千匹皮の魔女~第二王子のやらかしの尻ぬぐいをする王太子と魔女扱いされたご令嬢の物語~
「……………………」
第一王子カシウスは5年ぶりに帰国する国の、慣れ親しんだ王宮の一室で頭を抱えた。
「……………………………つまり、愚弟は街で見かけた平民の女性を王子妃にするために、6つの頃からの婚約者であった公爵令嬢を大勢の前で断罪し婚約破棄をした挙句追放して国から追い出したが、婚約者にしてみると平民の女性が貴族の中だと浮くし、宝石とドレスに囲まれても品がないことに気付いて「やっぱり間違いだった」と捨てようとしたら平民の女性が実は魔物の王の子で、娘を傷つけられた魔物の王の怒りを買った我が国は毎晩魔物に襲われて甚大な被害を被っているが愚弟は怯えて城から出てこず何の対策もしないまますでに一か月が経過していると?」
「「「「「はい、その通りでございます、王太子殿下!!!!!」」」」」
怯えて顔色の悪い家臣たちは一同同時に頷いた。カシウスは深く深くため息をつく。
一昔前に流行った悪役令嬢の物語だってここまでアホな展開にはならなかったのではないか?それがなぜ我が国で、それも自分の血縁者がやらかしているのだろう。
隣国ドルツィア帝国に留学中だったカシウスは急遽呼び出され、父王に何かあったのかと慌てたのだが……まだ国王が崩御した方がマシだった。
両親、国王と王妃と言えばカシウスの帰国を喜んで「どうにかしてくれ!」と丸投げしてくる。二人はカシウスにそれだけ頼むと、愚弟、第二王子、騒動の元凶であるアルト王子の様子を見に去って行った。残されたのは問題をどう解決するべきか、一か月ありとあらゆる対策を講じたが、容赦なく襲いかかってくる魔獣相手には蹂躙されるしかないのだと突きつけられた哀れな家臣たちだった。
魔獣に詳しいものがカシウスにこれまでの魔獣について説明してくれる。
「…………上位種しかいないのか?」
「はい!魔法を弾く強力な鱗を持つ魔獣や、呪文を唱える三又の尾を持つ魔獣もおります!」
騎士団、魔法兵団はほぼ壊滅らしい。
未だ国が滅んでいないのは魔獣たちの蹂躙は夜だけと決まっているらしく、また魔獣たちは滅ぼすことが目的なのではなく「思い知らせてやる」ということが目的だからだそうだ。
「……………………俺が何かできることがあると思うか?」
カシウスは王太子のつとめとして、自分が魔獣の王に食われて国民の命乞いをするくらいしか考えつかなかった。
「はい。あの……できる者なら、おります」
沈黙する家臣たちの中で、ひょいっと手を上げる人物がいた。
騎士の一人だ。この場にいるので身分の高い騎士、騎士団長の息子だった。第二王子の同級生で、先日卒業したばかりのはずだ。
……第二王子の元婚約者、公爵令嬢を「悪女」と断罪した生徒の一人か。
「どうにかできる者がいるのか?」
「はい。おります」
「……なぜその者に頼んでいない?今日までなぜ放置した?」
「………それは、その……」
若い騎士は言葉を躊躇う。
「その女は……その、魔女なのです。なので……けがれた魔女の力に頼るなど……」
「魔獣の被害を止められるのなら魔女でもなんでも構わないだろう」
カシウスは苛立った。もごもごと騎士が口の中で何か言う。騎士団長が息子を庇うように前に出て、頭を下げる。
「王太子殿下、実はその魔女と申しますのは罪人なのです」
「罪人」
「はい。数か月前、第二王子殿下により追放された罪人でございます。元々の身分は公爵令嬢なのですが……」
カシウスは再び頭を抱えた。
「つまり貴様らは……寄ってたかって追い出した令嬢だけがこの国危機を救うことができるとわかっていながら、自分たちの面子を優先して俺が戻るのを黙って待っていたのか」
「で、殿下が……!殿下なれば、魔女を呼び出してお命じになれるのではないかと……!!」
数か月前の婚約破棄の騒動について、カシウスはこの部屋に来るまでに国に残した側近から詳細を聞いている。
第二王子の見初めた平民の女性を妃にしようと、公爵令嬢に罪を着せたのだ。王族が本気で白い物を黒だと言い張った。学園という閉鎖空間の中で、か弱い公爵令嬢に何が出来ただろうか。
騎士団長もその片棒を担いでいたのを知っている。
第二王子も国王夫妻も自分たちが追い出した手前、公爵令嬢を呼び戻すことはできないとかなんとか……。そのため「君がそんな目にあっているとは知らなかった……!」とカシウスが公爵令嬢を迎えに行くべきだと、本気で思っているらしい。
自分たちの言動がおかしいことに、なぜ誰も気づかないのだろうか。
「わかった」
「殿下!」
「彼女を迎えに行く代わりに、お前たちが今夜魔物の餌になれ」
カシウスは冷たく言い放った。
家臣たちは一瞬驚いた顔をし、しかしそれを「殿下、ご冗談を」と笑い飛ばした。
*
馬を走らせながら、カシウスは追放された悪役令嬢、哀れな公爵令嬢アリス・モリスのことを考えた。
美しい金髪のか弱い少女だった。カシウスは弟の婚約者だというのでそれなりに交流があったが、人見知りのする子で大人しい気質だから、王子妃という立場になって大丈夫だろうかと案じもしたがヤンチャな弟にはこのくらい大人しい子の方が良いのかもしれないとそう考えた。
弟は愚かなことをしたものだ。
アリス令嬢のような令嬢を悪女だ魔女だなどと言って追放するとは……。我が弟のことながら、カシウスは怒りの感情が湧いた。公爵は娘を庇わずに、無情にもロクな荷物も持たせずに屋敷から追い出したという。
王都の外には、明るいうちに王都を離れようとするもので列ができていた。徒歩で、馬車で、馬で、彼らは国から離れようと、自分たちは無関係だと訴えようと必死だった。しかし夜になれば魔物が虚空から現れる。明るいうちに遠く離れられなければ彼らは魔物の餌となる。それでも王都の壁の内側でただ食い殺されるのを待っているよりはマシなのだろう。
森を抜け小川を越えて、いくつか。
日が落ちてきて、そろそろ休める場所を探すか、それともまだもう少し進むかという判断をしかけた時。
「!?魔物か……ッ!」
獣の咆哮。
馬の嘶き。
カシウスは真横から大きなものに体当たりをされ、馬ごと木に叩きつけられる。
ブツブツとした鰐の皮のような体皮に無数の目の付いた魔物だった。いびつな牙の間からは毒のような唾液が漏れ、付着した土に穴があいた。
王都へ向かう魔物の一匹だろうか、それとも逸れだろうか。どちらにせよ、魔物はカシウスに牙を向けている。カシウスは剣を抜き、応戦した。カシウスの剣術、体術そのほかの武は騎士団長にも引けを取らないがしかし、相手は魔物なのだ。優れた騎士が大勢で挑み、損害を覚悟して一頭討伐できるかとそういう類のもの。
馬に乗り駆けたところで魔物の脚には敵わない。
「……ッ………!」
どうせ死ぬのなら、せめてレディ・アリスに弟の無礼を謝罪してからがよかったと、そんなことを頭の隅で考える。獣の咆哮。鋭い爪がカシウスに向かい振り上げられた。
破裂音。
しかし痛みは襲ってこなかった。
「……?」
カシウスが目を開けると、獣が絶叫を上げながら後退していた。
「逃げるなァッ!!!!!!その皮を置いてけえぇッ!!!」
「……???」
カシウスの前にひらり、と翻る長いスカート。踊る月夜に輝く金の髪。
「あらやだ、生存者?」
「……君は……」
現れた女性は手に剣を持っていた。大剣だった。女性の身の丈よりも大きいが、それを彼女は箒かなにかのように軽々と扱う。
カシウスの存在に気付き、女性は顔を顰めた。
「あらやだ。もしかして、カシウス様じゃありません?」
「……………………レディ・アリス?」
「オホホホホ、オホホホ、あら、やだ。オホホホ」
さっと、アリスは自分の背に大剣を隠したが、隠しきれるサイズではない。
カシウスは呆然としながら、アリスが差し出す手をただ握り返し立ち上がることしかできなかった。
*
「……君が、本当にあのレディ・アリスなのか?」
魔女の小屋という雰囲気にぴったりの小屋に案内され、カシウスは温かいスープを振る舞われた。元公爵令嬢のアリスは大剣を家の入口にズシン、と置くと長い髪をみつあみにしながら頷く。
「えぇ、貴方の弟に悪役令嬢扱いされて追放されたアリス・モリスでございますわ」
「……」
「というのは半分本当で、半分は嘘ですのよ。実はわたくし、第二王子殿下に婚約破棄される二年ほど前に……前世を思い出しまして。マタギでしたの」
「マタ……何?」
「ようは狩人ですわ。ヒグマと格闘して負けましたの。悔しくて悔しくて……わたくし、今生では千の獣と戦い、勝利し、その皮でコートを作ると誓いましたわ」
前世を思い出してからは王子妃教育もそっちのけで狩り三昧。馬を走らせ、猟犬と共に駆け、狩り暮らしのアリスとはわたくしのことですわ、と自慢げに言うアリス。
「…………」
「魔獣を狩れるくらいになって暫く、第二王子殿下がヒロイン……じゃなかった、マリアンヌ様と出会われましたでしょう?殿下と親しくされるのならわたくしにとってもお友達……一緒に狩りに誘いましたけれど……マリアンヌ様は狩りがお好きではないみたいで……」
趣味が合わない人とも仲良くできないといけないのだが、マリアンヌ様は狩りを憎んでいらっしゃるようでしたので……などとアリスは残念そうに言う。
アリスが追放された後にマリアンヌが魔物の娘だとわかったのでアリスは知らないのだろう……。
「…………」
カシウスは頭を抱えた。
ここでも抱えるとは思わなかったが抱えた。
つまり!つまり!!
騎士団長たちが「あの魔女なら魔物をどうにかできる」というのは……物理的にどうにか……狩れる、ということか。
カシウスはマリアンヌがアリスを憎んでいて、その人身御供か何かにアリスをと、恥知らずにも言っているのかと思ったが……本当にどうにかできる人選だった!!!!!!
ずらりと部屋の中には「勝者の証」「戦いの歴史」とばかりに……魔獣の爪や牙、毛皮が飾られている。
部屋の奥には「千匹皮になる予定」の外套が作成途中らしく置かれていた。
物凄く悩みながら、カシウスは国の危機についてアリスに伝えた。
「……君を追い出した者たちだ。君が助けたくないというのならそれも……」
「魔物の王の眷属……つまり、ヒグマより格上……!!!!!相手にとって不足なし、ですわー!」
「やる気になって何よりだ」
カシウスは考えるのを止めた。
嬉々として装備の点検を始める元可憐な公爵令嬢、現在は立派なハンター、前世マタギの女性を眺め、自分の初恋の少女がまぁ、立派になったなと、それだけを感慨深く思うことにした。
公爵家「うん、まぁ………公爵令嬢なんかやってるより、森で伸び伸びと暮らした方がいいだろうよ」
第二王子「こんな獣臭い女と結婚できるかァッ!!」
マリアンヌ「お兄様や弟たちの仇……ッ!!あの女の大事なものを奪ってやるんだからッ!!」