ネオメロドラマティック④
1.友達だろ?
ルイを見送った後、俺は皆の下に戻りモルックを楽しんだ。
彼らも何となく俺の気が滅入ってることを察してくれたのだろう。何も聞かずに遊んでくれた。
とりあえずモルックは楽しかった。超楽しかった。いやぁ、ルールはシンプルだけどクッソ盛り上がるのなアレ。
シンプルで楽しいってのはそれそのまま誰でも遊べるってことだ。こりゃモルックブームが来るのもそう遠い未来じゃねえな?
身体を動かした後はコンビニで軽く摘める物を買って帰宅。
早速、二本目の映画の準備に取り掛かったのだが、
(…………よりにもよって)
パッケージの煽りを見ればテーマは察せる。家族愛だ。
よりにもよってこのタイミングで……俺の表情筋がニート決め込んでなければ苦笑が漏れていただろう。
「おいおいおいおい。やべえわこれ、パッケージだけで泣けるの分かっちゃうじゃねえか」
「早漏過ぎんだろタカミナぁ」
「しゃーねーだろ。俺はこの手のファミリードラマに弱えんだから」
そうなんだ……まあでも分からなくもない。
特に子供が可愛いとなあ。健気な姿を見せ付けられたら涙腺にクるよね。
「タカミナは~子犬にも弱いよね」
「動物が頑張る系もダメだな。見たらコイツは確実に泣く。ボロボロ泣く」
「青春物もダメだね。ハッピーエンドで泣く」
タカミナ泣き過ぎ。
「おーし、そんじゃニコちゃん再生するべや」
「うん、お願い」
映画が始まった。
今度は雑談もなく三人は最初から画面に見入っている。金銀チョイスに間違いはないと確信しているからだろう。
あと、桃チョイスのホラーがしっかり観てると色々気付けるやつだったというのもあるか。
だけど俺は映画に集中出来ないで居た。観ていないわけではないのだがぼんやり眺めるぐらいで留まっている。
理由は……まあ、あの子のことだ。
(どうすっかな俺も)
愉快なことにはならないとは分かっていた。
だが四六時中俺の幻覚に苛まれるまで追い詰められているというのは流石に予想外だった。
それだけのことをしたんだろうけどさぁ。
(天使さんて何だよ……)
しかも話を聞くに? 天使さんとやらは随分とキツイことを言っていたらしい。
それは俺が二度目の邂逅でドギツイことを言ったから――……だけではないな。
その手の幻覚は大抵、自分の本心だ。それも無意識の内に目を逸らしていた見たくない、気付きたくない類の。
だからこそルイの心に深く突き刺さった。
(言い訳するつもりはないが、俺のあれは切っ掛け程度のものだったんだろうな)
目を逸らしていた本心が俺の姿を取って代弁して来る時点でもう、俺に出会う前から兆しは現れていたと見るべきだ。
だからこそ迷う。俺は……知りたくもないことを知ってしまった俺はどうするべきなのか。
(関わりたくない気持ちが半分)
どう考えても俺からすればスッキリしない類のイベントになることは間違いない。
俺の介入であの子が――ルイが解き放たれたとしても、俺の心にはいやーなものが残るのは目に見えてる。
何せこの段階でもう既にうんざりしてるからな。
だってそうだろう? 首を突っ込むってことは汚物に塗れるのと同義なんだから。
(そしてもう半分は)
俺の実母は屑だ。そこは揺ぎ無い真実だろう。そこだけはぼかしちゃいけないと思う。
分かってる。ルイはあの女じゃない。あの子が今の境遇から解放されても実母の過去が変わることはない。
分かってる。俺に何が出来た? 何もだ。何も出来やしない。あの女の物語はもう終わっていたのだから。
分かってる。所詮は自己満足だって。偉そうに説教を垂れたが、幸せの形は人それぞれなのだ。
(あの子にとっては余計なお世話なのかもしれない)
花咲笑顔という人間は、そうなる前の何者かも、誰かを幸せにすることは出来やしない。
他ならぬ俺自身がそれをよーく理解している。だから、
『私の言った通りだったね。やっぱりあなたは不幸を撒き散らすヒト♪』
あの子の言葉が脳裏をよぎった。
「――――」
少し、ポカンとして……何だかおかしくなって来た。
そうだよ。誰かを幸せにすることが出来ないのなんて今更だろう。
俺は不幸を撒き散らすことしか出来ないのならば好き勝手に不幸を押し付けてやれば良いだけの話だ。
(何だ、何も難しいことなんてなかったんじゃないか)
自分の馬鹿さ加減に笑っちゃうぜ。ああ、笑おう。
表情は動かないけどとりあえず笑っとこう。
「ハハハハハハハハ」
「「「「「!?」」」」」
突然笑い始めた俺を見てぎょっとした顔で互いに抱き合うタカミナ達。
「な、何か取り憑いちゃった……?」
「悪霊退散悪霊退散南無阿弥陀仏……!!」
「市松人形じゃねえ、ドールだ……呪いのドール……」
失礼なやっちゃなぁ。
まあ、どうでも良いや。今はそれよりもやるべきことがある。
俺は全員の顔を見渡し、小さく息を吐いた。
「タカミナ」
「……おう」
何かを感じ取ってくれたのだろう。皆が真剣な目で俺を見つめている。
「テツ、トモ」
「うん」
「ああ」
得難い友人達だ。
「柚、桃」
「「何だい?」」
クソみたいな俺に唯一誇れるものがあるならそれは“縁”だろうな。
義母、姉、友人達。素晴らしい人達に出会えた。勿体無いぐらいの幸運だ。
「――――何も聞かず俺に力を貸して欲しい」
身勝手なお願いだと分かっている。
それでも、
「――――分かった。任せろ」
タカミナが皆を代表するようにそう言ってくれた。
「良いの?」
「水臭えこと言ってんじゃねえよ。ダチが真剣に頼んでるんだ。断る理由なんざどこにもねえだろうが」
タカミナの言葉に皆が笑って頷いた。
ホントに……本当に、カッコ良い奴らだ。俺が女だったら乙女ゲーが始まってたよ。
「そっか。なら遠慮なく頼らせてもらうよ」
「おうとも! そいでニコちゃんよぅ。俺らは何をすれば良いんだい?」
「まずは枯華涙って女の子の住所を割り出して欲しい。俺らとタメで多分、中区に住んでる」
「それって……」
「ああ、俺が天文台の上で話してた女の子だ。やさが割れたら彼女を監視して欲しい。それでどんな様子だったかを報告してくれ」
俺の発言だけをなぞればただのストーカーのそれだ。
しかし五人は何の疑問も挟まず頷いてくれた。
「……そしてこれが一番重要だ」
天文台で語らったあの子から感じる“匂い”は随分と酷くなっていた。
物理的なそれではない。不吉の匂いだ。だから多分、時間はもうそんなに残されていない。
「ルイの父親、この糞野郎にも監視をつけてくれ。そして随時、その行動を知らせて欲しい」
2.カツアゲ多過ぎだろ……
週明け月曜日。俺は授業そっちのけで皆が集めてくれた情報に思考を割いていた。
人数を動員出来る金銀コンビ、情報通のトモとその指示を受けて動くタカミナとテツ。
彼らのお陰で深夜に指示を出して日曜の昼前にはルイの住所は割れていた。
そこから当日中に父親の来歴やある程度の人間関係まで調べてしまえるのだから流石としか言いようがない。
八年分の貯金を全部調査費用として渡したとは言え中学生なのに半端ねえ。
(……本当に助かった。少しでも遅ければ間に合わなかったかもしれない)
監視の人間から知らされたルイの様子からして本当にギリギリだったらしい。
そう、俺の嫌な予想は的中していたのだ。
父親から持ちかけられたタイミングを考えるなら天文台で分かれた直後か翌朝ぐらいだったっぽい。
俺の決断が遅れていたら、皆の動きがもう少し遅ければ全て手遅れになっていたと考えるとぞっとする。
(父親の現状から考えてもそうだ)
ルイの父親は某大手商社に務めていたが六年前に退職し起業。
出出しは上々でそれなりに儲かっていたそうだが最近は微妙に翳りが見えて来ていたという。
しばらくは大丈夫だが現状の脱却と更なる飛躍を考えるなら迅速に手を打った方が良い。
それで打った一手が娘を売り飛ばす、なんだからつくづく腐っている。
娘に手を出すような男の倫理観に何を期待しているんだと言われたらそこまでだが、
(それでもと思ってしまうのは俺が甘いから……なのかねえ)
売る方もどうかしてるし買う方もどうかしてる。まとめてごみ焼却場に叩き込んでやりたい。
いや、やらんがね。相応の躾はさせてもらうが殺しはしない。
俺のために動いてくれた友人達や義母、姉に迷惑をかけたくないからな。
それでも隕石か何かがピンポイントで落ちて来て皆死ねば良いとは思うが。
(ん?)
スマホが震えメッセージのアイコンが揺れる。柚からだ。
……直接、会って話したいことがある、か。わざわざこう言うからには重要なものなのだろう。是非もなし。
「!?」
突然、席を立った俺に教師とクラスメイトがびくつく。
正直、こういう反応って結構傷付くんだが……しょうがない。
俺は無言で教室後方のロッカーまで行き、今朝方持って来たデケエ兎のぬいぐるみ(柚から貰った景品)を手に取り席に戻る。
そして、
「――――よし」
“はなさきえがお”と書いた名札を胸に貼り付け椅子に座らせる。
何時、何があっても動けるよう事前に用意していたのだ。今からこの兎が俺だ。
教師も生徒も俺には見ざる言わざる聞かざる決め込んでるんだから兎のぬいぐるみに影武者をやらせても問題はなかろう。
これで出席に関してはクリアした。憂いのなくなった俺はその足で教室を後にした。
合流場所は駅前のとある喫茶店。柚の親戚がやっている店らしく融通が利くらしい。
(急がなきゃな)
バイクで登校しても良かったんだが、乗り回してて警察に見つかって逆に時間ロスとかありそうだからな。
特に気が急いている時ほどそういうんありがち。
(えっと、確か)
駅前に辿り着いた俺はメモを頼りに進むがその道中、
「ひぃいい! か、勘弁してください……」
「だぁからぁ! 勘弁して欲しいなら」
またカツアゲかよ!
眼鏡をかけた冴えないオッサンが白昼堂々サボってる馬鹿高校生に絡まれていた。
見過ごし……いやダメだ。全力で事に取り組む必要がある時に僅かでもしこりは残したくない。
なので、
「ガッ……」
「て……ごぉっ!?」
速攻だ。トークタイムをすっ飛ばして全員を気絶するまでシバキ倒す。
大体一分か。まあまあ、これぐらいのロスタイムなら許容範囲だ。
「あ、あの」
「ごめん、急いでるから。おじさんもさっさとここから離れた方が良いよ」
一方的にそう告げて目的の喫茶店に向かう。
入店すると店主らしきやけに渋い中年女性が奥の席まで俺を案内してくれた。
「おっすニコちゃん」
「うん、こんにちは柚」
とりあえず水でもと勧められたので頷き、軽く水を流し込む。
全力疾走でここまで来たものだから結構、喉渇いてたんだよね。
「早速、本題に入るぜぃ」
「お願い」
「例の親父に張り付けてるうちの者から報告が届いた、奴さん、どうも“ホテルウェールス”に予約を入れたらしい」
「……ホテルウェールス」
有名な高級ホテルで……確か、倉橋の系列だったはずだ。
ズキンと頭が痛んだけど無視だ無視無視。今は余計なことを考えている余裕はない。
「ってか、よくそんなのを盗み聞き出来たね」
「わざわざ会社を出て人気のない公園に行ったんだよぅ。“疚しい”ことがありますよって喧伝してるようなもんだ」
社内でもトイレとか社長室とかあるだろうが……盗聴対策か?
ルイの父親は真性の屑だ。自分が嫌われていることぐらいは理解しているだろう。
特に今は落ち目になるかどうかの境界線。これまで金になるからと黙って従っていた部下が裏切っている可能性を考慮したのだ。
気にし過ぎだと思うかもしれないが“客”が大物だとしたらそれぐらい慎重になるのも無理はない。
「ただバレないよう距離を取っていたから聞こえたのは途切れ途切れで日時までは分からんかったらしい」
だからコイツに頼んだんだと隣に座っている少年の肩を叩いた。
坊主頭でかなりガタイの良い。どこか不器用そうな彼に俺は見覚えがあった。
「確か、カガチ峠で一緒に走った面子の中に居たよね……?」
「覚えててくれて嬉しいです。自分は橋本環太と言います」
「……何か、惜しいね」
「だよな。惜しいよなコイツ」
「自分のことはどうでも良いでしょう……」
おっと、そうだった。軽く謝罪し、続きを促す。
「実は自分の姉はウェールスに勤めてるもんで、姉に聞いてみたんです」
「大丈夫なの?」
「渋られましたがどうしてもと頼み込みました」
「……何で、そこまで」
「花咲さんにはうちのボスがお世話になりましたからね」
それに、と環太は笑う。
「自分、あなたに憧れてるんですよ。あの夜、峠を走っていた花咲さんは最高にカッコ良かったです」
「それは……ありがとう?」
「ふふ。話を戻しましょう。チェックインは明日の昼十二時だそうで」
「明日!?」
いやまあ、前日でも予約は取れるかもしれないがVIPを持て成せるような部屋を――……ああ、そういうことか。
居るのか。ホテルの側にも屑と繋がってるのが。融通を利かせられるってことはかなり上の人間だな。
真人さんや御兄弟は……ないな。あの人達の性格上、それはあり得ない。
元の性格を抜きにしても息子や弟が売春で道を踏み外したのだ。売春に加担するようなことはないだろう。
(今回はメインターゲットではないが)
今度、個人的に調べてみるか。調べた上で――それ以上は言わぬが花だな。
「どうでしょう? あなたのお役に立てましたか?」
「……ありがとう。これで何とかなりそうだよ」
元々、計画は土曜の夜の時点で練ってあったのだ。
実行に移すタイミングを計っていただけなのでそれが分かった今、後は時を待つだけ。
「ありがとう。この恩は必ず返すよ」
「それならまた一緒に、カガチを走りましょう」
「そんなことで良ければ喜んで」
残った水を飲み干し息を吐く。
「柚、後はもう大丈夫だ」
「解散だな? 分かった。他の連中にも俺から知らせとくよ」
「ありがとう」
「良いって。ああそうだ、余った金はまた後日返すからよ」
「いや別に良いよ? 謝礼代わり皆でパーッと使っちゃっても」
「馬鹿。あんな大金、貰えるか。銀角やタカミナ達も同じだろうよ」
「でも……」
「ただ、どうしてもってんなら全部終わった後で良いからよぅ。皆でバーベキューでもしようや。それでチャラだ」
バーベキューって……人数多いからそれなりには金もかかるだろうけど渡した額からすれば……。
いや、心遣いを無碍にする方が失礼か。つくづくイイ男達だよ。
「……分かった。その時はパーッと騒ごう。場所は柚と桃に任せて良いかな?」
「おうとも!」