四話 どうして信用されると思ったんですか?
昔はどうだったかは知らないが、今の時代における【アイドル】は、デビュー前にとある選択をしなくてはならない。
即ち、顔出しOKか、NGか、である。
顔出しOKの場合は、普通にレッスンを受けて、普通にデビューして、普通にTVに出たり、普通にカメラを用意して配信を行えばいいので、そんなに難しい話はない。
あとは所属する事務所や個人の努力次第で上に行くこともあれば、下で停滞することもあるだろう。
主に、ルックスや社交性に自信があったり、将来的にドラマや映画の俳優などを目指す人がこちらを選ぶことが多いそうな。
対して顔出しNGの場合だが、こちらはルックスに自信がない人や、社交性がそれほど高くない場合であってもアイドルを目指せるという大きなメリットがある。
しかしながら、その反面、一番最初に己のアバターとなる絵を用意しなくてはならないという難関も存在する。
アイドルという職業柄か、どれだけ話術に優れていても、見た目がよろしくないというだけでファンが付かないことはザラにある。
よって、彼ら彼女らは可能な限りいい絵師に依頼をして、いい絵を描いてもらうことを願うのだが、それには当然費用が掛かる――高画質だの3Dだのとなればかかる費用はさらに増す――ことになる。
この時点で、顔出しOKの人に比べて、費用や時間が多く必要とされるのがわかるだろう。
これらの費用を個人で負担するのは極めて難しいため、一般的には事務所側が用意したアバターを使わせてもらう形が多いそうな。
また、それらの問題をクリアしてデビューにこぎつけたとしても、人気が出るとは限らないし、なにより事務所が用意したアバターを使う場合は事務所の取り分が多くなったり、所属事務所の方針に従わないと配信すらさせてもらえなかったりするというデメリットがある。
こういった問題を考慮したうえで、尚もアイドルになりたい! と願う人がこちらを選ぶ。
いや、正確には選んでいた。
「ここまではいいな?」
「「はい」」
まぁ、ある意味では一般常識だからな。
問題はここからだ。
「最近は顔出しNGを選ぶ人が多い、その理由はわかるか?」
「身バレを防止するため、ですよね?」
「そうだ」
切岸さん、一ポイント。
正確にはその前に『厄介な連中が増えたから』という言葉が付くのだが、それはまぁいいだろう。
アイドルにとっての宿業とでも言うべきか、彼ら彼女らは金を落としてくれる熱心なファンを捕まえ、逃がさないためにも、多少なりともファンと交流する必要がある。
だが、それらの交流に脳を焼かれたファンの中には、往々にして愛情が暴走したり、愛情が裏返って悪意となったりして、大小さまざまな被害を及ぼす存在――俗にいうストーカーや厄介オタク――になる連中も少なくない。
ここで問題になるのが、その被害の大きさである。
行き過ぎたファンが、事務所にカミソリ入りの手紙を送ったり、髪の毛や体液が入った食べ物を送ったり、カメラや発信機付きのぬいぐるみを送ったりするなんてことは昔からあったらしいが、最近はそれ以上のことをするファンが増えてきているそうな。
具体的には、事務所への突撃……は、まだかわいい方で、学生だったり他にも仕事をしている場合では学校や職場を特定して突撃したり、自宅を特定して突撃するケースもあるんだとか。
これらの中でも特にヤバいとされているのが、探索者となったファンによる自宅の襲撃やダンジョンでの襲撃だ。
この中で、自宅の襲撃に関しては、探索者がやらかした際の罰則を重くしたり、ギルドが継続的に注意喚起を行っていることもあってそれなりに抑えることはできているのだが、証拠が何も残らないダンジョンでの襲撃に関しては、中々防止できていないのが実情である。
こういう事件が報道されるたびに『そもそも、なんでアイドルがダンジョンに行くの? 危険だってわかってるんだから最初から行かなければいいじゃん』という意見があがるのだが、これらの意見に関しては、大前提が間違っていると言わざるを得ない。
もちろん、彼ら彼女らには『ダンジョンに行かない』という選択肢もある。
しかしながら『ダンジョンに行かない』ということは『探索者として強化されない』ということと同義である。
部外者が「別に強化されなくてもいいじゃん。俺はそのままの君が好きなんだ」というのは簡単だ。
だが、そういった人間の多くは、前者と後者を比べた場合、体幹や肺活量といった基礎能力に大きな差が付いてしまうことを考慮していない。
当然、それら基礎能力の違いは歌声やダンスに大きな影響を及ぼすので、強化されたアイドルの歌やダンスになれた視聴者は、強化されていないアイドルの歌やダンスに物足りなさを感じてしまうのである。
物足りなさを感じたままでファンでいられる人間は極めて少ない、というか、ほとんどいない。
尤も、雑談やゲームの実況などしかしないのであればそれでも問題ないのだが、それはある種の例外。
アイドルを売り出したい事務所側としても、アイドルとして売れたい個人としても選択肢は多い方がいいに決まっている。
そういった事情もあって、今やアイドルを志望する人の多くがダンジョンに潜ってレベリングをしているのだ。
「そこを狙って悪さをする卑しい連中がいるんですよね」
「あぁ」
俺が上忍を排除したことがいまだに明るみに出ていないことからも分かるように、ダンジョンの内部で行われる犯行が露見する可能性は極めて低い。
その可能性がどれだけ低いかは『実際に”頭文字がGな巨大企業”が、ダンジョンを実験に使った素材の処理場として利用したり、自分たちに都合の悪いことをしている人間を送迎する場として利用しているという事柄が証拠付きで露見したことはここ数十年の間で一度もない』という事実からもわかるだろう。
この点を利用した犯罪の多いこと多いこと。
人間の本性は悪だってはっきりわかんだね。
「まぁ、あからさまに素行が悪かったり怪しい言動をしているような連中なら話は別だがな」
ギルドとてダンジョンを(自分たち以外の連中によって)悪用されることを良しとしているわけではない。
そのため、そういった連中には最初から目を付けているし、なんならわざと泳がせて襲撃なりなんなりをさせ、その犯行現場を押さえてから粛清するようにしている場合があるとかないとか。
尚、その際に証拠として録った映像は、犯罪の証拠として使われた後で、売り出し中――もしくは人気急上昇中――のアイドルが主演するリアリティー抜群なマル秘映像として、けっこうなお値段で好事家に売られているという噂もあったりするのだが、こちらは普通に事実である。
プライバシー?
被害者保護の観点?
そこになければないよ。
ギルドが糞だと再認識したところで、話を続けよう。
「そういった事情もあって、最近はほとんどのアイドルが顔出しNGを選択している。顔出しOKの人たちは自前で護衛を雇える人らだな」
襲撃されても”自分たちに撃退できる力がある”と確信しているからこそ顔も出せるってわけだ。
しかしながら大多数はそういうコネや力があるわけではないため、顔出しNGを選ぶ。
顔を出していないとはいえ、なにが原因で身元が特定されるかわからないため、警戒は必要である。
よって彼ら彼女らはレベリングのためにダンジョンへ潜る際には一般の探索者パーティーを装うようにしているし、最初からダンジョン内で映像を撮ろうとする場合は、演者の顔を隠したうえで専門の護衛を雇うのが常となっている。
今回は後者のパターンというわけだな。
「それはわかりました。でも犯罪を警戒することと、護衛である私たちにまで顔を見せないこととは関係がないのでは?」
「ですよね。現場で見ればわかると言われましても……」
「前提が違うんだ」
「「前提?」」
確かに、護衛のフォーメーションやら非常時にどう動くかの打ち合わせであれば、画面越しでも人づてでも可能ではある。
護衛を専門とする人間の中には、それだけで十分と主張する人間もいるのも事実だ。
しかし、こちらはあくまで探索者であって、護衛のプロではない。
感情を殺して動く機械ではないし、そういう訓練を受けているわけではない以上、命を懸けて護る相手のことを知っておきたいと思うし、護られる側だって、どんな人間が自分を護るのかを知りたいと思うのではなかろうか。
そもそもの話、護衛する側とされる側の間に最低限の信頼関係がなければ、護衛など成り立たないのだからして。
加えて、こちらには『もともと護衛を依頼してきたのはそっちじゃないか』という気持ちもある。
そのうえで、連中は安全な一五階ではなく、二〇階層に行きたいと我儘を抜かしているのだ。
これだけの条件が整えば、奥野と切岸さんが向こうの言い分を”非常識極まりないモノ”と認識してしまうのも無理はない。
しかし、向こうの立場になると話はがらりと変わる。
変わってしまう。
「まず、向こうからすれば、俺たちに護衛を頼んだつもりはないんだよ」
「……と、言いますと?」
最初からボタンの掛け違いが発生しているんだよな。
「一言で撮影と言っても、それにかかる準備は簡単なものじゃない」
探索に同行する人員を選んだり、必要な物資を用意したり。
戻った後の編集作業やら、配信に至るまでの準備など、他にもいろいろと準備しなくてはいけないものがある。
まして撮影場所は、一歩間違えばベテランでも死にかねないダンジョンという危険地帯なのだ。
行き当たりばったりであるはずがない。
「だからこそ、今回の撮影を二〇階層ですると決めたのは、昨日今日の話ではないだろう。早ければ数か月前、どんなに遅くとも先月には決まっていたはずだ」
言い方は悪いが、事務所としては中身を入れ替えれば替えが利く演者だけならまだしも、特殊な技術を持った撮影スタッフにまで被害を出すわけにはいかないからな。
下手に死者が出たらギルドの責任問題にまで発展しかねない。
その辺の段取りは欠かさないはず。
「となると、護衛だって数か月前には決まっていたはずだ。それこそギルドナイトとまではいかなくとも、それなりに経験豊富で信頼のおける探索者が護衛として派遣される予定だったと思う」
それこそ護衛として鍛えられた探索者が割り当てられていたんじゃないか?
知らんけど。
「経験豊富で信頼のおける……あぁ、そういうことですか」
気付いたな。
「そういうことだ。優秀な探索者はギルドで温存することにした。だからこそ俺たちが派遣されることになった。でもそれらは事務所側に伝えられていなかった」
上忍と連絡が取れなくなったのは最近のことだしな。
馬鹿正直に上忍に関する情報を漏洩するとは思えないから、適当な言い訳でもしたんだろうよ。
「アイドル側にとっても、護衛が私たちになるのは誤算だったんですね?」
「そうだな。そこまで踏まえたうえで向こうの立場になって考えてみろ。向こうにとって俺たちってどんな連中に見える? 忖度しなくていいから素直な意見を言ってみろ」
見た目とか、見た目とか、見た目とか。
「「ギルドが押し付けてきた、ヤが付く自由業の方々」」
だよなぁ。
「忌憚のない意見をありがとう。で、そんな連中に対して、事前にアイドルの個人情報を明かしたいと思うか? アイドルの立場だったらどうだ?」
「思いませんね」
「事務所側がOKを出しても、個人的に拒否するかも……」
「だろ? そういうことだ」
護衛を頼んだら〇島建設の人たちが来ました。
強面揃いだけど、正真正銘堅気の人たちなので安心して下さい。
なんて言われてさ、アイドル事務所の人間が『まぁ素敵! ぜひお願いします!』とは言わんだろ。
むしろ『本当に大丈夫か? 情報を渡したら悪用するんじゃないか?』と警戒するのが当たり前だ。
「そんなわけで、向こうからすれば今回の件は企画を中止するレベルの事故なんだ。そうであるにも拘わらず探索を続行するのは……多分、準備にかけた時間と金を無駄にすることを嫌がったからだろうな」
もしくは、お役所仕事でありがちな、スケジュールをずらすことを認められない連中が騒いだ可能性もある。
なんにせよ、だ。
「今回の件は俺たちにとっても、向こうにとっても予期せぬ事故だったってことだ。悪いのはタイミングであって俺らでも向こうでもない。職業柄、見知らぬ連中を警戒するのは当然のこと。だから向こうに悪気があるわけじゃないってことは理解してやってほしい」
「まぁ、そういうことなら……」
微妙に不満そうだけど、一応納得したみたいだからヨシ!
あとは切岸さんに、奥野とアイドルの間を繋ぐ役割を任せれば完璧だな。
商人である俺は、向こうに警戒心を抱かせないようクールに去るぜ。
閲覧ありがとうございました