪』
温かな思い出。
『『ヘイ彼女! 一緒に遊ぼうぜぃ♪』』
傷だらけの心を包むそれらが、
「…………はぁ」
致命的な一線を越えさせなかった。
「……被害者バフに感謝だな」
一度大きく溜息を吐き、気持ちをリセットさせる。
実際にはリセット出来ていないのだが、無理矢理そういうことにする。
「ふぅ。それじゃ、シメに取り掛かるか」
メンタルへの多大なデバフと引き換えに肉体的にはめっちゃバフが乗ってます。