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五話 どうして逃げられると思ったんですか?

「説明はした。段取りも組んだ、あとは任せる」


とか言って奥野に丸投げできれば俺としても非常に楽だったのだが、今回の件に関しては俺も無関係ではないため――というか、半分くらい俺のせいなので――自発的に護衛任務に参加することにした。


これによって但馬さんは戦力を補充できるし、向こうは頼りになる護衛が増えるし、俺は普段では目にすることもできないアイドルと接する機会を得られる。


これぞ正しく三方ヨシ! 商売とはかくありたいモノですなぁ。


なんて現実逃避したところで虚しくなるだけなので、さっさと現実に目を向けるとしよう。


まず、今回我ら龍星会が護衛するのは、今をときめくヴァーチャルアイドルユニットなる方々らしい。


各々が顔出しNGの人たちなので事前に写真はもらえていないものの、簡単なプロフィールが書かれた書類は届けられている。


それによると、彼女らは三人組のユニットで、年齢は一七から一八歳。

驚くべきことになんと三人とも高校生とのこと。

しかもレベルは一五前後らしい。

学生の段階で、かつアイドル活動という副業をしている中でこれほどレベルが高いなら、それなりの有望株なのではなかろうか。


「そう思うだろ? でもな」


「なんです?」


見てみな。と言って差し出されたそれぞれの名前と職業、レベル、簡単な特徴が書かれた書類を見てみると、まぁびっくり。


①塩崎詩織・魔法使い・レベル15前後・銀髪金瞳・生意気な魔女っ娘女子高生

②霧谷あや・魔法使い・レベル15前後・銀髪赤目・ほわほわ鬼っ娘女子高生

③天野加奈・魔法使い・レベル15前後・銀髪黒目・力自慢のツッコミ系女子高生


「……舐めてます?」


パーティー構成が銀髪三人組なのはまぁ良いとして、問題は職業だ。

全員魔法使いってなんだよ。

アンバランスにもほどがあるぞ。

そもそも外見的な特徴だって、全部イラストレータが描いたやつだから、本人とは似ても似つかない可能性が高い、というか、生粋の日本人らしいので間違いなく違うだろう。

ここまでくれば、先入観を抱かないためにもイラストは見ない方がマシなのではなかろうか。

あと内面も。事務所が設定したやつだろうが。

なんだ、生意気な魔女っ娘女子高生って。

その辺の生意気な女子高生と違うのか?

こんなん、一応とはいえ正式な護衛の依頼書に書くことか?

結局、護衛対象のことはレベルと職業しかわからねぇじゃねぇか。

それ自体は探索者としてある意味貴重な情報だが、別にパーティーを組むわけじゃねぇんだぞ? 

護衛対象だぞ? こっちとレベル帯が違いすぎるからこんなの意味ねぇんだよ。

これを見てどう護衛に役立てろと?


「……向こうとしても、俺らがどこまで信用できるかわからねぇ状況だからな。下手に顔写真を渡して拡散されたら困る。だが最低限の情報も出さねぇんじゃ義理に欠ける。結果こんなもんに落ち着いたってところだろうな」


「それはわかりますけど……」


まんま奥野たちに説明したことだしな。

しかし、秘匿義務が課せられる正式な依頼書にも顔写真を付けてこないとは思わなんだ。


向こうからしたら、突然護衛が聞いたこともない土建屋が擁するクランに変わったわけだからな。信用できないってのは理解できる。むしろ警戒しないで写真を送ってくるよりは、危機管理ができていると言えるだろう。何の救いにもなりはしないが。


「どうします? 身代わり的な感じでスタッフさんと名前を交換されたりしたら」


普通はそんなことしないだろうが、今回に限っては無いとは言い切れないんだよなぁ。

だって、但馬さんたちの見た目なんて、完全にヤの付く自由業の人たちだし。


「……そういうのに対処するためにも、嬢ちゃんの協力が必要なんだよ」


「あぁ。なるほど」


納得した。

同年代の女子が居れば向こうの警戒も緩む……かもしれないもんな。


「向こうが警戒を緩めてくれればそれでよし。警戒を緩めなくとも、嬢ちゃんの帯同を認めてくれるだけで十分だ。なにせ護衛対象はこの三人だけじゃねぇからな」


「そういえばそうでしたね」


今回の件、正式な依頼内容は【アイドル一行の護衛】となっている。


そう。我々が護衛するのはアイドルの()()()なのである。

当然、護衛対象にはアイドルの三人以外にも、彼女らに同行するマネージャーや撮影スタッフも含まれている。


考えてみれば当たり前の話で、アイドル三人でダンジョンに入っても意味がないからな。

レベルアップ目的ならそれでもいいかもしれんけど、目的は二〇階層での撮影だし。


まさか、アイドルが危険極まるダンジョンでカメラ片手に自撮りしながら撮影するわけにもいくまい。


そんなわけで、撮影スタッフ、つまりカメラさんや音声さんなどが一緒に入る必要があるわけだ。


もちろん、事なかれ主義のギルドからダンジョンに入る許可を貰えていることからもわかるように、スタッフさんたちは完全な素人さんではない。


むしろ、そこそこ優秀で経験もある探索者だ。

なんなら、アイドルの足を引っ張らぬようにするためか、彼女らよりもレベルが高いまである。


実際、スタッフの平均レベルは一八とアイドル達よりも高い。

その上、今回マネージャーとして帯同する秋口さんなる人に至っては、レベル二〇の【踊り子】らしい。


【踊り子】と聞けば弱そうに思えるかもしれないが、そんなことはない。


【踊り子】は、器用さと敏捷性に補正が掛かりやすい後衛型の職業で、踊ることで敵味方にバフやデバフをかけたりすることができる補助役として重宝されると同時に、長じれば回避盾としての役割もこなせるようになる可能性を秘めているため、中堅以上の探索者にもそれなりに評価が高い職業なのだ。


また、レベルが上がれば上がるほど踊りが上手くなるという副次効果もあるため、アイドルにとっては歌唱力に補正が掛かる【吟遊詩人】と並ぶ人気があるそうな。


もうこの人がアイドルで良くね? と思ったが、どうやらこの人も護衛対象と同じ事務所に所属するヴァーチャルアイドルの一人らしい。


普段はマネージャーではなく三人の先輩という立場なのだが、後輩が二〇階層に行くと聞いて心配になったこと、彼女たちのマネージャーをしている人物のレベルが一四しかないこと、さらには自分のレベルアップも兼ねて今回の撮影に帯同することにしたのだとか。


……絶対最後のが理由だろ。

どうせ普段から”二〇階層よりも下でレベリングしたい”と思ってたんだろ?

今まではスタッフさんに止められてたんだろ?

そりゃそうだよ。

一五年後ならいざ知らず、現時点での二〇階層以降は探索を生業にしている連中だけが行くような場所だ。

間違ってもアイドルがレベリングの為に行くような場所ではない。

なので、事務所側に良識ってものがあるなら止めるのが普通だ。

ナニカあったら責任問題になるしな。


でも、レベルが上がれば上がるほどダンスに補正が掛かる以上、レベルアップはしたいよな?

そんなら、人の金で護衛付の探索ができる今回みたいな機会を見逃す手はねぇよな?

あわよくば、もっと深いところに行ってレベルアップして、上位職になりたいんだろう?


性格が悪い、とは言わない。

むしろ自分が成長できる機会を見逃さずに、敢えて危険地帯へ踏み込んでくるところ、嫌いじゃないぜ。


なんて、思っていても言わないのが探索者の嗜みというもの。


……言ったところで何か改善されるわけでもないしな。


結局受けた依頼をこなすしかない俺らとしては、アイドルの近くにいるマネージャーさんが足手纏いになることが決まっているような雑魚い人から、最低限自衛できる程度の実力がある人に代わったという事実を喜ぶことしかできないのである。


「あれこれ面倒だが、これも仕事でな。お前さんにも手伝ってもらわないと困る」


組織に所属することで得られる利益を享受する以上、組織のために働くのは当たり前のこと。

加えて今回の件は、身から出た錆とも言えなくもない。


そのため『細かいことは奥野に任せて俺はダンジョンに潜る』なんて贅沢を言えるわけもなく。


「……了解です」


こうして俺も、かつては全くかかわりのなかった【今をときめくアイドル】の護衛任務に参加することになったのであった。

閲覧ありがとうございました

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